PandoraPartyProject

SS詳細

3LDKの宙

3LDKの宙

登場人物一覧

ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
楔断ちし者
武器商人(p3p001107)
闇之雲

 クサレ・ジョシ——腐女子であり、公式は総受けヨタカ——はヨタカのストーカーを続けていた。ヨタカ自身は一切気がついていない。
 最近ヨタカは武器商人と番になった。勿論クサレの目に留まらない訳がない。武器商人は前髪が目を覆い隠すほど長く、後ろ髪は腰の長さまでで、年齢やその性別すら判別できない。
 だが、クサレは腐女子だ。性別不明程度は男に見えてしまうのだ。
 そして何より、番=BLという方程式がクサレのような腐女子にはすぐに成り立つのだ。その上、ヨタカが武器商人のことを紫月、武器商人がヨタカのことを小鳥と呼んでいるのだ。はい、クサレの中でBL成立。なれば書かねばならぬのだ。新たなBL本を!

 ————

 レースカーテンから漏れる光が、小鳥達の鳴き声が、ヨタカに目覚めを告げている。しかし、肌触りのいいシルクのパジャマ、すべすべした綿のシーツ。漆黒のこれらに日差しはますます集まって、暖かくて気持ちがいい。これらに包まれて目覚められるものなどいるのだろうか。否だ。微睡の中、ヨタカは夢を見る。
 武器商人は、すやすやと規則正しい寝息を立てる、幸せそうな番の姿に目を細める。ヨタカのために作った寝床は素晴らしく寝心地がいい。それはヨタカにとっても、そうらしいことが、何よりも嬉しい。だが、眠りより何より、アタシを優先して欲しいと願うのは我儘だろうか。
 だから、とっておきの目覚めの挨拶を。小鳥の耳元に息がかかるほどに近寄る。
「起きておくれ、小鳥、アタシの星。五つ数える内に起きないと、この耳を食べてしまおう。ひとーつ、ふたーつ、みっつ、よっつ、いつつ!」
 目覚めぬヨタカの形のいい耳を唇で食む。唇とは違う弾力を楽しみながら、舌先でつーと舐める。耳が敏感な小鳥には効果的だろう。
「……わ……何……?!」
「おはよう、小鳥」
「……俺……寝ぼけてたのか……」
 紫月の髪に光が差して天使のようだ。焦げた臭いがする。慣れないなりに俺に朝食を作ってくれたのかと思えば、嬉しさがこみ上げてくる。
「……朝食ありがとう……」
「……あァ、これだけ臭いがしていれば気がつくかァ。そうなんだよォ。朝食をちょっとばかり焦がしちまってねェ……。でも、味は……大丈夫だと思うよォ……」
 いつも自信ありげな紫月が不安気なのが、妙に可笑しくて笑ってしまう。紫月は拗ねたように唇を尖らせる。
「そう笑わなくてもいいじゃないか、アタシの星」
「……ふふ……俺の月……失敗を……笑ってるんじゃないんだ……。……こんなことに失敗したり……不安になったり……俺達は幸せだな……としみじみ感じたんだ……」
 自然と二人の唇がそっと触れて離れていく。

 ここは、何を隠そう、武器商人とヨタカの愛の巣なのだ。ヨタカの従者には大分渋い顔をされたが、許してくれただけ、二人の仲を認めているのだろう。
 今は練達から入ってきたばかりの団地なる集合住宅に住んでいるのだ。只、水平に並んでいるわけではない。空に向かって並んでいるのだ。
 その最上階の一室に二人で暮らし始めて一ヶ月半。夜になると、街も空も輝いて美しいところが二人のお気に入りだ。今までのヨタカの屋敷に比べれば随分小さく不便だが、ヨタカもこの場所に満足している。

