SS詳細
それは転生の炎のように
登場人物一覧
●Beginning
始りは彼女の腹部を見てしまったことだった。
切欠はどうということはない、ほんの小さなアクシデント。
ラッキー何とやらというかまぁ兎に角、見てしまった――剥き出しにしてしまった、彼女の腹部を。
――一体どれほど、それが彼女を引き付けるのか。
最初は彼女のその悪癖に対しての心配から始まった。
しかし――あんなにもへこんだ腹部というのは。
いくら心を配りあれもこれもと食べさせようと、痩せこけた満足というものを知らないようなお腹。
――そんなに“恋人ごっこ”との食事じゃ駄目なのか。
ああ、確かにごっこはごっこだ。
そうだとハッキリと認めてしまえば、それはどこか抵抗のある関係だとは思う。
けれども――思いまでもが“ごっこ”ではないことは明らかで。
――故に彼女は訪れる。彷徨い歩いた渇きの果てに辿り着くオアシスのように、見つけた猫のような少女の姿に、仄暗いものを匂わせながら行くのだ。
●Ulterior
足を踏み入れたそこは、彼女――雨宮 利香 (p3p001254)の宿は地下にある一室だった。
石造りの部屋には光は差さず、常にその空気は夏は涼しく冬は寒すぎず――寧ろ、誂えられたワインセラーから見れば、貯蔵庫にテーブルとダブルベッドを置いた、と言った方が正しいのかもしれない。
「あら、利香。なんで私の寝床に居るのです?」
そのダブルベッドに寝そべる目当ての少女、クーア・ミューゼル (p3p003529)は眼を擦りながら、訪れた利香を寝ぼけ眼で暗に拒絶するような口ぶりであった。
「ここは私の宿よ? それに、部屋にいなきゃここかと思って」
音も光も一切外に漏れることなき、この秘密の地下室に訪れることが出来るのは利香と、そして合鍵を渡されたクーアのみ。
光差さぬ部屋を照らす蝋燭の火の揺らめきと、桃色めいた瘴気が二人の姿を妖しく照らす。
暫しの間、沈黙と共に見つめ合う中、けだるげにクーアがそれを破った。
「で、何をしに来たのです?」
「何って……」
「用が無いならば……いえ、まぁ、お好きにどうぞなのです」
――本音を言えば、そのお好きにして欲しいのだけれども。
分かっているのです、ええ、自分から言える訳はないのです。けれども。心は既に固まっているのです。だから。
「それとも……私を堕としに来たのです?」
まあどうせその度胸も勇気もないでしょうけれど――歪められた唇は口に出されなかった言葉を雄弁に語ったように利香の目には映った。
喉元を内側から圧するような何かを抑えながら、利香は微かに震える声でそれに続ける。
「だとしたら……?」
「ええ、やれるものならやってみるのですよ」
彼女はいつまでも自分が“添い寝”程度で済ましているようなヘタレとでも思っているのだろうか。
手招きしながら唇を釣り上げるクーアの姿に、何処か惹き付けられる妖しさと、匂う嘲りを感じる――どうせできないだろう、という嘲りを。
……何かが、利香の中で切れる音がした。
「何よその言い方」
――それは心に湧き上がった染みのように。
衣服に隠されていた利香の臍の辺りから、純白の紙にインクを一つ垂らしたかのような、濁った染みが広がっていく――それは、ほんの少し、薄明りに透かして見てようやく見れるかどうかの境であったが。
湧き上がる染みが肌を侵食する感覚を感じ入るたびに、利香の頬が淡く染まり――ふと、彼女の胸が泡立った。
正確に言うなれば、泡立つようにブラウスをぼこり、ぼこりと押し上げていくのは、膨らみ――利香の女性としてのシンボルは、掌に覆い隠せる程から、腕でも抱えきれぬほどの膨らみを見せて。
窮屈そうにボタンを引っ張るそれが、彼女の激情に呼応するように弾かれ、ボタンが一つクーアに当たり転がっていく。
それがベッドの側から転がり落ちるは、まるで決闘の開始を告げるコイントスのように。
