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『えいえん』だった少女
登場人物一覧
――その名を、『無限膨張迷宮厄災』メルカート・メイズ。
それはローレットの資料庫にアト・サインが寄せた情報だった。
メルカート・メイズはその身を『奇病』に侵されていた少女だった。
ただ、自分にはないものを求めるという強欲にも強欲になり切れない少女だったもの。
彼女はその特殊能力から迷宮を作り出すことが可能であった。
幻想にある冒険者ギルドなどでは『イレギュラーズに頼る事無くとも攻略可能』の迷宮として知られていた。
危険度は低く、初期状態での迷宮が発見された場合は、経費削減の為に少人数で攻略するクエストが発生することもある。
通常の傭兵や冒険者が駆り出される事もあるが――ローレットにその情報が舞い込めばすぐにその依頼書をもぎ取るようにしていたのがアトであった。
「ごめんなさいなのですよぉ……」
はわわ、と声を漏らしたローレットの看板情報屋(むすめ)はアトの表情に怯えた様にギルドマスターの背後に隠れる。
こればかりはアイツの気持ちを分かってやりなよ、と父代わりのギルドマスターに宥められるユリーカはその背を見送ったのだった。
「……そんなになのですかね」
「そんなになんだよ」
曰く、それは幻想に存在する果ての迷宮――誰もが憧れる前人未到のダンジョンだ!――の探索・踏破依頼だ。
極めて危険ではあるが貴族たちがこぞってその攻略に乗り出した事でローレットの名声の高まりを感じていたユリーカには『参加権』を持たぬアトを迷宮へと送り届けることはできないのだと申し訳なさそうに頭を下げるしかない。
「いいさ」
そんな事なさそうな顔で。
「構わないよ」
絶対に、構うのだ。
鬱憤を晴らす様に彼が手にしていた依頼書を受諾してユリーカはいってらっしゃいなのです、と小さく呟く。
ダンジョンブレーカー……ダンジョンブレイカー!
仕方ないね、と言いたくなるほどに『不機嫌』にその依頼に向かったのがアトの現状だ。
馬を駆りどこかへ突撃していくアトを見送ってユリーカははわわわと小さく呟いた。
「ところでユリーカ、アトは何の依頼をこなしに行ったんだい?」
傍らの情報屋の言葉に、ユリーカは「……ダンジョンなのです」と言った。――例の『魔種』の。
~ダンジョン職人の一日~
ダンジョン職人『魔種』メルカート・メイズの朝は早い。
ダンジョンとは何かのいのちを核にできている。
一先ずはその命の許を探すところからだ。
ダンジョンを制作するのも一苦労だ。
小さい物であれば鼠などからえいっと生み出せるのだが、それを大きく育てなければならない。
この頃は迷宮を作っては速攻で『物語の人』或いは『変なの』が来るのだ。
折角だからダンジョンの罠で運悪く誰かが死んでくれれば魂を貯蔵できるのだが……。
そうする暇もない程に適当にぼこぼことダンジョンが破壊されるものだから、メルカート・メイズは幻想へ既知の寒村に居た。
公民館裏に住んでいるちょっと小汚い屋根裏鼠の魂を媒介にする気持ちって分かりますか……?
埃被っていて、太陽はないから過ごしやすいんですけど、そりゃあ、嫌なもんです。
ダンジョン職人メルカートは言った。
――銀の森、よかったなあ……。きらきらしてて、過ごしやすくて……。
――観光地だから勝手に人も来てくれたし、こんなネズミさんの相手しなくってよかったもん……。
――なんでこんなとこにいるんだろうなあ……。
此処ならきっと大丈夫だ。一寸した迷宮を作って虫でもいいから魂を集めて良い場所を探すまでのつなぎにしよう。
そうして、ダンジョン職人の仕事は終わった――筈だった。
ずどどどど、と音がする。
それが馬の嘶きと共に近づいてくるのだ。老馬を駆り急行するそれ。
半日でやってきた。勢いが良すぎる程に。
日に日に突入するスピードが速くなってくる。
「ああ、よかった! 魔種が出現して不安だ――」
――話すら聞いてない。
メルカートは慄いた。どちらが魔種なのかすら分からぬ様相ではないか。
馬の儘、ダンジョンに飛び込んでくる。
それでも中は『ダンジョン』だ。ここまで来る事も無いだろうとメルカートは天蓋付きのベッドに埋もれた。
ふわふわとしたベッドは昔からのお気に入りだ。体の悪いメルカートにとっての唯一の世界だった場所。
ふう、と息を付き布団に埋もれて眠る様に目を伏せる。
