SS詳細
お狐様の平和な一日
登場人物一覧
■お稲荷様の休日
「最近作物が不作でねぇ」
幻想のとある街でそんな話を偶然耳にしたイナリ。そういえば近頃異常気象気味だったかな、と思い返す。
今日は何も予定がないし、人助けだと思って話の主に近寄って一言。
「イレギュラーズだけど、その話私がなんとかできるかも」
馬車に揺られる事小一時間。街より少し離れた農村に案内されたイナリ。
見渡せば確かに、植物達には元気がなく葉はしおれ。せっかく実った作物も小ぶりの有様である。
「こんなんだけど、本当になんとかできるのかい?」
街で出会った中年の女性が、不安そうにイナリを見下ろす。イレギュラーズという事は信用のおける人物であろうことは間違いないけども、
しかしイナリは見た目は幼い少女だ。この惨たる有様をなんとかできる力があるようには思えない。
「ええ、種さえあればお野菜とかも大丈夫だし……なくても五穀なら大丈夫よ」
「本当かい?」
自信たっぷりのイナリの声に、半信半疑のおばさんだが。一先ずイナリに任せてみようと他へ案内する。
通されたのは、稲を育てる田んぼ。しかし異常に暑かった日々のせいか、大半が枯れ果ててしまっている。
「どうしたい、その子は?」
「ローレットの人だよ。これを何とかできるって言うんだ」
田んぼを困り果てた表情で見つめていた男が、イナリに気づきおばさんに問いかける。返ってきた答えに男も怪訝な目を向けるがイナリは気にしない。
「豊穣の神よ……今ここにその力を示し給え!」
しばし目を閉じて精神を集中させ、異界の神へ声を届ける。そうして神の力を借りて、行使する事こそが『稲荷』たる彼女の力。
田んぼ全体に眩い光が迸る。あまりの眩しさに男もおばさんも目を閉じる。
やがて光は収まり、目を開いた二人が見たのは……。
「な、なんだこれ!?」
「もう、米ができてる……!?」
そう、黄金と見間違うばかりに輝き、実りに穂を垂れさせた稲の姿。先程までの枯れ果てた様子とは一転、時期外れの実りを見せているのだ。
「ちょっと時期とは違うけど……まあ、そこは勘弁してね?」
「か、勘弁も何も……俺達こそ失礼しました!」
少し茶目っ気を見せたイナリに、土下座し平伏する二人の姿。
困惑したイナリだが、本当に困ったことになるのはこの後であった。
おばさんが村中に話を振りまいたが為に、「神様」「お稲荷様」と崇められ、あちらこちらの田畑を回って作物を実らせる羽目になったのだ。
「ちょ、ちょっと待って……そろそろ、限界……」
6つ目の畑を作物で一杯にした直後に、イナリは地面に座り込んでしまう。
神の力を行使するのは、結構疲れるのだ。小柄なイナリだから尚更。
「お、おぉ……それは失礼した。それでは、お食事でも如何でしょう?」
「お言葉に甘えようかしら……」
その日は村を挙げてのどんちゃん騒ぎ。もちろん言うまでもなく、イナリのおかげで不作が一転、豊作も豊作、大豊作になった事の祭りである。
その祭りの中心には、祭り上げられたイナリの姿があったのは言うまでもない。
■翌日
村長に請われて村に留まったイナリは再び田畑に恵みを与えて回る仕事に追われていた。
それでも休憩をはさみつつ、なんとか全ての田畑を回り終えた頃。イナリは疲労困憊で動けない有様であった。
「お疲れ様ですじゃ、イナリ様」
「ええ、どうも……」
村長宅に運び込まれ、村長の労いの言葉にもそこそこの反応を返し。お茶を一杯飲んでようやく一心地。
最初は軽い気持ちで受けた仕事でもない仕事だったが、まさかここまでの大仕事になるとは。少し後悔しているイナリであった。
「お稲荷様ー!」
「……うん?」
お茶のおかわりをもらおうとしていたイナリの、可愛らしい狐耳に子供の声が響く。
すると村長宅の扉を乱暴にあけ、村の子供達が飛び込んできたのだ。
「お稲荷様、冒険のお話聞かせて!」
「こ、こらっ、お主達無礼じゃぞ!イナリ様は疲れておられるのじゃ!」
目を輝かせてイナリを見つめる子供達を嗜める村長だが、対するイナリは笑って。
「いいわよ、話だけならね。村長さん、皆にもお茶を用意してあげてくれる? 後、お菓子もね」
話はとっても長くなりそうだから。