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SS詳細

ヨタカとリリコとあと武器商人の話~内緒内緒~

登場人物一覧

リリコ(p3n000096)
魔法使いの弟子
ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
楔断ちし者
武器商人(p3p001107)
闇之雲

 真夏の空から雪が降る。熱帯の香り漂う羊歯に、不死鳥の名を関する木々に、実をたわわに付けた椰子に、翠あえかな芝生に。
「……お招きありがとう」
 黒光りする馬車から降りてきた少女は、雪のせいも相まって普段以上に人形めいて見える。ヨタカはリリコへ手を差し伸べ、重ねられた手のひらのぬくもりを確かめてほっとする。子どもにしては、リリコの体温はずいぶんと低い。今日みたいに雪の降る日、窓辺に置いておいたら本当に人形と勘違いしてしまいそうだ。そんな少女が歩いたり瞬きしたりしながら、おとなしくヨタカについてくる。なんだろうこの感覚。どこかで覚えが。
(……あ、紫月だ……。)
 ヨタカは番の相手を思い出していた。全体の印象は違うけれども、生きて動いていることに違和感を抱くところがすこし似ている。確かにぬくもりがあるのに。吐息を重ね合わせることだってできるのに。ソレはいつも遠い。リリコも少しだけ似ている。少女には年相応の明るさがなく、常にどこかしらよそよそしい。しゃべる前に一拍置く癖は、伝えるべき内容を取捨選択しているのだろう。そんなに気を使わなくてもとヨタカは思う。
 テラスへ案内すると、ヨタカは白いチェアーを引いてリリコへ目で合図した。そこからは雪に濡れる庭がよく見えた。寒くはない。暑くもない。適温。ちょうど、午後のお茶が欲しくなるような。
「…いらっしゃい、リリコ…。今日はただのお茶会だから…肩の力を抜いて…楽しんでほしい…。」
「……ん。そうする。小鳥、私の銀の月は?」
「…紫月は…後からくるよ…。…ケーキを焼いてくれてる…楽しみにしていて…。」
「……それはすてきね」
 向かいの席に座ったリリコ。ヨタカはその正面に座り、さて、とティーセットへ手を伸ばす。保温ポットの熱湯でカップを温める。青みがかった茶葉はティーポットへ。ゆっくりとカップへ茶を注ぎ入れると、それは夏の空色に染まっていた。
「……バタフライピーかしら」
「…当たり…。…レモンティーにすると色が変わるって、知ってた…?」
 少女はうなずいた。
「……アントシアニンがレモンのクエン酸に反応し青から赤に変わる」
「…くわしいね…。」
「……と、ベネラーなら言うわ」
「…ベネラー…。…ああ、あの子か…。」
 少年の噂は番から聞いていた。頭はいいけれど、ずれている子なのだと、笑いながら話していたっけ。孤児院へ遊びにいった後の武器商人はたいてい機嫌がいい。それはいいけれど、もうちょっと俺のことも見て、なんて思うのはやはり大人気ないだろうか。たとえば……。
 ほっこりと湯気をあげるバタフライピーの奥で、リリコが続きを待っている。もともと自分からべらべらしゃべる子ではない。そして実はヨタカ自身も、気の合う仲間以外と話すのは緊張してしまう。それがリリコ相手でも、いや、リリコ相手だからか。
「……小鳥」
「…何…?」
「……言いたいことがあるなら言ってほしいの」
「…俺、そんな顔してた…?」
「……口元が嘴みたいになってた」
 わあ、なんたる失態。落ち着け、とヨタカは自分に言い聞かせる。こんな小さな子どもだぞ。でもでもと、ヨタカの深層心理からあぶくのように想いがはじける。こんな小さな子どもでも、だ。この子はきっと、紫月のことを……。どうしよう。聞きたい。聞くべき? いや大の男が。でもだって気になる。喉に刺さった骨みたいに。吐き出してしまわないと、そのうち炎症を起こしそう。それはたぶん、紫月もこの子も、求めてない。そうであれ。ええいままよ。
「…唐突だけど…。」
「……何?」
「…リリコは紫月のことをどう思ってる…?」
 少女はたっぷり5分くらいは黙っていた。1+1の証明をせよと言われたかのように。答えは2だが、そこへ至るまでの道のりが説明できない。そんな顔だ。
「……信頼、かしら」
 ようやく出した返答はそれだった。ヨタカはまた唇がとんがらかるのを感じた。だってほら、紫月のことになると、リリコは陶器のような無表情が崩れて目元が和らぐ。リリコの方もヨタカの不機嫌を察したようで、なにか悩んでいるようだった。
