PandoraPartyProject

SS詳細

海色の感情

登場人物一覧

華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
彼女への黙祷を
リア・クォーツ(p3p004937)
壊れる器


 降り注ぐ日差しの中を、潮風の香りが漂っていた。
 海がもう近くにある。
 そう感じて、華蓮は閉じていた瞳を開けた。
 同時に、全身へと上下の揺さぶりが来る。
「んぐ」
 馬車の車輪が小石に跳ねた振動だ。
 思わず飛び出そうな声を飲み込んで、ソッと視線を下へ。自身の膝へ頭を乗せ、すやすやと眠る子供の顔にホッと一息を吐き出して、改めて外を見た。
「わぁ」
 一面、青い世界がそこにはあった。
 海と空の、曖昧な境界線が混じり合った景色だ。
 それが、右から左へと流れていく。
「あ、起きた?」
 見入っていると、向かいからの声。
 ついと視線を向けると、そこには微笑みを浮かべたリアの姿があった。
 自分と同じように、膝で子供が寝てしまっている。
 それも二人。
「悪いわね、面倒みてもらっちゃって」
 リアが指すのは、膝の子供の事だろうと、彼女は理解する。
 ……まあ、脚が痺れているのは、ちょっと大変だろうけれど。
「慣れているし、全然構わないのだわ」
 華蓮にとっては、誰かの世話をする事は嫌ではない。というより、率先して手や口を出すタイプだという自覚もある。
「それに昨日は、寝るのが遅かったのだわ」
「皆楽しみにしてたもんねー」
 子供達との海水浴は、計画して実行されたものだ。
 期待値がヒートアップしていく日々は、大体、前日の夜に最高潮を迎えるというのは、どこもそうなのだろうと、そう思う。
 だから。
「だから、そんなに申し訳ない顔は無しだわよ。私も、似たようなものなのだわ」
 当日が楽しみで少しばかり、夜更かしに付き合ったのは、まあ、言い訳ではないけれど、良かったと考えていた。
 朝から元気だったなら、今こうして静かに揺られてはいられなかっただろうから。
「二台にしたのは、正解だったかもね」
 膝の子供、レミーの顔にかかる髪の毛を指でそっと払ってリアは言う。
 こちら側、二人が乗る馬車には、他に三人の子が乗っている。
 レミーとソード、それからファラ。修道院で暮らす内の、比較的幼い組だ。
 残りの四人は今頃、追従したもう一台に揺られているだろうし、もしかしたら同じ様に居眠りしているのだろう。
「もうすぐ着くわね」
「……楽しみなのだわ」
 ガタンとした縦の揺れを味わいながら、二人は外を見る。
「暑くなりそうね」
 吹き込む風の熱に、頬を伝った汗を拭って、リアは静かに一息を吐きだした。


「いや暑すぎなのだわ」
 と、華蓮の怨めしい視線が空に向けられていた。
 眩しさにしかめた顔を横目に、リアは苦笑いを浮かべる。
 ……確かに暑いわ。
 浜辺は人が多い。敷地で見た人口密度で言えば、その数は少ないのだろうが、三歩も歩けば誰かとすれ違う様な、そういう活動的な流れというのが作られている。
 更衣室も入れ替わり立ち代わりで、慌ただしく水着へと着替えたモノだ。
「うーん、夏ね」
 数分前の出来事を懐かしむ遠い目をして、さて、とリアも動き出す。
「とりあえず……パラソルでも立てる?」
 遊ぶにしろ休むにしろ、拠点が要る。
 有り余る体力を使い果たすまで動き回る、という年頃がいるからだ。
 目を光らせておかねばと、リアはそう思っていた。
「確かに……陽射しに当たっているだけで、中々のダメージがくるのだわ……」
 だくだくと溢れる汗を指で払っている華蓮も限界かもしれない。
 そう観察するリアにしても、この暑さは堪える。
「よし、じゃ、パラソル借りれるみたいだしちょっと行って」
 だから、到着の時に軽くチェックしておいた海の家へと、貸し出しの申請へ行こうとして。
「お?」
 振り返り様にずい、と押し付けられた物体に阻まれた。
「ドーレ?」
 浅黒肌の少年が、自分を見詰めている。
 ……というか、半目を向けられてる?
「なにボケてんだよリア、立てんだろ」
 再度、押し付けの力が来る。
 それを両手で受け取って、我に返ってみればそれは、借りようとしていたパラソルだ。
「ちょっ」
 と。
 投げる言葉が届くより速く、少年は既に離れて、子供達を相手にしていた。
「気が利く子なのだわね?」
「いつもはやんちゃ筆頭みたいな子だけど」
 よく喧嘩もするし。
 素直じゃないし。
 それでミファーにはよく苦労をさせてしまっているし。
 でもある時分から、そういうのが変わったような気もしている。
「なら、それは成長なのだわね」
 華蓮はそう言うが。
「どうかしらね」
 どうだろう。
 変化は微細な物だとも思う。多分、自分と、それからシスター辺りは気が付いただろうけれど、それもはっきりとした感知ではないはずだ。
「子供は、知らず知らずの内に大人びていくものだわ……」
「あなたが言うとほんと、説得力の籠り方がハンパ無いのよね……!」
「あら、それは――ふふ、当然のことなのだわ」
 唇に指を添えて微笑む彼女は、妙に大人びて見えた。


