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恋は来るもの? それとも降るもの? フラーゴラの場合
登場人物一覧
ワタシの名前はフラーゴラ・トラモント (p3p008825)、イレギュラーズ。今日、生まれて初めて冒険に出る。
隣でこれから行く場所の資料を調査してくれてるのはアト・サイン (p3p001394)さん。
情報屋のユリーカさんが先導役として連れてきてくれた先輩イレギュラーズの人。
……なんだけど、すっごい無口でどうしたら良いのか分からない。
「えっと……アトさんって呼んでいいかな? よろしく……」
熱中してて聞こえなかったのかな、無視されちゃった。
仕方ないから、隣で手元を見させてもらう。ワタシだっていつかきっと、一人でやるんだもん。
アトさんはくるっと振り向いてワタシの装備や支度を短く確認すると、遺跡の入口に立って手招いた。
広い遺跡の道はあまり生物の気配がなくて、湿気がすごい。帽子と髪ゴムがなかったら髪の毛が爆発するところだった。
消音ブーツのお陰でお互いの足音もしない、本当に静かな空間だった。
……、……。……なんか、思ってた冒険とは違うかも。アトさんも全然、ワタシとお話してくれないし。
図書館にあった絵本や冒険譚には、もっとスリリングで息を飲むようなことが書いてあったのに。
そこにはどんな困難でも仲間と力を合わせて、解決していくのが醍醐味だって書いてあったのに。
なんだか、この先もイレギュラーズとしてやっていけるか不安だなあ……。
ふう、と溜め息をついたときだった。
少し後ろを歩いてたアトさんがどこから取り出したのか、3mの棒がワタシのお腹を押さえつけて進めなくする。
思わずお尻を付いちゃって、後ろを見上げた先にアトさんがいた。
棒を持ってない手を胸下に構えると、低い位置に降ろして、手前から後ろに引く動作を繰り返す。
そのまま下がれ、の合図だ。……だと思う。
ワタシは尻餅を付いた姿勢のまま、少し下がってから立ち上がってアトさんの横に行く。
それを確認したアトさんは棒で壁や周囲を窺うように叩いたり、探る。
そのうち、天井の一番高い所に掛かった布を捲ると何かのスイッチが見えた。
アトさんが持つ棒は3m弱、対して天井はそれよりも1m高そうだ。
アトさんは棒を一旦降ろすと、周囲を見渡した。もしかして。
「…あの……使う?」
ワタシは座っていた空箱から退いて、アトさんに差し出す。どうやら当たりだったみたいで、短くお礼を言われた。
アトさんはスイッチの下に箱を設置して、その上に棒を持って乗る。
今度はスイッチに届いて、棒の先を器用に操って操作したらしい。
ゴウウ、と何か重いものが動く音がして天井から数粒、砂ぼこりと一緒に小石が降ってきた。
それはすぐに収まって、元の静かな空間に戻るとアトさんが歩き出す。
ワタシは気になって、足元を探る。すると砂と共に布が捲れあがって人工的な床が現れた。
「……もしかして、これ…………感圧板……? 人が乗ったら罠が発動する……?」
半歩先を行くアトさんが振り返って微かに頷くような仕草をして、目深にフードをかぶり直した。
つまり、あのままワタシが進んでいたら今ごろは土の中だったんだ……。あ、危なかった……。
そしてこの人は、そんな新人でもたつくワタシを守ってくれたんだ。
アトさん、無愛想でちょっと怖い人かもなんて思って、ごめんなさい。
もっとちゃんと、見て学ばないと!
どうやらここから先は、隠し通路と罠ばかりみたいで、ちょっとアトさんの雰囲気が変わった気がした。
何かを警戒するような、鋭くピリッとした感じがする。この中から、隠し部屋を見つけてお宝をみつけるんだ。
「……あの、ワタシ、何かお手伝い出来ることある…………?」
恐る恐ると何か出来ることはないかと聞けば、アトさんは人差し指をワタシの口元に持ってきた。
静かに。これは分かりやすい合図だった。む、と口を閉じて頷けばアトさんが離れた。
それにしても、どの辺りまで進んだろう。持ってきた懐中時計を確認すると出発から二時間ほど経っていた。
地図はアトさんが持っているから、正確な所は分からないけれど中腹くらいかな。
灯りが少なく、廊下の全体が分かりにくい。だんだん天井が低くなってることだけはわかったけど。
かさ、と落ち葉みたいなものを踏んだかなと思った瞬間、ワタシはアトさんに抱き留められていた。
アトさんはワタシが無事だと確認すると、フードを脱いでほんのり灯る火をブーツの底で消していた。
アトさんのローブは特別製なのか、不思議とそれ以上は燃え広がらなかった。
それにしても、と初めてちゃんと見るその顔を盗み見てワタシはちょっと驚いていた。
青み掛かった銀の瞳に良く磨いた銅色の髪で美しく整っていた。
冒険者だから仕方ないけど、フードで隠しているのが残念な気さえしてしまう。
って、こんな場合じゃない! ワタシ、罠を踏んじゃったんだ。
「…あの、ごめんなさい…………」
大慌てで立ち上がって頭を下げると、アトさんは次は気を付けてと言うみたいに肩を叩くだけだった。
促されてそのまま進み、慎重に周囲を見渡す。今度は罠に引っかかることがないようにしないと。
それから30分ほど歩いていたら、思いきりアトさんの背中にぶつかってしまった。
急に止まってどうしたんだろ……?