――こないでほしいの――
――だれも、だれも、わたしのことをりかいできないんだもの――
眠りの淵に誘われながらメルカートはうとうと、と微睡に落ちた。
その頃、かつ、かつとなれた手つきで3mの棒を駆使して罠を確認。
そして罠を解除し、ダンジョン特性を把握していることで時間の感覚変化にも留意し馬を用いて『ボス』の場所を目指す観光客が居た。
――わたしは、ひとりだもの――
――だれも、だれも、だれも、ほしいものはくれなかった――
馬の嘶きに、メルカートははっと体を起こした。
ばん、と扉が大きく開かれる。がばりと起き上がったメルカートの前には馬が居た。
「お、うまさん……?」
少女は、囁くような声音でいった。
「なんだ、ボス部屋じゃないのか」
くるりと踵を返したアトに気づいたメルカートの唇が震えた。
シリアスに分類される側の住民であるメルカートにとってはアトの『お前はどうでもいいからダンジョンぶっ壊して果ての迷宮に備えるんだよ』の姿勢には納得がいかなかった。
「ま、待って!」
慌てた様に声を発したメルカートにアトは面倒そうに「何?」と振り返る。
「あ、あなた、わ、わたしがなにかわからな――」
「ああ、メルカート・メイズ。魔種。それが?」
「そ、それがって――わ、わたしを倒さないと迷宮はまた、できあが――」
「知ってる。じゃ、ボスの所行くから」
「え、え?」
「ほら。仕事の内容は今回これだから。読める?」
「よ、よめ、よめるけど……」
メルカートの討伐は依頼に含まれてないんだよね、と依頼書をメルカートに差し出すアト。
――オーダー:迷宮の破壊(ボスを撃破すれば壊れる)
魔種メルカート・メイズが存在するが其方の撃破は当依頼には含まない――
依頼書に並んでいたその言葉にメルカートが口をあんぐりと開いた。
含まないから、相手にしないとでも言うのか……!
そもそも、こんな埃被った場所にいるのもこいつのせいではないか、とメルカートは戦慄く。
「え、ええ……?」
戦って、命のやり取りをするのが当たり前でしょうとぽかんとするメルカート。
正直言えばこの時のメルカートもどうかしてたのだ。衝撃的すぎて『力が出ない程度』には。
「わ、わたし、魔、魔種……」
「知ってる」
「な、なら」
「いや、仕事じゃないから」
依頼にないし、魔種と今戦って勝ち目がないでしょと言わんばかりのアトが「それじゃ」と馬を駆り出ていく。
待ってとベッドからわたわたと起き上がりアトを追い掛けるメルカート。
彼は罠を解除しながらもさっくりと小さな鼠を撃破していた。
「あ――!」
それが今回の迷宮の媒介。ボスだったのだというようにメルカートの悲痛な声が漏れる。
「ふう」
ふうじゃない、とメルカートは叫びたくもなった。
満足げに汗をぬぐったアトは「それじゃ」とメルカートに背を向ける。
「ま、まって……!」
「待ってどうする?」
「な、なんで――だって、勇者は、その、私達を――ほら、た、倒さなくっちゃならないでしょ?」
「だから、それは仕事じゃないって。依頼書見た?」
「み、見た、けど――!」
唇が震える。
もとはと言えば彼らのせいで心地よかった銀の森を追いだされて、場所を転々としてるんじゃないか!
メルカートの瞳に怒りが宿される。
「わ、わたし――!」
「それじゃ、お疲れ」
何か言う前にさっさと撤退していくアト。残された魔種はむう、と頬を膨らませ自身の持つ宝玉(かく)を抱きしめた。
おかしい。
おかしい。
勇者は、物語は、もう少し優しかった。
お話をスルーなんてしないし、手を差し伸べてくれる。
お姫様じゃないから?
それとも、王子様じゃないから?
私は物語に出ることさえできないの――?
きい、とメルカートは苛立った。
そして位置を変えて迷宮を作り出す。
またも何かが来るのではと警戒していたメルカートだが、どうやら誰も来ることはない。
ギルドなどにも依頼書は貼り付けられているのだろうが……その難易度も低いからか報奨金目当ての者は依頼を避け、単純なトレジャーハンターたちが『運悪く訪れる』だけとなっていた。
(こない……)
あんなにも日参してきたくせに。
実の所、アトは果ての迷宮の攻略に乗り出し、メルカートの迷宮に来ることができなかったのだ。
その時間を利用するように、メルカートは魂を貯蔵していく。
――そして、市街地に迷宮を作り出し、一つの騒ぎとなったのだが……それはまた、別の話だ。