PandoraPartyProject

SS詳細

海の果て紡ぐ時

登場人物一覧

バルバロッサ(p3n000137)
赤髭王
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
アーリア・スピリッツの関係者
→ イラスト


 パライバトルマリンの海の上。
 潮風に焼けた頬に血の一閃。激しい剣檄の音。
『青鰭帝』オーディンと『赤髭王』バルバロッサの死闘。
 美しく靡く髪。気の強そうな青い両目は健在。両の足が甲板を掛ける。
 白い太陽が剣先に走った。
 刃の鋭い切っ先が、バルバロッサの頬に赤く線を引く。
「駄目じゃないか、お化粧(グロス)を避けちゃあ」
「テメエの顔に塗りたくれよ!」
 吠えたバルバロッサはヨナに肉薄し、細い腰へと鋭い拳をたたき込む。
 ――風圧。
 並の人間など、ただの一撃で背骨をへし折るほどの拳を、だがヨナは腰を滑らせるようにかわした。
 逆に踏み込みを――相手の体重を利用して膝を突き出す、が。分厚い筋肉の前では些か浅い。
「そのしけた髭、首ごと剃り落としてやるよ」
「はっ、テメエこそ鮫の餌にくれてやら!」
 バルバロッサは隙を見せたヨナの腕を捻り上げようとするが、直後に頸椎へ二発受けた蹴りに姿勢をがくりと崩した。
 宙を舞うヨナはフリントロック銃を抜き放ち、バルバロッサの額に突きつけ――だが同時にバルバロッサの銃口が胸の中心に冷たく触れ――
 乾いた銃声が響き、されど両者はトリガーが引き絞られる直前を狙い紙一重に回避した。

 その日の晩。
 窓の外に見える夜の帳はラピスラズリを散りばめ、濃密な色香を纏う。
 軋むベッドの上に腰掛けたヨナの足に月光が這った。
 胸元には血が滲む包帯とバルバロッサの節だった手。男の指は滑らかな感触を味わう様に白い肌を滑る。
 擽ったさに身を捩ればカランとグラスの氷が傾いて音を鳴らした。
 近づく瞳にお互いの姿を垣間見る。戦いの熱を其の儘に重なる唇は激しく交錯する。
 されど、ドアの向こうの気配にヨナはバルバロッサの胸を押した。
「ふ、気になるってさ」
「……」
 ヨナの金の髪を名残惜しそうに梳いた男は寝台から抜け出してドアを開ける。
 突然開いたドアに驚き、隠れるように物陰に走り出す少年の手をバルバロッサは掴んだ。
「ローレンス。今日はモリモトの所で寝ろって言っただろ?」
「あ……、ごめんなさい」
 顔を真っ赤にして俯く少年。寝ぼけ眼でトイレに起きたはいいものの、いつも通りにバルバロッサの部屋に戻ろうとした所で、誰かが居ることに気付いたのだ。
 中を恐る恐る覗き込めばバルバロッサと艶めかしい女性の姿。
 思春期の子供にとって濃密な口づけは刺激が強すぎたのだろう。

「あはは、可愛いねえ。だけど、子供はおねんねの時間だよ」
 豪快にローレンスの頭を撫でるヨナ。その胸元に滲む血をじっと見つめる少年。
「怪我、してる?」
「ん、ああ。コイツにやられたのさ」
 ヨナは隣に立つバルバロッサを親指で指し示す。
「仕方ねーだろ。戦ってる時は手加減なんて出来ねーだろうが。こっちが殺されちまう」
 そのやり取りに。日中に戦っていた海賊の事を思い出す。
 金髪青目。サックス・ブルーのマントが陽光にはためいて。
「……え、オーディン?」
 目を見開くローレンスにヨナはにっかりと笑った。
「ああ、そうさ。『青鰭帝』オーディンはアタシの事さ。でも、内緒だからな」
「……うん。でも傷が痛そうだから治して良い? 女の人は綺麗な方が良いでしょ?」
 ふわりと宵闇にペール・ブルーの優しい光が漂う。
 ヨナの胸にあった傷口はみるみる塞がりきめ細やかな肌が戻った。
「へえ、あんた凄いね」
 微笑んだヨナ。ローレンスは薄い下着のままの彼女に自分のシャツを脱いで押しつける。
「女の人は冷やしちゃダメなんだよ」
「……っぷ、あんた紳士じゃないか。どっかの誰かさんとは大違いだ。ねえ、バルバロッサ」
 ローレンスの優しさに笑みを浮かべたヨナはバルバロッサの背をバシバシと叩いた。
「うっせぇ、そんな事言うなら紳士ぶりたくなるような淑女ってーやつになってほしいもんだな」
「何だって? 何処からどう見ても淑女だろう?」
 間髪を入れずに放たれる言葉。流れるような会話の間合い。入る隙も見当たらない空気。
 お似合いだとローレンスは思った。同時に羨ましいのだと思った。
 初めて感じるドロドロとした感情が怖くて、ローレンスはバルバロッサの腹に飛びつく。
「おう、どうした?」
 大きな手がローレンスの頭を撫でた。涙を浮かべた少年にぎょっとしたバルバロッサは幼子をあやすように小さな身体を抱き上げる。
「ぐす……っ」
 バルバロッサの片に顔を埋めたローレンスの頭をヨナはそっと撫でた。
「はは、ヤキモチだね」
「……違うもん」
 青い瞳がヨナを見つめる。
「大丈夫さ、こんなゴリラみたいな男取りゃしないよ」
「ゴリラじゃないもん、熊だもん」
「オイ! お前ら黙ってりゃ好き放題言いやがって!」
 盛大なツッコミを入れながら、バルバロッサは開いているもう片方の手でヨナを持ち上げた。
 興が削がれた状態で睦言の続きなんて出来やしない。となれば、酒を飲みながら寝てしまった方がいい。
 二人を抱えて器用に部屋のドアを閉めたバルバロッサはベッドに滑り込む。
 両手に美しい花を抱え。窓からはラピスラズリの夜空。
 良い夢が見られそうだとバルバロッサは瞼を伏せた。


