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クロサイトとジャネットの話~きみにあえてよかった~

登場人物一覧

クロサイト=F=キャラハン(p3p004306)
悲劇愛好家
クロサイト=F=キャラハンの関係者
→ イラスト

 あーあ、なんで私は私に生まれついたんだろう。いいとこなしのさえないボンボン、不器用な眼鏡屋、それが世間の評価。間違ってないのが悲しい。わかってるんだ本当は。変わらなきゃ。変わらなきゃ。サメの海種だったらよかったなぁ。ワイルドだし、強そうだし……痛みが嫌いで距離とって、特技は笑ってさよならすること、自分の殻へ閉じこもり、これじゃまるでヤドカリだね。一応、猛毒持ちのオニカサゴの因子を持ってるんだけど。なんの役に立つのこれは私の人生に。触れるだけで相手を傷つけるだけの力。父さん、母さん、ご先祖様、もっといいものが欲しかったです。もっと何か、こう、今の私と、別人になれるような……。

 その日もクロサイトは屋敷近くの砂浜をほてほてと歩いていた。昨晩の嵐の余波を受けて波は高く、海は暗い。様々な漂流物が波打ち際へ押し寄せ、お世辞にもきれいとはいいがたい。荒れた景色はクロサイトの心象風景そのままだった。
「……?」
 妙なものを見つけてクロサイトは足を止めた。最初、クロサイトはそれを藻の塊かと思った。それが流れ着いた人だとわかると、おっかなびっくり近寄った。
「かわいそうに。難破してしまったのですか。人を呼んできますから、私を恨んで化けて出ないでくださいね……」
「う」
 てっきり土左衛門だと思っていたそれが突然うめき声をあげたので、クロサイトは驚いて飛び退った。あわててその人を抱き起こし砂浜へ寝かせる。全身へ絡みついた藻を取り除くうちに、その人が女性だとクロサイトは気づいた。
 スレンダーながらも出るところは出ている肢体。それよりも気になったのは、全身へ残った火傷の跡。8割がた藻を取り除いた時、その女性は目を覚ますやいなやがばりと飛び起きた。
「ラエルテス! どこだ、どこに逃げおった!」
「わひゃっ」
 あまりの剣幕に自分が怒鳴られたのかと思った。クロサイトは首をすくめ、小さくなる。彼女のほうもクロサイトに気づいたのか、しげしげとこちらを見つめてくる。
「すみません、ラエルテスさんという方は存じません、すみませんすみません……」
 へどもどしながら答えていると、逆に彼女から質問を投げかけられた。
「ここはどこだ。君は誰だ。今日は何月何日の何時だ」
「へ、あ、もしかして記憶喪失ですか?」
「状況確認だ。速やかに答えてほしい」
 クロサイトが答えると、彼女はうつむき、顎をつまんだ。
「となると私は二日は漂流していたのだな」
 なんという生命力。クロサイトは目をむいた。改めて見ると、彼女は美しかった。棘のある、だからこそ触れずにいられない。そんな魅力だ。恋に落ちたのはいつかと聞かれたら、その時だったのだろう。
「邪魔をしたな。さらばだ」
 彼女は立ち上がろうとして顔をしかめた。視線の先をたどると、流木が左の太ももへ突き刺さっていた。
「私の屋敷へどうぞ。すぐそこのあの建物です」
 すかさずクロサイトは言った。言ってから彼女を誘う理由を考えだした。とにかくこのまま別れてしまうのは嫌だったから。
「ではお言葉に甘えよう」
 やった! 心の中で快哉を叫ぶ、クロサイト。
「申し遅れました。私はクロサイト、海洋貴族の末席に名を連ねる者です」
 そうか、と彼女は返事をした。凛としたアクアの瞳がクロサイトを射抜く。
「ジャネット=キャラハン。深緑の貴族だ。人は私を『鐵の女傑』と呼ぶ」

