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過ぎ去りし揺籃

登場人物一覧

ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃

 強くなりたかった。
 何故……と問われれば、今でもあの頃の気持ちを言葉にするのは難しい。ただ、子供ながらに今をどうにかしたかったのだろう。女手一つで俺を育ててくれる母の助けになりたかった。苦労を見せない母に報いたかった。
 思い出すと、我がことながら苦笑いが漏れてくる。もっと他に幾らでもあるだろうに。
 だが、当時は本気でそれが最善だと思ったんだ。


「ねえ、クリスおじさん。僕に稽古をつけてよ! 僕、おじさんみたいに強くなりたいんだ!」


 クリティウス=リプス=アズライル。王国において、最精強と呼ばれた黒狼隊の元副隊長。武勇に優れ、民に慕われ。王からの信頼も厚く、時には右腕とさえ呼ばれたほどの男だ。
 どうして王都を離れて、こんな小さな村へやってきたのか。子供の頃は不思議に思っていたが、分別のつく歳になってくると何処かの無責任親父の思惑なんかも見えてきた。稽古をつけてもらい始めて数年、折を見てクリティウスを問い詰めると、王の頼みで俺と母を見守る為に来たとあっさり白状した。
 王はクリティウスに頭を下げて願ったそうだ。槍を捧げた主であり、また友でもあった国王たっての願いを無碍にすることは出来なかったと彼は語った。
 その後、クリティウスはまだ五十を超えていないというのに、古い人間がいつまでも居座っていては隊の為にならぬだの云々、綺麗な出鱈目を並べてさっさと王都を離れたらしい。王都では民に美徳として語られ、村にまで響いていた彼の引退理由が、まさか真っ赤な嘘で本当のところは俺と母の為であったことには流石に驚いた。
 同時に王に対して「ふざけるな」「何を今更」と、むかっ腹が立ちもしたが……もしかすると、奴との関係に多少折り合いをつけられた大きな要因の一つかもしれない。まあネタバレしたのが本人であったならば、王であろうと構うものかと思いっっきり殴り飛ばしていただろうが。
 ともかく、そんな事情は夢にも思っていない当時の俺にとってクリティウスは、惜しまれながらも引退した王国有数の古兵ではなく、世話焼きな頼れるおじさんでしかなかった。尊敬はしていたが、近所付き合いをするほど距離感は近かった。きっと、王都の民とは見方がまるで違っていたのだろう。
 だからこそ、あんなことを気軽に頼めたんだ。今にして思うと良い度胸だ。貴族の子弟が大枚はたいて頼み込むようなことだというのに。実際、何処ぞかの貴族の遣いがクリティウスに指南を願いに来たこともあった。まあ、すげなく断られていたんだが。
 あるいは、父のように慕っていたからこその気安さだったのかもしれない。クリティウスが父さんだったらいいのに……なんて、あの頃何度思ったことか。


「ほう? 強くなりたい……ねぇ? なんで強くなりたいんだ?」


 当然、答えは持っていなかった。いや、あるにはあったのだが、それを言葉にすることが出来なかった。まあ、今でも漠然としているのだから、子供の自分に答えろなんて言うのは無茶と言うものだろう。
 それでも何とか、何とかクリティウスに伝えようと頑張って、絞り出したのがコレだった。


「み、みんなを守りたいんだ!」


 クリティウスはさぞや困った事だろう。目を丸くしていたのを今でも覚えている。だいたい、みんなって誰のことだよ?


