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楽園の神

登場人物一覧

クレッシェント・丹下(p3p004308)
捜神鎌

●楽園の息子
 ――贈届役の息子。
 今年から、お前が贈届役だ。
 そう呼ばれた、齢十五の青年。
 両の手を後ろで拘束された、まだ齢八の少女の進む後ろを、その手からなる鎖を握りながら、進んだ。

 シャリン。
 シャリン。
 鉄の淡く響く音。
 村から送り出された。
 祈るように、願うように。
 或いは、乞うように。

 飢饉が憎い。
 豪雨が憎い。
 そのいのちを以って、神のおゆるしを、得るのだと。

 だんだん。簡単に、命が失われるように、なった。
 だんだん。簡単に、心すら、壊されてしまうようになった。

 幼き少女の背を、複雑そうに見守る青年。
 それは、まだ八つの少女に『死ね』と云う大人を、世界を、おかしいと思っているから。
 勿論、そんなことを云えば、自分はおろか家族すら殺されてしまうから、違和感を覚えても呑み込むことしかできなかったのだけれど。

 不意に、少女が振り返った。
 まだ八つとは思えぬ、落ち着いた声色で。
 鈴のなるような声を響かせて。

「あのね。かみさまが、わたしを呼んでるの」
 深緑。緑の多き国。
 外気を知らぬ、純なる文化の国。
 幻想種ハーモニア。悠久を、永久に近い時間を生きる種族。
 生きながらえるものは、百以上を生きるのだと。婆様が教えてくれたのを思い出す。
「わたしは、聖女だから、」
 震えているような気がした、その声。
 幼き娘が微笑んだ。
 その目は酷く潤んでいる。
 嗚呼。怖いのだろう。
 すまない。君にすべてを、託してしまうこと。
 俺たちの、弱さ。
 許してくれなくて、いい。
 ただ君の次の世界は、此処以外のどこかに、生まれますようにと祈った。
「かみさまのところにいかなくっちゃいけないんだって」
 長い黒髪、煌めくブルウの双眸。
 ましろいベヱルとレヱスのワンピース。

「ねえ、おにい、さん

 ここまで、ね、つれて、きて、くれて、っ」

                   ありがとう

 柔らかな。か弱い、か細い声。
 風に、攫われた其の身体。

 崖から堕ちて、まっさかさま。
 シャリンシャリンシャリンシャリン。
 手から鎖が滑り落ちていく。
 手を、伸ばした。

 白いドレスが、赤く染まっていた。
 動かない。
 ちゃんと、死んで、いた。
 近くに、何かもいた。

(……神様?)
 少女は、泣いていた。
 神様なら。
 泣いている子の涙を、拭ってあげてほしい。
 そんなことすらできないなら、神様なんて、いらない。

●ちがい
(……信仰の気配を感じで来てみれば。これはまた、惨い)
 血のドレスに身を包む少女に目を向けることは躊躇われた。丹下はそのまま動けずにいた。
 そんな丹下に、青年が声を掛けた。
「あ、あっあなたが、か、かか神様なんです、か」
 上から降ってくる声に、丹下はその鎌の顔を上に、見やった。
「あのぅ、その神様っていうのは、僕のことでしょうか」
「く、供物なら、いけ、生贄なら、そこに。
 あなたの足元に、ある、でしょう、だから、恵みを、恵みをどうか、」
「僕も神様を探している身でして……ええと。
 丹下と申します。あなたの神様について、聞かせてください」
「ち、違うん、ですか? ……そう、ですか。
 丹下、さん。崖を登って。此方へ。村へ案内します」
 やけに達観した、或いは大人びた口ぶりで話す、痩せた青年。
 先程降ってきた娘の亡骸に近くの野草を引き抜き添えて、丹下は崖近くにあった階段を登った。

