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君と一緒に歩んだ日
登場人物一覧
あめあめふれふれ――♪
るんるんと歌い続けるリヴィエール・ルメスは頬杖をついたままローレットのカウンターに腰かけていた。
看板娘ユリーカ・ユリカが留守にして居る最中、相棒のパカダクラのクロエと共にローレットのカウンターに我が物顔で座るのがリヴィエールは好きだった。
パサジール・ルメスの一族として旅に出ることが多い彼女にとってこうした拠点を設け、拠点で過ごせるのは何よりも幸福だとでも言う様に気分は爽快そうだ。
「ふふーん」
鼻歌を交らせたリヴィエールの手元には温くなったココアが置いてある。
じめじめとした季節に暖かいココアと言うのは季節外れであったかとでも言う様に一切飲んだ素振りはない。
「リヴィ?」
猫の耳をぴこりと揺れ動かしてニア・ルヴァリエは依頼書を手に、ローレットのカウンターへと向かった。
丁度手ごろな依頼を追えて、報告に帰ってきたところだ。報告書を携えたニアに気づいて「お帰りなさいっすよ」とリヴィエールはにんまりと笑う。
「御無事で何よりっす!」
「まあ、簡単な依頼だったから。そんなところで何してるのさ」
「ひーまーなんすよね。雨っすし」今日はみんな出払ってますしね
ぐで、とカウンターに溶けるように凭れるリヴィエールに「だらしないぞ」とニアが小さく小突く。
外見の年齢で言えばあまり変わらないが、幼いリヴィエールと比べれば、ニアは幾分か年上だ。
こんな季節外れのココアを手にぶすぶすと愚痴を垂れるリヴィエールを見てはニアは肩を竦めるしかない。
「今日はあいにくの雨だけどさ」
「へぇい……」
「明日は晴れるらしいから、どこか買い物でも行く?」
「……買い物?」
ニアの言葉を反芻するようにリヴィエールは繰り返した。
お買い物、と聞けば『楽しい事』が起こるに決まっているではないか。瞳をきらりと輝かしてリヴィエールはこくこくと頷く。
「普段着でいいっすか!?」
「どこに行くつもりなのさ……」
彼女は異国情緒溢れるパサジール・ルメスの民らしい衣服に身を包んでいる。それは異国の風貌のニアも同じくだ。
王宮など真っ当な場所に顔を出すときはリヴィエールは『一応』と気を使って幻想のテイストに衣服を合わせる事もあるらしい。幻想で買い物をするだけならば、そうした気づかいは無用だ。
「じゃあ、明日ー。はい、明日ー。ここで待ち合わせするっすよ!
あ、お昼はどうするっすか? 一緒に食べます? アタシ、あれ気になるんスよね……あの、アルエットが言ってた――」
すっかり冷めきったココアに手を付けてそわそわとしたようにリヴィエールは言葉を続けていく。
うんうんと聞きながらニアは彼女は大人びた少女で、旅人で、こうしてどこかの街に友達と遊び歩くというのは少ないのだろうと実感した。
翌日、待ち合わせ場所にと顔を出したリヴィエールはアルエットやユリーカに服装を相談したのだろう白いサマーワンピースに身を包んでいた。
「……普通でよかったのに」
ニアが呟けばリヴィエールは「デートっすから!」とドヤ顔を見せる。
「いや、違うと思うけど」
「それもそうっすね。適当言ったわけです。
アタシはこういう遊びに行くとかお出かけはビギナーなので、教えてほしいっすよ、センパイ!」
そう言いつつ、通った道はある程度覚えて居て地図にでも書きだせるくせに、とニアは彼女のギフトの事を思い出した。
長い髪が揺れ、るんるんで「いってきます!」とローレット側に告げるリヴィエール。
いってらっしゃい、と亮とアルテナが顔を出して手を振る其れに応えて、悠々とリヴィエールは歩き出す。
「それで、昨日言ってたランチのお店に行く?」
「それもいいっすけど、買い食いとか楽しそうじゃないっすか?」
「ああ、そういえば表通りの方にタピオカミルクティーの店が出来たとか言ってたっけ。
練達の方からの出張店で人気らしいから少し並びそうだけど、行ってみるのもいいかもね」
ニアの言葉にリヴィエールはタピオカと何度も繰り返す。
きらきらとした宝石のようなタピオカたちにミルクティーを注ぎ入れる。
ニアは甘さを控えめにしたミルクティーを、リヴィエールは対照的に甘いミルクティーを選んだ。
理由は『別々の方がシェアしたら楽しいから』だ。
「リヴィのは凄く甘そう」