アトさんはワタシを下がらせると、荷物の中からロープを取り出してワタシに持たせる。
「耳、ふさいで」
一言、それだけ言うと黒い銃を静かに構え、なんと天井に向かって発砲した。
ガウン、ガウン、ガウン、ガウン。全部で4発。
なるべく遠くで耳をふさいでいたけれど、それでも結構な音がした。
でもこれは多分、ワタシの耳が良すぎるせいだ。
落ち着いた頃にアトさんが撃っていた箇所を見上げると手の平くらいの板がカパッと開いてぼんやりと光っている。
どうやら正しい数字を嵌め込むと開くらしい。
小さく舌打ちしたのが聞こえたけど、すぐに装備を外して身軽になっていく。
ワタシはびっくりして、慌てて後ろを向いた。ていうか女の子がいるんだから、急に着替えないでよ……!
それから壁にあるボロボロのロープで組んだ簡易階段を登って数字を打ち込みに行ってしまった。
追って登りたいけど、ロープ階段が崩れそうで怖い。
下でワタシが迷っているうちに解除に成功したらしく、持たされていたロープを投げ渡すよう言われる。
「えいっ」
思いきり投げてロープの先端をアトさんに渡す。すると今度はそれを腰に巻くよう指示される。
どうやらアトさんも備え付けのロープ階段はもう劣化で、ワタシが登るとダメだって読んでいたみたいだった。
ロープを腰に巻いて、ゆっくり上の目的の宝物部屋にあげてもらう。
……天井の裏に宝物庫を作るなんて、どんだけ用心深い人が作った遺跡なんだろ……ここ……。
帰ったら調べてみようかな……。
天井裏の宝物庫は予想よりは広くて、ローレットのギルオスさんくらいの身長なら立ってられそうだった。
でも、案の定というかやっぱりというか、室内は荒れ果てていた。
木が腐って倒れた棚を起き上がらせて調べて見るけど、お金になりそうなものはなかった。
ちょっと背の高い所も探して見たけど、ガラスの破片くらいで大したものはなかった。
気になってアトさんを振り向くとテキパキとゴミとお宝を分けているみたい。
さすがに慣れてるなぁ……探すポイントとかも本当はあるのかな。
ため息ひとつ吐いて、反対側を探すことにした。
と、足元に箱があって転びそうになる。なんの箱だろ?
手に取って開けてみると、中にはキレイな宝石が。この色はアクアマリンかな。
もしかしなくてもアトさんだよね……?
慌てて振り返るけどずいぶんと遠くを探していて、話し掛けられそうにない。
でもワタシがずっと見つめていたからか、珍しくアトさんの方が「何?」と聞いてきてくれた。
「……! あの、この箱って……!」
必死に言い募ろうとするけど、アトさんはどこ吹く風で知らんぷり。結局、そのまま流されちゃった。
帰りは先にアトさんが降りて、ワタシを受け止めてもらった。
ロープやその他の荷物を簡単にまとめ直して来た道を慎重に引き返す。また罠にひっかかると大変だもんね。
遺跡の外はもう夕方で流石にお腹が減っちゃった。最後の最後に忘れ物がないかと確認して、お互いの成果を見せる。
アトさんは銀細工のナイフ、ワタシはアクセサリーの台座から外れたらしいアクアマリン。
その時、今の今まで素っ気なかったアトさんが笑った。ほんのちょっとの、小さな変化だけど優しい笑みだった。
「君の左目の色と同じだ、お似合いじゃないか」
「……えっ」
ーーきゅん。
こんな、こんなことってあるのかな。今、ワタシ、嬉しいのにきゅって胸が痛かった。
なんだか弾けるような、そんな痛みだった。初めて炭酸のジュースを飲んだみたいな感じだった。
炭酸みたいに痛くてずっと落ち着かないこの気持ち。アトさんなら分かる?
そう思ってアトさんをこっそり見たら、余計落ち着かなくなっちゃった。
こっち見て欲しいけど目が会うのは怖いな……。でもやっぱり振り向いて欲しい。
こんなぽやぽやで覚束ないこの気持ち。どこかで誰かに聞いた楽しくて忙しい気持ち。
ねえ、もしかしてこの気持ちは、恋?
それからどうやってローレットに帰ったのかあんまり覚えてない。
ただずっと、生まれたての気持ちにぽやぽやしてたんだと思う。
依頼完了をどうやってユリーカさんに伝えたか、まるで分からない。
「……なんか変な感じでしたが、オマエ……まさか」
「ないよ、ちゃんとオーダー通りに必要最低限しか喋らなかった」
というか、初陣の新人ならあんなもんだよ、とアトはユリーカに返して