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それぞれの戦場
登場人物一覧
『ぱん★ロマ』 Produced by Magdalena.
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START?
――ローレットには常に様々な仕事が舞い込んでくる。
なぜならここは『なんでも屋』だから。善悪問わずあれやそれと……
その一室。多くの情報が届けられた資料室の一角は――時折足の踏み場も無いほど散らかって。
「わっ、と」
だからか。足先にまで伸びていた紙の束につい、ぶつかってしまって。
思わず大きくバランスを崩す――持っていた大量の本も撒き散らして、しかし。
「おっと。大丈夫かい?」
その背を支える手があった。
背中に確かに感じる男の人の感覚。それは――ギルオス・ホリス。
ローレットに所属する情報屋の一人にして。
「あ、ありがとうございます、先輩」
「んっ? ははは――なんだまた君か。こんな散らかった所に何度も良く来るね」
ローレットの『先輩』でもある人物だ。
情報屋見習いとして此処に勤め始めてから暫く、随分とお世話になっている。さっきも述べたがここはあらゆる情報が届く場所でもあり……日を跨いだだけであらゆる紙が一新されているのもしょっちゅうだ。
次々に入って来る情報の渦――混乱する脳――処理しきれない数々――
そんな時によくアドバイスを貰っていた。あれはああだと、これはこうだと。
「ああ……この辺りもまた片付けなきゃ。これとか、たしか昨日もう終わった依頼の筈」
「えっ、そうなんですか!? それさっき調べて今戻って来た所だったんですけど……」
「はっは! それは災難だったね! まぁまぁそういう事もあるよ」
多忙の折には情報屋同士のブッキングもあるのだと……
気にしないで――そういわんばかりに頭を撫ぜる。掌の感触が髪の先より伝わって。
ああまったく、いつもこうだ。どこか子供扱いをしてくる。
見習いという身をまだまだ卒業できないからなのかもしれないが――
「もう……! そんな事をする先輩には新しいコーヒー豆、あげません!」
そんな事をするのなら、こちらだって意地悪をするものだ。後ろの方でええっ! という声がしているが――もう少し困らせてやるとしよう。夜遅くまで活動する事もある情報屋にとって旨いカフェインというのは大きな味方。
自分にとっても、この作業に従事する様になってからそのありがたみを感じる事が多々増えた。ラサの方から取り寄せた特別品のコーヒー豆を隠す様に持ち直せば。
瞬間。目の前に見えたのは――一つの書類。
『未討伐』の印を押された……なんだろうこれは。魔物、の情報だろうか?
訂正印が多く『?』と成っている文章があちらこちらに。これは錯綜している証だ。
同時にそれは先の、『終わってしまった』モノと違う……まだ確かに『終わってない』モノでもあり。
「あの先輩。これ――」
私やります! と。見習いである彼女は眼を輝かせる。
いつまでもお世話になってばかりではいけない。背伸びだとしても、皆と一緒の目線でありたい。
だからやる。私が、私がこの案件を確かに片付けるんだと。
「駄目だ」
しかし。
「それは駄目だ。君には任せられない」
拒絶される。確かな声で、確かな意志で。
「な、なんでですか! 私だって少しぐらい……!」
「それはね、調べに行った情報屋が『行方不明』になっているんだよ」
むっ、と。
ほんの少し不機嫌になって振り向いた先――あったのはギルオスの無感情たる眼差し。
其処に先輩だの後輩だのという感情は込められていなかった。
ただ単純に『駄目だ』という、その魂のみ。
「時々そういう事がある。調べる段階で危険と言う事がね……だから駄目だ」
「――でも! 情報屋には危険があるって、私にだって分かってます! だから!」
「分かってない」
一歩。ギルオスが踏み込んでくる。
「ヤクザものに刃を突き付けられた事はないだろう。明らかに危険な連中がうろついている路地裏へ足を踏み入れた事は? 魔物の瘴気に満ちている森を見に行ったことはあるかい――ないだろう? 君は明らかに経験不足だ」
偏見や侮りの類ではない。ただ純然たる評価なのだと言わんばかりに。
書類を毟る様にギルオスはその手の中に収める。彼女に、見えない様な位置へ。
「だから、君には駄目だ」
「――でも、それでも! やりたいんです!」
だけど諦めきれるものか。
経験がなくても、じゃあいつ積めというのだ。私は、私は。
一刻も早く――一緒の立ち位置に――
「『でも』じゃないんだッ!!」
瞬間。
雷の様な一声が響いた。
腹の底から吐き出されたかのような一喝――普段の口調からは思いもつかぬ程の『圧』は。
肌を震えさせた気がして。
「イレギュラーズだろうが死ぬ時は死ぬ! そうでないなら尚更に――
それを知識の理解でなく、魂の底から理解出来てないなら言語道断だ!!
あまり『情報屋』という戦場を舐め散らかすなッ!!」
瞳の奥底を叩かれている気分だ。熱。籠る程に、感情の衝突が脳髄を覆う。
私は知らない――彼が、ギルオスという一個人がここまで激怒する事を。
散々毎日『妙な物』を家に届けられると。本気で悲しむような、おどけているような――そんな感じばかりなのに。なぜ、どうして。
今日はそんな様子なのか。
「死んだら、終わりなんだ」
そして。一転して。
呟くように零れた言葉は私に向けたもの。
一息。
「明日、一緒に珈琲を楽しめないのは辛いから――止めてくれ」
ああ。
嫌なのだ、彼は。『日常』が崩れるのが。
ローレットに通って。ローレットの仲間と会話して。妙な物が届けばうわああと騒いで。
そしてその日常の『内』にある物が。或いは居る者が。
明日消えてなくなってしまうのは――悲しいから。
「先、輩」
絞り出すように。或いは掻き鳴らす様に。
喉の奥から言葉を出そうとした。
上手く、上手く紡げないけれど。
「――ああ。ごめん、ごめんね。違うんだ怒りたかった訳じゃないんだよ」
頭の上に手を載せてくる貴方に。
今、絶対に言葉を紡がなければいけない気がするのに。
「泣かないでくれ」
目端から零れた一筋の何かの方で先に。
彼の魂を感じた気がした。
「――」
そこから先は覚えていない。
ただ感じたのは頭を彼の胸元へ。寄せて、脳髄から言の葉をつらつらと零したのみ。
一つ一つが嘘偽りない、感じただけのそのまま。
……いつの間にか落としていた珈琲豆の袋が開いて。
芳醇な香りを資料室の中に――漂わせていた。
何かを隠す様に。二人だけの――空間の中に。