「これ飲んだ後に、ニアさんの飲んだらすっごい苦く感じそうっす」
「そっくりそのまま返すけどさ、これ飲んでからリヴィの飲んだら甘すぎて死ぬかも」
「やばいっすね」
けらけらと笑うリヴィエールにニアはじっとミルクティーを見遣る。
甘さを求めてか、シロップに漬けたタピオカをセレクトしたリヴィエールのミルクティーはどう見ても『甘さの暴力』状態だ。
はい、と差し出されても口にするのはちょっと憚られる。
「……あんまり飲んでなくない?」
「! アハハハ、バレたっすか」
「……変なの選ぶから」
リヴィエール曰く、亮とでかければ二人ともおかしなものを選ぶからあんまり美味しいものにありつけないのだという。
好奇心旺盛なのも困りものだとニアは自身のミルクティーをリヴィエールに差し出して、甘さの暴力状態のタピオカミルクティーを口にした。
「……あっま……」
幻想の表通りは高級店が多く、そこから少し筋を分れた広場が庶民の憩いの場だ。
お小遣い持ってきたというリヴィエールは広場などで販売されているホットドッグに視線を奪われている。
「あんまり買い食いしたらランチ無理にならない?」
「あー……」
ううん、と唇を尖らせたリヴィエール。
ランチタイムはアルエットのオススメだという深緑風のカフェへと向かう予定だ。
流浪の旅人リヴィエール、パサジール・ルメスの中でも『猪突猛進ガール』である彼女は目にうつるものすべてをあれも欲しい此れも欲しいと手を伸ばしてしまう。
その状態ではストッパーが居なければ、お小遣いなんてすぐに尽きてしまいそうではないか。
本日のストッパーであるニアは「駄目だよ」としっかりとリヴィエールへ忠告を一つ。
「じゃあ、はんぶんこで……ダメっすか……」
「ランチ食べれる?」
「い、いけるっすよ! こう見えてもガッツリ食べたい方なんで!」
どう見てもガッツリ食べそうな雰囲気を醸し出すリヴィエールに仕方ないなあとニアは呟いた。
ホットドッグではシェアしにくいとリヴィエールが選んだのはたっぷりと新鮮な野菜と揚げた魚介を挟んだサンドイッチ。
軽食にはぴったりのそれを一口サイズにしたサンドイッチは小さなパックに可愛らしく整列している。
「これなら、ほら! 一緒に食べやすいし、おなかもちょっぴりしか膨れないっす!」
ほらほら、と差し出してくるサンドイッチを片手でちょい、と抓んで「あ、おいしい」とニアが呟けばリヴィエールはどやっと自信ありげな表情を見せて大きく頷く。
「いいでしょう」
「まあ、偶にはね」
「むーん」
唇を尖らせ、やっぱりこういうののエスコートはアタシには無理っすとリヴィエールが呟いた。
その様子に小さく笑ってニアが手を差し出す。
「ほら、こっち」
「なんすか?」
「昼まで時間あるんだからウィンドショッピングでもしよう。
あっちに雑貨屋があって、可愛いんだ。丁度、リヴィエールにもよさそうなの売ってたしさ」
何だろうと瞳を輝かせたリヴィエール。
少し通りの奥まった場所にる雑貨屋には可愛らしい品々が並んでいる。
その中でもニアがリヴィエールによさそうといったのはパカダクラの関連商品だ。
パカダクラの毛を使用して、パカダクラのデフォルメされた顔を其の儘にポシェットにしたという商品にリヴィエールが声なき歓声を漏らす。
「―――!」
「だと思った」
相棒のパカダクラと仲良しであるリヴィエールだ。こうした可愛らしいものも少女並みに好きなのは分かっていた。
彼女が良く連れているパカダクラの様に睫が長く少しお上品な雰囲気のパカダクラポシェットを抱えたリヴィエールは「これ、買うっす!」とニアに振り向いた。
「いいんじゃない? 今日のワンピースにも似合いそうだし」
「本当っすか? こういうコーディネートも苦手だったから、そう言われると嬉しいっす!」
お出かけルックにぴったりという言葉に心躍らせてポシェットを購入したリヴィエール。
その後も露店などでキャンディや小さなクッキーを購入してはポシェットにぎゅうぎゅうと詰め込み続ける。
「……そんなに買って食べきれるの?」
「これはお土産なんすよ! 亮さんとー、ユリーカとー、オーナーとー、それから……」
こんな、ローレットのお膝元の幻想で。
そう思ったが言わずに置いたニアは「それじゃ、ランチ行こうか」と声をかけた。
深緑をイメージしたウッドハウス風のカフェの窓際、幻想の街が良く見える場所に腰かけてリヴィエールはメニューをじっと見つめる。
