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カルヴァーニ家の昔話
登場人物一覧
●エルサイド
早朝の窓を開けると辺り一面が銀世界だった。
「わぁ……。きれいなゆきですね」
冬が大好きな幼きオペレッタ・カルヴァーニは窓の外の光景に見惚れていた。
彼女は体が弱い為、家に閉じ籠り勝ちであった。
「おとうさんのごほん、おかあさんのおようふく、どちらもすてきです」
家にいる時は父親の書斎と母親の衣装部屋がお気に入りの居場所。
それがオペレッタの知る世界の全てであった。
「はて、オペレッタはなぜ、冬が好きなのでしょうか?」
幼少期から数年後のとある日、オペレッタが降り積もる粉雪を観覧していた時の事。
彼女は自身の冬好きを始めて自問自答した。
「冬の空がきぃんとして美しかったからですか?」
真冬の澄み渡る蒼空の情景を想起してみた。
「雪が全てをきれいに包み込んでくれるからですか?」
吹雪の夜が過ぎ去った明け方に観られる銀世界を回想してみた。
「厳しさの後に、暖かさが来るからですか?」
冬が終わり春が始まる季節の節目という神秘を想像してみた。
いいや、オペレッタにとってもっとも根源的な理由があるはずだ。
「うん、きっと、お母さんの劇がオペレッタの冬好きに関係しているはずです」
オペレッタの母親は異世界出身の綺麗な瞳を持つ女優だった。
しかし、オペレッタは自身の眼で劇中の母親の姿を観た事は一度もなかった。
だけれど、彼女は演劇のパンフレットに登場していた母親の姿を見た事がある。
パンフレットに写るその女優は、冬の象徴を鮮やかに実現する華麗なる雪の女王だった。
「ううん……。お母さんの衣装は、オペレッタには大き過ぎますね……」
さらに数年後、オペレッタが母親の遺した衣装部屋を整理していた時の事。
オペレッタは何着か試着してみたが、どうにも寸法が合わない。
例えば、件の雪の女王の衣装はあまりにもぶかぶかだった。
「雪の妖精の衣装だったら、オペレッタでも着られそうですね?」
一着だけ今の彼女のサイズにぴったり合う衣装があった。
かなり古びている年代物だが、オペレッタが着衣すると可愛らしい妖精そのものとなる。
そして雪の女王のステッキという小道具も箱の中にあった。
「ふふ♪ オペレッタは今、雪の妖精さんなのです。えい、ステッキで雪を降らせます!」
オペレッタは折角なので雪の妖精ごっこを独りでやってみた。
独りでも楽しめる遊びだが父親も混ぜるとさらに面白くなるかもしれない。
「お父さん、雪の妖精ごっこをやりませんか?」
父親の書斎に入ると彼は不在だったが仕事机に冬の絵本と小説が置いてあった。
「あらら、懐かしいですね……」
その絵本は、幼少期の頃に父親から読んで貰ったワクワクする冒険譚であった。
だが小説の方は、冬が悪者扱いされる悲しい物語だったので好きではなかった。
「昔々、ある所に雪の妖精がいました……」
オペレッタは年頃になると創作ノートを書き貯めるようになった。
小説の内容は、雪の妖精が冬の素晴らしさを皆と共に楽しむ物語。
創作に没頭する彼女は雪の妖精の世界に憧れた。
妖精の物語を綴りながら眠ってしまったある日の夜、霊夢を見た。
『私達を好きでいてくれてありがとう。世界中の冬の魂を解放して世界を救って!』
まるで彼女の小説に登場するような妖精の修道女が氷の教会で教えを説いていた。
早朝に覚醒したオペレッタは夢のお告げから使命感を得る。
世界中を旅して人々の役に立てれば、皆に冬を好きになって貰えるかもしれない、と。
――ですからオペレッタは、その日から雪の妖精の名前であるエル・エ・ルーエ(p3p008216)を名乗って、世界を巡ることにしました。