 武器商人は自然と小鳥の手をとって、ダイニングまでエスコートする。ヨタカもそれが自然のように手をとって、紫月へとついていく。といっても、1枚ドアを開ければ、すぐそこがダイニングだ。3LDKなのだ。寝室と互いの個室、ダイニング、風呂場ぐらいしかない。それでも、それが二人の暗黙のルールなのだ。
 真ん中のテーブルの上に真っ白なテーブルクロス。その上には、武器商人お手製のチーズとバジルソースのガレット。
 甘いもの以外は食べたくないヨタカだが、番が愛情を込めて作ってくれた料理を食べないわけがない。ガレットには焦げ跡があったり、厚みが均一でなかったりする。それもお手製の証だ。因みにヨタカがキッチンに立たないのは、ヨタカの従者にきつく自分が許可するまでは料理を勉強することになっている為だ。武器商人もそんなに料理が得意な方ではないが、ヨタカに比べれば格段に上手い。
 ヨタカがフォークを入れると、卵がとろりと割れて、黄身とチーズが絡み合う。それを一切れ、口に運べば、バジルソースの香りが最初にふわりと広がり、濃厚なチーズと黄身が舌に絡み付く。それをガレットと食べれば、濃厚さも中和されて、程よい旨みが堪能できる。しかも、ヨタカの好きな塩辛めの味付けだ。紫月の心遣いを感じる。焦げもいいアクセントだ。ヨタカの方には焦げが少ない方をくれたらしい。そういう優しさも嬉しい。
「……美味しいよ……紫月……」
「そりゃ良かった。デザートにジュエリー・フルーツ・スイート・コレクションの試作品があるから、楽しみにしてるといいよォ」
 それを聞けば、ヨタカの目は輝き、食欲はうなぎ登りだ。ジュエリー・フルーツ・スイート・コレクションと言えば、武器商人の営む商店『サヨナキドリ』の目玉商品のシリーズの一つだ。ヨタカもよく買って食べている、お気に入りのスイーツシリーズの新作と言われては興奮しない訳がない。
 そうこう思っている間にガレットを食べ終え、武器商人が冷蔵庫から試作品のフルーツティーを出してくる。ヨタカの目はふんだんに入っているフルーツに釘付けだ。フルーツを宝石のようにカットしてある上にゼリーが薄く包まれて、本物の宝石のよう。その芳香は天上のお茶もかくやと言わんばかり。それに果物がいいアクセントになっていて、いつまでも飲んでいたい気持ちになってしまう。これが試作品なんて信じられない。
「旦那はまだ気にいらないらしいんだよォ。何が気にいらないんだろうねェ」
「……うーん……俺には傑作に思えるけどな……。……早く完成品として売り出してほしいよ……。……そうしたら俺は絶対買いに行くけどな……」
「旦那に、そう伝えておくよ。それに買いに行かなくてもアタシが買ってくるよォ」
「……お店で色々目移りしながら買うのも楽しいじゃないか……。……それに……紫月に会える……」
「そんな可愛いこと言っても、明日の朝食にもジュエリー・フルーツが出てくるとは限らないよォ」
「……そっ……そんな意味で言ったんじゃない……! ……本当にいつでも一緒にいたいんだ……」
「今日は外せない用でねェ。そうじゃなきゃ家にいるんだけど。なるべく早く帰ってくるから待ってておくれ」
「……うん……分かった……」
「そんなに寂しい顔をしないでおくれ。行きたくなくなってきたよォ」
「……ふふ……紫月を困らせる気はなかったんだ……」
「まだ時間に余裕があるから、着替えておいで。それからアタシの髪を梳いておくれ」
「……分かった……」
 嬉しそうに着替えに行く小鳥が愛らしくて仕方がない。髪を梳くなんて自分でだってできるけれど、小鳥にやってもらうのは格別なのだから、ちょっと我儘ぐらい言ったっていいだろう。

