PandoraPartyProject

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愛がふたりを分かつまで

登場人物一覧

アレックス=E=フォルカス(p3p002810)
天罰
アレックス=E=フォルカスの関係者
→ イラスト


 魔獣は叫んだ。
 理性はとうの昔に失われている。
 苦痛、悲哀、憤怒、慟哭。
 魔獣を支配するのはおどろおどろしい負の感情。
 魔獣は失われたものを取り返すために悪魔と三度の契約を果たした。
 悪魔との契約が重なるたびに魔獣は強くなっていく。それと同時に人間性を失っていった。
 それでも。奪われ蹂躙された愛する姉の復讐をするためであれば自分の体など惜しくなどなかった。
 なのに――。
 今やもう、失ったものがなんであったのかはわからない。奪われたものがなんであったのかはわからない。
 愛していたものすらなんであったのかわからない。
 あげく、いつ復讐が果たされたのかも――わからない。
 魔獣の復讐の果てには自らの滅びの道しか残されていなかった。
 嗚呼、悪魔の嘲笑う声が聞こえる。
 復讐を遂げた男は今や獣臭い魔になり果てた。
 ヒトであったはずの自分はいつしか守る対象でもあったヒトに狩られる存在になっていた。
 因果応報。
 現在の行為に応じて未来の果報はきまる。ゆがめられた彼の未来はただひたすらにひずんでいく。
 彼は勇者とよばれるニンゲンに自らの心臓に剣を突き立てられたときに、すべてを思い出した。
 復讐を遂げた彼の理性は獣性に蝕まれそのまま潰えた。
 理性を失った彼――魔獣は一つの都市を火の海にした。
 確かに仇は倒した。しかし関係のないものをも巻き込み、今度は彼が誰かの仇になってしまったのだ。
 魔獣は胸を貫く剣を見つめる。当然の結末。あのとき悪魔に復讐を願ったときにここに帰結することはきまっていたのだ。
 魔獣は死を受け入れる。
 罪悪感とともに感じるすがすがしさ。
 自分はもうここで終わってしまってもいいのだ。
 旅路の終わり。
 魔獣はゆっくりと。ゆっくりと目を閉じた。
 世界が闇に溶け消えていく。自らが失われていく。昏い、昏いどこかに、沈んでいく。
 

 次に目を開いたとき、そこは知らない庭園の泉の畔だった。
 修道服の女に促され、鏡面になった泉を見れば、小柄な少年が映っていた。
 少年は手で顔に触れる。同じように泉に映る少年もまた顔に手を触れている。
 絹糸のような銀の髪がほろりと肩から落ちた。
 それは懐かしい姿。遠い昔の姿。まだ、魔獣にはなり果てる少し前の自分だ。
 どういうわけか醜かった魔獣の姿ではなくなっている。
 それはこの世界における混沌肯定が働いたのだと修道女は言った。
 しかして、呪いはその異形の紫紺の瞳に宿ったまま。悪魔の刻印はうがたれたままであった。
 終わりをうけいれた魔獣であったはずの少年は戸惑うしかなかった。
 なぜ、なぜ。自分は終わっていないのかと。
 なぜ、なぜ、貫かれた心臓は未だ動いているのか。


