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探し物は大冒険
登場人物一覧
●偶然か、はたまた
「サンディ! 今回の冒険の話を聞いてくれないか?」
ベンタバールはいつものように、気心知れた仲であるサンディへと意気揚々と語りかける。
(まーたなにか言ってるよ)
腹ごなしになにか頼もうなどと思ってこの店に来たが運の尽き。お気に入りのメニューや今月のおすすめを目で辿っているうちに、現れたのはいい加減でお調子者、遺跡荒らしである意味酒場の有名人のベンタバール。
「なんだよ、ベンタバール。あの時みたいに変な仮面に操られたとかだったら承知しねえぞ?」
サンディもまたこの話が長くなることを把握しており、顔なじみのウエイトレスとの『ポテトとナポリタンのセット、あとサラダ』『ふふ、まいど。また長くなりそう?』『ああ、まったく、そろそろ俺も飽きてきたりするんだけどな!』『ふふ、それじゃあいつもみたいにサービスしておくわね』『へへ、ありがとな!』というやりとりもなかなか慣れてくるもので。
そんなことを微塵も知らないベンタバールは、『なあ、聞いているのかサンディ!』とわざわざ手を振り視界に入りだす始末。
そんな彼を幼く思いながらも、彼の語る『冒険譚』は面白い。話を過剰に盛ったりしているところもあるのだろうが、それも含めて彼の語る物語は面白いので、しぶしぶという体で耳を傾ける。
「一攫千金とまではいかなかったんだけどよ、でも大成功だったんだ!
きっと次は一攫千金に繋がってるはずだぜ」
『今日は俺が奢ってやる!』と(※半ば無理矢理)肩を組んで、サンディを逃がすまいと距離を詰めた。
「ちょ、暑苦しいから離れろって……!」
「なんだ? そんなに嫌がることないだろう、ヒドイな!」
『まったく、つれないやつだぜ』とあからさまに半笑いで首を振りながらも、ベンタバールは話しはじめた。
「今回の冒険はな、これまでの中でも群を抜いて大変だったんだよ」
べたべたと引っ付くのをやめて。ウエイトレスに『ソーダひとつ!』と声をあげて、身振り手振りを交えて話し始めた。
●一攫千金
幻想の森の奥に小さな遺跡を発見したとの情報を得て、ベンタバールはぐっとこぶしを握った。
海の中に神殿のひとつや二つあったっておかしくないし、たとえ幻想三大貴族が領地問題でなんやかんやしてたりしてなかったり、その領地の中に遺跡があったりしても全然不思議ではない。だって混沌なんだもの。
「これで俺も大金持ちだ!」
息巻いたベンタバール。でも君がその台詞いうときってだいたい失敗しそうだよね。
情報をそれなりに集め、準備も整えた。
ピッケル、ハンマー(殴打用)、絆創膏に胃腸薬、何かあったとき用のビニール袋、薬草、魔除けの鈴、ロープ、とか色々。
『遺跡荒らし』に相応しい準備の数。やっぱり一攫千金できるなら少々身体を張らねばならないことを、ベンタバールも理解しているが故の『準備』だ。手札も、戦略も、多いに越したことはない。
(さあて、どうすっかな……)
幻想の領地を地図上で見ると、現状左下のほう。どこかの修道女が悲鳴をあげそうな領地に、その遺跡はあった。
森の奥のダンジョンとも呼ぶべきだろうか、遺跡と呼ぶには若干小規模であるようにすら感じる。
古めかしいわけでもなく、かといって、誰かが入らない確証もなく。『なら俺が入ればいいんじゃね?』とでも言いたげなそのフットワークの軽さにはもはや頭痛さえ覚えそうなレベルである。
しかし諦めないのがいいとこ。でもあり悪いところ。
仮面に取り憑かれたときこそ危うかったものの、未だに遺跡にご執心で、一獲千金のチャンスを狙う彼はなかなかにロマンに満ちているような気さえした。
話を戻そう。
彼の今回の
入り口は一つで、それが示すのは出口も一つだということ。
着々と準備を進めた彼は、その遺跡の中へと足を運んだのだった。
◇
「この時に引き返した方がよかったんじゃないか?」
「今回は割といい感じのお宝が手に入ったから。こうやって五体満足で帰って来てるし。
それに俺がオマエに奢ってるんだぜ? その時点で割と潤ってるんだなって思ってくれよ」
サンデイがポテトをつまみ、ベンタバールも一口つまむ。
『それ俺のなんだけど!?』『俺が奢るんだから俺も食う』というやりとりをウエイトレスが微笑ましく眺めていた。
◇
石レンガの道を進む。苔が生えていたりするあたり、やはり古いがそこまで古いという訳でもなさそうだ。
それに、人の入ったあとがない。そのことを喜ばしく思いながら、ベンタバールは遺跡の中を進んだ。
入り口は閉まることなく外の光を取り込んでいる。