 太陽は直上を通りすぎ、緩やかに水平線を目指していく。暑い時間帯をようやく過ぎた時分だ。
「夕方前とは、実感の沸きにくい季節なのだわ」
 カラン、と歩く度に、両手で持った袋から小気味良く音がする。
「……大丈夫かしら」
 ふぅ、と、息を吐いて、肩越しの振り返りを一つ。
 見えるのは賑わいのある屋台が並んだ通りだ。
 焼きそばに始まり、二つ向こうにまた焼きそばを挟んで、最奥に焼きそばで締められている。
 ……海の家、安直が過ぎるのだわ……。
 もっとこう、かき氷とか、アイスクリームとか、暑さを和らげるバリエーションを増やそうとは思わなかったのだろうかと考えずにはいられない。
「お嬢ちゃんどうだい、ラーメンあるよ!」
「いやなんでなのだわ」
 麺のバリエーションできたかぁ。
 これが海の魔力というやつだろうと、そう思う。が、誘ってくる店主に愛想笑いでスルー。パラソルの下へ戻ってきた華蓮は、辺りを見回した。
「まだ誰も戻ってきて無いようだわ」
 子供達は遊び続けているのだろう。
 確か、最後に休憩をしてからはまだ、一時間も経っていない筈だ。
「……まだ大丈夫でしょうけれど、帰りの時間を考えるとそろそろ、なのだわ」
 袋を傘の根元に添える。
 ちらりと覗く二つの細い瓶はラムネの容器だ。
 結露で流れる水滴は冷たそうで、喉に流し込んだら間違いなく爽やかで気分も良くなる確信がある。
 ……誘惑だわ。
 手を出したい気持ちをグッと抑えて、再度来た道を振り返る。
 人混みだ。
 朝に比べれば少なくなった行き交いがある。
 その向こうに、リアは居るのだろう。
「夏だものね」
 思っていたより、ラムネの需要が高かったのだ。
 買い出しに出たのはいいが、二、三軒回って買えたのは二つ。
 人数分を確保しようとしていた身としては、芳しくない結果だ。
 そこでリアは、「ちょっと他のお店回ってくるわね!」と一声告げて行ってしまった為、華蓮は先に戻ってきたというわけだ。
 バイタリティーに溢れていると、華蓮は思う。
 遊び疲れはお互い様なのに、自分を気遣って一人で動く辺り、優しさが過ぎるとも。
 特に意識もせずそうできるのが、リアという人間であり、華蓮が憧れ、目標としている部分だ。
「私も、しっかりしないとだわ」
 ぎゅ、と拳を握る。
 憧れを憧れで終わらせるつもりは無い。
 そういう気持ちの改めを感じて、
「何をしっかりするんだい?」
 不意にある、背後の声へと振り返った。
「っ」
 息を飲む音がした。
 いや、実際には自分にしかわからない音だが、振り返った目の前、結構な至近距離に赤の他人が居たのだから、驚くのも無理はないだろう。
 しかも、二人だ。
 爽やかな笑み――の様でいて、どことなく嫌な印象の笑みを浮かべた、二人の男。焼け焦げた肌に、パンツとシャツ、それから甘い匂いのする男だ。
「あ、ごめんねーお姉さん。いや別に、びっくりさせるつもりじゃなくてさ」
 そこまでを観察していると、左右へ分かれる様な動きで二人は華蓮の隣に移り、人懐っこい雰囲気でそう言った。
 ……嫌な感じだわ。
 思考ではなく、本能でそう思う。
 一歩を下がって距離を取れば、然り気無い動きで距離が詰められる。
「そんなに警戒しないでさ、ちょっと向こうで休憩しない? ちょうど良い店知ってんだよねぇオレたち」
「そーそ、しかも涼しいしさ、まだまだ暑いから嫌っしょ?」
 これ、ナンパ?
 華蓮はそう判断し、んっ、と咳払いを一つ入れて言葉を遮った。
「あ、おっけー? いいねお姉さん、ね、名前教えてよー」
「は?」
 意図が伝わらなかった上、勝手な解釈を得たらしい男は、肩を抱こうと手を伸ばして来た。
 咄嗟の事で反応が遅れ、しかし間一髪でそこから逃れた華蓮は、飛び退く様に距離を離し、それから恐怖する。
「わ、悪いけれど、今は友人が帰ってくるのを待っている所なのだわよ」
「え、じゃあ丁度いいじゃん。合流してさぁ、皆で行こうよ……二人なんでしょ?」
 男が一瞬、ラムネの瓶を見た。
 目敏いし、状況の把握と推測が速い。というか丁度良いとは何なのか。
「ね、お姉さん、いいよね?」
「いや、だから、わた、し……」
 声が、詰まる。
 不安から来る呼吸の荒れが、明確に拒絶しなければと思えば思うほど、その意志を阻害していた。
 だが、男達はそんなものはお構い無しで、開けた筈の間合いは詰められて。
「や――」
 言葉にならない悲鳴を上げ損ねた華蓮を、力強い腕が捉えた。


