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甘い言葉と苦い恋
登場人物一覧
女の子は甘そうでふわふわしていて、囲ってしまわなければ手折れてしまいそう。そう、まるで華奢な花のように優しく。そして美しい宝石のように大切にしまってあげるべきなのだ。
ヴォルペ(p3p007135)はふらりと立ち寄った海洋の地で、海を眺めて涙を零す少女に出会った。そっと近寄ってハンカチを差し出せば、少女はヴォルペにようやく気付いて顔を上げる。
「お嬢さん、君に涙は似合わないよ。良ければおにーさんに聞かせてもらえないかな?」
海洋王国はそこかしこで『悲願達成』と沸き立っているというのに、何故少女は悲しんでいるのか。優しく問えばまたほろりと少女は涙を零した。
「恋人と別れたの」
思っていたのと違う、と。ふんわりとした見た目に反して、少女はモノを素直に言うサバサバとした性格だった。そんな内面を知った相手が別れを告げてきたのだ。
うら若き少女にとっては海洋の悲願よりも目の前の恋が大事で。それが破れてしまっては泣きたくもなるものだった。
「だからね、もういっそ……この海に消えてしまおうかなんて、」
「それは良くないな」
ヴォルペの言葉が少女のそれを遮り、差し出していたハンカチが優しく少女の頬を拭う。少女は真摯に見つめる──少なくともこの時はそう見えた──ルビーの瞳を見返した。
「君はそんな男の為に命を絶つの? 勿体ないよ。その男も君の魅力に気づかないなんて見る目が無いな」
「え、あの……」
「おにーさんはね、そんな君も良いと思うんだ」
とくん、と鼓動が跳ねた。
それは決して跳ねてはならないものだった。
少女はシャナと言った。彼女の家には週に1度ヴォルペが訪れるようになった。──プレゼントを持って。
「こんにちは」
「……いらないって言ったのに」
不貞腐れながら言えば、ヴォルペは捨てられた犬のような悲しい顔をして「じゃあ受け取ってくれない?」と問う。ああズルい、断れる訳がないのに。
その日のプレゼントは綺麗なワンピースだった。こんなの恥ずかしい、と素直に零せばでも似合うと思うよ、と返ってくる。
ヴォルペの言葉を素直に受け取れば、嬉しそうに微笑み。
ヴォルペの言葉を尚はねのければ、次はもっと好きそうなものを持ってくると意気込む。
どんなボールを投げても優しく受け止めてくれるような、そんな男であった。
「ねえヴォルペ」
「ん、なんだい?」
明日は誕生日なの、と告げるとヴォルペはぱちぱちと目を瞬かせてにっこり笑う。
「それじゃあ、お祝いしなくちゃ。どこに行きたい?」
あるいは何が欲しいかとヴォルペは問う。シャナの望みを何でも叶えんとするかのように。けれどもシャナの願いはそんなに大それたものではなかった。
「のんびり過ごしたいな。今みたいにダラダラして、喋ったりご飯食べたり」
あくまで誕生日という記念日にかこつけただけで、ヴォルペと一緒にいたいだけ。自分が望んだ日に大好きな彼と過ごしたいだけ。週に1度しか来ない彼は忙しいのかもしれないけれど、これくらいの望みなら許されるだろうと思った。
「もちろん。明日もくるからね」
ふわりと笑いかけた彼は、いつも通りだった。
次の日。もらったワンピースを着てそわそわしていた少女は、来客の気配にぱっと顔を綻ばせる。
「ヴォルペ、いらっしゃ……」
ドアの隙間から来客の顔を見ることもなく開けたシャナは相手を見て目を瞬かせた。対して、そこに仁王立ちしていた少女はシャナの姿に眦を吊り上げる。
「アンタが泥棒猫ね!」
「は?」
「とぼけるのも大概にしなさい!」
ぐい、と思わぬ力で胸元を掴まれる。少女は整った顔立ちで、それが怒りの形相を浮かべていればシャナの顔も引きつった。
「あの、どちら様で……?」
「ヴォルペの恋人よ!」
こいびと、という言葉に目を丸くする。こいびととはあの恋人だろうか。
頭の処理が追い付いていないシャナに少女は食って掛かる。アンタのせいで愛想をつかされたとか、もう私の元へは来てくれないんだとか。右から左へ素通りする言葉の中に聞き捨てならないそれが出てきて、シャナは目を瞬かせた。
「──今日は私のところへ来てくれるはずだったのに!」
「今日……?」
茫然と返せば睨みつけられる。肩を竦めたシャナは懇切丁寧に説明され、事の真相を理解した。
ヴォルペは何人もの女に同じような甘い言葉を吐き、堕落させるように尽くしていたのだ。この少女も、そしてシャナさえもその1人。以前は分からないが、最近はその日その日で相手を順番に変えていっていたらしい。
「ある意味『平等』よね。私はそれでも構わなかったのに……アンタがそれを壊したのよ!」
悲鳴のような甲高い声に、朝方とはいえ通る人々が何事かと2人の少女を見る。そして痴情のもつれであると知るなりそっと視線を逸らした。触らぬ神に祟りなし。
それからヴォルペがシャナの元を訪れたのは、間もなくのことである。
「こんにちは。……シャナ?」
ドアを開けた少女へいつものように挨拶したヴォルペは、誕生日だからとやはりプレゼントを持っていた。黙って部屋へ向かうシャナへヴォルペは不思議そうにかくりと首を傾げる。
「どうしたの? ああほら、そんなに唇を噛んだら血が──」
「どうして」
振り返ったシャナがヴォルペへ抱き着く。重い衝撃。……いや、その衝撃は腹から背まで突き抜けた。抱き着くように体当たりしてきたシャナの手には包丁が握られ、その刃先はヴォルペへ埋まっていた。
「どうして、私だけ見てくれないの……!」
プレゼントをくれて、優しくしてくれて、甘くしてくれて、蕩けさせてくれたでしょう。なのに嘘だったと言うの。
そんなシャナに、息を震わせながらヴォルペは微笑んだ。
「おにーさんはね、皆大切なんだ。もちろん君もね」
「私は──!」
顎を掬われて顔を上げたシャナは空っぽなルビーの瞳に絶句する。何も見ていない、個を見てない瞳。彼にとっては誰も彼も同じなのだと突きつけられたようだ。
そんなシャナにヴォルペはふふ、と小さく笑った。
「綺麗だね」
シャナの瞳も、頭から足のつま先に至るまでも、恋をする女性のそれだった。惜しくもヴォルペの血で汚してしまったが、それを差し引いたって片思いする女性は美しい。自分が彼女を磨いたのだと思えば充実感すらも溢れよう。
少女が