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【いほこで!】異世界でホタテが弟子になった件
登場人物一覧
【いほこで!】異世界でホタテが弟子になった件
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そこは、ギルド『文化保存ギルド』。
自分たちの知っている人や、文化、歴史などを記し、残すべく1人の旅人が立ち上げた場所だ。
ギルドの室内のテーブル傍の椅子にのんびりと腰かけていたのは、長い紫色の髪の小柄な女性、ギルドの設立者でもある『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)である。
「今日もいい天気ね」
作業の手を止め、イーリンは窓を見やる。
差し込んでくる日差しは初夏の陽気もあって少し強いくらいではあるけれど、部屋の中は魔術によるものなのか生み出される冷風が心地よく彼女へと吹き付けていく。
イーリンはアイスティーを口にしながら、書物を広げて万年筆で何やら記していた。新たに混沌で得た知識を書き記していたのだろう。
「お師匠様!」
そのイーリンへと呼び掛けてきたのは、これまた小柄な少女。
金の長髪にリボンの中心に貝がデザインされた髪飾りをつけた帆立貝の海種、『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)である。
今日も元気いっぱいで眩しい笑顔を向けてくるココロに、顔を上げたイーリンは目を細めて。
「ああ、ココロか」
敬意と好意を持ってお師匠様と呼ぶココロは、イーリンにとって弟子に当たる。
「お師匠様、今日も色々と教えてください!」
ココロは明るい笑顔で微笑みかけ、イーリンへと教えを乞う。
やれやれと書物を閉じたイーリンは、一度アイスティーで喉を潤してから、ココロの問いかけを聞く。
「ヒーラーの立ち回り、もう少し突っ込んだ立ち回りについてお願いします!」
真摯な態度で目を輝かせるココロ。
(そういえば、弟子を取るなんて思わなかったわ)
イーリンはそんな彼女を見ながら、徐に昔を思い返す。
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2人の出会いは2年近く前に遡る。
ココロは気づけば海の中におり、家族がいなかった。
――『Solitude』とは何?
――『ココロ』とは、どんな意味だろう。
彼女は1人、自分の存在や在り方について、ずっと悩んでいる。
イレギュラーズとなったココロは明るく協力的に振る舞い、ローレットの依頼をいくつかこなしていた。
依頼としてはその場の仲間達と協力して成功することが多かった。
傍から見ていた分にはココロも善戦はしていたのだが、彼女は満足していない。
(どうやったら、皆の役に立てるようになるだろう?)
常々、ココロは依頼の度に考えていたのは、戦いの原理……立ち回り。それはとても難しく、上手くいかないことも多かったのだ。
思い悩みながらも、ココロは幻想のローレットでなんとなしに眺める視界へと紫色の髪が映る。
(あの人は……先の依頼でなんか偉そうに自己の理論を講釈してた人)
それが初めてココロがイーリンを強く意識した瞬間だったかもしれない。
たしか、司書さんって呼ばれていたので、自分も当初は依頼でそう呼んでいた。
巨大クラゲ討伐では、イーリンがチームを主導して討伐に当たっていた事を思い出す。彼女がいなければ、乗っていた船は巨大クラゲは沈められていたかもしれない。
「そうだ、イーリンさん。すごい人だった!」
というのも、イーリンはすでに銅褒章を視野に入れていた程であり、それなりに有名人であったのだ。
海洋の依頼でたまたま一緒になることがあり、巨大クラゲ討伐の他にも海の大渦で人助けしたり、ヨットレースに興じたりと、ココロはその度にイーリンの活躍を目の当たりにしていた。
依頼で顔を合わせるごとに、ココロの中でのイーリンの評価が急上昇していく。
彼女のように活躍できるようになる為に、直接話を聞きたい。
そう思うや否や、ココロは行動に移っていて。
「だったら、迷ってる時間が惜しい。無理矢理にでも色々教えてもらわないと!」
ふんと鼻息を荒くするココロに、『運命が笑っている?』とどこから声が聞こえた気がして。
イーリンは丁度、自分のギルドへと向かうところだったらしく、彼女を追いかけてココロは文化保存ギルドへと至る。
