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死聖と聖奈と由奈、そしてリーフィアの話~出会い~
登場人物一覧
「おっはよーリーフィアちゃん! 今日のぱんつ何色ー!?」
朝いちばんに顔を合わせた聖奈が疾風のごとくリーフィアのスカートをめくりあげ、固まった。
「リーフィアちゃん は い て な い」
「はいてないだって!?」
「えええ? ダメでしょそれは!」
死聖が素早く反応しカメラを取り出したかと思えば、由奈がそれを阻止しようとオオアリクイも真っ青の威嚇ポーズをとる。
「そうなのですか?」
本人は、ほけらっと頬に手を添え、ポケットから包みを取り出した。
「はい、聖奈様」
「なにこれ?」
「聖奈様へプレゼントです」
受け取った聖奈はさっそく包みを開けてみた。……ぱんつ。青いレースに薔薇の装飾が付いたリーフィアのぱんつが入っていた。
「どゆこと?」
「聖奈様が毎朝私のぱんつをお求めなので、ご用意いたしました」
「ちっがーう! わかってない、わかってないよリーフィアちゃん!」
「そうなのですか? 難しいものですね。よければ私に違いのご説明を……」
「よーし、一から十まで説明してあげようじゃない! 座ってリーフィアちゃん! 師匠は判定役としてそこに居てくださいなのです!」
「というか朝食が冷めるから~! せっかく死聖お兄ちゃんのために作った朝食が~!」
どうしてこうなったかってーと、少し話をしなくちゃいけない。
それは死聖がいつものようにラッキースケベを求めてさまよっていた時だった。
今日の狩場は幻想の街中。街を行く娘たちのスカートは長く、それゆえにすけべ心をくすぐる。都合よく風でも吹いてくれないかなと思っていた時だった。目の前を青のロングドレスが通り過ぎて行ったのは。
「もし、おたずねいたします。ミレイン王国をご存じですか」
涼やかな、すがるような声。死聖が目をやると、そこには絵にかいたようなお姫様が居た。ほんのり桃色がかった色白の肌、血筋の良さをうかがわせるよく手入れされた銀の髪。おとなしげながらも芯の強さを感じさせる水色の瞳。細いながらも出るところは出ているのがまた死聖好みだった。話しかけた相手に首を振られた彼女は、ロングドレスを重たそうに引きずり、スカートを持ち上げた。ヒールの高い靴に包まれた足は真っ赤になっている。そのまま去っていこうとする背中へ、死聖は声をかけた。
「お嬢さん、カフェで一休みしていきませんか」
「……」
私? といいたげに彼女は振り向いた。死聖はにっこり笑ってみせる。
「あなたのように美しい方が、何やら不遇な目にあっている様子。これは見過ごせませんとも♪」
「……でも、私、手持ちが」
「僕が出しますよ。あなたのような方とひと時を過ごせるのでしたら安いものです。ささ、お気になさらず」
「ありがとうございます。じつはもう歩くのも疲れてきて……!」
彼女は感激しているようだった。おごりがいがあるってものだ。さっそくカフェへ招き入れ、人目につかないところで靴を脱ぐよう促すと、彼女はほっと一息ついて「では失礼を」と素足になった。こっそりのぞくと、靴擦れまで起こしている。絆創膏を渡したいところだが、あいにく持っていない。ひとまず自分のおしぼりまで渡して足をいたわるよう言った。よっぽど歩き疲れていたのだろうか。冷たいお絞りを両のふくらはぎにあて、彼女は目を閉じてまったりしている。
「ところで聞いてもいいかな。ミレイン王国は君の出身地か何かかな?」
彼女はぱっと目を見開き、うれしげに答えた。
「はい、そうなのです。御存じなのですか?」
「いいや、君が口にしていたのを聞いただけだよ」
「……そうですか」
しゅんと落ち込む彼女に、死聖は笑みを誘われた。
「自己紹介が遅れたね。僕は宮峰死聖、気軽に死聖と呼んでおくれよ」
「死聖様とおっしゃるのですね。私はリーフィア=ミレインと申します。リーフィアでよろしゅうございます」
「ああ、そんなに堅苦しくしなくていいよ。美人にはもっとくだけた調子でしゃべってもらえると、僕がうれしいな♪」
「申し訳ありません、他の口調というものがいまひとつわかりかねまして……」
