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妖精姫フローラ
登場人物一覧
いや。ぜったいに、いや。
このまま、なにもしらずに、きえてしまうなんて。
にいさまがどこかへいってしまうのも、いや。
このまま、ひとりぼっちで、じょおうになるなんて、もっといや。
こんなせかい、なくなってしまえば、いいんだわ!
……そう、それか。わたしが、きえてしまえばいい。
けっこうは、こんや。
さようなら、わたしのちいをあいしたひとたち!
こよい、フローラは、きえさります。
てぃあらも、どれすも、まかろんも、ぜんぶぜんぶ、なげすてて。
それこそ、どこかのはいかぶりのように。
さあさ、みなさま、おおわらい!
これがせかいいちのおろかもの、フローラにございます!
だから、そう。
みんなみんな、わたしのことなんて、きらいになって。
わたしのことを、わすれてちょうだい。
さようなら、だいきらいなせかい。
フローラより。
●小さな呼び声
妖精の暮らす世界を題材にした物語、ブルーム・ブルーム。
花の妖精であるフローラが妖精女王となり、冒険や交流を重ね、成長していく姿を描いた物語だ。
「……?」
その物語の常連であり、交友の深いサイズは、その本が淡く発光していることに気が付く。
(この本は割とよく光ってるけど……こんなにも淡く光ってるなんて、はじめてな気がする……?)
生憎だが境界案内人もいない。あいつらは何をやっているんだ。
(はぁ……まぁ何かあっても、冠位魔種とか相手じゃなければ、なんとかなるだろう……)
サイズは恐る恐るその手を伸ばし、
「うわっ!?」
――光に包まれた。
「ん……ここは?」
目を開いたサイズ。そこに広がっていたのは、少し古びたブルーム・ブルームの姿だった。
(……今よりも設備が古い気がする……?)
そう、普段行くブルーム・ブルームとは少し違った様子に見えたのだ。
浮かんでいない春や夏の島。
紫陽花は愚か、行灯花の面影もない。
(……ここは、何処だ?)
花畑に浮かぶサイズ。
そんなサイズの裾を引く
「あなた、だあれ?」
「え? ……え゛」
「……ここは、わたしだけのおにわのはずなのだけれど」
若草の髪はセミロング。蜂蜜色の瞳は相も変わらずにぱっちりと。
尖った耳は強気に上向き、白磁の肌は少しだけもちもちしているようで。
「……ええと。フローラさ――、」
「おしろのひとはかえってちょうだい!」
「……は?」
「だってあなた、わたしをしってるじゃない。
それともなあに、ちがうの?」
小さく頬を膨らませ、拗ねた様子でこちらを見て。
そんなところは今でも変わらないのだが、幼子となるとまた話は違う。
「……俺は異世界から来たんで……だ」
敬語を使うと余計に怪しまれるだろう。
だから、敢えて何も知らないフリをして。
フローラがここに居る理由を探ることにした。
「……なんでここに居るんだ?」
「……いえで。おしろにいたら、ひとりぼっちだもの」
ぷう、といっそう大きく頬を膨らませたフローラになるほど、と頷いたサイズ。
(……怪しまれないためには、そうするしかないよなあ……帰ったらグレイシアさんに謝っておこう……)
「……ならさ」
「ん?」
「俺がしばらく一緒について回るから……そうしたら独りぼっちじゃないだろう……?」
「!」
ぱぁっとその金色の瞳が輝いた。サイズの言葉を反芻するように少しばかり値踏みの視線を向けられるのだけれど、生憎今のフローラは『幼女』のそれだ。
だから、少なくともサイズが知っている幾分かは成長したであろう彼女よりも思考回路も分析力も落ちているだろう。落ちているというよりかは、未熟なまま、なのだろうが。
ともかく、幼い彼女に『知らない人について行ってはいけません』なんて常套句が通用するわけもなく。
「わかったわ。それならついてきたって、ゆるしてあげる。
わたしは妖精姫のフローラ、いまはちがうけれどね。あなたのなまえは?」
この頃は未だ小生意気なクソガキだったのだろう、かなり上から目線で、しかし幼いながらに威厳を兼ね備えた自己紹介を。
「……俺はサイズだ。妖精鎌の、サイズ」
「ふうん……サイズ、ね。わかったわ、よろしく」
この頃から妖精姫、と名乗ることを許されているだけはあるのだろう、フローラはこの頃からすでに浮いていた。
羽を動かすこともなく。或いは、極僅かに動かすだけで浮くことが叶っている。
(なるほどな……この頃からしっかりお姫様だった、ってことか)
天真爛漫で溌剌としている今のフローラとは似ても似つかない、ふくれっ面のお姫様。
その手をとって、今だけは王子の真似事をすることにした。
「……とりあえず。こんなところにいたら、連れ戻されたって文句は言えないからな……。
どこか安心して休める塒を探そう。それから、どうせやるならとことんがいい、服や飯も用意して一か月くらいは暮らせるようにするか……」
「とってもほんかくてきなのね?」
サイズよりもだいぶ小さくなったはずなのに、蝶のように気まぐれにフローラは周りを飛び回る。
「どうせやるならとことんがいいだろ……?