 リアは、人並みを泳いでいた。
 暑い中、ラムネを求めて歩き回った甲斐無く、得られたのは一本だけだ。
 成果としては情けない。
「うーん、いっそ二人で飲んじゃって、皆にはお茶だけとか」
 バレたら凄い言われそうだなぁ。
 いやいやバレないでしょ。
 そんな天使と悪魔が脳内で自問自答を繰り広げる。
「ま、そんなの、頷かないだろうけどさ」
 ただまあ、リアの悪魔が勝ったとして、華蓮が良いよと言うのは考えにくい。
「優しい人だもんね」
 自分だけがちょっといい想いをする、なんて、しないだろう。
 それが修道院の子達相手ならなおさらだ。
 それくらいの付き合いはあるし、そうでなくとも、他人の為に何かをする事を躊躇わない様な性格でもある。
 だからこそ、自分も安心して素をだせているのだろう。
「と、そんなことよりラムネどうするか相談しなきゃね」
 公正にじゃんけんかなぁ、それとも小さい子に譲るのも正しいかなぁ。
 んー、と、考えを巡らせながら、パラソルへと向かう遠目に、リアは見た。
 華蓮と、知らない男二人の姿を。
 彼女から見て、華蓮は背を向けていて、男を正面に見える位置になる。
 その二人はやけに親しげで、もしかしたら知り合いとたまたま出会ったのかなとも思えた。
 奇遇な事もあるものだと、時間を邪魔するのも悪いかも知れないと考えて、狭くした歩幅で行く。
「……ん?」
 だが、おかしいと気付いたのは、それから直ぐの事だ。
 華蓮が、相手から距離を離した。
 それも、逃げるような動きで、だ。
 もしかして、知り合いではなかったのだろうか。
 じゃあ一体、彼らは誰なのだろう。
 浮かんだ疑問に対する思考は、
「――は?」
 怯え、助けを求める、華蓮の横顔が見えた瞬間に消えた。
 行く。
 手にしていたラムネを取り落としたが気にならない。
 どこのどいつか知らないし、関係性もわからないが、華蓮に"そういう表情"をさせた時点で、リアの行動は決まっているのだから。
 だから行き、伸ばされた手を掴ませない為に自らの手を伸ばして、奪い取る様にして引き寄せ抱いた。
「ねぇ、悪いんだけど」
 腕の中にある熱を、離さない為に力を込め、寄せ付けない為に睨みを強くし、そうして。
「この子、あたしの連れだから」
 冷ややかに言い放った。

