PandoraPartyProject

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或る狂人

登場人物一覧

Tricky・Stars(p3p004734)
二人一役

——これは僕が出会った或る狂人の話で御座います。どうか、最後までお付き合いくださいませ。

 僕が幼かった時——あの大召喚から三年ほどのたった頃のことだったでしょうか——イレギュラーズの活躍は素晴らしいもので、子供心に憧れておりました。それはもう毎日のようにイレギュラーズになりきっては魔腫を倒すごっこ遊びに興じていたほどで御座います。
 そんな様子ですから、自然、遊び友達を連れて、ローレットの出入り口付近で見張っては無闇矢鱈とイレギュラーズを尾け回しておりました。遊んでくれるイレギュラーズもいれば、話をしてくれるイレギュラーズもいて、ますます憧れが増していったことを、まるで今のことのように覚えております。
 そんな或る日のことで御座います。いつものように仲間とローレットを見張っておりましたら、青白い肌の薄気味悪い男が一人現れたのです。
 それでも僕達にとってはイレギュラーズは英雄です。その不気味な男を僕達は尾けることに致しました。――思えば、これが全ての誤りの始まりだったのかもしれません。
 その男は、一人でいながら、二人でいるかのように、ブツブツと何事かを話しかけ続けておりました。時折聞こえる『演劇』や『舞台』、『脚本』という言葉から、何かの役者だと皆で推理して、心躍らせておりました。
 嗤ってくださって構いません。僕達は、役者といえば、子供騙しの人形劇や紙芝居しか知らなかったものですから、その類いの人なのかもしれないと期待していたのです。ええ、子供にありがちな身勝手な期待を押し付けていたのです。

 行く先に人が妙に集まっておりました。ざわざわと大人達が口々に勝手なことを申しております。
「……こんな子供が……」
「……二人で水に落ちるなんて……」
「……事故よ……事故……」
 聞こえるのは不穏な言葉ばかり。近寄らない方がいいんじゃないかという考えが、勿論、胸に過ぎりました。ですが、男は何か興味を惹かれたのか、そちらの方へとずんずん進んで参ります。
 男は、まるで人がゴミか何かのように、乱暴に掻き分けてゆきます。僕達も必死についていきます。
 男が騒ぎの中心についたとき、そこにあったのは——二人の子供の水死体で御座いました。僕達は吐き気がするのをぐっと押し込んで、男の様子を見ておりました。
 イレギュラーズである男ならきっとなんとかしてくれる、そんな夢をみていたので御座います。ですが、夢は醒めるものということを僕達はすっかり忘れていたのです。
 突然に男は大きな声で嗤いだしました。そして、周りにいる人々を見下すようにこう言い放ったのです。
「下衆な観客ども。これは三流の観客サルには上質すぎる舞台だ。消え失せろ」
 ですが、そんなことを言われて去るものなどいません。人々は激怒するばかりです。
「突然現れて何様のつもりだ! 俺達はこの死体をどう処理するかを相談していたんだ!」
「そうよ! そうよ! 貴方に何かできるというの?」
 男は全く人々の声が聞こえていないかのように、またぶつぶつと一人で話し始めました。
「……そう、青い鳥だ。……これはチルチルとミチルと思っていいだろう。……なんで、こんなエンディングか? それは今から俺が書いてみせる。……そうだ、期待していろ。お前は演じるだけでいいんだ。……こんなのはどうだ。幸せの青い鳥を捕まえたチルチルとミチルだが、それは全て死の直前の幻覚で、二人は水底に沈んでいく。……陳腐だと! どの辺がだ! ……ふん、そんなのは三流の台本ホンだな! 本当に素晴らしいのは……」
 独り言もここまで延々と続くと不気味に思えてくるもので御座います。あれだけ騒いでいた人々が障りを恐れるように、徐々にさざなみのように声が小さくなって参ります。そして、その声は、全てこの男の陰口へと変わっていくのです。
「……何かしら。舌が青いわよ……。不気味ね……。だから、変なことしか話せないんじゃないかしら……」
「……こいつ、聾者なんじゃねぇか? まるで、こっちの話が聞こえないようだぜ……」
 こんな話が取り交わされている間も、男の独り言は止まりません。僕達はハラハラしていました。イレギュラーズは英雄だから、この場もどうにか収めてくれると未だに期待をしておりました。ですが、この男の言動は全く理解できなかったものですから、徐々に不安が募って参ったので御座います。そして、この不安は的中致しました。
「……俺の脚本をこんな人如きの前で演じるだと……。……いい加減、演じないと身体が腐るだと……。……これは俺の身体だ! ……くそっ、喧しい……。……ええい、そんなに舞台に出たければ出るがいい。だが、下らないアドリブでも入れてみろ。すぐ身体を取り戻させてもらうからな……」
 そう言うなり、男の姿がみるみる変化していきました。背中の白い羽は引っ込み、両手足は燃え焦げて炎を灯して、顔に焼け焦げた跡がついておりました。それはまるで炎の鬼人のようでした。
 男は二人の死体の周りを鳥が飛ぶように手を広げて、くるりくるりと廻りました。潔癖で几帳面そうな振る舞いから、大仰な役者のような振る舞いへと別人のように変わっておりました。
『嗚呼、チルチル、ミチル! 俺がずっと側にいたというのに、全く気づいてくれなかったな。俺こそがお前達が探し求めていた青い鳥だというのに! 見つからなくて絶望するなんて酷すぎるぜ! そんなことで二人で心中しなくてもいいじゃないか! 青い鳥はすぐ近くにいたというのに!』
 男が二人の死体の元に屈むと、なんと男は一人ずつ口付けをしておりました。しかも口の中の水を啜っている音がするのです。男はそれを平然と飲み干しておりました。
 気持ち悪くなり、吐きそうになるのを僕は必死に耐えておりました。仲間のうちには耐えきれず吐くものもおりましたが、それも仕方ないことでありましょう。

 ——こんなことができるのは狂人以外にはあり得ないのですから。

 男を取り巻く輪は遠ざかり、そして、一人二人と街中へと消えていきました。僕達は動くこともできず、ただ見ていることしかできなかったので御座います。
『チルチル、ミチル、せめて魂だけは共に天国へ行こう。俺達はこれからずっと一緒だよ』
 男は手を広げて、街中へと消えていきました。残った人々が男の陰口をしきりに話しております。
「……とち狂うってのは恐ろしいものだな……。耳が聞こえなくなって気でも触れたのか……」
「……あんまりにも気持ち悪くって、吐きそうになってしまったわ……」
「……あの男は身なりからして旅人ウォーカーか。イレギュラーズにはイカれた奴がいるもんだ……」
「……ローレットはああいう奴に首輪をつけるのが役割なんだから、放逐しないで欲しいよな……」
「……本当に。だけど、あの男の狂いっぷりは普通のイレギュラーズからみても、本気でイカれてるよ」
「……あの男が起こす奇跡なんて、きっとイカれた奇跡だぜ……」
 僕達は周りの人々が口々にあの男イレギュラーズの陰口をいうのを聞いて、英雄という側面がイレギュラーズの一面であることを思い知りました。——それからというもの、僕達はイレギュラーズごっこを辞めました。イレギュラーズの尾行も勿論。

 只、僕の脳裏には、あの狂人の嗤い声と口付けが、いつまでもいつまでも繰り返されるので御座います。

  • 或る狂人完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2020年08月22日
  • ・Tricky・Stars(p3p004734

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