SS詳細
銀針に愛をこめて
登場人物一覧
●
そのピアスは、鬼灯のような形をしている。
青い鬼灯と銀細工の葉。飾りは小さめで、振ればしゃらりと音を立てた。アーリアは其れを眺めて、溜息をつく。
くれたのは大切な友人だ。出来ればこれを付けて、街を歩いてみたい。というか、ただでさえピアスは可愛いものが多いのだ。だけど――
アーリア・スピリッツは、まだ清い耳のままだった。
●
「で、私にお願いをと」
「そうなのぉ! こんな事頼めるのみでぃーくんしかいないのよぉ!」
アーリアの部屋。いつものように飲みに誘われたかと思ったら、正座した彼女が言った言葉。「ピアスを開けて欲しい」。
おねがい、と目の前で手を合わせる恋人を見て、ミディーセラははあ、と吐息のような相槌のような声を漏らした。
ちなみに彼は既にピアスを開けている身だ。長く生きれば己の体に頓着はなくなる……というか。まあ、魔導具のなかにはピアス型のものもある……というか。
だから、正直に言ってしまえば――ミディーセラは余り乗り気ではなかった。だって極論すれば、ピアスを開けるって、彼女を傷付けるって事じゃないですか。例え同意の上でもそんな事はしたくないし、何より、ミディーセラには判るのだ。アーリアは怖がっている。一人でぱちんと開けられなかったのが其の証左。
「…本当に良いんですか? 怖いんでしょう?」
「良いわよぉ! まあ、怖くないと言ったら嘘になるけどぉ……でも……」
ちゃんと事情は説明してある。お洒落をしたい。友人から折角もらったアクセサリをつけたい。でもやっぱり、自分でぱちんとするのは怖い。
二人の間には、氷の入った袋とピアッサー。わざわざ練達製のものを購入している辺り、アーリアの本気度が伺える。ここで開けなければ、多分ずっと開けられない。ピアスをくれた友達に顔向けが出来ないと嘆く彼女は、年相応の女性だった。ミディーセラはアーリアのそういうところが好きだった、から。
「……。わかりました。じゃあ、開けましょうか」
「やったぁ! みでぃーくんだいすき!」
溜息と共に折れたのはミディーセラだった。両手を開けて喜ぶアーリアに、喜んでいいのかとミディーセラは心中で呟く。
怖いんでしょう? 痛いんですよ? 喜んでいいんですか?
●
ピアスを開けるときは耳を冷やして、感覚を麻痺させるのがよい。
それくらいはアーリアも知っていたので、氷の入った袋を用意しておいた訳だが。じんわりと耳たぶを冷やされると、これから痛い事をしますよと予告されているようで、ほんの少し心が恐怖に震える。
どれくらい痛いのかしら? 一瞬で終わるかしら? まさかみでぃーくんが失敗なんてしないと思うけれど、私のアフターケアが巧くいかなくて膿んだりしたらどうしよう?
ミディーセラが氷で耳たぶを冷やしている中、アーリアはまるで焦らされているようにそんな事を考えていた。――いや。焦らされているのだが。
本来ならこんなに長い時間をかけてひやさなくてもいいのだ。耳たぶという場所は、余り感覚の鋭くない場所だから。
「ね、ねえ。まだぁ?」
「もうそろそろですよ」
焦らして楽しいだなんてそんな。ミディーセラはおくびにもださず心配げなアーリアに返答を返す。うーん、もうちょっとかしら、なんて時折呟いてみたりして。
しかしアーリアは気が気でないのである。直ぐ傍にあるミディーセラの服を握り、いつ「開けますよ」と言われるかと戦々恐々としている。
「そろそろかしら」
そして其の時は来た。アーリアの身が判りやすく強張った。
氷が離されて、かちゃりとミディーセラがピアッサーを取る音がする。自分はこれからこの人に、耳に穴を開けられる。
……不思議とどきどきしていた。
●
「もう…! もう!! みでぃーくんのばかぁ!」
「ふふふ」
結論から言うと、アーリアの耳にはピアス穴が無事に開いた。消毒もしたし、最初に付けておく専用ピアスも嵌っているし、嫌な痛みもない。
だが、其れまでが長かった。ミディーセラはわざとピアッサーをかちゃかちゃ鳴らしてみたり、「ああ、少しずれました」なんて言ってピアッサーの針で耳たぶを掠めたり、めちゃめちゃに焦らしたのだ。
アーリアの眸が潤むのも無理はないだろう。こんな仕打ちってないわぁと泣き出しそうな彼女の頬に片手を添え、大丈夫ですよと笑いかけながら不意打ちでピアッサーを、ぱちん。
「ひどいひどい! 心の準備出来てなかったのにぃ!」
「ふふふ。あんまり固まっているときに開けても、ズレたらいけませんからねぇ」
「だからってあんな、安心したと思ったら、ばちんって……」
「……痛かったです?」
こてん、と首を傾げるミディーセラに言葉を詰まらせるアーリア。痛くは、……なかった。氷で散々冷やしたおかげか、気がそれていたおかげか。
ミディーセラの細い指が、アーリアの耳に触れる。ああ、これはわたしのもの。心中で呟く。また一つ、あなたにわたしを刻んだ。これからも、きっと幾つも刻むのだ。
「……みでぃーくんのいじわる」
むくれるアーリアは、彼の喜びに気付いているのだろうか。ピアスを開けてと頼まれる相手が自分でよかったと思っている事に、気付いているのだろうか?
気付いていないなら尚更――ああ。“今のまま”の貴女が良い。
ミディーセラはそれ等の思いを笑顔に閉じ込めて、アーリアが忘れていそうな事実を紡いだ。
「じゃあ、もう片方も開けましょうか」
「……あっ」
アーリアはちょっと寒気がした。もしかして、もしかして?
其の予感は間違っていない。だって――ミディーセラの表情はとても楽しそうだったから。