●父サイド
「ふう、もう三日もまともに食べていない……」
公園のベンチで売れない劇作家フランフォン・カルヴァーニが俯いていた。
『主は貴方を見捨てたのですか? ならば、私が貴方を導きましょう……』
一方、公園の片隅で女性が演劇の練習を独りで行っていた。
矢車草の如く青い髪、さらに紫と青の混ざる美しい瞳が特徴的である絶世の美女だ。
「演劇をする人かな? 実は僕、劇作家をしていてね……」
「えっ? 劇作家さんですか。私はエリーゼと申しますが……」
演劇の話で軽く打ち解けた二人はついつい熱心に話し込んでしまう。
どうも彼女は異世界から来たばかりで女優を志望しているらしい。
フランフォンがぜひ脚本を書いてあげたいという話の流れになった。
後日、彼女が雪の女王として舞台に立った独演劇は話題を呼び、二人に富をもたらした。
「僕と家族になって欲しい。君といつまでも一緒にいたい!」
「はい、喜んでお受けします」
独演劇の成功からそう遠くないある日、フランフォンは自然にプロポーズをしていた。
彼は独占欲に近い愛情を抱いていたが、エリーゼの方は美麗な笑顔で承諾してくれた。
数年後、二人の間には女の子が生まれた。
その子は、父と同じ藤色の髪で母と同じ色の瞳という特徴を持っている。
「エリーゼ、うちの娘はいつ見ても可愛いね」
「あら、そうでしょうか?」
フランフォンは娘を溺愛したが、エリーゼは娘をそこまで愛していないように見えた。
この娘に対する愛情の大きさの差が次第に夫婦の間で亀裂が生じる原因ともなった。
決裂が決定的になったのは、エリーゼが財産の大半を抱えて家を去る時だった。
「おい、エリーゼ!? 一体、どういう考えだ!?」
鬼気迫るフランフォンの問い掛けにエリーゼが美麗な笑顔で答えた。
「私は、妻である事も、母である事も、貴方の脚本の女優である事も……。全てを演じるのに飽きてしまったのです」
妻のとどめとも思える過激な言動でフランフォンが壊れる。
彼の頭の中で不気味な声が響き渡った。
――愛しているのに、こんなに愛しているのに!
――逃げてしまうのなら、二度と逃げないようにしてしまえ!
――一生自分の物にしてしまえ!
その危うい言葉の群れが真実だと確信して従った刹那……。
意識を取り戻した時には己の手の中で事切れている彼女を見つけた。
「な、なんだこれは……!? う、嘘だ、エリーゼ!!」
妻を殺害して死体を裏山に埋めたその日からフランフォンは本格的に魔に堕ちた。
思えば、妻を殺害する寸前に聴いた不気味な声は『原罪の呼び声』だったのだろう。
彼は今や色欲の魔種となり妄執が止まらなくなった。
「娘を外や人前に出してなるものか!」
オペレッタの食事に少量の毒を盛って病を起こさせては娘を半ば監禁状態にした。
「僕は……もう娘の為だけにしか脚本が書けないんだ……」
貯めた富を崩しながらも引き籠って娘の為の脚本だけに没頭した。
「はぁ、はぁ……。オペレッタ、君の肌はなんて美しいのだろう……」
娘が年頃になった時、彼女の入浴中の姿を盗み見てあろう事か娘に欲情してしまう。
もっとも、娘に手を出さないようにと同じ年頃の娘を買っては密かに劣情を発散させた。
それでも日常生活の平和と脚本の中の理想の家族の物語は続いた。
娘が突如、失踪する迄は……。
吹雪の夜、フランフォンは脚本を抱えながら家を飛び出して娘を探し始めた。
――オペレッタや、オペレッタ。君は今どこにいるんだい? 君が望むなら雪の妖精にも雪の女王にもしてあげよう。だから戻っておいで。僕の愛しいオペレッタ!
この日を境として、紫色の髪を持つ女の子が誘拐される無惨な連続殺人事件が発生した。
了