唇を歪めた利香の前髪が陰りを作ると、唇の隙間から漏れた紅紅と輝く舌の滑りと輝きが増し――そして、掲げられた臀部が一気に爆ぜるように膨らめば。一瞬の閃光が彼女の頭部よりねじ曲がった角を生やし、その背には悪魔めいた蝙蝠のような翼が広がり。そして。
――心に湧き出た染みは全てを侵し、寧ろそれを逆に己のモノとしたような心地よさに、頬を染めたリカの姿がそこにあった。
一瞬にて服が破れたかと思えば、染まった人ならざる肌は地下の薄明りに照らされ恐怖を伴いながらも、見る者を魅了してやまぬ青に染まり――その装束は、際どく豊かに過ぎる乳房を支え、腰回りを頼りなく隠すものへと変わる。
「こっちがどんな思いで我慢してたか知らずに……!」
ハラリと伸びた白髪を垂らすように掛けられた体重は、そのままクーアをベッドへと沈ませた。
●Recreate
「ええ、ええ。知りませんです。言われてないのですか、らっ……!?」
ああ何て美しく、妖しく、そして危険で……だからこそ求めたくなってしまうのだろうか。触れてしまえば熱く身を焦がすのに、見て何よりも魅了され、傍にいればその熱が自らを果てなく煽る業火のよう。
だがその業火は来てしまった。その
それを挑発的に見上げるクーアの視界を地下室の天井が混じる中から、リカの顔の面積を広くしていき――。
リップ音が、妖しく響いた。
「っ……!」
「んふ……!」
柔らかく吸い付く、触れてはいけない魔性の唇。重なり合う薄皮と薄皮の、お互いの血の巡りと温もりが、甘く脳髄を痺れさせる媚薬のように思考を冒す。
重たい痺れの中にクーアの眼に映る金色の、例えようもない凄惨にして官能的な輝きに見入りながらも、飛び込んで来た刺激に――。
「やっ……」
反射的に押し退ければ、口と口の間に白銀がか細く繋がれ、ふつりと消える。
リカは何処までも愉悦の笑みを浮かべながら、逃げようとしたクーアに覆いかぶさり、その身を押さえつけると。
「逃がさない」
「だめ、ですっ……!」
――そんなことはない、本当は言って欲しかった。
見下ろしてくる、火のように妖しく輝く金色の眼で、堕としに掛かって欲しかった。
口だけの抵抗も虚しく、心の底で受け入れていたそれがクーアの腹部へと伸ばされる。それはリカの伸ばした尻尾、ハートを象るその先に滴るピンク色の危険な香り濃密な液を。
「っ……!」
剥き出しの腹部にそれが押し当てられれば、クーアの腹部から脳天までが、強い熱に焼き焦がされていくように強烈な感覚が駆け登っていく。
凝縮された淫魔の香気がなぞり描くは、ハートを象る紋様――リカの腹部に刻まれたそれと同じ――であり、臍の僅かに下、女性の聖域のその上面へ。
「っ、ぁ、ぁあぅっ……やぁ、あぁっ……!」
首を必死に横に振り乱そうと、リカの愉悦に満ちた表情は変わらず、焼印を刻み付けるように尾先をなぞらせていく。
――尤も、口や態度で何をどう嫌がろうとも、これは決して心の同意が無ければ出来ないのだが。
刻まれた腹部からそれは始まった。
食わせども食わせども、健康な膨らみに恵まれなかったそれが、ぼこり、ぼこりと沸き立ったかと思えばクーアの腹部は膨らむ――尤も元々があまりにも貧相であったへこみが常人並となっただけだが――まるで極度の空腹が急激に満たされたように。
急激な変化に戸惑うクーアは膨らんだそこを思わず両掌で抑えるが、それすらもリカは笑うと――黒き手に覆われたかの如き過激な胸板に包まれた、豊かな己のそれを軽く持ち上げてみせる。
すると背を弓なりに逸らすクーアの白き肌より、汗の飛沫が散ったその時、膨らんだ腹部に比してその胸も、臀部も。両方とも利香がリカとなるに等しく変わっていく――
「あ、ぁぁっ……!」
元よりそこは貧相ではなかった。
それが今や反らされた背は否応なしにリカの眼前に突き出している――その掌に余るほどに、肥大した女性が持つ母性の膨らみを。リカにも迫るそれを。
更に目を引くのはそれに比した程に肥大した臀部の上――無論それもリカに迫る程に――より生えた生来の尾は、二股に分かれ、彼女が魔を帯びたことを示す。
