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L'annulaire brun
登場人物一覧
●緑の指
ぢっと指を見る。肌と同じ褐色の指先を。
血に染まるようになったのは何時からか。
覚えているのは差し出された緑の薬だけ。
「今度は何の薬?」
『新たな可能性』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が問いかけると、新しい薬、とだけ返される。
毒草を煎じた薬は深い緑
毒蟲を潰した薬は黒い緑。
毒鉱を削った薬は碧い緑。
飲めば苦しむ、触れても苦しむと分かっている薬はどれも緑色。
長く白い髪に白衣を纏った医療技官は、アーマデルに次から次へとは新しい薬を与え続けた。
君に特別に調合した。
君は
君はその一翼の化身だ。
黒い布で目を覆った従属神の末裔はいつもそう嘯く。
同じものを毎日少しづつ飲ませて薬に慣らし、体質を変化させては次に行く。
完全に血に刻み込んでは交配し、最初から特性を獲得した子を生み出させる。
そんな『死と復讐を司る神』を祀る教団の《普通》からあぶれた子、それがアーマデル。
先代から血を受け継げず、次代に残すこともない一代限りの命のはずが、その人の酔狂で生き永らえた。
「緑の指を持ってるって本当だったんだ。じゃあ俺の指は何だ?」
花や木を育てる名人を『緑の指』と呼ぶのなら、自分の指は何を作り、何を育てるのだろう。
アーマデルはぢっと己の褐色の指を見た。
●選ばれし翼
同時に
アーマデルもまた
かつて
世代を重ね、血を交えるごとに《改良》されていくはずが先祖返りしたと見捨てられたけど、緑の指を持つその人だけは
だけど遅くに臣下の列に加わった為の常識の疎さは劣等感として残り、それを表に出さんがための自制心がアーマデルに懐疑心を与えた。
「俺は一代限りの完結した命。謂わば都合のいい捨て駒だよな。別にそれでもいい、どうせ誰もが死なぬ神より先に死ぬ」
死を司るがゆえに死なぬ神。
死ねぬ神を死なすのが臣たる役目とアーマデルは知らない。
一人残された絶望から
ただ血を残そうが残すまいが、早いか遅いかだけで、死は誰にも訪れる宿命と、冷静に受け止める彼がいた。
「だけど……どうして?」
自分が育った神殿は燃えているのだろう。
暗殺者を育成する教団は世界の害悪と見なされ、
何代も実験を積み重ねて生み出した成果、血の記憶を受け継ぐ者達が燃え去っていく。
アーマデルの心に彼らを救わねばと言う考えはなかった。
殺せと言われても救えと言われたことはなかったから。
殺す術を持った者が守る術に疎いとは思わなかった。
親が誰かも分からず、友と呼ぶ者もおらず、悲しいと感じることもなかった。
ただ自分が皆と同じ時に亡くなるのだということが不思議に思えた。
「
ただ残していく神の事だけを心配し、せめて瑕疵を残すくらいはと炎と煙の中、抜いた剣を蛇のように操り、神殿の床に斬り付けた。
●死んだ神々が集う国
目覚めるとそこに海があった。
海と思ったものは湖だった。
空中庭園と呼ばれる空に浮かんだ庭園都市。
《無辜なる混沌》に召還された
アーマデルは
隣に佇む医療技官は目を覆う黒い布を解くと、黄昏色の眼差しを晒して見せる。
『魂を繕う、夕暮れの夜告鳥』を先祖に持つその人は、自分達は選ばれたのだと言った。
改良に改良を重ね、変異した血脈は祖神へと立ち返ったがゆえに此処に招かれたのだと。
「
肉体は鎖から外されても精神は首輪を付けられていた。
途方に暮れてぢっと指を見れば、枯れ葉色の指が変わらずにそこにある。
毒を与えれば息が止まり、病を与えれば腐り果てる。
美しき花は枯れゆき、強き鉄も錆び尽くすだろう。
緑の指を持つ人は微笑むとこう呼んだ。
L'annulaire brun、死へと導く茶色の薬指と。