「みんなって誰だよ?」


 案の定聞かれて、指折り数えたのを覚えている。


「え? えっと、母さんでしょ? それに、友達でしょ? それから……」
「あー、もういいもういい、分かった! お前の言いたいことはよく分かったよ!」


 なんてクリティウスは言っていたが、本当に分かってたのか? 案外、面倒くさくなって流したんじゃないか? あの人は野性味ある見た目同様、大雑把な人だったから。
 まあ、別に真意はどうだっていい。クリティウスは結局、俺の頼みを聞いてくれたのだから。彼のおかげで今の俺が居る。彼が居なかったなら、こうして五体満足で居られなかったかもしれない。


「いつまでも鼻垂れ坊主のままじゃほっとけないからな、良い機会かもしれん」
「僕、鼻なんか垂らしてないもんっ!」
「あー、やかましい! キーキー言うな、そういうところが鼻垂れなんだよ!」


 どういうところだよ、このおやじは……。


「で、何を使いたい?」
「何って?」
「得物だよ、まさか素手ってこともないだろ? これでも俺は元黒狼隊、武芸百般とまでは言わないが、一通りの扱いは……」
「僕、槍がいい!」


 使うのは槍、そう決めていた。今でこそ、槍の利点など幾らでも語れるが、当時はそんなこと知る由もない。
 この場合、理由なんて一つしかないだろう。


「クリスおじさんみたいな槍使いになりたい!」


 幼い俺の目に焼き付いていたのは、村に現れたモンスターを豪快な槍捌きで蹴散らしたクリティウスの姿。
 今にして思えば、大したモンスターではなかった。クリティウスも実力をほとんど出してはいなかっただろう。だが、それでも十分だった。
 村育ちの俺にとって、その時のクリティウスは物語の英雄にしか見えなかった。本気でそう思ってしまうくらい、鮮烈な光景だったんだ。
 あの頃の俺にとって、槍は英雄や勇者の武器で、槍使いは憧れだった。


「……そうか、槍か」
「うん、絶対槍がいい!」
「そうかそうか、槍かぁ、ったく仕方ねえなぁ、そこまで言われたらなぁ、なぁ?」
「え、ちょ、どうしたのおじさん? ちょっと、なんで背中叩くの? ああもう、痛いって、やめてよ!」


 クリティウスはそっぽを向いて、俺の背中をバンバンと叩いてきた。……彼にとっても、俺はただの友人の子供ではなくなっていたんだと、今は分かる。本人にはとても言えないが、後からそれに気づいた時は嬉しかったものだ。


「まあ、いいだろう。槍は一番得意だしな」
「じゃあ!」
「ああ、稽古をつけてやる。我流でデタラメ覚えられるよりは俺が教えてやった方がいいだろうしな」
「ぃやったぁ!!」
「ただし、やるからには遊びじゃないぞ? 中途半端が一番危ないんだ、途中で辞めたいなんて言っても聞かないからな」
「うん、僕がんばるよ!」
「返事ははいだ!」
「は、はい!」


 クリティウスは厳しかった。だが、子供だからと侮ったりせず、真剣に教えてくれた。


「これが新米兵をシゴくのなら、とりあえず地獄に叩き落とすところなんだが、坊主はまだ7つだ。身体が出来上がるまでは無茶はさせられん」
「なら、どうするの?」
「なぁに、心配するな。ちゃんと身体に無理のないシゴきを考えてやる」
「え?」
「厳しい訓練は無駄だの、精神論は古臭いだの吠えてる連中も最近の若い奴らには多い。が、その大半はただの根性無し共だ。厳しいだけ、根性だけなら確かに意味は無いだろうが、俺に言わせれば泥に塗れたことも無い戦士に何が出来るって話だ」


 本当に厳しかった。
 正直予想を遥かに超えてきたし、随分泣き言も吐いたが、クリティウスは決して俺を逃してはくれなかった。


「スポーツをやってるんじゃないんだ! いいか坊主、苦しい時に動けないなら戦さ場では死ぬだけだぞ!」
「はぁ、はぁ、はぁ……! こ、これでラスト……!」
「よし、あと1周!」
「なんで増えてるの!?」


 しかも言葉通り、本当に身体を壊すようなことのないギリギリのラインに追い込んでくるのだ。幼少時の訓練中に大きな怪我をした覚えはない。


「いいか、粘り強い筋肉を付けろ」


 当時、クリティウスが口癖のように言っていた台詞だ。今でも耳に残っている。
 なんでも、怪我をしにくい身体に作り替えていたらしい。幼少期のトラウマに近いが、確かに身体は頑丈になったし、体力も子供にしては付いていた。
 それが自覚できるようになった頃には、確かな自信も手にしていたが。


