PandoraPartyProject

SS詳細

晨明が如く

登場人物一覧

彼岸会 空観(p3p007169)
ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌

 運勢を占うというのは乙女が好む物だという。それとは関係なく運勢を定量化しようとしたある研究者の目論見は勿論のことだが失敗した。それが無量とウィズィの二度目の出会いであった。
 ならば、一度目は何処であるかと言えばラド・バウである。ローレットのイレギュラーズはチームを組み互いに切磋琢磨するデモンストレーションを行っている。共に戦わないかと声を掛けた無量はウィズィの独自の戦い方に確固たる意志と信念が存在していると認めたのだそうだ。そんな思い出話は今は必要は無いであろう。
 それが脳裏に過ったのは無量にとって度し難い感情が存在したからだ。仕事を終え、傷を負った自身のその身を清めるために湖に半身を沈め息を吐く。戦いで昂ぶった熱が身と心を焦がし、衝動のように沸き立ち続ける。
 見上げた空に飾られた鮮やかなる金烏は眩くも光を放つ。それを見て、轡並べ戦ったウィズィの姿がどうしてもちらついたのだ。不幸、不運、そう言った悪運を目の前に彼女は愛を叫んだ。未来を切り開くが為に。その眩しさたるや自身とは正反対だと思えてならなかった。己はと言えば救済すくいを与え、求めて未来を閉ざすのだ。
 自身が心という物を知った――とするならばそれは何と形容しがたい物であろうか。濁った泥の様にこびり付き、眩い太陽が如く鮮やかにその存在を強固とする。その感情に名前を与えられぬ儘。目を伏せった。情動に掻き乱されることが無きようにと息を深く吐く。
「無量、さん……?」
 その背へと、思い浮かべていた人物が声を掛けたのは偶然だった。否、偶然という言葉が此処に適するのかは分からない。少なくとも無量にとっては偶然ではなかったのかも知れない。ウィズィにとっては偶然、それも憧れや信頼と言った好意的感情を抱いていた仲間を見かけただけなのだ。ミステリアスで格好良くて、もっと仲良くなりたい――なんて、可愛らしい友情にも似た淡い感情を胸にした彼女は当然のことのようにその背に声を掛けた。
「えっ……無量さん! 傷だらけじゃないですか!」
 無量は振り返る。自身を心配して駆け寄ってくるウィズィをその双眸に映して――唇を震わせた。
「ウィズィニャラァム……」
 ――もしも、駆け寄ってきたのが他のイレギュラーズであれば、平静を取り繕ったであろう。いつも通り感情など底に存在しないかのような上辺の笑みを浮かべて、顔見知りならば挨拶程度は交わしたはずだ。「こんにちは」や「偶然ですね」と茶を濁すかの様に唇が『普通の人間』を取り繕ったはずなのだ。
 然し、其処に居たのは紛れもなくウィズィ――ウィズィニャラァムその人だ。
 言葉は続かない。名を呼んで、そっと、無量は己の不文律を超えて刀へと手を伸ばした。救いを求めぬ者に向ける刃など存在していなかった筈であるのに――彼女を試そうとしているか、それとも、己の身の内に滾った戦いでの冷めぬ熱を発散するが為なのか。この時の無量には恐らく区別など付いては居ない。只、感情、衝動が、体が、そうしろと嫌なほどに叫んでいたのだ。どうしてなのかは分からない。刀を引き抜いた、駆け寄ってくるウィズィへと『救済すくう』様に振り抜いた。
「ちょっ……と! 無量さん! 私ですよ! ウィズィ……」
 ――彼女は、私を呼んだ。そうウィズィは足を止めた。ひゅ、と風斬る音。僅か数センチ。前髪が数本宙を舞う。
 足を止めて、ウィズィは構える。無量は、呼んだ。『ウィズィニャラァム』と。確かな響きで。それがどういうことであるかくらい嫌でも分かる。

 ――私だと知って斬りかかった――

 ウィズィは無量を見遣る。猛る地獄の業火に焦がしたような眸には色など乗っては居なかった筈だった――だと、言うのに。その人身に宿されたのは縋るが如き感情。
 その眸に、そして震えた声音に。惑いのあった剣筋に。彼女程の実力であれば、ウィズィの前髪だけではなくその頭をたたき切れたのではないかとウィズィは考えていた。元より丸腰、戦意など全く以て存在せず、油断しきっていた自身なのだ。それでも、当たらなかった、当てなかった――定かではない。彼女の眸に、声に、唇に、総てに乗せられた感情の色にウィズィは一つの結論を抱いた。

‪ ――‬私は、助けを求められている?

