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絶望の先を見る
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朝日を受ける海は、どこまでも穏やかだった。引いては寄せ、寄せては引く。その度に太陽の煌めきが海の青と入り混じり、どんどん変化していく。陽がより高く上がれば、じきにそれも穏やかな変化となっていくのだろう。ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)はそんな今ばかりの変わりめく色合いを見つめていた。ぼんやりとした視線はどこか虚ろとしていて、疲れ切っているようだ。
「はぁ、朝ですか。通りで眠いわけですね……」
ただ夜が明けて朝が来た。それだけの現象だ。けれどもこの海で戦った者からすれば未来を指し示す道導にも思えただろう。
絶望の青と呼ばれる海洋王国外縁部、さらにその外側。海洋が何度も
海は荒々しく天候も頻繁に変化し、凶暴で見たこともないようなモンスターが襲いかかってくる。こんなにも穏やかな海を見るのは相当珍しいだろう。
(そう、これが普通じゃない)
視線を落とせばそこは浅瀬で、チャプチャプと塩水がベークの足元で遊んでいく。もっと下、深海には心半ばで散って行った同胞たちの船や遺体があるのだろう。いつ死ぬかもわからない厳しい海だ、時が経てば海に還るが──今は大号令の直後。原型を保つものもまだ多くあると思われた。
しかし自らを蝕んでいた廃滅病は既に消えている。魔種が消えたのだから効力も失って当然だ。恐らくは共に命を限界まで削った仲間たちからも、その呪いは消滅していることだろう。
絶望の青をより絶望たらしめていたのは冠位魔種アルバニアによる権能。ずっと昔から大号令を阻んでいただろうそれは、イレギュラーズの猛攻と奇跡によって打ち倒された。
(僕は死ななかった。それは、きっと)
これまでのどんな出来事よりも死に近づいて、命を削ぎ落としながらのまさに『死闘』を繰り広げても──まだ進め、と。天はそう示しているのだろう。ベークとしてはもう目的の場所に着いたって良いくらい頑張ったと思うのだが、これではまだ報われないらしい。
はぁ、とため息が零れ落ちる。まだ大きな難関を1つ乗り越えただけ。周囲は変わらず海であり、島影だって見えやしない。もしかしたら同等の、いやそれ以上の難関だって待ち受けているかもしれない。
常であれば『生きているならまあ』と力を抜きそうなくらいだが、ここが海である限りそうもいかない。自らのルーツに辿り着けるかもしれないのだから。そう、だから、あとひと踏ん張り。
(ひと踏ん張りでどうにかなります?)
自問しても自答は返らない。分からないものに答えようなどないのだ。
海賊船が木っ端微塵になる様を見た。
海兵が体を貫かれ、海は落ちる様を見た。
人も船も何もかもが海底へ引き込まれ、数人のイレギュラーズがその命ごと運命を燃やし尽くした。
希望の朝などとはとてもじゃないが呼べないだろう。けれども同時に、預かった想いや言葉がある。今回の号令だけではない。過去の号令によるものも一緒に託された。自らの願いを叶えるためならと請け負って、邪魔者は蹴散らした。
それでもまだここは通過点だ。
ベークは1歩を踏み出す。ちゃぷん、と塩水が音を立てて、やんわりとベークの行く手を阻むように足元を水で満たしていく。それでも立ち止まらない。立ち止まれない。立ち止まっている暇なんてないのだ。ヒトは脆くて儚い生き物で、逡巡していればあっという間に死んでしまう。
だから、後悔するのも弔うのも、ヒレを休めるのももう少し先。
「──行きましょうか、この絶望の先へ」