正に魔の猫、即ち猫又の如き姿へと変わったクーアを恍惚と頬を染めながら、リカは揺れ動く獣耳へ唇を寄せた。
「好きよ、クーア、ずっとこうしたかった」
――その囁きが最後の刻印となるかのように。
クーアの腹部に刻まれた桃色の紋様が――新たな心の臓となるように、妖しき輝きと共に脈打てば。
幾許かのクーアの痙攣と共に、刻み付けた刻印から広がっていく染み――白き肌を汚すその色は灰。
炎が盛り、残されたものの色を示すそれが、クーアの肌に広がっていく――拒絶の意志を示すように言葉を発しても、痙攣し汗を散らすクーアの身体は素直に、受け入れるように肌色は勢いよく侵食されていく。
「はひっ……はっ……っ、ぁ……!」
絶え間ない新たな自分の姿と、開かれた魔の世界に打ち震え、滲み出す汗の飛沫をシーツに染み込ませながら、二股の尾の先端と先端をくっ付ける――微かに歪んだ尾の形はハートを象るようにしつつ、クーアはリカを見つめた。
この魔の眷属となれた喜び、晒された腹部と刻まれた同じ印を愛おしそうに掌でなぞると、クーアはリカの首と背に腕を伸ばす。
それに応えるように、豊かな膨らみと膨らみをリカは重ね合わせ、蛇のように腕をクーアの背に絡めれば、腕が互いの身体と身体を捉える鎖となり――それから誓いの口づけが熱く重なる。
後にはもう戻れない。繰り広げられていくのは、夢魔とその眷属の果て無き夜の宴。閉ざされた地下に響くは、いつまでも残る甘くも荒れ狂う熱を帯びた吐息と声……。
●New World
――あの濃厚な交わりの時間は、それで言えば一日程度しか経っていないのであるが、それを言ったところで彼女達は決して信じないだろう。
閉ざされた部屋の中、見えぬ朝日が昇り一日の始りを告げる頃。光差さぬ部屋の中、薄明りのみが彼女達の肌の退廃的な艶めきを映し出す。
この世ならざる魅力に満ちた艶めきの、見せてはいけない箇所を隠す白きシーツも鮮やかに、纏わりつくリネンの心地よき滑らかさよりも、臍の裏側に燻る甘い熱が心地よい。
青肌の腕と悪魔の翼のその中、揺れ動くクーアが目を擦りながら、紅蓮が金色に映れば、リカはクーアの髪を梳きながら囁いた。
「おはよ」
「おはようなのです」
「「……」」
見つめ合う二人の頬に微かな赤みが差した。
昨晩――と言っても時間も分からぬので便宜上のであるが――の激しい交わりと、新たな行く先へと落し、また受け入れた夢魔とその眷属の微かな後悔。
されど勝るは、互いの下腹、刻まれたハートを象る紋章が熱を孕んだかのようにチリリ、チリリと胎の内側を灼いていくような、甘ったるく狂おしい疼きと幸福感。
「……」
リカを象徴する巨大な母性と色欲の象徴に埋もれ、忙しなく異なる様相を見せながらクーアの耳が揺れる。
膨らみが弾み、心の臓が早鐘を打ちながらリカを煽るのは、金色の瞳の中に映るクーアの、己の眷属と化した証の刻印。
――また、堕ちていく。
「あ、んっ……!」
リカはなだらかな腹部の中、艶やかに輝くその刻印に躊躇わずに手を伸ばすと風走るように撫で上げた。
クーアもまた、背を弓なりに逸らすように身体を震わせながら、二十の指先から耳の先までを硬く尖らせたかと思えば、身を捩りながらリカより抜け出さんと抗う。
されど暴れる猫を押さえつけるようにリネンのひんやりとした質感と、魅惑に満ち溢れた肢体が彼女を包み込めば、抗いの刺激すらもクーアに甘き声を引き出して。
――やがてその抵抗も虚しく、クーアは蕩けるようにリカの身にしなだれかかる。心なしか、刻み込んだ眷属の証は胸が高鳴るように明滅を繰り返すようにも見える――実際にあったかどうかは、別として。
煽るように見上げるクーアの顔にリカは青肌の上、紅く濡れて輝く舌を微かに覗かせながら、クーアのその顔へ己のそれを徐々に近づける。
幸せな熱の煽りは止まることなく、ゆらり、ゆらりとやがてまた熱き炎と盛るのだろう。それは正に不死鳥の如く。
――ようこそ、新しい世界へ。