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熱砂に恵みを
登場人物一覧
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場所は傭兵……ラサ傭兵商会連合。
混沌大陸中央部の砂漠地帯を根城としており、その名の通り傭兵と商人が結び付く事で共同体を形成した連合国家。自由を愛する気候風土が強く、何かに縛られる事を嫌う国民性を持つ。
『狐です』長月・イナリ(p3p008096)が
「この国は相変わらず暑いね……」
熱砂が吹き荒れるこの土地でイナリのその触り心地の良さそうな尻尾はどんよりと落ちてしまっている。イナリ自身もこの砂漠の気候にやられてはいるが、今日は仕事としてきているのだ、気を引き締めねば。そう気持ちを改める。
砂漠のオアシスたる首都ネフェルストから外れた田舎町も最奥、そこは治安の悪いスラム街。ネフェルストの華やかさとは裏腹に、ここは鋭い視線が辺りに散らばる。イナリはその場に居るだけでゴクリと喉を鳴らした。
「ここら辺では見ねぇ身なりの嬢ちゃんだな、こんな所に何の用だい? 悪いこたァ言わねぇ、すぐ帰りな」
「あ、わ、私特異運命座標なの……依頼出来たのよ」
「特異運命座標?
他国籍のギルドの連中が何故こんな廃れた場所に。イナリに声をかけてきた男はそう疑問を投げかける。
「確かにラサの傭兵は沢山派遣されてたって聞いてた」
けれど解決には至らなかった。
それはこの地が豊富な水辺であるオアシスから程遠く、実りを呼ぶには乾き切ってしまった砂、空気は何故か澱んでいるそんな場所で。
恵みの土地と言うには程遠すぎる故の結末、そんな土地でイナリが任されたのは食事の配給だった。
「とりあえず仕事で来たのはわかった。けどな、こんな土地でそんな軽装で、何の配給をするつもりだ? まさか、何か作物でもあると期待していたのか?」
そうだったなら酷く滑稽な話だ。
スラム街の民はこの土地に絶望し労働気力を喪失。外へと稼ぎに出た若者達は皆、街での暮らしに希望を見いだしたのか、はたまた娯楽区域での
そんな誰もが見捨ておく土地に。
「そうじゃないよ、ただ私は私のギフトで役に立てないかなって思ったからここに来たの」
「ギフト?」
ギフト──それは
人によって様々な能力が存在する。
例えばイナリの『稲荷の加護・五穀豊穣祭』は自身の周辺に五穀を種が無くとも、土壌でなくとも、瞬間的に実らせる能力。
その実らせた五穀は精米等は不要、美味。種を所持していれば、五穀以外も増やせる、これも食べれるなら品種なら、美味。と言うのだから驚きのギフトなのである。
「なるほどねぇ」
「なので……うん、やってみた方が早いかな?」
イナリが一粒種を取り出して掌へ乗せその上に片手を翳してギフトを使用してみる。すると見る見るうちに実りへと変わり……それは檸檬の実へと変貌を遂げた。
「なんじゃこりゃ?! これが嬢ちゃんのギフトだって言うのかい!?」
「米や麦だったら種なくても実らせられるよ」
「……食糧難知らずの魔法だなぁこりゃ」
男は驚いた様子でイナリが実らせた檸檬の実を触る。皮の感触や皮を剥いた時に染み出る檸檬汁……細部にわたって全てが本物で、男は大きく度肝を抜いた。
「なるほどね、嬢ちゃんがやりたい事はわかったぜ」
「なら……」
「だがな、やめときな」
「え?」
それは意外にも神妙な表情で言い放たれた。
「確かにここは食糧難の土地、嬢ちゃんのギフトさえあれば救えるさ、簡単にな? けどよ、それだけじゃ食糧難は終わらないぜ」
「……と、言いますと?」
「食糧難っつーのはな、この土地で食糧が確保出来てこそ解消される。それがもし嬢ちゃんのギフトによって配給されたものだと知られてみろ、街は嬢ちゃんを手放さねぇぜ?」
「あ……」
少しだけ、簡単な事だと思っていた。けれどそうだ、食糧難と言うものがそんなに簡単に解決出来るだなんて……ラサだけじゃない、きっと他の国でも片隅で抱える大きな問題なのにどうして思えただろうか。
それにそう言うギフトを所持していると言うだけで、イナリ自身の身すらも危うくなる。上級層の者なら尚のこと欲深いことを考えるだろう。
「じゃあせめて今日だけは配給させて欲しい、タダで帰るのは……だって私、この街の話が気になってきたのよ」
飢餓で苦しむスラム街の人々を思って、自分のギフトならきっと何とか出来ると信じてきたのだから。
「……じゃあバレないように慎重にな? そう言ってくれんのは俺としても有りがてぇ話ではあるんだ」
「うん!」
イナリは男の言葉に力強く頷き、こっそり調理した汁物を街の人々へ配給し任務を終えた。