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SS詳細

L'annulaire brun

登場人物一覧

アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切

●緑の指
 ぢっと指を見る。肌と同じ褐色の指先を。
 血に染まるようになったのは何時からか。
 覚えているのは差し出された緑の薬だけ。

「今度は何の薬?」

 『新たな可能性』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が問いかけると、新しい薬、とだけ返される。

 毒草を煎じた薬は深い緑
 毒蟲を潰した薬は黒い緑。
 毒鉱を削った薬は碧い緑。

 飲めば苦しむ、触れても苦しむと分かっている薬はどれも緑色。
 長く白い髪に白衣を纏った医療技官は、アーマデルに次から次へとは新しい薬を与え続けた。

 君に特別に調合した。
 君は死神ししん《ししん》に選ばれた。

 死神ししんに仕えし七翼の蛇。
 君はその一翼の化身だ。

 黒い布で目を覆った従属神の末裔はいつもそう嘯く。

 同じものを毎日少しづつ飲ませて薬に慣らし、体質を変化させては次に行く。
 完全に血に刻み込んでは交配し、最初から特性を獲得した子を生み出させる。
 そんな『死と復讐を司る神』を祀る教団の《普通》からあぶれた子、それがアーマデル。
 先代から血を受け継げず、次代に残すこともない一代限りの命のはずが、その人の酔狂で生き永らえた。

「緑の指を持ってるって本当だったんだ。じゃあ俺の指は何だ?」

 死神ししんの臣と認められ、首輪と鎖を外されて出された神殿の《外》。
 死神ししんの臣としての修練として、邪悪に満ちた世界で誰かを殺める。

 花や木を育てる名人を『緑の指』と呼ぶのなら、自分の指は何を作り、何を育てるのだろう。
 アーマデルはぢっと己の褐色の指を見た。

●選ばれし翼
 死神ししんの臣は死神ししんに近づくために毒の効かない体と毒を放つ体を目指す。
 同時に死神ししんの指先が触れるように命を掠め取るための暗殺技術を学ぶ。

 アーマデルもまた死神ししんの臣として、ある時は通りすがりに病の種を刃で植え付け、ある時は寝所に忍び込んで口唇から毒を流し込んだ。
 かつて死神ししんに仕えた毒と病を司る『捩れた一翼の蛇』と同じ黄金の瞳を持つ化身として。
 世代を重ね、血を交えるごとに《改良》されていくはずが先祖返りしたと見捨てられたけど、緑の指を持つその人だけは死神ししんに近しかった昔に戻ったのだと尊ぶ。
 だけど遅くに臣下の列に加わった為の常識の疎さは劣等感として残り、それを表に出さんがための自制心がアーマデルに懐疑心を与えた。

「俺は一代限りの完結した命。謂わば都合のいい捨て駒だよな。別にそれでもいい、どうせ誰もが死なぬ神より先に死ぬ」

 死を司るがゆえに死なぬ神。
 死ねぬ神を死なすのが臣たる役目とアーマデルは知らない。
 一人残された絶望から死神ししんを救うために教団があるのだと。
 ただ血を残そうが残すまいが、早いか遅いかだけで、死は誰にも訪れる宿命と、冷静に受け止める彼がいた。

「だけど……どうして?」

 自分が育った神殿は燃えているのだろう。
 死神ししんの臣たる同朋は死んでいくのだろう。
 暗殺者を育成する教団は世界の害悪と見なされ、死神ししんを崇めぬ者達から襲撃を受けた。
 何代も実験を積み重ねて生み出した成果、血の記憶を受け継ぐ者達が燃え去っていく。

 アーマデルの心に彼らを救わねばと言う考えはなかった。
 殺せと言われても救えと言われたことはなかったから。
 殺す術を持った者が守る術に疎いとは思わなかった。
 親が誰かも分からず、友と呼ぶ者もおらず、悲しいと感じることもなかった。
 ただ自分が皆と同じ時に亡くなるのだということが不思議に思えた。

死神ししんも死ねるのか?」

 ただ残していく神の事だけを心配し、せめて瑕疵を残すくらいはと炎と煙の中、抜いた剣を蛇のように操り、神殿の床に斬り付けた。

●死んだ神々が集う国
 目覚めるとそこに海があった。
 海と思ったものは湖だった。

 空中庭園と呼ばれる空に浮かんだ庭園都市。
 《無辜なる混沌》に召還された特異運命座標イレギュラーズ

 アーマデルは死神ししんより先に死んだ他の神々がいる場所へ来たのだと思った。
 隣に佇む医療技官は目を覆う黒い布を解くと、黄昏色の眼差しを晒して見せる。

 『魂を繕う、夕暮れの夜告鳥』を先祖に持つその人は、自分達は選ばれたのだと言った。
 改良に改良を重ね、変異した血脈は祖神へと立ち返ったがゆえに此処に招かれたのだと。

死神ししんのいない世界で俺は何をすればいい?」

 肉体は鎖から外されても精神は首輪を付けられていた。
 特異運命座標イレギュラーズとして任務を遂行しても、それは命令ではなく依頼。
 途方に暮れてぢっと指を見れば、枯れ葉色の指が変わらずにそこにある。

 恩寵キフトは与えられた。
 毒を与えれば息が止まり、病を与えれば腐り果てる。
 美しき花は枯れゆき、強き鉄も錆び尽くすだろう。

 緑の指を持つ人は微笑むとこう呼んだ。
 L'annulaire brun、死へと導く茶色の薬指と。

  • L'annulaire brun完了
  • GM名八島礼
  • 種別SS
  • 納品日2020年09月06日
  • ・アーマデル・アル・アマル(p3p008599

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