 なぜ自分は生きているのか。
 あの日から問いかけ続けている疑問に アレックス=E=フォルカス (p3p002810)は未だ答えを導きだせてはいない。


 いつからこの世界に存在していたのか。
 「ソレ」は世界に問いかける。
 答えはかえってこない。
 「ソレ」はその答えを深く掘り下げることにした。その行動が「自我」というものであるとはその概念はまだ気づいていない。
 考える。そうすることで、自分、というものの形がみえてくる。
 自分は闘争を求めこの世に出現した。
 なれば自分はどんな形をしているのかを考える。――わからない。
 そも、自分はなんなのか。闘争と呼ばれる概念のなかの一部、それとも全部。
 全は一、一は全。
 思考を続ける「ソレ」の前に物体があることに気づいた。
 それは今流れ着いたのかそれともずっと前からあったのかはわからない。
 「ソレ」はその物体に意識を向ける。
 すると突如その物体から強い魔獣の気配――正確には臭気であったのだが「ソレ」には臭気という概念がなかった――を感じた。
 その瞬間、「ソレ」は――。
 世界に個として生まれ落ちた。
 全なるものが個に変わる。今まで感じていた全なる概念感覚はもう喪失した。
 しかし、新しい感覚と概念が「ソレ」の中にとめどなく流れ込んでくる。
 物体――異世界から流れ着いた少女の姿の死体――が立ち上がる。
 「ソレ」はその物体の動かし方が、感覚的に分かっていた。
 目をあける。光にみちた世界が広がる。
 概念体であったときとは比べ物にならないほどの世界からの情報量が「ソレ」に襲い掛かる。
 頭がぐらぐらする。気持ちが悪い。しかし。
「ふふ」
 「ソレ」は初めて笑った。
 気持ちは悪いが気分は悪くない。すべてが新しい感覚だった。
 ソレは初めて二本の脚で立ち上がった。
 目線が上がる。世界が重層的なものであることを知る。
 ソレは初めて歩きだした。広がる世界に向かって。はだしの足を刺激する地平。それが地面。
 ソレはその日――イグジスト・クライムという名の個を手にいれた。


 イグジストは至高の闘争を求める。
 それはイグジストという個の根本である概念。獣の臭いを嗅いだ日、概念体からひとつの個として分離した。
 その後彼女は「イーゼラー」の概念と出会う。

● 
 ついぞ最近「イレギュラーズ」と呼ばれる者たちが、最強の竜種を封印したとイーゼラー教団の信徒から聞いた。
 彼女は彼らイレギュラーズといわれる存在に強い興味をもつこととなった。
 最強を封じた彼らとの闘争したらどうなるのだろうか?
 戦いはきっと、きっと至高のものになるのだろう。
 彼らは幻想に根城をもっているらしい。
 彼女は彼らを観察するため、幻想に出向くことにした。
 闘争、闘争、闘争。
 イーゼラーの教義はそれほどまでに興味はないが、彼らイーゼラー教とともにあれば、愛しき闘争と隣り合わせで過ごすことができていた。それは少々窮屈ではあるが、それなりに居心地もよかった。
 彼女は立派な信徒とはいいがたいが、13番、《悪魔(ザ・デビル)》を冠する実力でもって数多の人間を屠り魂の選別を続けてきた。
 数々の「イーゼラー」を操る彼女を信徒たちは止めることはできない。

 幻想は森が多い地形である。故に移動中いくつもの森を超えてきたが素晴らしき闘争を求める彼女にとってはそれほど苦ではない。
 途中何人かのイレギュラーズとやらにちょっかいをかけては殺してきた。
 最強の竜を封印したというわりには話ほどにはつよくないのか、と正直なところがっかりしてきたところだ。
 しかし――。
「――ッ!?」
 ふと、鼻腔にかつて嗅いだことのある臭いを感じた。
 それは、はじまりの日の鮮烈な記憶。
 ずっと求めてやまない、それだ。
 どくん、と止まっているはずの心臓が息吹をあげる。
 この心臓は、きっとその獣の臭いと同期しているのだろう。
 はじめて、はじめて――いのちを感じた。
 つまりは。求めていたそれを見つけたのだ。獣が放つ強い臭いを求め彼女は目を輝かせる。
 つま先が地面を蹴る。
 走れば走るほどその臭いは強くなる。突き出た枝が女のほほを引っかくがきにならない。
 ああ、ああ、獣くさい。ぷんぷん匂ってくるぞ。
 あれだ、あれこそが、儂のもとめていた――。




 そして、彼と彼女の物語が遠い異世界での今生の別れを経て今――邂逅さいどうし始める。




「誰だ?」
 湖の畔に立つ男がこちらに気づき槍を構える。
 ああ、ああ、気づいてくれた。儂に気づいてくれた。
 女は初めてうれしいという感情を得ることができた。
 
 ジャギッ!

