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亜種の羊
登場人物一覧
──十代の想い出ってある?
──初めて恋人が出来たことかな。
──いいなぁ、どんな恋人だったの?
──ふふ、ええとねぇ……
女が二人、楽しそうに遠ざかっていく。
「十代の想い出……ああ、強烈なのがあったな」
無意識に苦笑するキドー(p3p000244)。彼はベンチに座り、煙草を吸っている。
「それも召喚前の……」
そう、あれは──酒も煙草も女も知らぬ10代後半の話。
暗い部屋だった。
□□□、□□□□□□──
□□□、□□□□□□──
うまく聞き取れなかった。ただ、唇から漏れる音は紛れもなく、キドーを呼んでいるのだと思った。女は幸福に歌う。赤子は柔らかな肌着を着せられていたがその身は強ばり、芋虫のようにその身を動かしている。足元にはまだ、使われていないオムツが散らばり、カラフルなボールや積み木、動物のぬいぐるみが隙間を嫌うように赤子の真横に置かれている。
「ああ……」
キドーから漏れる声。鼻腔に触れる甘い香水は女のものだろうか。意識すればするほど、濃厚で眩暈を起こしそうになる。それでも、キドーは女から目を背けることは出来なかった。心臓は暴れだし未知の欲望が全身に流れ、充満しはじめる。女はまだ、歌を歌っている。揺れる蝋燭の炎が空間を奇妙に這いまわり、赤子は異質な雰囲気に瞬きすら出来なかった。
──いいわぁ、だれよりもいいこねぇ。
ふと、女は言った。歌声とは異なるはっきりとした声にキドーはびくりとした。女はキドーを見つめ、微笑んだ。
──なんだよぉ、そんなに強ばってよぉ。大丈夫だよぉ、こいつに任せろやぁ。
キドーはハッとする。脳内に響く声。無意識に部屋を見渡すがそこには女とキドーしかいなかった。赤子は舌を鳴らす。聞こえたのは此処にキドーを連れてきた
螺旋階段を降りれば、ギルドに辿り着く。そこでは強盗や殺人、運び屋、臓器売買、暗殺──それこそ、なんだって請け負っていた。
「□□先輩」
キドーはもう、思い出せない名前を呼んでいた。ギルドには継ぎはぎだらけの男が一人、グールの骨を自慢の歯で楽しそうに噛み砕いている。
「んあ? なんだ、キドーかぁ。あ、おっと……こりゃあ、あとで奇麗にするからよぉ……みんなには内緒なぁ~?」
男は唇を無理やり引き上げ、不器用に笑った。キドーは頷き、目を細めた。黄ばんだ唾液と噛み砕いた骨の欠片が床を埋め尽くしている。キドーは年上の彼とともに仕事を任せられていた。
「ありがとうなぁ。そうだぁ、キドー? お前、すげぇ店に行きたかねぇかぁ~? おいおい、遠慮するなってばぁ。その店によぉ、お前好みの女がいるんだわぁ~」
いつの間にか、グールの骨を煙草の様に咥え、男はへらへらと笑っている。
真夜中。キドーと男は闇を歩く。
「……」
緊張でどの道を歩いてきたのかキドーは忘れてしまった。男はキドーを見つめ、はっと笑った。
「へへ、こっちだぁ」
男は精肉店に入っていく。青白い光。あらゆる肉が天井からぶら下がっている。キドーは首を傾げた。誰もいない。そもそも、肉は無機物のように何の臭いすらしなかった。男は一直線に銀色のテーブルに向かい、慣れた手つきで置いてあったハンドベルを傲慢に振る。不思議な音。それはドワーフに出会ったような音色。キドーはぎょっとし立ちすくんだ。精肉店はもう、何処にもなかった。また、外だった。ぬらぬらとした闇に白色の星がそっと浮かんでいる。男はキドーの背を強く叩いた。
「ほら、着いたぞぉ」
「いらっしゃいませ」
ヘビ顔の男が微笑んだ。
「こいつの相手を頼むなぁ。女は初めてのようだからなぁ」
「かしこまりました」
「じゃあ、金だぁ」
男に金を握らせ、キドーを置き去りにする。
残されたキドーは歩き出す男を追いかけ、見知らぬ部屋に閉じ込められた。
──あらぁ、あせかいてるわねぇ。きがえなきゃねぇ?
あっという間に女に着替えさせられ、今も赤子はベッドに横たわっている。
──どうしたのよぉ? ボーッとしちゃってぇ。もしかして、おもちゃがほしいのぉ? それとも、赤ちゃんだからねむいのかしらねぇ?
音響玩具を振り始める女。キドーは頬を紅潮させ、首を左右に振る。
──ふふ、かわいいわぁ。すきよぉ。
女はキドーの唇を吸った。柔らかな衝動に赤子は目を見開き、ごくりと喉を鳴らす。
──ねーぇ? そろそろ、おなかがすくころよねぇ。うふふ、だいじょうぶよぉ。たぁくさん、たべていいからねぇ?
女は赤子の服を脱がせ、自らもまた、服を脱ぎ始めた。