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クソエルフとゼロからやり直す魔法修行、ゴブリン始めます 

登場人物一覧

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長
キドー・ルンペルシュティルツの関係者
→ イラスト


 穏やかな島に刃と刃がぶつかり合う物騒な金属音が響く。
 キドーは歯をむいて唸った。
 肺を熱い空気が焼く。息が苦しい。したたる汗を拭うどころか、腕を上げることすら難しい。
(「俺ってこんなに体力なかったか?」)
 少し離れたところで、ラゴルディアが肩で息をしている。
 限界が近いのは自分だけではないとわかり、口の端をつりあげた。
 やれる。やってやる――。
「って、そうじゃねぇ! ちゃんと俺の話を聞けっ、クソエルフ!」
「あ? 嘘まみれの戯言を『話』というか、この腐れゴブリンが!」
「嘘じゃねぇ!!」
「信じられるか!」
 ラゴルディアの右足が濡れた砂を蹴って、一歩前に出た。キドーに覆いかぶさる影が一気に大きくなる。
 振り下ろされた短剣の刃をキドーはナイフの二刀流で受け止めた。三本の刃が交差して花火がはじけ飛ぶ。
「だ、か、ら、剣を置け。こっちはマジで頼んでンだよ!」
「なんだその口の利き方は。それが人に教えを乞う態度か」
「ちゃんと魔法を修得できたそん時は、礼に『こいつ』を返してやる」
「『時に燻されし祈』を礼にするだと? はん、盗人猛々しいわ!!」
 ラゴルディアは力の入れ具合でキドーに牽制をかけると、後へ飛んで離れた。
 すぐさまキドーが追って、切り込む。右手にしたナイフ――ククリが、手順から逆手に、逆手から手順に、まるで独立した生き物のようにうねり、惑わすように動く。
 そのたびにラゴルディアは左右から襲い掛かってくる刃を巧みに斬り払い、かわし、時に誘うように胸を開いては、逆に斬りかかった。
「どうせこの美しい島をわたしの墓にするつもりで誘ったのだろう? ふん、今までになくわたしに敬意を払ったことだけは認めてやる」
 ラゴルディアが姿勢をだらしなく崩してキドーを挑発する。
「アホか。クソエルフなんぞ埋めちまったら、ハエすら寄りつかなくなるじゃねえか! 誘ったらホイホイついてきやがったクセに――」
 キドーはあえて懐へ飛び込んだ。
 そうやって、互いに隙を見せて誘い合いあっては裏をかこうとし、そして弾かれるを繰り返す。
 どちらかの血が流れるまで――。
「お二人は仲がいいんですね。でも、それぐらいにして、休憩にしませんか?」
 熱気を吹き払う爽やかな声が、二人を止めた。
「誰なんだ?」
 惚けた声でラゴルディアが呟く。
 キドーはニヤリとした。思っていたとおり、エサに食らいつきやがった。
「島の執政官」


 キドーは陶器のカップをゆすった。氷が乾いた涼しい音をたてる。
「――というわけで、改めて頼む。あ、ちょっと待て」
 部屋を出る執政官を呼び止めた。
 ラゴルディアに承諾させるまで、餌として同席させていたのだ。
「言っとくけどな、俺たちは別に仲良しこよしじゃねぇからな」
「美しい人。これは家宝を取り戻すために仕方なくやるのです」
 執政官はくすりと笑うと、「はいはい。では、そういうことにしておきましょう」と言った。
「お二人はお友だちで、これからは魔術の先生と生徒でもある……のですよね」
「わたしはむしろあなたにエルフの魔術を覚えていただきたい。手取り足取りで」
 あ? 何言ってんだ、コイツ。
「口説くのは後にしやがれ、エロクソエルフ。執政官になにを体得させる気だ?」
「え……だ、だから、マジュツだよ」
 ラゴルディアは視線を斜め上に泳がせた。
 大方、ベッドの上で使うテクニックに違いない。相手が玉つきとも知らずに鼻の下を伸ばしやがって。
「執政官は魔法が使えなくてもいいんだよ。ほら、立てよ。さっそく始めるぞ」
「だからどうして貴様が偉そうにわたしに指示を出すのだ? 師はわたしだぞ」
 ぶつくさ言いながらも素直に立ち上がるところに、ラゴルディアの育ちの良さがよく出ている。相手がゴブリンでも律儀に契約を守ろうとするところが。
「では、私はこれで」
 足音に笑いを含ませながら、執政官は下がった。


 魔術の修行は基礎の基礎から始まった。
 すでに魔法が使えるキドーにすれば、まどろっこしいことこの上ない。基礎はパスして実践レベルから始めて欲しかったのだが、ラゴルディアは「基礎は大事」と一ミリも譲らなかった。
「ゆっくり深呼吸して。風が木々を通る音や、鳥のさえずり、波が穏やかに砂を洗う音に耳を澄ませる。心を平らに――気を散らさない!!」
 平らな棒で、ぴしゃりと肩をうたれた。
 修行者に対する励まし、というラゴルディアの小さな暴力行為は、ヤツが最近行った豊穣の禅寺で覚えたものらしい。
「真剣に取り組むつもりがあるのか」
 クソ、偉そうに。カッとして目を開いた瞬間、また肩を叩かれた。
 実際、魔法の訓練には集中力を求められるものが多い。その集中力が全く発揮できない今の心境では難しい訓練だ。