「……私の銀の月ならと、信じて頼っているの。それではダメかしら」
「……。」
「……私と小鳥が同じだとは思わない。ちょうどこのお茶みたいに」
「…バタフライピーが、どうかした…?」
「……このお茶は水によっても色が変わる。軟水を使えば紫に、硬水を使えば緑に。私と小鳥をこれで染め上げても、同じ色にはならないと思う」
 なんだかうまくはぐらかされたとヨタカは思った。よくよくリリコを見れば、おや……どういえばいいのだ、これは、どこかで見たことあるぞ。あ、ばあやだ。ばあやがよくこんな目をしている。俺のやることをほほえましく見守ってる時の顔だ。
 一気に恥ずかしくなったもんだから、ヨタカは枕に頭をうずめたくなった。
 なにをやってるんだ俺は、こんな子ども相手にライバル心なんか抱いて。しかもさらっとかわされたうえに、やさしーい目で見られてる。百面相、我慢してへの字口。隠すためにお茶をがぶがぶ。華奢なカップの中身はすぐなくなった。リリコが二杯目を入れてくれる。
「…ありがとう…。」
「……ん」
 口調はそっけないが、リリコの目元は緩やかに弧を描いている。笑われているのだろうか、頬が熱い。気恥ずかしい。
「……ふしぎね、小鳥は何を不安がっているのかしら」
 急にズドンと核心を撃たれ、ヨタカはカップのふちをかみ砕きそうになった。
「私でよければ話を聞くわ」
 と、リリコは言う。
「…いや、でも、そんな…。」
「これでも情報屋。守秘義務は心得てる」
「…そうだけど、俺みたいな大人が…。」
「言いたくないなら別にいい」
「……やっぱり聞いてほしい……。」
 だってだってとヨタカは自分に言い訳した。紫月のこと、腹を割って話せる相手、ほとんど、いやまったく? いないもんな……。他の眷属にしゃべったら、鼻で笑われそう。真砂さん? ダメダメ、気をまわしすぎて大事になる。あくまで内密かつ俺に寄り添って真面目に聞いてくれる……あれ、ぴったりじゃないか? この子は。
 頭の中、打算のそろばんパチパチ。天秤にかけるのは恥と外聞、対になるのは聞いてほしい気持ち。ぐらぐらしたあげく、気持ちにがくんと傾いた。
「…笑わないでくれるか…。」
「ん」
「…紫月は、博愛主義だろう…?」
「ん」
「……愛してくれる…。…でも独り占めはしてくれない…。」
「そうなの?」
「…紫月は受け身なんだ…。…過去に何度か…相手の命が終わるまで共にしたことがあると言っていた…。」
「……そう」
「…紫月はそれを結婚と言っていた…。…俺は番だけど、結婚はしてない…。…それに所詮、眷属のひとりだ…。……いつか俺以上の相手が紫月に現れたらと思うと……夜も眠れない……。」
 いつでもどこへでもお行きと……それは俺を思っていってくれる言葉なのか、それとも紫月が張る予防線なのか。
 リリコは青い茶を一口飲み、しばらく目を伏せていた。そして顔をあげる。
「だったら小鳥の方から誰よりも何よりもぎゅっとしていたらいいのではないかしら」
「……そういうもの……?」
「銀の月は博愛主義なんでしょう? でもその銀の月が隣に置いているのは他の誰でもない、小鳥だわ」
 そうかな? ちがうかしら? そうかも。そうよ。
 視線で会話して、ヨタカもすっかり冷めた茶を一口。
「…本当にそう思う?」
 声にだして確認。
「本当にそう思う」
 おうむ返しで返事。
「本当の本当で本当に…?」
「本気の本気で大真面目」
「本当かなあ……」
「本当よ」
 なにかな、これ。むずむずする。落ち着かない。変な汗かいてる。バタフライピー、アイスで飲みたい。ミルクと砂糖たっぷりいれて。胸がポカポカする。あとちょっとドキドキ。言葉が膨らんで、のどの奥を押し上げてる。三杯目を飲む前に、クラッカーみたいに弾けて飛び出た。
「俺、紫月に愛されてる?」
「そう思う」
「だよな?」
「うん」
 来ました、太鼓判。うれしい、やったあ! 頭がパンクしそう。机の下で拳、握りしめてみたり。にやにや、止まんない。一応ハンカチで口元覆いましたが、どこまで隠せてるやら。
「…だよな、だよな…! この間、温泉に行った時も、俺のこと、気遣ってくれて…! …うれしかった…!」
「ん」
「…紫月はさ、ああ見えて、けっこうオトボケなところがあるのもな…すごくいい…。」
「うん」
「…さみしがりで…誰にでも声かけるけど…一番大切にしてくれてるのは俺、だと思う…。」
