PandoraPartyProject

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あの娘の微笑み

登場人物一覧

カノン・フル・フォーレ(p3n000123)
熱砂の巫女
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き

 魂とはどこへ行くのだろうか。
 生きて死に、肉は朽ち果て骨も消え失せ。
 それでも生きている内は確かに在った――魂はどこに。
 決して分からない事だ。或いは死人となればやがて分かるのかもしれないが。
 だから人は墓を作る。此処に彼らが眠っていると信じて……

 彼らが確かに此処にいたのだと。忘れない為に……



 深緑。
 幻想種が多く住まう自然豊かな秘境は、今日も穏やかであった。騒乱なく、自然のままに生きる彼らは基本的に温厚であれば他の国よりも一層の喧騒の少なさを感じる。深緑特有の空気が清潔なる場を造り出しているのだ。
 そして――その道を進む一人の男がいる。
 彼はルカ・ガンビーノ。
 隣国たる砂漠の地平。ラサ傭兵商会連合より訪れた彼が向かうのは、深緑中心部。
 ――大樹ファルカウの膝下である。
「この辺、か?」
 見上げれば枝の間から零れる陽射しが頬を打つ。
 良い天気だ。彼がラサから此処にまで来た理由は……一言でいうならば『墓参り』
 かつて深緑とラサの間で発生した――『ザントマン事件』……その過程において明らかになったカノン・フル・フォーレという一人の少女の、墓参りである。
 厳密には此処に墓はない。だが、彼女の衣類が深緑に戻ってはきたそうで――先のローレット・トレーニングにおいて深緑を訪れた者達の中には、此処に魂ありとカノンに祈りを捧げた者もいると聞く。
 他にも、耳に挟んだ話ではファルカウの元で生まれた幻想種は死した後。魂がマナと成りてファルカウに還る――そういう話や文化も一部ではあるのだとか。

 故に彼は此処に来た。その手にある、一輪の花と共に。

 彼女に。此処ならば声が届くかと思って。
「久しぶりだな。もっと早く来るつもりはあったんだが……随分と遅くなっちまった。はは、まぁ約束とかしてた訳じゃあねぇからな――せめてそっぽ向かないでくれよ? 墓がどこかも分かんなかったんでな」
 添える。ファルカウの一角に、言葉を一緒に零して。
「なぁ。どうだったんだ? 砂の都にずっといたんだろ? ずっとずっと……
 何年? いや何百年か? 幻想種の寿命ってのはスケールがデケェよな」
 永い間。あの地へ人がまた訪れるまで。
 それまで寂しかったか? それとも誰も来なければいいと――思っていたのか?
 抱いていたのは拒絶かそれとも救いか……今はもう確認のしようもないが。
「手を取ってやれれば良かったんだけどよ」
 いずれにしても。
「――結局、俺は何もしてやれなかったな」
 続けるのは彼の後悔か、それとも未練か。
 一番近くにまで行けたんだ。一番近くにまで歩み寄れたんだ。
 もしかしたらどうにか出来たのかもしれない。もしかしたら、『もしかしたら』と。
 幾度も思う。あの戦いを終えてからもずっと、負い目の様な何かが心の片隅に在った。
 あの戦場で――どうにか彼女を助けてやりたかった。
 間違いでほつれた糸を、もう一度元に戻してやることが出来たならどれだけ良かっただろうか。遥か過去に別れた家族ともう一度その仲を修復させてやる事が出来たのならば……
 全てがハッピーエンドであったのならば。
「でもそうはならなくてよ」
 苦笑する様に。苦い色を顔に滲ませ。
「すれ違った物語で、結局姉にもう一度会える事もなくてよ」
 それでも全てはそのまま決着した。決着、してしまった。
 本当に何も出来なかったのか? 魔種として暴走する彼女を止めた最後の一撃は彼であり――いや、違う。そういう事ではないのだ。これはルカの個人的な、自らの認識から来る想い……
「悪かったな。力になれなくて」
 ……力が、あるいは時間がもっとあればどうにかなっただろうか。奇跡を願えばどうにかなっただろうか? あらゆるを思案しても所詮『IF』であり、そうでなくとも彼女は討つべき『魔種』であり――全ては詮無き事だと、分かってはいるのだが。
「思わずには、いられねぇんだよなぁ」
 五指に力が、意図せぬ間に入っていた。
 握り込んだ拳の内側に、微かに痛みを走らせる程に。
 それでも彼は構わず続け瞼を閉じ、天上の側を見据えれば。
「……なぁ」
 カノンは。