 腹が立っていた。
 悪い奴がいて当然だと予想しなかった、危機管理しなかった自分に。
 ……いややっぱりコイツらが悪い。
「あー、え、お姉さんゴカイしないでよー俺ら別に変なことしてないしさ、ね?」
「てゆーかマジ二人ともレベル高くね? 折角会えたんだし一緒にアソボーぜ、海に来たんだしさぁ。可愛い顔で怒らないでよー」
 解りやすいタイプなんだと、リアは思う。
 台詞は薄っぺらくて、ただでさえ不快なのに対面しているせいで不愉快な旋律が頭に響く。
 加えて、
「そんな臭いさせて海に何しに来るんですかね」
 気持ちの悪い甘ったるい匂いは香水だ。始めから、水に入るつもりが無いのは明白で、見え見えの嘘が嫌悪感を加速させていく。
「とにかく、私達は間に合ってますからどうぞ、他を当たって下さい」
 だが、ここで言い争うのは本意ではない。
 何よりも、華蓮の震えを感じるからだ。
 早急に目の前から消えて頂かなければならない。
「いやいや間に合ってるってさぁ、まさか女同士で付き合ってるワケ?」
 小馬鹿にした声。安直な思考。偏見。
 そのどれもがムカつくと思うが、リアはつい華蓮の方を見てしまう。
 上目遣いに、困惑で潤んだ視線が自分を捉えていた。
「――それがなにか問題でも?」
 腰に回した手を引き寄せ、逆の手で華蓮の後頭部をそっと支える。
 そして、大きく開かれた瞳を見据えながら。
「ん」
 二人の肌は重なった。


 ……ど、どきどきしてるのだわ……!
 高揚感を、華蓮は自覚していた。
 見せ付ける為に行われた口付け――のフリは、男達を呆然とさせ、その場から撤退することを成功させた。
 とても気恥ずかしい。
 何より、本当にされたとしても、嫌では無かったと思う感情があることが何より照れてしまう。
「ぁ、あの」
「ん、なに、どうしたの、なにかあった?」
 きりりとした顔が至近距離に来た。
 心臓にはあまりに悪すぎる。
「ち、ちか、ちかいのだわっ」
 思わず、そう言葉にしてしまうと、
「…………あ、あー、ははは。ご、ごめん」
 申し訳なさそうにリアは離れようとするから、華蓮は慌てた。
 嫌じゃないのだと、そう伝えたくて、でも言葉はつっかえたみたいに出せなくて、だから。
「ぁ」
 その腕に抱きついて示した。
 変な沈黙と硬直があって、何かを言わなければと思えば思うほど、思考は真っ白になっていく。
 ただ、華蓮のそんな混乱を、リアは察したのだろう。
 何も言わず、待ってくれていた。
「その、まだ……また、あんなことがあったら怖いのだわ、だから……」
「うん、任せて」
 気持ちは伝わり、ぎゅうっと繋いだ手は離れない。

 ……これは、何かしら?

 華蓮は、リアは、自問する。
 胸にある気持ちは不思議な感じだ。
 大切な人と居る。そういう感情ではあるが、それが男達へ告げた様なモノではないと、二人は知っている。
 何故ならそれは、もっと、どうしようもない程に激しい想いの噴出なのだと、身をもって知っているからだ。

 ……じゃあ、これは?

 わからない。
 繋いだ手に力を込めて自答する。
「もう少し歩きましょうか」
「ええ、付き合うのだわ」
 今は、それでいいと、沈む夕焼けを見て思う。
 もう少し、二人、このままで。

  • 海色の感情完了
  • GM名ユズキ
  • 種別SS
  • 難易度
  • 冒険終了日時2020年08月30日 23時05分
  • 登場人物2人

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