せっかくお姫様がいるんだ、楽しませるのも俺の役目だろ……」
(とはいうけど、実のところ他のひとがフローラ様を見つけたら身代金目的の誘拐とか殺人とか、普通にしそうだからな……)
あやすために頭を撫でれば、嬉しそうに頬を緩めたフローラ。
サイズの気遣いを露ほども知らず、フローラはサイズについていくのだった。
●とくべつなきみへ
「ここにするの?」
「ああ、そのつもりだ。屋根も柱もしっかり残ってるしな」
サイズが森の中を適当に探し回ると、森の奥、川の近くにあった苔むした小屋。
中は埃が積もっている以外はそのまま使えそうだったので、二人で軽く掃除をしてここに腰を下ろすことにした。
「おそうじなんてはじめてしたかも」
「それはいい体験になっただろうな。雑巾掛けも箒掃きもひとりじゃだいぶ大変なんだ」
「ふうん」
サイズが鍛冶で生み出したちりとりに溜まった埃をつついては手で払って。
我儘の理由も、ひとりぼっちと嘆く理由もサイズは知らない。
けれど、せめてフローラの知らないであろう庶民の世界は見せてやらねばならない。
いつか断罪と称して、ギロチンをかけられぬように。
いつか悪魔と囃し立てられ、傷つくことのないように。
「そうじ、わたしすきよ」
「……そうか」
「だから、わたしにまかせてくれたっていいのよ」
「じゃあ任せた」
「ふふ、はぁい」
綺麗になっていく、という心地が気に入ったのだろうか。埃を捨て、川で手を洗い、ふぅと満足げに微笑んだフローラ。
あまり汚れを気にしない質でもあったのだろうが、その思考は王族や貴族には珍しい物であっただろう。
(さて、あとはどうやって城に帰るよう説得するかなんだが……)
「ねーーーサイズーーーーっ」
「なんだー?」
外に居るフローラから呼び出され、扉を開ける。
そこには魚を鷲掴みにしているフローラの姿が。
「……は」
「これ、たべられる? わたしおなかすいてるんだけど」
ぴちぴちと跳ねる魚。恐らくは鮎だろうか。
「食べられなくはないだろうな――あ」
「?」
「……そういえば、フローラさ……ごほん、フローラは、俺が見つけるまでは、どうやって生活を?」
鮎はとりあえずバケツに入れておいて、サイズは問うた。
というのも、フローラが居た花畑には果物がなっているような木はない。
元のフローラならば島を生み出すのが趣味のような恐ろしい女王になっていたのだ、木を生やすことぐらい赤子の手をひねるように簡単だったろう。
けれど、この妖精姫にそれが可能なのだろうか。
考えれば考える程難しい。
「え? わたし、はなのようせいなのよ。
たべられるおはなをだしていたの。あとは、そうね。
もってきたおかしをたべていたわ、おとといからないけれど」
「……つまり、絶食状態ってことか?」
「ぜっしょく? がなにかはよくわからないけど、もうなにもたべてないわ」
サイズはみるみる顔を青くした。
(このっ……)
「えっ!? サイズ?!」
「ちょっと黙っててください」
フローラを俵担ぎすると、サイズは急いで街まで駆けだした。
(そんなんだから成長しない身体に悩むんじゃないのか?! なにか食べ物……栄養のあるものを買いに行こねば!)