「そうね」
「…俺を見るとハグしてくれるし、ああ、その、紫月はスキンシップが好きなんだ、俺も紫月とするのは大好き…! なんだかほっとするし、その日嫌なことがあっても、まあいいかって気分になれるし、紫月もそんな気分になってくれてるかな…どう思う…?」
「なってる」
「…あとあと、最近だと希望ヶ浜の先生に俺が、なったんだけど、俺の授業を受けたいからって紫月は生徒になってくれて…! 練達でもいっしょ……!」
「どこでもいっしょね」
「…うん、そう、いっしょで! …それが、すごく、うれしい…!」
 うれしいんだうれしいんだ、とにかく毎日うれしくて、だから不安になるんだ。こんなに幸せでいいのかって。
「だったらしっかりぎゅっとしてないとね、小鳥」
 そうだねリリコ。鳥籠が開いていたって、出ていかなければ済む話。なんだ、とても簡単。シンプルイズベスト。俺は紫月が好き、紫月も俺が好き、以上、おしまい! 明日になったらなったで、またぐるぐる悩むのかもしれないけれど、ひとまず今はこの、味わっていたい有頂天。トップオブザワールド? いいや、オーバーザムーン。紫月よりも高い銀河から、おいでおいでしてみようか。たまには俺が誘ってもいいだろう? 両手いっぱい広げて、いらっしゃいませのポーズで。
 若干酸欠の頭、口車は止まらない止められない。昨日はああでこうで、一昨日はなにしたどうした。ためにためていたので、一度決壊しますと、もう止まりません、のろけ。踏んでるんだ、これでも、ブレーキ。忘れてはないはず、年長者の威厳! そうは申しましても、これがなかなかの苦行。不随意に笑っちゃいそうな顔をむりやり抑え、眉など寄せましてしかめ面、微に入り細に入り詳細にたわいもない日常の喜びを語る。講師みたいな見た目と、言ってる内容が空中分解。リリコは静かに微笑んでいる。
 真珠の首飾りを手繰るように、思い出は次々と。
「…で、それで紫月が……。」
「我(アタシ)がなんだって?」
 横から飛んできた声に、ヨタカは押し黙った。
「……遅いわねって話してたの」
 ありがとう、ナイスフォロー。心の中でサムズアップ。ヨタカは無意味に襟元を整え、三杯目をからにした。
「おや、小鳥がこんなに飲むなんて珍しいね」
「…ああ、忘れられない味だ…。」
「気に入ったのならまた仕入れておくよ」
「…よろしく、紫月…。」
 武器商人は笑顔で大皿をテーブルへ置いた。すみっこがちょとよれてる、まあるいケーキ。半月状の焼き林檎がきれいに並べてある。
「お待たせ、今日の主役はタルトタタンだよ。最近はあちこち出歩いてたいへんだろうリリコ。林檎は旅人の友人だからね、これを食べて精をお付け。釜から出す時ちょっと崩れちゃったけれど、そこは御愛嬌ということで」
「……釜?」
「…釜でどうやって焼いたんだ…?」
「炊飯器」
「「すいはんき」」
「仕入れたはいいけれど商談が流れたのが倉庫で眠っててね。ものはいいから使ってみた」
 \武器商人は時短レシピを習得した/
「…我が家にそんなものが…。」
 リリコがヨタカにそっとささやきかけた。
(……でもきっと小鳥の分はオーブンで焼くわ)
(…そうかな…。)
(そうよ)
「なんだい、我(アタシ)を除け者にしてふたりだけで」
「……なんでもない。それより小鳥。私、小鳥の演奏を聞いてみたいわ」
「…そういえばまだだったな…。…ヴィオラを取ってくるよ…。」
 かわすのは共犯者の視線。できちゃった、何でも言える相手。ヨタカが立ち上がろうとした。そこを武器商人にぐいとひっぱられる。
「いいもんね。ふたりだけでって言うなら、我(アタシ)はこうしちゃうから。さァ、なんでもお言い。聞いてないふりをするから」
 ヨタカとリリコの肩を抱き、武器商人はケラケラ笑う。
 真夏の空から、雪が降る。

  • ヨタカとリリコとあと武器商人の話~内緒内緒~完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 納品日2020年08月31日
  • ・ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155
    ・武器商人(p3p001107
    ・リリコ(p3n000096

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