「俺たちの村は、飢饉が酷い。豪雨かと思えば、快晴が続く日もある。
 深緑のそとは、屹度違うのだろうけれど、婆様が動かないから」
 『嗚呼、婆様には内緒な。婆様は、俺たちの村で一番年老いた幻想種ハーモニアなんだ』
 小道を抜け。
 森を潜って。
 そうして辿り着いた村と呼ばれた其れは箱庭に近いように思われた。
 そとを知らない。
 だから、頼るものがない。
 そうして、神に祈る外無くなってしまうのだと。
 信仰者である身ながら、どこか客観的に状況を理解した丹下。先程の少女は恐らくは、
「エリュシオン……コスモスは、ちゃんと、務めを果たせたかい」
「……嗚呼。このひとも見ていたさ。
 ちゃんと神様の元へと、羽ばたいていったさ。
 あとは、神様がコスモスを気に入るか、だけれど」
「……そうかい。
 あとは、祈るしかないね」
 恐らくは彼女が婆様と呼ばれていたものだろう。
 コスモス――先程身を投げた少女の死に震える様子もない。
 幼い子は涙し、その両親は茫然と立ち尽くしているというのに。
 こういった『死』のかたちも、あるのだと丹下は理解した。
 納得は、しなかった。
「……そこの異形オマエも、ついておいで。
 祈りの時間だよ」
「わかった」
 彼らの往くさきについていく。
 枯れた村のなかで、唯一そこだけが光を放っているように思われた。
 其処にあった教会のなかには、多くの民が集まっていた。
 ステンドグラスが妖しく煌めいた。
 誰かが、口を開いた。

  楽園の神よ

  我ら貴方を信仰する者

  どうか 我らを救いたまえ

  慈悲深き神よ

  どうか 我らの願いを叶えたまえ

 どこかの国で喩えるなら念仏だろうか。
 強い祈りと願いを込めた其れは、言霊すら宿っているように思われた。

  楽園の神よ

  我ら貴方を信仰する者

  どうか 我らを救いたまえ

  慈悲深き神よ

  どうか 我らの願いを叶えたまえ

(エリュシオンさんですら、こんなにも、盲目に)
 無心で。教典すら持たず。ただ、盲目に。
 光を宿さぬその瞳。反響する声。
 音すら乱れず、呼吸の音すら等しく。
 嗚呼。なんと。狂おしい。

  楽園の神よ

  我ら貴方を信仰する者

  どうか 我らを救いたまえ

  慈悲深き神よ

  どうか 我らの願いを叶えたまえ

  楽園の神よ

  我ら貴方を信仰する者

  どうか 我らを救いたまえ

  慈悲深き神よ

  どうか 我らの願いを叶えたまえ

  楽園の神よ

  我ら貴方を信仰する者

  どうか 我らを救いたまえ

  慈悲深き神よ

  どうか 我らの願いを叶えたまえ

  楽園の神よ

  我ら貴方を信仰する者

  どうか 我らを救いたまえ

  慈悲深き神よ

  どうか 我らの願いを叶えたまえ

  楽園の神よ

  嗚呼。

  我ら貴方を信仰する者

  本能が告げた。

  どうか 我らを救いたまえ

  違う。

  慈悲深き神よ

  違うのだ。

  どうか 我らの願いを叶えたまえ

  彼らと同じ神では、


「――――――さん」


 ない。


「丹下さん! 大丈夫ですか?」
「……はい。大丈夫です。もう、理解わかりましたから」
 ステンドグラスのひかりが外を示す。
 出なくては。
 此処に在るのは、僕が望んていた神などではない。
 ただの、人々の理想が作り出した、ありもしない偶像だ。
 其処にあるのは、成り行きでひとの命を潰えさせるような、惨い風習だ。
「……ありがとうございました。
 ですが、僕の求めていた神ではないようです」
「そうですか……」
「エリュシオン。次の供物の日程を決めるよ、来なさい」
「あ……ええと、」
「構いません、親切にありがとうございました」
「いえ、こちらこそ……」
 名残惜しそうに立ち去っていくエリュシオンの背を見つめた丹下。
 その歩みはコスモスと呼ばれていた少女の元へ。

「貴女の神様が、僕と同じならよかったのですが」
 先程添えた花は、風に飛ばされて、其処にはなかった。

  • 楽園の神完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2020年07月11日
  • ・クレッシェント・丹下(p3p004308

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