(……トラップは、なさそうか)
壁や床を警戒するのは冒険者の基本だろう。もちろんその冒険者としての基本は、ベンタバールにも適応されている。
左手に握ったたいまつで先を照らし、右手に握ったナイフで道を拓く。
戦いの能力はローレットの
しかし詰めが甘いぞベンタバール。
そこで安心してはいけないベンタバール。だから遺跡の完全突破ができないときもあるのだベンタバール。
ポチッ。
「あっ」
気を良くしたベンタバールが
それは槍が降ってくるかもしれないし前から矢が飛んでくるかもしれないし、岩がごろんごろん転がってくるかもしれないし、真横から毒ガスが噴射してくるかもしれないし、床が突然開いて落とし穴のなかに落ちるかもしれない。トラップとはそういうものだ。
けれどそのトラップは、トラップらしいトラップではなかった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。
建物全体が大きく振動している感覚。
だんだんと暗くなっていく遺跡内を眺めながら、ベンタバールは乾いた笑みを浮かべた。
(なるほどねえ……)
入り口が閉まったのだ。
先述したが、この遺跡には出入り口がひとつしかない。つまり、密室になったのだ。
閉じ込められたのだ。
それでも、こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。
ベンタバールは前へと進んだ。
◇
「……」
「なんだよ、その顔は」
「別に」
「オマエ、ローレットの仲間には優しいのに俺には冷たくない? ツンデレか?」
「なんでだよ?!」
ポテトの山が、半分減った。
◇
「のわぁぁぁぁぁぁっ!?」
ベンタバールは今、吸血蝙蝠に追われていた。
少し歩き疲れたと思い水分補給がてら休憩した。場所がよくなかった。ほっと一息つくために凭れた壁にあるのはボタン。もう少し確認するべきだったかもしれない。
瞬間天井がガバッと開いて、蝙蝠が降ってきたのだ。
ただの蝙蝠なら苦戦どころかたいまつを向ければ逃げてしまうのだが、その蝙蝠の群れはベンタバールを狙ってきた。浅くない感が、あれは自身に害をなすものだと告げた。
荷物をひっつかみ逃げ、そして撒くために隠れた壁の裏。おのれベンタバール、フラグ回収の達人め。
壁にもまたボタンがひとつ。
バッ。
「えっ」
落とし穴。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!??」
落ちる。
落ちる。
落ちて、いく。
◇
「なんつーか……お前らしいよなあ」
「それ褒めてるのか?」
「いや、どちらかというと貶してる」
「ひでえ……」
それでも語る口は止まらず、聞く耳も塞がず。
ポテトの山が尽きる。そうして二人、サラダとナポリタンに手を伸ばす。
◇
尻をぶつける。しかし風を一面に受ける。
何故かって? そう、そこは滑り台の上だから!
(えっ、マグマに真っ逆さまとかあの世へご招待コースとかそういうあれ?)
壁に挟まれていて逃げようにも逃げられない。かといって止まるためにナイフを手放せば敵と戦うことすらできないだろう。
(ええい、なるようになりやがれ!)
進む先。
まばゆい光。
そこにあったのは、金銀財宝だった――。
◇
「全然苦戦してないな?」
「運も実力の内ってやつよ」
並んだ皿。あっけない結末。
それでもなんだか、彼らしい。
◇
財宝を手に入れ、リュックサックいっぱいに詰め込んで。
「はあ、ここら一帯はこんなもんかぁ?」
そんなはずもなく。
綺麗にはめ込まれていた宝石を、自慢のナイフでひっぺがし――後に、警音。
ビー。ビー。ビー。
ゴゴゴゴゴ、と揺れる建物。なんだかデジャウ。
「なっ……??!」
ボォン、と飛びだす床と開ける天井。
ダイナミック退場。それでも、だいぶお宝をゲットできたベンタバールは、満足して空を飛んだのだった。
●そんなこんなで
「まあ、そういうわけで。俺の大冒険は、いい感じに終わったわけよ」
「ほへー」
『ごちそうさん!』『おいしかった?』『へっ、レディの食べ物がまずいわけないぜ!』と仲睦まじく喋るサンディとウェイトレス。
「ちょっとサンディ聞いてんのか?」
「あー、うん。おかえり」
「まったく。ただいまだけどさ……」
やれやれ、と首を横に振って。
「まあでも、オマエとまた会うために帰ってきたんだ、感謝してくれたっていいんだぜ?」
「あーはいはい、感謝シマース」
「なぁ!?」
大冒険。
それは人によっては命懸けかもしれないし、なくしものをさがすための旅かもしれない。
それでも、楽しそうに笑うベンタバールに、悪い気はしないサンディだった。