 疑問は首を擡げた。どうして、と問いかけても返っては来ないだろう。彼女の惑いが伝わる。此方に答えを求めるように太刀筋は極めて不確かな軌道を描く。
「事情はさっぱり分かりませんが、良いでしょう。
 戦うことが、あなたへの親愛の証となるならば――受け止めましょう、どんな刃でも、どんな痛みでも!」
 その両手は鳥渡ばかし抱えられる『もの』が多くなった。その一部に彼女を母のように抱き締める事がいけないなんて何処にも決まっては居ない。それ故にウィズィニャラァムという娘は守るために、駆ける。
 無量が眩しいと感じたように。見て居てよと自身を真っ直ぐに曝け出して迷わぬように突き進む。ただの町娘であった彼女が冒険者として生きるようになったその刹那に抱いた愛と勇気と夢と希望。寓話の中の総てを体現したような彼女に無量の心は掻き乱された。
 泉の中に月が映り込んでいる。その月をも乱すように荒い太刀筋で業を宿した刃を振りかざした。死を厭わぬ装束は今はその身には纏わない。傷だらけの自分自身を曝け出すが如く無量という女はウィズィへと襲いかかった。
「本気だって言うなら、受けて立ちますよ! 私だって、手加減しませんから」
「……ええ」
 饒舌なウィズィと比べれば無量の言葉は重い。まるで、声帯が言葉を拒絶するかのように。重苦しい物がどさりと音を立てて降ってくる。水粒が大仰に立つ。太刀が纏ったは死合いの一撃。正面から受け止め、迷わぬようにとその身の底から沸き立つ力を纏うかのように受け止め続ける。抱えるために開けた腕は夢まぼろしが如く無限の力を宿し、体の奥底の力を顕現させるように受け止めた。
 対する無量の刃は無意識下に存在する『惑い』を大いに反映していた。刹那、最適な太刀筋を見極められるはずのその刃は一閃したとてウィズィにとっては羽根のように軽い感情に感じられた。救済の為の刃でなければ――彼女の刃はこれほどまでに淡い痛みを与えるのか。それとも、惑いのせいで太刀筋が畏れブレ続けているのか。それさえも分からない。攻防一体の構えを見せる。乱された湖に映り込んだ月は無量の惑いを飲み喰らうこともなく魔性の笑みを浮かべた。
「さあ、無量さん。気が済むまで刃を振るってください!」
 それがウィズィニャラァムという娘であった。親愛を示すようにどんな痛みでも受け入れる。無量の惑いの刃を受け止め、そして仕掛け返したそれを無量はしかと受け止める。鍛え上げた術ではない、只真っ直ぐの『自分自身』をぶつけるウィズィとの剣戟は刹那のようで長い――

 ――ぐら、とその身が揺らぐ。それは仕事での疲労と傷からのことであろう。ウィズィから見れば無量の実力は上である。剣戟が対等に行えているのはその太刀筋に大いなる迷いがあったからに違いは無い。
「無量さん」と声を荒げた。鬼渡ノ太刀が掌から零れ落ちる。ぼちゃりと大仰な音を立てた泉が飲み込むように女の肢体を包み込まんとする。慌て手を伸ばせば腕の中にその体とぬくもりが落ちてくる。名を呼べども反応はない――然し、呼吸は正常であり、疲労と傷による発熱で体が悲鳴を上げ意識を強制的にその身より抉り取ったからであると気付いたとき、ウィズィはつい可笑しくなった。
 何がミステリアスで素敵な大人だ。何が所作も言葉遣いも格好良くて物静かで優雅だ。
 幼い子供の様に情動の儘、刀を振るい不器用にも戦い続けた彼女。結果として『事情』なんてものはさっぱり分からなかった。彼女がどうして自分に斬りかかってきたのかも、その瞳が助けを求めていたのかさえ総ては謎の儘だ。
 それでも、胸の奥底から沸き立ったのは不器用で『幼い子供のように癇癪を起こした』様にさえ感じた彼女の心模様に対する慈しみだ。抱き留めた体を持ち上げて、口角が緩むのを抑えられぬままぽつり、と漏らす。
「……なに、この、かわいいひと」
 嗚呼――可愛くて、可愛くて堪らない。
 ふ、と小さく笑みを零した後、彼女の体を抱き湖から陸へと上がった。気付けば乱し続けた月もすっかり姿を隠し薄らと朝の気配を感じさせる。
 今日は家に帰ろう。この傷の手当てもしなくてはならないだろう。何も知らない二人だけれど――ウィズィは彼女が可愛いことを知れただけ良いだろうか、何て含み笑いをして朝焼けの道を辿った。

  • 晨明が如く完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2020年08月09日
  • ・彼岸会 空観(p3p007169
    ・ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371

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