リーフィアは心から申し訳なさそうに詫びた。死聖が気にしないようフォローを入れると「鞭が飛んでくるかと思いました」と物騒なことを笑顔でいう。
「ところで、高貴な生まれと見えるけれど、どうしてこんな街中を従者も付けずに一人で?」
「それが、私にも訳が分からないのです。いつものように中庭へ出たら、突然光に包まれて、神殿のようなところに移ったのです。そこで、修道女のような少女から「ろーれっと」なるところへ行けと言われ、気が付いたら、その「ろーれっと」の前でした。そこの受付嬢に声を掛けたら「今日からイレギュラーズなのです!」と訳の分からないことを言われ、どうしていいものやら……とにかく、早く城へ戻らないとお父様がお怒りになります。それだけは避けなければ。死聖様、よろしければミレイン王国へ戻る方法をいっしょに探していただけませんか」
死聖はリーフィアに手を取られたが、返事が傷低い声で唸った。
「あのね、リーフィアさん。落ち着いて聞いてほしい」
「はい」
「まず、ミレイン王国へは戻れないと思ったほうがいい」
「なんですって!?」
リーフィアは驚き腰を浮かした。そんな彼女の手を引っ張り、再度椅子に座らせる。
「ここは君が居たところとはまったく違う世界。混沌と呼ばれるところだ」
死聖は真面目な顔で解説し始めた。混沌は滅びかけていること。そのため他の世界から人材をかき集めていること。元の世界に変える手段は今のところ見つかっておらず、混沌の滅びを回避するしかないこと。その勇者こそがイレギュラーズと呼ばれていること。
「……はあ、勇者、私が」
「いろいろ持ち上げられるけれど、ようするに荒事専門の何でも屋だよ」
「私にそんな力なんて……」
「それはこの世界の「混沌肯定レベル1」で保証されてるから大丈夫だけど、無理にローレットの依頼を受ける必要はないよ。しばらくはゆっくり過ごしてこの世界に慣れてみるのはどうかな?」
「でも、私、行くあてもなくて」
「ならうちへおいでよ! ちょうど部屋が空いてるのさ」
「いいのでしょうか?」
「もちろん♪ 由奈と聖奈って子がいるから、仲良くしてくれると嬉しいな♪」
「まあ」
リーフィアは頬を染め、両手を重ねた。
「なんだか、楽しそうなところですのね。こちらこそ喜んで」
「おかえりなさい死聖お兄ちゃん! ……あ゛? 何その女。なんで死聖お兄ちゃんと車椅子に乗ってるのよ!」
「あー……また師匠が女の子引っ掛けてきたのです。しかもいきなりお姫様抱っこときましたか」
「泥棒猫!? 泥棒猫なのね! 死聖お兄ちゃんと私の仲を引き裂きに来たのね!!」
先住者二人からのリーフィアへの反応は渋いものだった。死聖が苦笑しつつ両手を上げる。
「まあまあ二人とも。思い込みだけで判断せずに僕の話を聞いておくれよ」
「聞きたいのはこっちですよ師匠。まあ、聖奈は聖奈も愛してくれるなら師匠が何人囲おうが文句は言わないのです」
「囲う?」
リーフィアが不思議そうに隣の死聖を見る。
「紹介するね。こっちが弟子の聖奈。こっちが妹の由奈。といっても血はつながっていないんだけどね。どちらも勿論愛しているのさ♪」
「あらまあ、お二人とも死聖様の恋人なのですか?」
「そうだね。ただ由奈はまだ約束の時が来ていないから義妹として扱っているけれど」
「死聖様は血を残す重要性をわかっていらっしゃるのですね。尊敬いたします」
「えっ」
「えっ」
「どうしたんだい、ふたりとも?」
「……てっきり師匠のふしだらぶりにドン引きされると思って」
「……うん」
「私も姫のはしくれ。お家を存続させる大切さはわかっております」
「「姫ぇ!?」」
ぎょっとしたふたりは、改めてリーフィアを見つめた。たしかに絵本から抜け出してきたかのような美貌と気品だ。
「あ、足、腫れてる」
聖奈がリーフィアの異変に気付く。
「さすが聖奈。その観察眼、僕の弟子にふさわしいよ。今日もオッドアイが美しく煌めいて朝と夕暮れの湖のようだね。よく気づくうえにかわいいなんて、本当にできた子だね♪」
「やぁん師匠、そんなに褒められたらうれしいのです。冷やしたタオル持ってきますね!」