本日のランチはハンバーグドリアとオムライスで選べるらしい。
「リヴィはどっちがすき?」
「どっちも」
「……食べれないだろ」
「むん」
その通りだそうだ。
どちらか選んでデザートとドリンクのセットに仕様と提案したニアにリヴィエールはうんうんと悩み続ける。
見たところ、何でもおいしいと食べてしまう彼女だが、オムライスやハンバーグなどの子供らしいメニューには目がない様子だ。
「……オムライスにしたら?」
「で、でもハンバーグドリアも捨てがたいっすよ……?」
「じゃあ、ハンバーグドリアにしたら?」
「オ、オムライス……」
悩まし気なリヴィエールに片方頼むから好きな方選びなよ、とニアは溜息を交らせた。
勿論、リヴィエールとシェアするためだ。ぱちりと瞬いたリヴィエールはやったあと小さなガッツポーズをしてオムライスをセレクトする。
小さなサラダやデザートもついてくるのだというランチは好評なのか店の中は客で満員状態だ。
あまり並ばずに入れてよかったと普段通りの日常会話を交わせて、オムライスとハンバーグドリアをシェアし合う。
取り皿の上にハンバーグをちょっぴりだけとったリヴィエールに「もっといいよ」とニアが告げれば、リヴィエールは「わ、悪いっすよぉ」と小さく声を漏らして――わりと、がっつりと食べた。
……結構遠慮のない生き物である。
「あ、でも、ニアさんにはこれあげるっす!」
小さなデザートの上から一番大きい苺をひょいっとニアにうつしてリヴィエールはにんまり笑う。
「お礼っす!」
「そんなのいいのに」
「いやいや、ハンバーグの恩は忘れませんからね!
いちごはとりあえずのお返しっすから。また、今度しっかりしたのをお返しするっすよ!」
「……ハンバーグとか?」
それはーと小さく呟いたリヴィエールははっとした様にハンバーグを口に詰め込んであついあついと小さく呟いた。
――楽しい時間はすぐに過ぎる。
夕暮れ時になって、リヴィエールはうーんと伸びをした。
「やあやあ、センパイ中々のエスコートじゃないっすか」
「いきなり何さ」
「てーきとうっす」
へらへらと笑ったリヴィエールは「楽しかったんすよ」とぺろりと舌を出す。
パカダクラの顔をしたポシェットの中にぎゅうぎゅうと詰め込んでいた『おみやげ』を確認しながらリヴィエールは「あ」と声を漏らす。
「クロエへの土産忘れたっす」
「クロエ……相棒のパカダクラの名前だっけ?」
「相棒のパカダクラの名前っすよ」
別にお土産買うような距離じゃないでしょ、とニアは何度も繰り返したがそのたびにリヴィエールは楽しかったってみんなに言うので準備したっすと笑う。
「じゃあ、今度はクロエと一緒に遊びにいくっすよ。どこに行くかリサーチお願いするっす」
「構わないけどさ……」
街中でパカダクラ連れ歩くのは難しいから郊外に行くのもアリかな、とニアはううんと唇を尖らせた。
その言葉にポシェットの中身に詰め込んだキャンディを見下ろしたリヴィエールはニアに近寄って笑う。
「約束っすよ」
指切りをして、次の約束があればと彼女は言う。
彼女は情報屋だ。自分の情報で特異運命座標を死地に送り込むことだってある。
悲しいかな、彼女やユリーカはそう言った役割になることが多い情報屋だ。
勿論、レオンやショウ、プルーといった敏腕情報屋と比べれば少女たちの情報は『曖昧』だ。
だからこそ、無事にという約束を果せないかもしれないという危険も隣り合わせなのだが――
「約束だよ」
ちゃんと、そう返せば彼女は嬉しそうに笑うのだ。
誰だって、人が死んで喜ぶものはない。リヴィエールだって誰もが犠牲にならない未来を望んでいる。
悲しいかな、特異運命座標は可能性を集める。
その為ならばその命が削られる『未来』だってあるのだ。
「約束」
繰り返したニアにリヴィエールは幸せそうに只、笑う。
「それじゃ、また明日!」
手を振ってリヴィエールがにんまりと笑う。
また明日、普通にローレットへ行けば彼女は笑って出迎えてくれることだろう。
おはようとこんにちはとこんばんは。おかえりといってきます。
ローレットはそういう場所だ。
誰かを縛り付けるものもなく、仕事の為と割り切る者もいる。
誰もがそうして過ごす場所だから、ありふれた日常が何よりも尊いもので。
「うん、また明日」
手を振って。
――明日、声をかけよう。
昨日は楽しかったね、と。