PandoraPartyProject

SS詳細

あまりにもちいさなきみを、

登場人物一覧

アラン・アークライト(p3p000365)
太陽の勇者
メルトリリス(p3p007295)
神殺しの聖女

●眠り姫も眠れない
 夜毎、見る夢が怖かった。
 そう吐き出せたのは、きっと彼――アランが『父』になってくれたからかもしれない。
 だがしかし、メルトリリスもまた、思春期の娘であり、本来なら戦すら知る筈もなかった少女であり、今は父と慕っていた彼に、恋する只の乙女である。
 だから。
「……ん、ぁ……ぐぅ」
「ん゛っ、ぐ」
(あ~~~~~~~~~~ちっか、う、わ、顔が、ひぃっやだこっちみんな、いややっぱ見てほしさ、あっぁっああああちょっとまつげ長い、んぎぃぃぃ顔いいのゆるしがたいゆるすけどほんともう~~~~~~~~はわああああ)
 彼の体温。同じシャンプーを使っているはずなのに香る、甘く、酔いしれてしまいそうな香り。
 そして普段とは真逆の、穏やかで、でも普段通りの、乱暴な寝相に、メルトリリスはその胸を弾ませていた。
 眠れない。
 最初は、我儘のつもりで。困らせてやろう、とか、寝たふりをしていつもの腹いせに蹴ってやろうとか、そんな意地悪な考えだけだったはずなのに。
 なのに、彼と言ったら。
 その行動は恋人だとか、生涯を共にする伴侶だとかにするそれである。
(こ、こんなのが毎日続いてるから寝不足になるんだ、ばか、気付け、でも気付かなくてもいい……はわぁ)

 そもそもの事の発端は、メルトリリスのギフトのせいであった。
「あ? 寝れねぇ? 知るかボケ、勝手にしろ」
「ぁー、ええと、その、贈り物ギフトのせいで、あまり眠れなくて」
 メルトリリスはあまり笑わないおんなであった。
 そんな娘が頬を掻き、あろうことか自虐であれ、困ったようにのだ。
(クソみてえな嘘吐きやがって、ぶん殴ってやろうか……はぁ)
 少しだけ力を込めて。でも、コイツメルトリリスが泣かない程度に。少しはいつのように『ばか、あほ、父親なら、パパならもっとやさしくして』と吠えられるように、額を弾いた。
「あだっ」
「くくっ、ザマぁねえなぁ。ほら、手貸せ」
「?」
「一緒に寝るんだろ。ベットまで案内してやんよ。それとも床で寝んのか、なら俺は一人で寝るがな」
 『ま、待ってよアラン、私も一緒に練るから、あぁはわっ!?』と大慌てで駆け寄って、軋んだ木製の床に足を取られていたのは可愛らしい失態だった。
 かくして、メルトリリスはアランと共に寝ることになっていたのだが、しかし。
 アランの寝ているとは思えない寝相に、寝不足が悪化し寝ようとすればこの始末である。
 左腕の義手のメンテナンスを終え、繊細なものであるからと、壊さないためにも外して寝るメルトリリス。
 故に、片腕の乙女となるのだが。
 ベット上の乙女はただでさえ男の力に抗い難いと云うのに、片腕なのだ。
 それが意味するのはまさしく『死』である。
「ん……ぐぅ……め、ると」
「ン゛ッッ」
(はっはわ~~~~名前なんでよぶのメルトここにいるもんもう~~~~!)
 その鍛えられた腕が、メルトリリスの華奢な腰に手を回す。
 男らしいごつごつとした指が、だんだん女性らしく育っていく腰のラインをつうっとなぞり。
 その細長い指が少しずつ、メルトリリスの腰に力を加えて、抱きしめる。
 もう片方の腕は頬に伸び、メルトリリスの柔く、薄っすら紅に染まった頬を撫でる。
「は、ぅっ」
(な、なんてことするの、この、ばか、お父様なんていうならしっかり健全にして、あっでもだめだめ、他の女にこんなことするとかぜったいだめ、ゆるさない、だから私だけでいいんだけどし、刺激つよいンギィッッ)
 近い。
 すぅ、すぅ、と規則正しい寝息を立て、幸せそうに眠るアランとは真逆に、鼓動を鳴らし、心臓はバクバクバクウと早鐘を叩き、もはや警鐘の如き拍動を抱えたメルトリリスは、アランの一挙一動に頬を赤くし顔を赤らめ、叫びたい衝動を必死の思いで押し殺していた。
 眠っている男とは皆このようなものなのか。本当の父も、二人の兄とも寝たことはない。
 だからこそ、未知はメルトリリスの心を擽り、そして結果として深い後悔を呼んでいた。
(ぐぅ~~~~~こんなはずじゃない、腰、ちょっとぷにってしてたらやだなぁ、やっぱ触るんじゃない、えいっ)
 身体を捻り、なんとかその手を外すのだ、と。そうしてアランを起こさぬように行ったその行動がまた、致命傷になることをメルトリリスは知らない。
「ん……うごく、な」
「ン゛ッッッッ!!?」
(うおああああえええええっ、あ、え、うそ、なぜ、ほ、ほぎゃ、はわぁ……)
 どんな夢を見ているのかと問いただしたくなる。
 さらに強く腰を抱かれ。
 立っている間は難しくとも、ベットの上でなら同じ目線になれる。つまり。
(か、顔、ちっか、肩、うううう私のからだ頑張って、耐えて、はわぁぁぁぁっ)
 蕾紅梅の、絹糸の髪を梳かれながら、メルトリリスの小さな肩に顔を埋めるアラン。
 言外に『大切だ』と告げられているようで。
 今は瞼の奥にある蜂蜜色の、深い金の瞳が、仮に目を覚ましているのだとしたら、嗚呼。
 なんて素晴らしくも恐ろしい夢だろうか。
 おちおち眠っていられるはずもなく、こうして寝不足は加速していく。
(にしても、アランも子供っぽいのよね、私に抱き着くなんて、欲求不満なのかしら)
 その答えはNОである。
 彼は、『好きで騎士になる少女』と『好きで騎士になったわけではない女』の夢を見ていた。
 あの日掴んで、戻せなかった女の背中が、少女の背中と重なって。
 あんな思い、二度とごめんだ。
 そう強く強く思うアランの夢での行動が、現実にも反映されているのである。
 伸ばした手を。掴めた筈なのに、するりと解けた腕を。
 その妹にまで、同じ運命を辿られて。二度も、同じ思いをするなんて。
 絶対に、嫌だ。
「……メルト、リリス……」
「メルトはここにいます、アラン」
 ぎゅうっと抱きしめられて。
 少し息が苦しいくらいに、強く。温度を、想いを刻むように、確かに。
 だから、メルトリリスもそっとその背に手を伸ばした。
(名前を呼んだのはアランだし、べつに私悪いことするわけじゃないし?
 それにそれに、別にアランが寝てるうちにだきついてきたんだもの、なら私だって寝てたことにすればいいし、うんかんぺき)
 同じ柔軟剤の匂いに、君を見つけた。
 少し汗ばんだシャツが、またアランを感じさせる。
 ぎゅうっと、メルトリリスが背中に手を回して、アランの躰を抱きしめたその時。