元気よく廊下をかけ去っていく聖奈。由奈はというと、不機嫌丸出しの顔で死聖にお姫様抱っこされているリーフィアへ詰め寄った。
「うう……お兄ちゃんの馬鹿! こんな泥棒猫追い出してやる! 死聖お兄ちゃんのお膝から降りなさいよ! ほら、早く! さあ早く!」
「由奈ちゃん落ち着いて!」
戻ってきた聖奈があわてて由奈を引きはがした。
「こんなに足が腫れてちゃまともに歩けるわけないのです。だから師匠は抱っこして帰ってきたんだと思うのです」
「そのとおりだよ。さすが聖奈だね」
「うう、うう、なによ、みんな私ばっかり悪者にして!」
「そんなことはございません」
凛とした声が響いた。リーフィアが死聖の膝から降り、足を引きずりながら由奈へ近寄る。
「ひっ、な、なに?」
「訪いも入れず参ったは私の方です。由奈様、申し訳ございません。ただ私には行くところがないのです。しばらく泊めおいては下さいませんか」
「行くところが、ない?」
由奈の声から険が取れた。そして赤く腫れあがり、血さえ滲んでいるリーフィアの足を見つめる。
「はい、私はミレイン王国の姫でしたが、死聖様の説明によると、イレギュラーズというものになったようです。しかしながら私は今夜の宿すら探すこともできない有様。お慈悲を賜りませんか」
「ふ、ふん。お姫様だっていうのなら、さぞかし贅沢な暮らしをしていたんでしょ! うちみたいな一軒家でもいいっていうの?」
「十分です。……じつは、姫とは名ばかりで、政略結婚のための道具でした。足がこんなに腫れているのは、お恥ずかしながら普段行き来するのが部屋と城の中庭だけだからです」
「なにそれ、幽閉じゃない……」
由奈は心持ち青ざめた顔でリーフィアへ顔を向けた。
「おっしゃるとおりですね。ですが私にはお父様の命令が絶対だったのです。知識も礼儀も最低限で、友達といえば中庭の薔薇だけ。そんな生活でした」
「そう……」
「ですが、外の生活を存じませんでしたので、それが当たり前だと思っていました。今こうして混沌へ呼ばれ、死聖様や聖奈様や、由奈様とお会いできたのも、きっと何かのご縁。私はうれしく思います。ですので、どうか、仲良くしてくださいまし」
(うっ、まるでネグレクトを受けてた頃の私みたい。なのにどうしてそんなに前向きで初心なの? やめてっ! 眩しすぎて私がつらい!!)
「……っ! そういうことなら、しょうがないわね……ここに居ても良いけど死聖お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなんだから!」
「はい、もちろん心得ております。ところで「どろぼうねこ」とは、どういう意味なのでしょうか。教えてくださいまし」
「あー、もうっ! 眩し過ぎてもう無理! これで勝ったと思うなよー!」
由奈は二階への階段を音高く昇って行った。途中でこそっと振り返り「泥棒猫って言ってごめん」とだけ言うと、また床板を踏んで姿を消した。
「聖奈様「どろぼうねこ」とは?」
「あー知らなくていい奴なのです。それにしても由奈ちゃんを撃退するなんてやるのです」
「撃退? そんなつもりはありませんでしたが、謝りにいきましょうか」
「だいじょーぶだいじょーぶ、そっとしておいたほうがいいこともあるのですよ。うーん、悪意はないけどこのずれっぷり、それにこの境遇、聖奈にはちょっと想像つかないのです……けどそれなら尚更師匠達と一緒に居た方が良いかもしれません、ねっ!」
雷光一閃。死聖とリーフィアが振り返ると、聖奈が何かを指先に引っ掛けてくるくる回していた。
「私のぱんつ……!」
「お近づきの印にこれはもらっていくのですよ。その代わり色々と便宜図るので頼ってくださいね♪」
「ということは、今、リーフィアさんは、はいてない?」
「なのですよ師匠!」
「ふふふ、流石僕の最愛の弟子の聖奈だ♪ グッドだよ♪」
「まぁ、変わった禊ですのね。……死聖様、聖奈様。由奈様も。ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」
リーフィアはスカートを引き上げて礼をした。その真下へしゅばばっともぐりこむ師弟に、リーフィアは困った顔をして大事なところを押さえた。