「これが、いちば……?」
「……まあ、そうなる。とりあえず飯にしよう、小さいうちから何も食べないのはよくない」
「わたし、あんまりたべるのもすきじゃないんだけど」
「好き嫌いしてると大きくなれないぞ」
「うぅ……じゃあ、サイズのおきにいりをかってきて。おかねはあとでかえすから」
「小さいのにお金なんて気にするんじゃない……いつか大きくなった時に楽しいところへ連れて行ってくれたら、それだけでいい」
「そう? じゃあ『覚えておくわ』」
軽い口約束。ご機嫌に微笑むフローラ。
覚えておく。
それがきっと、今の彼女に繋がっているのだろう。
サイズはきっと、それを知らない。
(串焼きの肉と、ポトフ、あとはサラダと、……甘いものも好きそうだったから、ドーナツ、でいいかな)
両手いっぱいに食べられるものを。
育ち盛りに食べないのはよろしくない。飛ぶと目立つから、と注意すれば裸足で歩こうとするから、無いよりはまし程度だけれど靴を履かせて。
「ねえねえ、サイズ。これってどうやってたべるの?」
「ああ、それは……食べ歩きって、したことないか……?」
「……ないわ」
「じゃあ小屋に戻ろうか。それで落ち着いて食べよう」
「……いえ。いまこそたべあるきって、してみるべきじゃないかしら」
徐にサイズから肉串を受け取ると、震える手を抑えるようにひとくち、ぱくり。
「!」
「……どうかな?」
「なにこれ……すっごくおいしいわ。おしろのよりも、おいしい」
「そうか、よかった」
買ってきたものはどれも気に入ったようで、小屋に着くころにはほとんど食べ終えていたフローラ。
もともと空腹だったのもあるだろうが、子供の食べっぷりというのは見ていてなかなかに心地よい。
「……ねえ、サイズ」
「?」
「わたし、あんがいきづかれないものね」
「……ああ、」
「まちのひとは、たいへんそうだけど、しあわせそうにくらしているのね」
「……そうだな」
夜の森、涼しい小屋のなか。
フローラはぽつり、ぽつりと言葉をこぼす。
「わたしね。じょおうさまにならなくちゃいけないの。
にいさまが、がいこうにいくから」
「……うん」
「だけどね、そんなのってないじゃない。
いままでじゆうだったのに、とつぜんしばられて、おうさま、なんて」
「ああ」
「だけどね、まちのひとたちが、おいしいものをつくって、わらってくらすためにがんばれるおうさまって、かっこいいじゃない」
「……」
サイズは、黙ってフローラの頭を撫でた。
ぎこちない手つきだった。
「だからね、わたしも、がんばる。
おしろに、かえってみるわ」
「……送っていこうか」
「いや、いらないわ。
わたしももっとがんばりたいから。だからね、サイズ、」
「またわたしのあたま、なでてくれる?」
ずいっと、顔を近づけて。
フローラは、やけに不安そうにサイズを見つめた。
まるで娘のようだ。フローラを見ていると、苦笑が零れた。
「ああ。がんばっていたら、いくらでも頭を撫でてあげますから……、」
サイズの躰が淡く光った。
「さ、サイズ?」
「……ああ、そろそろ元の世界に帰る時間ですね。
今日は楽しかったです。また、未来であいましょう、フローラ様」
「まって、サイズ、どこへいくの?」
「さようなら」
フローラがサイズに向けて伸ばした手。
虚空へと伸ばした手が、何かを掴むことはなかった。
(……サイズ、サイズ。
わたし、あなたのこと、わすれないわ)
●やくそく
「ちょっとサイズ、貴方ったらこんなところで寝て!」
「……え?」
不安げに顔を覗き込むフローラ。
その姿は、見覚えのある普段のもの。
「風邪ひいちゃうわよ、もう。
それにしても、なんでこんなところに居たのかしら」
「……さぁ」
あれは夢だったのかもしれない。フローラに手を引かれながら、サイズは思った。
「ここ、懐かしいわね」
「え?」
「……サイズは覚えてないかもしれないけれど。
ああそうだ、肉串でも食べに行く?」
フローラは悪戯っぽく微笑むと、サイズの手を取り、市場へとその翼を震わせた。