「これで身体が出来上がる頃には、もっと厳しい訓練が出来るぞ、喜べ!」


 将来これより酷い訓練が待っていると思うと、全く喜べなかった。
 もちろん体力ばかり鍛えていた訳ではない。短槍ではあったが、槍も持たせてもらえた。むしろ、基本に関しては念入りに仕込んでくれた。


「……坊主、才能ないな」
「うっ……」


 というのも、俺は要領の良い方ではなかったからだ。一突き、一払いする毎に手直しを入れられた。
 運動が出来ないという訳ではなかったが、器用にこなせるタイプとはとても言えなかっただろう。不器用だった。


「まあ、問題ない。数をこなせ、他人より出来ない奴が他人以上に頑張るのは当たり前だ」


 俺は覚えは悪かったが、その分だけ回数を積んだ。クリティウスはずっとそれに付き合って、悪いところを指摘してくれた。
 おかげで今は、人並みに槍を振れている。


「なに? このまま頑張っても同じだけ頑張る天才には勝てねえんじゃないか、だと? 馬鹿、俺だってセンスのある方じゃなかったが、そんな奴全員蹴散らしてやったぞ。才能なんて無くたって、坊主には鍛えた身体があるだろうが」


 結局技術面ではそれほど大きな飛躍は無かったが、本当にどうにかなった。


「いいか。技は場合によっては使えなくなる。体調、集中力、怪我、地形、人数……技というのは使える状況が限られるものだ。理合の優位は容易く崩れる。だが、筋肉は裏切らない!」


 まあ、実際俺の技量は並の域を出ておらず、膂力頼りだ。好みの問題もあるが、この時のクリティウスの言葉の影響も大きいだろう。
 クリティウスも俺と同じように、膂力を活かした槍使いだったらしい。そう聞かされてからは、自分の戦闘スタイルに対する迷いはなくなった。何せ、これ以上ない成功例が目の前に居たのだから。


「どんな場面でも、およそ筋力が不利益になるなんてことはほとんど無い。技が頭打ちなら力を鍛えればいい」


 筋肉だパワーだと、鍛え抜かれた上腕二頭筋を見せつけながらクリティウスはよく言っていたが、一番注意されたのは。


「どんなに身体や技を鍛えても、勇気がなきゃ意味がない。分かるか、坊主?」


 曰く、恐怖に負けて身体が竦めば、技はろくに使えず、鍛えた身体も意味を為さない。
 キツい訓練を乗り越えさせるのも、このためだと言う。自分はこれだけのことをやり遂げた、だからまだやれるはずだ……苦しい場面ではその達成感も糧になる、と。戦場に立つようになって、その意味がよく分かった。自信には確かな根拠が必要なのだと。


「俺が教えるんだ、坊主は強くなる。心配するな!」


 訓練は厳しかったが……クリティウスは俺を乗せるのが上手かった。彼には感謝してもし切れない。
 俺はクリティウスの弟子で本当に良かった。本当に……心からそう思っている。
 ただまあ、恨み言もあるにはある。


「力を持ってしまうと、どうしても試したくなる。坊主はきっと近所のガキどもより余程強いだろう。黙ってやられろとは言わないが、喧嘩を売るにはフェアじゃない。自惚れてしまうしな」


 言いたいことは分かる。子供だったからな。変に増長してもおかしくはなかったと思う。
 だが、やり方は他にあったんじゃないか?


「だから、今日から毎日俺が坊主をボコボコにする。負け癖がついても良くないんだが……まあ、その辺は追々考えるとしよう。ああ、心配しなくてもタンコブかアザが出来る程度に抑えてやる、母上殿が怖いからな」


 あのおっさん、本当にやるんだからな。全くもって参ったよ。今でもたまに夢に見る。
 もう、文句も言えないんだがな。

  • 過ぎ去りし揺籃完了
  • NM名Wbook
  • 種別SS
  • 納品日2020年07月02日
  • ・ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160

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