「救われたのか?」

 彷徨い続けた旅路の果て。その命の終わりの時にて。
 最期を看取ったのはラサの長、ディルクその人だと言う。ルカもアニキと慕う、赤い髪の伝説。
 エッフェンベルグの血筋。ある意味で始まりであった者が最期を見届けた。
 ……その結末に、多少は救われたのだろうか。彼女の、魂は。
「そうだと良いんだけどな――ああ、これが俺のただの感傷って言われたら、まぁそうなんだろうけどよ」
 それでも。
「ちっとぐらい過去を想う事があってもいいだろ?」
 思い描く全てが『IF』の彼方であろうとも――
 人は誰しも通って来た過去の果てに現在があるのだ。
 だから、偶には後ろを振り返らせてほしい。
 立ち止まって。振り返って。
 墓の前に来させてほしい。それに……
「……俺にとってはまだ終わってねぇんだ」
 『あの日』はと。ルカが呟くのは――砂の都での決戦の事。
 いや、いや。アレ自体は終わっている。しかし己にとってはあそこであり。
 カノンにとってはもっと『前』の事か。
 そもそもカノンが何故魔種へと至ったか。それは深緑を飛び出したから――ではない。その後に絶望したからだ。深緑の外の者の欲深さと、彼女を捕まえた者の悪意の犠牲になったから。カノンとの戦いは終結へと至ったが、しかし。
 もしかしたら。
「生きているかもしれねぇよな、ザントマンは」
 ザントマン事件を主導したラサの商人、オラクル・ベルベーグルスはその名を騙る偽物だった。或いはその名を使っただけの代理人、別人。カノンが、エッフェンベルグの祖先が活きていた当時の『ザントマン』ではない。
 ……そもそもカノンの一連の話は――熱砂の恋心の話は相当昔の事だという。エッフェンベルグの何代も前と言う事ならばそういう事であり、ならばその時のザントマンは生きていない可能性もあるが。
 逆に――確実に死んでいるという話もない。
 幻想種は永い時を生きるし、そうでなくとも多種多様な者達が住まうこの混沌では長命である者など決して珍しくはないのだ。何がしかの理由でまだ『悪意』がこの世界のどこかにいる可能性もあり……
 ならば。
「もしお前をこんな目に合わせた奴がまだ生きてるなら……」
 そんな奴がまだのうのうと生きているのなら。

「そいつの事は俺が必ずぶっ倒す」

 目を開く。目に映る深緑の景色は何もかもが美しく――だからこそ思う。
 もう二度と、カノンと同じ境遇の者を生み出させなどしない。
 もう二度と、この手に掴めない命を出したりなどしない。
 もう二度と――
「何も出来ないなんて御免だからよ」
 固く紡ぐは意思の象徴。
 握り締めた拳の圧はかつてないほどに――強く。
 心の内で静かに猛る決意が彼の行く末を指し示して。
「――だから安心して眠ってくれ」
 同時。呟いた言葉には、彼の優しさだけが詰まっていた。
 ラサで傭兵として長く過ごせばどうしても現実的な物見をする様になる事がある。薄情というのは少し違うが――目の前の事象が、人が。利益になるかそれとも己にとって不利益となるか、信頼できるかそうでないか。
 されど。
 今この時、ルカの根に在る感情があらゆるを凌駕して。
 ――確かに魂を動かしていたのだ。人の情たるソレが、確かに。
「じゃあな、カノン。また次いつ来れるかは分かんねぇけど。
 少なくとも奴さんをぶっ倒したら必ず――」
 来るからよ、と。
 綴ろうとして――その時。目の前に一つの風が吹いた。
 顔に当たればふと目を閉じる。それは反射の様に。耳に届くは周囲、散った葉が舞い上がる様な音。
 目を閉じたのはほんの一瞬であった。開いたのはその一瞬の後で。
 ――さすれば。

「カ、ノン」

 それは泡沫の夢。思わず息を呑んだ、たった一瞬の夢幻。
 大きく散り昇った多くの木の葉。作られし帳の先に。
 微かに見えた――紫髪の、少女。
 見間違う筈がない。その色は、あの日。確かにこの瞳が映した現実。
 だから。
 あの時届かなかった手を伸ばして――
「――!」
 瞬時。再び吹いた強風が、ルカの目を塞いだ。
 木の葉を手で掻き分け、やっとに見据えた先には――何もない。
 消え失せている。
 其処には誰もいない。いや、其処には誰もいる筈がない、のだ。
「……ははっ」
 死人は決して生き返らない。
 だから、今見た景色はきっと何かの間違いなのだろう。
「ああ分かってる――必ずまた来るさ」
 でも、それでも。
 確かに見たのだ。ルカ・ガンビーノは確かに見た。
 もうどこを探しても決して届かないと思っていた――

 あの娘の微笑みが、確かにそこに在ったんだ。

  • あの娘の微笑み完了
  • GM名茶零四
  • 種別SS
  • 納品日2020年09月05日
  • ・ルカ・ガンビーノ(p3p007268
    ・カノン・フル・フォーレ(p3n000123

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