 ――あの時、いまよりもっと強力な魔法がつかえたなら。

 後悔ばかりが先に立つ。あの海であまりにも多くのものが、キドーの指の間を滑り落ちていった。
 罪を罪と感じ、後悔を絶えず胸に抱え、痛みを知り、苦しみを知り、それに対する拒否感も忌避感も在る。
 ようするに普通なのだ。
 どうしょうもなく普通なのだ、キドーは。
 でも普通ではいられないと思ったから、ラゴルディアに助けを求めた。
 だから、何もできなかった自分へのいら立ちを込めるように訓練に打ち込む。
「ふぅぅ……くぅ……」
「いいぞ。その調子だ」
 先ほどからキドーの胸や背に、じわりと汗がにじんできていた。
 この訓練は別段体力を使わない。ふつうなら疲れるはずがないだが、まだコツをつかめていないキドーの場合、全身に無駄な力が入ってしまう。
 頭の上からラゴルディアの声が静かに降ってきた。
「ちょっと試してみよう。小さく渦を巻いた風の中から、小石が速く、鋭く、飛びだすところをイメージして……テーブルの上に置かれたあのカップを割ってみろ」
「お、おう」
 指の先へ流れる気に引き寄せられて、腕の周りの空気が動く。産毛が波打った。
 ――と、大粒の汗が背中を転がり落ちた。
 集中力が途切れる。
「クソ!!」
 キドーは汗を飛ばすように頭を振った。手を尻に回して汗を拭う。
 ラゴルディアが訓練の終了を告げた。
「初日としてはこんなものだろう。……いい匂いがしてきたな。ん、肉か、島なのに?」
「俺が肉って頼んだんだよ。いいじゃねえか、魚が食いたきゃ俺のいないときに食えよ」
 ははん、さては魚がキライか。ラゴルディアはニヤニヤしながら陶器のカップに水を注ぎ、キドーに差し出した。
「うっせー! 食えねぇのは生の……お、サンキュー」
 指を伸ばした瞬間、何かが小さく弾けた音かして、ラゴルディアが持つカップが割れた。
「お、できた?」


 キドーは喜んだ。
 放たれた気は礫となって、ラゴルディアを傷つけることなく指の間を突き、カップを割っていた。上出来も上出来。
「……って、クソエルフ。なんだよ、その顔。何が気に入らねぇってんだ?」
 ラゴルディアは答えない。エルフの指導者としての、恐ろしく冷徹な目でキドーを凝視している。
 キドーは後ずさりながら距離をとった。ククリに手を伸ばしたいという気持ちを抑え込む。
「な、なんだよ」
 ラゴルディアは目をすっと細めた。
(「おかしい。ゴブリンのくせに……」)
 自分は力を減じられ、逆にキドーは力を得て魔法が使えるのは、いまいましい混沌証明のせいだ。
 だが本来は、素養のない種族が魔法を使えるようになるまで、三世代ぐらい時間がかかる。正しい呪文、そこに込める気の量、発動時に思い描く効果など、先達の指導なしでは身につけられない。自分のような優れた師に従事したとしても、すぐに習得できるはずがないのだ。
 ふと、ラゴルディアは恐ろしい事実に行き当たった。
「おまえ、まさか……『小鬼の王』と『魔女』の『子』ではないだろうな?」
 キドーはたちまち硬直した。
(「な、なんで分かった?」)
 『小鬼の王』も『魔女』も、エルフが最も危険視しているお尋ね者。とうぜん、双方の血を引く者は、見つけ次第、抹殺だ。
 認めたら、家宝を盗んだことと合わせて、念入りに殺された上に三世代先まで祟られるに違いない。
(「ま混沌にいる限り、クソエルフにヤラれることはないが……」)
 心が陰る。
 認めるのもしゃくだが、エルフとゴブリンとの間にはありえない、友情めいたものが二人の間に芽吹いていた。その芽を今ここで摘み取ることになるのか、と。
 唐突に、ラゴルディアの顔が緩んだ。
「ないな。ん~、ないない。間抜けヅラのおまえが、あの『小鬼の王』と『魔女』の子であるはずがない」
 ラゴルディアは、さっきは混沌証明のせいだ、と勝手に結論付けた。
「しかし、そうなると厄介だな。本当に魔法の力がついているのか、見極めが難しいぞ」
 キドーはそっと息を吐きだした。
「ところで、おまえ。なんできちんと魔法を習得しようと思った?」
 一難去ってまた一難。
「じ、自分自身、後悔しないためだ」
「なんだそれ。もっとちゃんと話せ」
 自分の口から理由を語りたくないキドーは、他に話題を移して誤魔化すことにした。
「あー、それよりこの島の名前なんだが……」
 執政官を追い回すラゴルディアの姿が浮かび、いつか読んだ小説のことを思い出した。
「お汁島っていうのはどうだ?」
「はぁ!?」
 ラゴルディアは、センスがない、とキドーをなじった。いずれ自分のものになるのであれば、自分が名をつけると息巻く。
「じゃあ、決めさせてやる。どんな名前にするんだ」
「……Laurelin」
「は?」
「ラウレリン。上エルフ語で、金色に輝く木、という意味だ」
「島なのに?」
「うるさいぞ、生魚嫌いのゴブリンめ!」
 ぶん、と音をたてて大きな拳が飛んできた。
 キドーはひらりと飛んで交わす。
「あらあら、本当に仲がいいですね」
 二人にディナータイムを告げに来た執政官が見たものは、果し合いという名目の、いつものじゃれ合い。

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