PandoraPartyProject

SS詳細

On the Rails.

登場人物一覧

ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
ルルゥ・ブルー(p3p006410)
水底の夢

 うだるような、世界の全てが熱気に包まれたような──夏。
「あっつ……」
 ガスマスクの中は蒸れて仕方がない。ジェック(p3p004755)は照り付ける太陽にうんざりしながらもふらりふらりと歩いていた。細く華奢な体はともすればすぐさま倒れてしまいそうだが、流石にこの状況で何も用意しないほどジェックは考えなしではない。
(けど、この調子だとあっという間になくなっちゃうな)
 腰から下げた水筒──ガスマスクでも飲めるよう、ストロー付き──はもはや軽い。住処としている廃屋から若干離れているとはいえ、この暑さは異常と言って差し支えないだろう。
 廃屋に居ても暑いが、それでも日影があるから外にいるよりはマシ。だというのに彼女が出歩いているのは勿論理由がある。常日頃、依頼を共にしている武器を手入れに出したところだったのだ。
 道具は消耗品と言う。使えば摩耗し、傷がつき、壊れていく。使い物にならなくなる前にこまめなメンテナンスが必要だ。基本的な手入れなら一般人程度の知識でも可能だが、より繊細な手入れはその道を極めた者に託す方が確実で。
 故に今、ジェックは銃を背負っていない。軽い背中がなんだか違和感を感じるほどに、武器を身に着けている時間が長かったのだと感じさせられた。勿論代わりの武器は身に着けているが些か心もとない気もする。
 ──と背中の軽さに気を紛らわせていたが、それもできなくなるほどに空気は暑い。少しでも涼しい場所を行こうとジェックの足は日陰へ向かっていた。この先二手に道が分かれるが、帰路ではない片方の道はまだ行ったことが無い。早く帰ろうと考えていたジェックは、しかし日陰になっているそちらの道にふと興味が湧いた。
(いつもの道は日陰なさそうだし)
 何処へ続いているのだろう。ジェックは日陰へ1歩、足を踏み出した。途端に涼しい風が駆けて、ジェックの白い髪をなびかせていく。束の間のそれに目を細めたジェックは先の方に見える緑を眺めながら歩いて──ふと、その足が止まる。
「コレ、ええっと、レール?」
 街から続いていた道の先には石のステージのようなものがあった。けれどもそこへ登ってみると、反対側にレールが敷かれていることが分かる。ここは何かを運んでくる終着点──駅のようなものであるらしい。最も無人で、管理室のようなものの扉には『資金難につき運行中止』の張り紙がされている。どれだけの者がこれを読めるのか分からないが、錆びれ具合からして相当の間動かされていないのだろう。
 ふーん、と小さく呟いたジェックはレールの上へと飛び降りる。この程度の段差なら軽いもの。レールの向く先を見れば、良い具合に木漏れ日が落ちている。
「それじゃ、イッチョ行ってみますか」
 何が待ち受けているともわからぬ先へ、いざ。


