SS詳細
Which do you choose?
登場人物一覧
「シャルル!」
名を呼ばれ、シャルル(p3n000032)はくるりと振り返った。そこにいるのはいつも遊びに誘ってくれる女性──ヨルムンガンド(p3p002370)の姿があって。今日も彼女は元気一杯だなぁ、なんて思っていたら手をがっしりと掴まれた。
「……ヨルムンガンド?」
かくりと首を傾げれば、その瞳に吸い込まれてしまいそうなくらい見つめられて。
「シャルルは、夏の海とか興味あるかぁ……?」
「……海?」
その言葉を反芻して暫し。シャルルは去年のことに思いを馳せた。
「海は、そうだな……去年はお祭りの時に、花火を見るついでで眺めたくらいかな。そういうの?」
「お祭り……ああ、沢山遊んだ時か! あの時は楽しかったなぁ……!」
にこにこと笑うヨルムンガンドに、つられてシャルルも小さく微笑む。
とんでもない食べ物が出てきたり、ぽいと呼ばれる金魚すくいの道具がすぐに敗れてしまったり。あの日はイレギュラーズの仲間たちに誘われ、あちらこちらと満喫した。
「あれからもうすぐ1年か……」
「そう、それでなんだけど……シャルル、今度は見るだけじゃなくて遊ばないか?」
お祭りではなく、海を。
どうだ? と伺う視線にこれが聞きたかったのかと思い至る。シャルルは首肯して、でも、と続けた。
「でも?」
きょとんとこちらを見下ろすヨルムンガンド。シャルルは小首を傾げてみせて。
「ボク、どうやって遊ぶとか知らないんだ。教えてくれたら嬉しいな」
彼女の言葉にヨルムンガンドは満面の笑みを浮かべて頷く。
「よし、それなら善は急げだなぁ……!」
「………ん?」
海で遊ぶのに、今から?
シャルルは思わず外を見た。本日は雨ではないものの、快晴とはとてもじゃないが言い難い。当然、そこまで温かくもない。精霊であった時ならばまだしも、人の身では体調を崩しかねない。
(ヨルムンガンドは違うのかな……?)
同じウォーカーの、しかし異なる世界から来た者だ。体の作りが多少違っていても不思議ではないのかも──。
「さあ、行こうシャルル……!」
「ま、待ってヨルムンガンド。本当に今から行くの?」
そんなシャルルの言葉に、ヨルムンガンドは再びきょとんとこちらを見つめて。その表情には楽しみで楽しみで仕方がない──そんな笑顔が浮かんだ。
「ああ……! だって、今用意しておかなきゃ夏に間に合わないからなぁ……!」
「用意?」
どこまでもその先が読めないシャルルだけれど、ヨルムンガンドは任せておけというように力強く頷いた。
「行き先は任せてくれ……! シャルルに似合う飛びっきりな"水着"を選ぼうなぁ……!」
水着。聞いたことはある。着るものだという知識もある。ただ去年はあまりにも興味がなさすぎて、それがどんなものであったか記憶にない。
(とりあえず任せよう)
彼女の服を選ぶセンスはもう知っているし、不安になるようなこともない。
それに、きっと──彼女とともに行くならば、何処へ行ったって"楽しい"に変わるに違いないから。
「さあ、着いたぞシャルル……! とびきりの1着を見つけよう!」
店も売るなら今から、ということか。ずらりと並べられた水着にシャルルは顔をひきつらせた。
「ヨルムンガンド……本当に、ここから1着選べるの……?」
「ああ! 自分が着たいと思うものを選んでいけば、自ずと決まってくるんだ」
ヨルムンガンドは早速と数着の水着を腕に抱えていく。──が、うち1着をしげしげと眺めて。
(確か、シャルルはこういうのが苦手だって言ってたなぁ……)
似合いそうだと反射的に取ったワンピースタイプの水着は、水に濡れればそのまま以上に体へ張り付くだろう。沢山遊んでもらうためにも、水着だって着心地の良いものを選んであげたい。
その水着をそっと売り場へ戻し、他の水着を抱えてシャルルの元へ戻る。ヨルムンガンドの姿に彼女が目を瞬かせた。
「……それ、全部?」
「この中からシャルルが好きなものを選べたら、と思ってなぁ……!」
気になる水着があるかと問うてみれば、シャルルは小さく唸って。この辺りと指差したのは2着の水着だ。
片やは布地をたっぷり使ったフレアビキニ。片やは裾の長いパレオがついたホルターネックのビキニ。あと、とシャルルはタンキニを指差して。
「こういうの、ヨルムンガンドに似合いそうじゃない?」
「私に?」
シャルルを見つめ返せば、至極真面目に頷かれて。ヨルムンガンドは込み上げてくるそれに、口元を緩ませた。
「そうか……なら、サイズが合うものを探してこないとなぁ……!」
小柄なシャルルに合わせたサイズで見繕ってきたから、自分が着るには小さいだろう。まだ他にもサイズがあったはずだ。
「そうだ、それならもっと奥の売り場も見に行かないか? 似たデザインで違う色の水着もあるはずだ……!」
2人は水着に呑み込まれるように、奥へ、奥へ。色鮮やかな生地に囲まれて、ああでもないこうでもないと水着を体に当てては変える。
「シャルル、これならビーチの視線を独占だぞ……!」
「え、ボクが……? ヨルムンガンドが独占しなよ。ほら、こういうのも良さそう。格好いい……って言うのかな?」
「それもいいな……! それじゃあ、シャルルは可愛い水着にしよう!」
女2人の買い物はあっという間に時間が過ぎて。店から出た2人は空を見て、思わずぽかんと口を開いた。
「……すごく時間かけたんだね」
「みたいだなぁ……シャルル、」
──楽しかったか?
ヨルムンガンドの言葉に、シャルルは淡く微笑んで見せて。
どの水着を選んだのか。
わかるのは、そう──夏になってから。