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keep it secret work
登場人物一覧
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静かな夜に、キドーは幻想の街を歩いていた。
ローレットから割り振られた仕事も無く、特別騒ぎ立てるような事件も起きない日々の中だ。
珍しく、飲んだ酒も悪くない。
ふわぁとした感覚はあれど、思考と足取りをしっかり連動させられる余裕が残っていた。
「ははぁ、もう一軒くらいは余裕じゃねぇの~?」
前言撤回。
やっぱり酒に飲まれると、ここら辺で止めとくかという自制が効かなくなる為、酒は悪い。
とはいえ彼にしてみれば、浴びる程の翌日に頭を痛くするのはいつもの事なのだが。
「馴染みもいいが、新規開拓も狙ってみっかなあ」
飲み屋街から離れ、住宅と個人経営の店が混ぜあった様な路地に入っていく。
薄暗い道は狭く、店から漏れた光り以外に頼れる明かりが無い通りだ。
こういうところに限って、割りと穴場な店があったりする。
同時に大外れな場合が多いので、そこら辺、ただの勘に頼るのだが、とにかく。
キドーは、ことさらに狭い横道へと小さな身体を滑り込ませる。なんとなくの当てずっぽうな選択だ。
そこに意味は無く、なんなら人の気配も無い様な予感があって、しかし。
「あ?」
人はいた。
それも、見たことのある顔だ。
黒い髪、裾を結んだシャツ、アシンメトリーのズボン。
そして、いつもは背にある刀を手に持った、ローレットの情報屋である女の姿だ。
「シズク、か」
そいつが血塗れの状態で、事切れた遺体の前に、立っていた。
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見つめてくる金の瞳は置いておいて、キドーは壁にもたれて死んでいる身体を近くで観察する。
「かなり手酷くやられちまったか?」
その体には、幾つもの切り傷があった。
かなり荒く扱われたのか、箇所によって深さはマチマチだ。加えて、その傷口は粗く、肉を裂いた線が歪みを描いている。
「で、どこのどいつだ、これをしたのは」
「驚いた、判るんだね」
問い掛けるキドーに、シズクは平淡な声音を返す。
それに、「バカにしてんのか」と悪態を付いた彼は、ガリガリと頭を掻いた。
「わざわざひけらかすのは主義じゃねえんだがよ」
柄じゃない。思いつつ、首を傾げるシズクへと人差し指を立てながらキドーは続ける。
「いいかよ」
そして指は死体に向け直して。
「まず、傷が多すぎる。お前の得物が刀なら、傷なんて一つで足りる。それから傷口だ。こりゃ……どう見ても素人の仕業だろ、下手クソが過ぎる。野良ゴブリンとどっこい、ってとこだ」
つまり。と、指をシズクへ指して言う。
「つまり、お前じゃねぇ」
「私がゴブリン以下だという可能性は?」
「あ? んなもん見りゃわかるだろ、あり得ねぇ」
人を見る目に自信が有るわけではない。
だが、実力を見誤る程愚鈍なつもりもなかった。
その辺り、目の前にいるこの女は別だと、彼は理解する。
ローレットで情報屋をやっているにしては、そう、どちらかというと、
「アンタ、こっち側……って感じだ」
善か悪かで言えば悪。程度はわからないが、そう評している。
しかし判らないのは、遺体の出所だ。
「で、なんだこいつ」
だから話はそこに戻る。
聞かれた問いにシズクは刀を背負い直し、うーん、と一度喉を鳴らしてから一拍入れる。
「少し前、天義で盗んだ仕事を覚えてる? あれ、なまふぁんど、って奴」
「……ああ、あったなぁ」
結構な仕事だった。何せ大量の宝を、一人で背負って持ち逃げしたからだ。しかも、結構追っ手はしつこくて、用意された逃走手段の場所まで全速力を維持するしかなかった。
……女どものキワキワな姿も見れなかったしなぁ……。