 女は両の手の爪を伸ばし、男の首を狙うが槍にはじかれる。
 ああ、ああ、獣くさい。この臭いだ。ああ、ああ。噎せ返るほどのこの臭い。
 体が痺れる。心が弾む。たのしいと感じる。幸せな気持ちがあふれてくる。
 この感情を表すぴったりの言葉がある。
 そう。
 ――愛だ。
「のう、お主、よくぞ避けた」
 女は男の正面に立つと、まっすぐに男をみてほほを染めてほほ笑む。まるで恋する乙女のように可憐に。
「あ、あなたは――姉上……! いきて、いきていらっしゃったのか?」
 男は自分の姿を認めると、茫然とした顔をする。
 男は嘗て愛する姉を殺され復讐者となり果てた。
「――、貴様。この、体を、姉とよんだのかえ?」
 なんと、なんとなんと。運命の女神は悪戯好きなのだろうが!
 個を得たイグジストは「ヒト」の営みをまずは覚えた。家族という概念ももちろんだ。
 イグジストのこの体はどこぞのだれかは知らないが拾い物の死体を利用して使っているものだ。
 この体は今ここで出会ったこの獣の少年の家族であったものらしい。
 自分と彼は獣性でもってつながった姉と弟であったのだ。
 これを運命と呼ばずしてなんと呼ぶのか。
「くふ、くふふ」
 自然笑いが漏れる。
 なんと、なんとなんと。
 すばらしきかな。すばらしきかな。
 今日だけは、イーゼラーに祝福をささげてもいい、祈ってやってもいい。
「姉上……? どうかなされたのか?」
 一歩男――アレックス・E=フォルカスが女に向かって歩を進める。
 懐かしいものを見るような困惑した瞳が、いとおしい。
「少年よ、名を聞かせておくれ」
「何をいまさら、私だ。アレックスだ! 姉上。ああ、姉上、姉上!」
「ああ、そうだ。儂だ」
 喜びの表情の少年を両手を広げてイグジストは慈愛のほほ笑みで迎える。
 少年がまっすぐに飛び込んでくる。
 ジャッッ!!
 少年の心臓を狙ったイグジストの爪が空を切る。
「なんと」
 少年はすんでで爪を避け後ろに下がる。とんでもない体捌きと身体能力だ。
 女は、舌なめずりして少年を頭の先からつま先まで眺める。
 どことなく今の自分の姿によく似ている。まさに姉と弟だ。
「貴様、何者だ。姉上ではないな」
「いいや、この体はお主の姉さ。この体から立ち上る獣の臭いとお主の臭い、同じであろう」
 女はことさら淫靡に自らの体を指先でなぞりながら笑む。
「戯言を」
 ぎり、と歯ぎしりの音をたてるほどにアレックスは歯をかみしめてイグジストをにらみつける。
 姉の姿をした異形。
「信じてくれぬか。かなしいことよ」
 よよ、とイグジストは泣きまねをして袖で涙をぬぐう仕草をする。
「でもな、見つけたよ、「アレックス」。わが闘争。わが宿敵」
 アレックスは答えない。
「私は、イグジスト・クライム。イーゼラー教団が祓魔師。《悪魔(ザ・デビル)》の名を冠す者」
「イーゼラー……教団……ッ?!」
 それは400年ほど前から深緑内に潜む邪教集団の名前であることをアレックスは知っている。
 人間の可能性を信じると嘯き、『人類種の蠱毒』と称し、紛争を生み出し、残酷な方法で人を殺し快楽を得ているている忌むべき集団だ。
「知っているとは僥倖、
 喜べ、アレックス。
 お主を我らイーゼラーの『人類種の蠱毒』に招待してやろう」
「貴様、姉上の姿を使って……!」
 アレックスの瞳が怒りに染まる。
 それでいい。それがいい。
 憎しみは闘争を飾りたてるエッセンスだ。憎め、憎め。
 強く憎め。憎悪しろ、嫌悪しろ、嫌忌しろ、唾棄しろ、嫌厭しろ。
「今日のところは挨拶、で済ませておこう。
 またあいまみえよう。
 愛しき「弟」殿よ」
 女は嬉しそうに、まるで恋する乙女のように笑うと、その場から姿を消した。
 獣くさい臭いが微かに香り、風に溶けて消えた。
 まるでなにもなかったかのように、森は静けさを取り戻す。

 アレックスは探していたものを見つけた。
 そして、その瞬間――愛する者は宿敵となった。

 なぜ自分は生きているのか。
 それは――。
 
 男はその日答えを得た。
 
 
 


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