「あらぁ! うふふ、ローレンスさんにもそんな頃があったのねぇ」
 ピンク色の髪先を黄金に染めたアーリアがくすくすと微笑む。
「……懐かしい話ですね」
 バルバロッサとヨナが語る昔話にローレンスは涼しい顔で酒を一口煽る。
 懐かしさに目を細める事こそすれ、既にそんな昔話で動揺するような歳でも無い。
「はいよ。おまちどおさま」
 大量の皿を器用に持ち運ぶヨナの声が頭上から降り注ぐ。
 テーブルの上に並べられたのは、夏の海洋で採れる野菜を使ったラタトゥイユと熱々のエビのアヒージョ、毎日週末亭サラダと生ハムとトマトを使った前菜。それに一口サイズの串料理が揃う。
 今日は特別に看板娘であるヨナも酒の場に集っていた。

「ヨナちゃん、まだ義足直ってないの?」
 アーリアがヨナの足下に視線を送る。
 赤いスカートの下に覗く左脚は壊れた義足に添え木が当てられたまま。
「ああ、皆怪我しちまったから技師が足りないのさ」
 パンドラの恩恵を受けたイレギュラーズは治りも早く、空中庭園を経由して別国にも渡って行ける。
 されど、普通の人々はこの地に留まる他無いのだ。必然、動くに支障の無い者は後回しになった。
 アーリアは眉を寄せてカバンに仕舞ったままの宝玉の事を思い出す。
 ヨナの宿敵との戦いで手に入れた『ヴァナルガンドのオーブ』。
 其処に内包された色は『青鰭亭』オーディンの青。サックス・ブルーの輝き。
 きっとこの中にはヨナの失われた身体の一部がある。
「ヨナちゃん、私あの戦いでヴァナルガンドのオーブを拾ったわ」
「オーブ? 何だいそれ?」
 カバンの中から取りだした青色の宝珠を覗き込むヨナ。
 触ってみればひんやりと冷たい。
「きっと、これはヨナちゃんの身体だと思う」
 ヴァナルガンドが喰らったヨナの右目と左脚。海賊を止めなければならなかった原因。
「これがあれば、ヨナちゃんはまた海に行けるでしょう?」
 パライバトルマリンの海を白波を立てて走って行けるだろう。
 自分の脚と目で大海原へ駆けていける。
「だから……」
 このオーブはヨナが持つべきだとアーリアは彼女に差し出した。
 友人とオーブを交互に見つめたヨナは目を細める。
 そしてアーリアの指を握り込ませた。
「これは、あんたのものだ」
「でも!」
 これを使えば以前のように自由に海を行けるのに。

「アタシは今のままのアタシで海に出る。だってさ、アーリア考えてごらんよ。今、その脚と目が戻って来ても、修練し直さないといけないだろ? それじゃあ、遅いのさ。海は待ってはくれないよ」
 絶望と共に閉ざされていた海。それがイレギュラーズのお陰で解き放たれた。
 目まぐるしく変わって行く海洋王国。それに乗り遅れるなんて海賊としての名が廃る。
「この義足が直ったら、アタシは海に出るよ。だからさ、そのオーブは預かっててくれないか?」
 どんな窮地の戦場だって、行く先を見失った海の上だって。必ず帰ってくるために。
 アーリアと酒を飲み交わすために。
 サックス・ブルーの瞳が一層の煌めきを持ってアーリアを見つめていた。
「そんな事言われたら、預かるしか無いじゃない……っ」
 目を細めたアーリアの瞳から涙が一滴零れ落ちる。
 それは未来への約束。刹那を生きる冒険者と海賊の誓い。

「さあ、今日は祝いだよ。散って行った仲間のため。アタシ達のこれからのため」
 辛気くさい顔なんてしていられない。何故なら彼等は陽光煌めく海の民。
 夜の帳にグラスが重なる音がした。

 ――――
 ――

「助けてくれてありがとうございます」
 毎日週末亭のテラスでローレンスはバルバロッサに告げる。
 此処に来るまで目まぐるしく走ってきたから、お礼を言うのを忘れていた。
 テラスの欄干に体重を預け、手にしたグラスを傾けるローレンス。
「おうよ。……済まなかったなエリオットのこと助けられなくて」
「貴方のせいじゃないですよ」
 エリオットの心が弱かった。暗い海の底へ堕ちてしまった。
 救うことが出来なかった。
「……兄さんにも貴方みたいな人が居ればよかったのに」
 傍で寄り添い惜しみなく愛を与えてくれる人。愛を与えたいと思う人。
 そんな人が居ればきっとエリオットも魔種になることなんてなかった。
 ローレンスが魔種の呼び声を受入れなかったのはバルバロッサが居たからなのだ。

「ブレイブ」
 その名を呼ぶ。愛しい人の名を呼ぶ。
 筋張った太い指先がローレンスの頬に添えられた。
 その感触を味わうようにローレンスは青い瞳を伏せる。
「これからも、一緒に居てくれますか」
 病めるときも、健やかなるときも愛することを誓うから。
 だから。

「……返事はこれでいいか?」
 左薬指に嵌められる指輪。
 それは、無骨な海の男が見せる精一杯の愛の誓いだった――

PAGETOPPAGEBOTTOM