惜しいことをした。
「ってまて、それとこれと関係あんのか」
「うん、まあ、なんていうか、私達のせいで失墜した司祭が、元信者に追われてるって話」
「わかんねえ……いや予想はついたがわかんねぇよ説明下手か」
「あどりぶってきらいなんだ」
こいつ普段は台本作るタイプか。
そんな要らない情報は捨てて、キドーはシズクから得た情報に憶測を加えてから言葉にしていく。
そうすることで正か否かをハッキリさせるためだ。
「司祭は命を狙われていて──こいつはそれを報せるために来た──だがその道中襲われ──アンタにその事を伝えて力尽きた」
「うわ凄い見てたみたいだ。助けてって言われたけど、でも、報酬無しだから」
「ほーん、だから一人で行くって?」
驚きに目を見張った顔に、こいつにも表情ってあったんだな、と彼は思う。
が、それよりも、だ。
「シズクは善よりか……」
利得無しで人助けなんて良くやる。
キドーからシズクへの評価が上向きに修正された。
「捕まえて別のグループに引き渡せば、そっちから報酬貰えるから」
「……恨みってーのはこえーなぁ」
キドーからシズクへの評価が下向きに修正された。
だが、まあ、しかし。
「報酬、でんだな?」
「ああ、それなりに」
「二人でも満足感?」
「まあ、十二分、ね」
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キドーは滑り込みで行く。森にある、崩れた廃屋の中だ。ずり、という、速度に不釣り合いな小さい音を伴って影へ入り、一瞬、周囲の気配を探ってから直ぐに動きを再開。
「ひ──」
壊れた壁の名残に、隠れる様に男は居た。
その顔を覚えている、と言うより思い出して、ああ、こいつは司祭だと確信しながら、うるさそうな口を布をぶちこんで無理矢理塞ぐ。
「……痩せこけてまあ」
どんな目にあったのか、想像は難くないだろう。だがそんなことに興味はないし、あっても聞く場面ではない。
「ちっ、来やがった……!」
隠さない複数の足音は、追っ手だろう。覗かせる視界で見れば、ただの村人と変わり無く見える。
……いや実際そうだろーな。
仮に本職でも、デカイ足音で無防備を晒す奴なんて敵ではない。お荷物さえ無ければ、容易い相手だ。
お荷物さえ無ければ。
「みぃつぅけたぁ!」
にやけた面が自分を──いや、元・司祭を見た。
「おい小鬼がいるぞ」
「構うこたねぇよ、ただの雑魚魔物だろ」
「じゃ、じゃあ始末して、つれてこう、な」
……好き勝手な事言いやがるなコイツら……!
もう手を下してしまおうか。そんな激情が溢れてくるが、感情で動きを間違える程、キドーは短絡的ではなかった。
「第一、役割がちげぇ」
「は? おいこいつしゃべ」
見下ろす男の顔が上空に吹き飛ぶ。と同時、キドーは司祭を引きずりながら走った。
全速力で行けば、小一時間程で引き渡し場所へ着くだろう。
だから、その間は任せることにしている。
「頼むぞ新米」
「見習いだ、間違えないでよ」
追っ手の顔を蹴り上げながら立ち塞がる女の背を尻目にして、悲鳴を上げる荷物を持って彼は駆けていった。
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「ひょえぇぇぇ──」
間抜けな声の鳴る家から出たキドーは一つ伸びをして、懐から取り出した紙煙草の箱を開いた。
とん、とん、と叩いて頭を出させ、一本抜こうとして、
「先に一服とは冷たいな」
やってきたシズクに抜き取られた。
それを口に咥え、隣に座りこんだ姿に半目を向けつつ火を与え、自身も改めて煙を吸い込む。
「で、どうよ、仕事終わりの一服は」
ふー、と、吐き出された煙が空に昇る。
くねったそれをシズクは目で追い、頷きを一つして。
「甘過ぎ、趣味悪、美味しくない」
「盗っといてその言い草かよ」
こうして、ひっそりとした仕事は終わりを迎えた。