 着替えにきたもののヨタカはどの服にしようか悩んでしまう。今日は外に出かける用はないから、ラフな格好で、それでいて紫月が好きそうな服……。
 どの服にも紫月との思い出が詰まっていて、毎朝選ぶのに苦労する。今日はこのジャボブラウスにしよう。そう漸く決めて、着替える。ポケットには、いつもの銀色の髪の妖精と灰色の髪の妖精の二人の人形を入れて。
 鏡台の前に座っていた武器商人は揶揄う。
「奥様は毎朝大層服にお悩みだねェ」
「……それは……旦那様に……愛されたいからね……」
「その旦那は大層幸せものだねェ」
 そう言って二人で微笑み合う。武器商人の髪は深い菫色で艶があって美しい。ヨタカは拓殖の櫛で梳きながら、バレないようにこっそり髪におまじないのキスをする。紫月が無事でありますようにと。

「さて、行ってくるよォ」
「……いってらっしゃい……」
 ヨタカの額に武器商人の唇が触れる。
「さっきの髪へのキスのお返しだよォ」
 笑いながら、武器商人は出かけていく。真っ赤な顔のヨタカの目に隣の住人が目に映る。
「おはようございます」
「……おはよう……ございます……」
 内心は先ほどのキスが見られていないかが心配で仕方がない。
「仲がいいんですね」
「……うっ……」
「責めてる訳じゃないですよ。仲睦まじいことはいいことじゃないですか。それより、僕、自己紹介まだでしたよね。キリっていいます。パティシエの見習いをやっています」
「……お菓子作れるの……?」
「難しいのはまだまだですけど、簡単なのだったら。もし良かったら教えましょうか」
「……いいの……!?」
「ええ、勿論。近所付き合いは大切にしたいですしね」
「……ありがとう……」
 ヨタカは妄想する。紫月にこのお菓子、美味しいねって言ってもらえるのを。頬が緩むのが止められない。
 二人は時間を決めて、その場は別れたのだった。

 約束の時間にキリの部屋へとやってきたヨタカだったが、その姿はメイドエプロンなのだ。ヨタカだって嫌に決まっている。実家のメイドエプロンしか見つからなかったのだ。こんな俺を笑わないキリはきっとできた人なんだ。
「早速お菓子作り始めましょうね。今日のお菓子はレアチーズケーキです」
 ヨーグルトとクリームチーズ、砂糖を混ぜるだけという簡単さにも関わらず、ヨタカは苦戦する。それをキリが背中から補助してくれる。だがヨタカは武器商人以外と密着するのに慣れていない。親切にしてもらっているのに、と思いながらも不快感を隠すことができない。
「もしかして恋人さん以外の接触は苦手ですか?」
「……うん……」
「なら、もう近づかないようにします。頑張ってくださいね」
 キリはそれを聞いて距離をとってくれる。本当に親切な人が隣でよかったと思いながら、精一杯お菓子作りに挑む。
 なんとか形になったレアチーズケーキをキリが煎れてくれた紅茶と一緒に楽しむ。
「……これ……美味しい……! ……ん……なんだか……ねむ……」
「慣れないことして疲れたんでしょう。寝ていいですよ」
「……ん……うん……」