「よし」
 そう小さく呟いたのが1時間ほど前。ルルゥ・ブルー (p3p006410)は黙々とレールの横を歩いていた。彼──彼女かもしれない──がこのレールを見つけたのはつい先日。どこまで続くんだろうと好奇心はうずいたけれど、いかんせんルルゥの足は長距離移動に慣れていない。冷たく揺蕩う海の中とは違って、暑くて硬い地面の上を歩かなくてはならないから。その時は動きやすい服装でなかったこともあって断念したが、今日は違う。このレールの先へ向かうために準備万端でやってきたのだ。
(なにが、あるんだろう)
 きょろきょろと辺りを見渡せば、街を離れていくレールは森の近くを通っていくようで。近からずとも遠からずな場所には木々や鬱蒼と茂る草が見える。時折そこから動物の気配もするが、森の外までは出てこないようだ。
(出てきてくれたら、あいさつしてみようかな)
 海にいる生き物が陸にいないのと同様で、陸にいる生き物は海にいない。海中から突如召喚されたルルゥにとって今の空は昔より近く、そこに飛ぶ鳥も四つ足で歩く動物も何もかもが新鮮だった。いくつもの依頼をこなしたルルゥは大人が言っていた『陸に沢山いる怖い人』はこのような人々かと思いつつも、それだけではないことを身を以て知っている。
 実際に会って、話してみなければわからない。例えば──。
「あれ、ルルゥ?」
 背後からの声にぱっと振り返るルルゥ。麦わら帽子のつば越しに見えたのは真っ白な髪と、対比するような濃い色のガスマスク。
「ジェックさん」
「やあ、キグウだね」
 軽く手を上げた彼女はルルゥの格好を上から下まで眺めて、軽く首を傾げる。こんなところでどうしたんだろうと言いたげだ。レールの先まで探検だと答えると、ガラス越しの瞳が笑ったように細められた──気がする。
「アタシも一緒に行ってイイ?」
 勿論と頷けば、彼女は隣にとんと立って並ぶ。明らかにジェックの方が歩幅は広く、故に追いつけたのだろうが今はルルゥの歩幅に合わせてくれているようだ。
(最初は、怖い人かと思ったけれど……優しい人、なんだよね)
 ちらりと見上げるも、ガスマスクで覆われた彼女の表情は読めない。得体の知れない怖い人という印象は言葉を交わすことで払拭されたのだ。
「あ、」
 彼女よりさらに先を見て、ルルゥは思わず立ち止まる。ジェックもルルゥに合わせて立ち止まると視線を巡らせた。
「動物……ウサギ?」
「みたいダネ。あ、行っちゃった」
 森からひょこりと飛び出してきた小動物を眺めるも、それはあっという間に森へと引き返してしまう。消えていった草むらを名残惜し気に見ながら、2人は再びレールの旅へと戻った。
「さっきのウサギ、びっくりした、のかな」
「かもね。イキオイあまって森から出てきちゃったのカモ」
 飛び出した先に見知らぬものがいたのなら──ルルゥは想像して納得する。得体の知れない存在から逃げるのは陸でも海でも変わらない。
 ジェックはふと腰に手をやって、しかし途中で手を下ろす。その先には水筒があったのだが、ルルゥと会う前に飲み干してしまったのだった。やってしまったなと思う反面、傍らの小さき少年を放って引き返すことも憚られた。
(どう話したらいいかな……)
 幼き少年を傷つけるようなことは避けたい。しかしそんなことを元の世界ではする必要も無かった──というより接する機会がなかった──ためにどう言えば良いか、そもそも接し方すら危うい状態である。
 そんなジェックの様子に気付いたか、ルルゥはちょっと待ってとジェックを立ち止まらせると自らのリュックサックを開けた。中から水筒を取り出すとそれを飲むわけではなく、ジェックの方へと差し出す。
「麦茶、飲む? ねっちゅーしょー、注意、だよ」
「……もらおっかな。アリガト」
 気づかれていたか、と小さく目を逸らす反面その好意は有難く受け取っておく。そうしたらルルゥが嬉しそうに笑ったから、この対応は間違っていなかったのだろう。
「あ、スイトウに少し移しても良い? いちいち出してもらうのもワルいし」
「うん。まだ、たくさんある、から」
 空っぽになった水筒へ少し移し替えさせてもらって、しっかり冷えた飲み物を口にする。水筒の中に入っていた氷はまだまだこの暑さでも頑張ってくれそうだ。
 水筒を返し、再び歩き始めた2人。辺りを見回しレールの先を伺いながらも、その話題は涼を求めたものとなる。
「アレいいよね。たまにちっちゃい子とかが食べてる……かき氷? ダッケ」
 ジェックは町の傍らにある露店と、そこに群がる子供たちを思い出す。氷を薄く薄く削って、甘いシロップで味をつけているもの。ガスマスクでは溶け切ったシロップ水しか飲めないのだが、あれを氷の状態で食べられたらどんなに涼しいことだろう。そのまま食べて、舌をシロップの色に染めて。
「ひんやり、つめたい。あとは、ゼリーとか?」
 ルルゥも他に冷たいものを、と陸へ出てからの生活を思い出す。こちらには驚くような味や食感の食べ物も多い。思い出すだけで食べたくなってしまう。
「ジェックさん、ガスマスク、とれないんだっけ?」
「そ。だからコケイショクって食べたことない」
 よっとレールの上へ軽く飛び乗るジェック。両腕を広げ、バランスを取りながら進んでいく身体は栄養不足を表すように細い。それでも重たい武器を持って戦場を駆けるのだから驚きだ。
「そのうち、食べられるかな?」
「カモネ。……っと、ルルゥ?」
 背中を押される感触にジェックは肩越しで振り返る。麦わら帽子の下から、ほんのちょっと悪戯っ子な瞳が見えた。
 いつか一緒に美味しいものを食べられたらと思う。味の感想を共有したいとも思う。けれど今は──ただ、未知の先を2人で見たかった。

 ──まだジェックのガスマスクが外れない、夏の始まりのことだった。

  • On the Rails.完了
  • GM名
  • 種別SS
  • 納品日2020年08月29日
  • ・ジェック・アーロン(p3p004755
    ・ルルゥ・ブルー(p3p006410

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