ここにきて、ココロはドアノブに手を伸ばしながらも、僅かに躊躇して。
「……見たくないような、見たいような」
そんな確信へと続くその扉を、ココロは勢いよく開く。
「お師匠様!」
「おし、はい?」
突然、ギルドへと入ってきた少女は、可愛らしい海種の少女。
ただ、そんな容姿を気にする間もなく、『お師匠様』なんて呼ばれたイーリンは呆気にとられかける。
「わたし、今日からお師匠様の弟子になります! 弟子にしてください!」
目を輝かせて近づいて懇願する少女に、イーリンはさほど考えることもなく。
「弟子って、そんな柄じゃないし教えられることもないけど……まぁ、いいわよ?」
比較的あっさりと承諾し、その日からイーリンとココロの師弟関係が始まったのだ。
「お師匠様!」
その後、依頼の合間などを見て、押しかけ弟子となったココロがイーリンを訪ねる。
普段、イーリンが拠点としているのは文化保存ギルドである為か、ギルド内や近場の喫茶店などでお茶会、指導などを行うことが多かった。
時には、街角でばったりと出会ったタイミングで立ち話をしたり、2人の予定が合えば書店で書物を漁ったり、服やアクセサリーを買いに繰り出したりなどもしているところはなんとも微笑ましい。
話す内容は様々だが、弟子となったからには、ココロはイーリンの戦い方、立ち回り方などをできる限り取り入れたいと考えていたようで。そうした質問から派生するやり取りが多かった。
「どう戦ったらいいのか、どうすれば皆の役に立てるのかを教えてほしいんですっ!」
さすがに、イーリンもそこからなのかと驚きながらも、細かく丁寧にココロへと教授する。
「そうね、貴方がどうしたいか、なりたいかにもよるけれど」
求められたことで必要と判断したものに関して、イーリンは自分の知識や能力で提供し、場合によっては他の専門家を紹介して多様な情報を吸収させようとする。
最近では、回復だけではないヒーラーになりたいと希望していたココロだ。
「それなら……」
術に影響する運気のブレを調整しつつ、ミリアドハーモニクスを使って回復力を確保、さらに、好機と判断したタイミングで特殊効果のある通常攻撃を叩き込んでみては。
「なるほど、勉強になります!」
しっかりとココロは話を聞いてくれる弟子なので、イーリンとしても教え甲斐がある。
そんな彼女には、細やかな立ち回り以上に、常々言っていたことは……。
「死ぬのだけは、死んでも避けろ」
これは、イーリンの唯一にして最大の矜持。
心から師であるイーリンを尊敬し、好意を抱いて接しているココロだが、この教えをどう受け止めているのだろうか。
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「……お師匠様、お師匠様、聞いてますか?」
ぼんやりとココロが押しかけて来たタイミングを振り返っていたイーリンの顔を、そのココロが覗き込んで呼びかけた。
「え、ああ……」
そういえばと、ココロの顔を見つめてイーリンは気になったことを問いかける。
「そういえば貴方、どうして私に弟子入りなんて考えるようになったの?」
「え!? あ、それはですね……」
ココロは急に焦り始め、明後日の方向に視線を向ける。
(まさか、今更ノリで弟子入りしたとかバレたらピンチですね……)
これだけ親身になって、親切丁寧にあれこれ教えてくれるお師匠様に、そんなことを言えるわけは。
額から冷や汗を垂らすココロを、イーリンは不思議そうに眺める。
そこで、ココロは咄嗟に巨大クラゲ戦でのやり取りを思い出して。
「お、お師匠様が海に投げ出されながらも、巨大クラゲと戦っていた姿がカッコよかったんです」
その言葉自体は決して嘘ではないのだろうが、あちらこちらに泳いでいる目が本心でないことがあからさまで。
師弟となった関係もしばらく経つ。イーリンにはそんな弟子の浅はかな考えなどあっさり見透かして小さく笑う。
「あら、貴方はあの時、海に落ちた私を助けてくれたじゃない」
「へ?」
キョトンとするココロをそのままに、イーリンは立ち上がって。
「私を助けてくれるような人、最初から弟子入りする必要なんてなかったのではないかしら」
悪戯っぽく告げたイーリンはどこかへと出かけようとして。
「ああっ、お師匠様のいじわるー!」
「ちゃんと本心を語らない貴方が悪いのよ」
追いかけてくるココロと共に、イーリンは『文化保存ギルド』を後にしていったのだった。
(続く)