 ふにっ。

 頬に当たるあたたかいもの。
「え」
「んん……っ」
 ふにっ。
 二度目の、それ。
 くちづけ。
 もう何があっても動じないぞ、と決意していたのに秒で砕かれる。
 頬へのキス。接吻。その意味は『親愛』。
 普段容赦なく蹴られ剣で打たれている。だから。
(っ、ああ、もう、やだ、こんなの私じゃない……ばかばかばか、アランなんてきらい、きらいじゃないけど、んぁぁぁぁぁぁ)
 急上昇する体温。頭から湯気が出ていそうな気さえした。
 ぐいっと引き寄せられてがっちりホールドされた腰、髪の毛に埋められた大きな掌。
 それらが齎す最適解、とは。
(は、はわ、つ、つつつつつつつぎ、つぎは、く、えっ、くちびる、えええ、いや、いやないでしょ、でもまって私、今アランほっぺにちゅって二回も、そう二回もしてるんだよ、おぎゃあああああああ)
 下手に身動きをすれば朝に何を言われるかわからない。
 だから腕の中で小さく震えて、濃紺満ちた空が柔らかな青を携えるまで、メルトリリスはその瞳を閉じることができずにいて、その結果。
「……ん、ぁ。ふぁ……ん、寝てねえのか?
「……ちょっと寝れなくて」
(アランのせいだもん!!!! ばかあああああああよく耐えた私の心臓今日もお昼寝しよ…………はわぁ……)

●眠る少女と消えぬ炎
「ん……すう……はわぁ……」
(寝てるときまではわってんのかよ……ったく)
 寝不足故の隈に若干の心配を覚えながら、アランはメルトリリスが蹴とばして飛んで行ったタオルケットをその躰にかけてやる。
 陽が昇ってきた。
 けれど、彼女の眠りに太陽は不要だ。眩しすぎて、彼女を嫌でも起こしてしまうから。
(ったく……寝てるとこなんか、そっくりで。腹立つな……)
 安心したのか、涎を垂らして『えへへ……アラン……』と寝言で呟く姿には、心も和むものだ。
(……よく寝て、よく食って。友達もたくさん作って、大切なものを作って、それで。
 いつかお前のアマリリスも、兄たちカイトやヨシュアも超える、立派な騎士になれ)
「……大丈夫だ。お前には太陽の勇者この俺がついてるんだ。心配なんて、する必要すらねェ」
 さらさらしたその髪を掌で掬い、弄ぶ。
 その色はアマリリスと同じ。
 その瞳はアマリリスと酷く似ている。
 ロストレインの娘。それ即ち、不正義の娘。
 実父によって奪われた腕に加え、姉の残した不始末によってカイトと共にそう指を指され揶揄され、笑いの種にされていることは想像に難くなかった。
 眠りが難しい。
 それはきっと、神の真なる愛たる彼女のギフトの影響でもあるだろうが、目に見えないストレスのせいでもあるだろうとアランは考えていた。
 だから、一緒に眠りたいと乞われた時、拒むことはしなかった。それはあまりにも酷で、惨いことだと思ったから。
 一体、その小さな躰に、どれ程の想いを抱えているのだろうか。
 支えたい。力になりたい。相棒アマリリスの時は叶わなかった。
 なら。弟子メルトリリスのために、俺ができることをしよう。
 叶わなかった願いを重ねるのは、きっと許されないことだろう。
 それでも。
(…………俺はお前の力になりたいんだぜ、メルトリリス)
 ふ、と笑みが零れた。
 メルトリリスの寝不足の理由など露ほども知らないアランは、その寝顔を微笑まし気に見守っていた。
 そして願わくば、メルトリリスが夜に、ぐっすりと、一人で眠れる日が来るようになることも、密かに願っていたのだった。

  • あまりにもちいさなきみを、完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2020年07月23日
  • ・アラン・アークライト(p3p000365
    ・メルトリリス(p3p007295

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