 ——

 ————

 ヨタカが目覚めると、そこは真っ白な部屋だった。裸にされ、荒縄で体中を締め付けられ、更に柱に括り付けられている。キリの目がヨタカの体をねっとりといやらしい目で舐る。
「……離せ……!」
 ヨタカは激昂し、滅茶苦茶に抵抗するが、抵抗すればするほどに縄は食い込んでいく。キリはそれを見て愉快そうに口角を上げる。
「本当に離して欲しいんですか、小鳥さん?」
「……俺はお前の小鳥じゃない……!」
「まぁ、いいですよ。徐々に慣れてくれれば。甘いものが好きなんですよね? 今甘くしてあげますよ」
 作ったレアチーズケーキを乳首やあそこにまで塗りたくられる。食べ物を体に塗りたくられる不快感、ねっとりとしたものが体につく不快感、身を捩ることで締まる縄の痛み。どれもこれもが嫌で仕方なかった。キリは上から見下ろして満足そうに微笑む。それをヨタカは睨み付けることしかできない。
「ふふ、いい目ですね。メイドエプロンも萌えましたよ。教えるのに密着した時、興奮を抑えるのが大変だったんですから。早速食べてみましょうか」
 キリがヨタカへと近づいていく。
「……嫌だ……! ……離せ……!」
 ヨタカが叫ぶ。キリは嗤う。そして、キリの手がヨタカの乳首に伸びようとしたとき、「ガンッ」と金属の鈍い音が聞こえてきた。扉が嫌な音をたてながら、おかしな方向へと折れ曲がり、大きな音を立てて扉が開く。そこにいたのは激怒した武器商人だ。
「小鳥!」
「……紫月……!」
アタシの番に手を出して無事に済むと思わないことだねェ」
 武器商人の大鎌がキリの首に当てられる。血がじわりと滲む。
「す、すまなかった。た、助けてくれ。小鳥は解放するから」
「小鳥って呼んでいいのはアタシだけなんだよォ! アタシの番を傷つけた奴は誰であろうと首を刎ねるまで」
 大鎌がキリの首を切るかと思ったその瞬間、ヨタカが武器商人を止める。
「……紫月やめてくれ……。……紫月が俺の為に血に染まるのは嫌なんだ……。……キリが引っ越してくれれば、それでいいから……」
「優しい小鳥のおかげで命が助かったねェ。さァ、アタシの目の届かないところへ早く消え失せることだ。いつ気が変わるか分からないからねェ」
 キリは脱兎のように逃げていった。武器商人はヨタカを改めて見る。
「全く酷い格好だねェ」
 武器商人は鎌で縄を切る。自室からタオルとバスローブを持ってきて、タオルでヨタカの体を拭き、バスローブをヨタカに着せる。そして、お姫様抱っこして、自分達の部屋へ戻る。ヨタカは抵抗する。
「……俺歩ける……」
「腰が抜けているのは、見れば分かる。怖かったんだねェ。もう泣いても大丈夫だよォ」
 髪を撫でると、ヨタカは堰を切ったように武器商人の胸の中で泣いたのだった。

 その後はお風呂に一直線だ。汚れが取れて漸くヨタカは気持ち悪さが和らいだ。だが、ヨタカの体についた痕が紅くなっていて暫く取れそうにない。それを見て武器商人の機嫌は悪くなる。痕に噛みつくように口づけをする。真っ赤な薔薇が咲く。
「……紫月……痛いよ……」
「この忌々しい縄の痕が消えるまでの辛抱だよォ。優しくしてあげるから許しておくれ」
 赤く敏感になった肌を舐められるのは今までにない強烈な刺激で、小鳥は鳴く。紫月は小鳥の鳴き声を心地よく聴きながら、赤い薔薇を刻み込み続ける。
 鎌口をもたげた蛇がもっともっとと強請る。二匹の蛇が絡みつく。花を優しくほぐしてやれば蛇は、するりと花の中に入り込んで小鳥を蹂躙する。何度となく白い世界へと小鳥と紫月は飛ぶ。それは小鳥が気を失うまで続いたのだった。

翌朝、ヨタカが目覚めると、いつの間にかパジャマに着替えてベッドの上で寝ていた。武器商人はまだ寝ているようだ。ヨタカが触れるだけの口づけをすると、突然抱きしめられる。
「そういうことは起きているときにして欲しいものだねェ」
「……起きてるじゃないか……」
「今起きたんだよォ。王子様のキスで起きるお姫様のようにねェ」
 二人は笑う。
「よかった。昨日のことで傷ついて笑えなくなるかと思ったよォ」
 武器商人は愛おしそうに小鳥の頬を撫でる。ヨタカは思い出して泣いてしまう。
「悲しかったら泣きなよォ。泣き終わったら、また笑顔を見せておくれ」
 涙を口づけで掬う武器商人の優しさにヨタカは救われる。
「……今日は動けそうにないや……」
「我も外に行くのは止すよ。今日は一日一緒に寝ていようか」

 こうして、漆黒の寝床に月と星は仲良く並ぶのでした。

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 クサレ・ジョシ氏の本、好評につき、またしても旅一座にストーカー集団を作ってしまったのでした。

  • 3LDKの宙完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2020年06月27日
  • ・ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155
    ・武器商人(p3p001107

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