 日を追うごとに、クロサイトはジャネットへ惹かれていった。その美貌に、芯の強さに、誇り高さに。自覚した時には、自分でも抑えきれないほど想いは膨れ上がっていた。ある晩、クロサイトはジャネットに聞いた。
「ラエルテスとは、誰なのですか?」
「夫だ」
 結婚していたのか……。頭を棒で殴られたようなショック。が、続いた言葉がこれまたショックだった。
「私の46番目の夫だ。別の女に懸想してしまってな。私を倒したら結婚を認めてやるとまで言ってやったのに、ひたすら逃げるばかりで、まったく情けない」
 船まで追い詰めたところで嵐に巻き込まれたそうだ。彼女は婿養子として迎え入れた男を己の立てた要塞に迎え入れ、深緑の中で独自の軍事力を持つというかなり独特な文化の持ち主だった。ということは……。
「あ、あなたは今もラエルテスを探しているのですか」
「いいや、あのような軟弱者はこちらから願い下げだ」
「で、では、代わりに、私などいかがでしょう!」
 声が上ずった。ジャネットはクロサイトを値踏みするように見下し、一言。
「無理だな」
 ふいと横を向いていしまった。どーんと落ち込むクロサイト。
「愛の告白は聞き飽きた。私の夫となりたくば力を示せ」
 光がさした気がした。
「では」
 うむ、とジャネットはうなずいた。
「挑む権利は平等に与えている」

 数日後、深緑のコロッセウムでは、クロサイトが血まみれになっていた。この日のために練習したレイピアなどなんの役にも立たなかった。ハンデだとジャネットが選んだのも剣。銃を得手とする彼女にとって、たしかにハンデのつもりだったのだろう。しかし圧倒的な力の差。ふらつく体を押してどうにか立っている。
「そろそろ諦めたらどうだ?」
 周りの席からブーイングが飛んでいる。ジャネットは投降を促した。クロサイトは首を振った。
「死ぬまで戦います」
 ほう、とジャネットが片眉を跳ね上げた。クロサイトは唾を飲み下した。血の味がする。ブーイングは相変わらず続いている。以前のクロサイトなら、きっとこれだけで心折れ挫折していた。だが。
「私は、必ずあなたに選ばれてみせる!」
 あの日胸に宿った炎は今も変わらず燃え盛っている。クロサイトは一気に攻勢へ転じた。
「気合は十分だが、いかんせん、パワーもスピードもない」
 ジャネットはその場から一歩も動かずレイピアをさばく。
「飽いてきた」
 ジャネットが一歩踏み出す。その瞬間を、クロサイトは待っていた。
「うおおお!」
 レイピアを捨て、クロサイトはジャネットへ抱き着き唇を奪った。彼女の剣が腹を刺し貫くのも構わず。瞳を一瞬だけ大きく見開いたジャネットは、すぐにクロサイトへ膝蹴りを入れ距離を取った。
「自爆戦法か。それで、思いは遂げられたかね?」
 ええ、とクロサイトは満足げに笑ってみせた。
「私の血を飲みましたね、猛毒のオニカサゴの血を。解毒できるのも私しかいません、ジャネット、あなたを連れていきます。あの世で祝言を上げましょう」
 言い切ると、クロサイトの目の前がブラックアウトした。幸福だった。死んでもいい、そう思える相手に出会えた。これ以上の幸福が、あるだろうか。

「フッ、幸せそうな顔をしおって」
 ジャネットは倒れたクロサイトへ口元へ手をやった。すでに全身を疼痛が襲い始めていた。だが、それ以上に、クロサイトの命が消えていくことが惜しくてたまらなかった。
「いいだろうクロサイト。君はなすべきことをし、みせるべきものをみせた。その想いを称え、ここに頭首として迎え入れよう」
 コロッセウムがざわついた。あんなよそ者を。ジャネット様はどうなされたのだ。ジャネットは声を意に介さず、片手をあげた。
「救護班を」
 この時の下々の不満がいずれ爆発し、キャラハン家を二分する巨大な争いに発展した。だがそれはまた別の話、別の時に語ることにしよう。ただ、それまでの短くも濃密な時間を、クロサイトとジャネットが過ごしたのは、間違いない。

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