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あまいみちしるべ
登場人物一覧
混沌に存在する無数の森、うちのひとつには可愛らしい小屋が建っている。屋根にチョコンとついているひとつの煙突からはもくもくと煙が昇っていた。
「~♪」
煙突の下、鍋の中身をかき混ぜる後ろ姿。相変わらずフードはしっかり被っているけれど、本日のシェプ (p3p008891)はエプロン姿。木べらを動かせば、ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐる。
「ん、いい匂いだネ!」
上機嫌なシェプは鍋へ蓋をほんの少しずらしてかぶせ、冷やして寝かせていた生地を見に行く。知らず知らずのうちに鼻歌が漏れた。
人が入れるようなサイズで作ってはあるけれど、中の家具はどれも小柄なシェプが使いやすい高さに設計──あるいは台座などで工夫──されている。生地をよいしょと運び出したシェプは、机の上にそれを広げて腕まくりした。
「よし、頑張ろウ!」
生地を2つのまとまりに分けて、片方を一生懸命に伸ばしていく。流石に遠くなると手が届かなくてがたがたになってしまうけれど、これ以上伸ばすと生地が変形してしまいそう。うーんうーんと唸ったシェプはそのままにすることにした。これも個性だ。……次はちゃんと綺麗に作れるようにしよう。
「あ、お鍋どうなってるかナ!」
ぴょんと飛び跳ねたシェプ、台を降りて鍋の方へ。これを焦がしてしまったら台無しだ。
湯気を顔面直撃させないようにそぉっと覗き込んだシェプは甘くていい香りににっこりする。丁度良い具合。火を止めて粗熱を取ればこちらは完成だ。
(そのままでも美味しそウ。パンに乗せてもいいナ)
くんくんと匂いを嗅いでいれば、うっかり味見してしまいそうで。いけないいけないと口元を押さえたシェプは、ぐるりと顔を巡らせて小さく声を上げた。危ない、もう1つの生地を伸ばしてない!
すっかり台座の方が出来たので安心してしまっていた。シェプは台座をちょいとずらし、今か今かと伸ばされる時を待っていた生地を伸ばしていく。こちらは伸ばしきったらほんの少し切り込みを入れて。
「フゥ、危なかっタ」
今度こそ準備ばっちり。粗熱の取れたリンゴジャムをお玉ですくって、甘く煮詰まったリンゴを生地の上へ載せていく。みっちりぎゅうぎゅうに乗せたら、先ほど切れ込みを入れた生地で蓋をして。
(最後はコレ!)
じゃじゃーんと取り出されしフォーク。これがなければ美味しいアップルパイはできないのだ。蓋をした生地の周りへフォークの先を押し付け、ぎゅうぎゅうと蓋をするシェプ。できたら石窯に入れて焼きあがるのを待つだけだ。
(上手くできるかナ? できるといいナ?)
石窯の前でソワソワうろうろ。楽しみな時間を前にしては時間が幾らも進まなくて、シェプは潔く石窯の前から離れる。時間を忘れて焦がさなければ良いのだ。
「そうダ。ジャムを瓶に詰めちゃおウ!」
多めにリンゴジャムを作っておいたから鍋の中にまだ余っている。今のうちに詰めておけば、放りっぱなしということもないはずだ。
「ええと、瓶はどこに置いてたカナ……」
シェプは台所の戸棚をあちらこちらと開けてはここじゃない、ここでもないと瓶を探す。ぐるりと見渡したシェプは「あそこダ!」と上の戸棚を見上げた。
どうしてそこに置いてしまったのかと言えばそこが空いていたからとしか言えないのだが、シェプの身長では台を持ってきても届くかどうか。いやしかし家にはシェプ1人きり、やらねばならない。台を登り、移動させた椅子へ登り、さらにつま先立ちして戸棚を開ける。
「あっタ!」
お目当ての瓶に喜色を浮かべたシェプだが、ここからもうひと頑張り。ぷるぷると足を震わせながら瓶へ手を伸ばして手に取る。何度でも『一体どうしてこんなところに』と思ってしまうが、これから気を付ければ良いのだ。高い所に物は置かない。
リンゴジャムを瓶へ移したシェプはきゅっと蓋を閉めて逆さに置く。さあ、そろそろアップルパイが焼きあがる時間だ。
「うまく出来たかナ~?」
ドキドキしながら石窯を開けてみれば、熱風と甘い香りがシェプの顔へ当たる。きゅうっと目を瞑ったシェプはアップルパイを取り出し皿へ移した。生地は美味しそうに色づき、隙間から見える林檎はまるで宝石のようにつやつや輝いている。出来立てを一切れ食べてみれば、林檎の甘さが口の中へ広がった。
「~~!!!」
椅子の上でほっぺを押さえ、もだもだするシェプ。うっかりしたら頬が落っこちてしまいそう。
そんな折だ。トントン、と外からのノック音が聞こえたのは。
「! 今開けるヨー!」
再びぴょこんと飛び上がったシェプはそう声をかけながら、扉の方へと走っていく。ガチャリと開けたシェプは瞳を輝かせ、満面の笑みを浮かべたのだった。
あまい、あまいみちしるべ。ようこそ、シェプのおうちへ!