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trio sonata
登場人物一覧
その日、新田寛治は自社の威信にかけて、新たなアイドルプロジェクトを引き受けた。混沌世界に多く存在する『偶像』――その中でもよりポピュラーであるアイドルというジャンルは自称するだけならば容易であるが、認知度を上げる事は難しい。そして、『アイドルプロジェクト』に参加するメンバーのプロデュースも一筋縄では行かなさそうであった。
一同を打ち合わせとして自身の応接室に呼び寄せた寛治は椅子に腰かけたままにんまりとビジネス向けの笑みを浮かべる。
「――それでは、早速ではありますが、私の『プラン』をご説明しますね。
3人それぞれ個性が異なり重複が無い。それでいて、各々"尖った"キャラクター付けが可能です」
その言葉に明るい笑みを浮かべたミルヴィ、そして、我関せずと夢見る様に周囲を見回すカタラァナに、自身がアイドルになるのかと僅かな緊張を浮かべたリウィルディア。三人を前に眼鏡の位置を正した寛治がにい、と笑う。
大きく掲げるプランは――
『ソロでも活動でき、グループとしての相乗効果もある』アイドル。
「ソロでも……?」
ミルヴィの問いかけに寛治は大きく頷いた。そう、混沌世界と言えどもアイドルの世界はそれこそラド・バウの様に苛烈なのだ。パルス・パッションと言うラド・バウ闘士でありながら歌て踊れるアイドルを筆頭に、イレギュラーズからも多くのアイドルが羽搏こうとしているのだ。
「その乱世で、どう戦うか。3人が異なるタレントーーこの場合は芸能人ではなく本来の『能力』という意味で捉えていただきたい。分かりますね?――を武器とし個々のキャラクターを立てつつ、ユニット活動時にはそれを束ねた時の化学反応を示す。……強いチームは全員がエースである必要はありませんが、全員が一流である必要があるのです」
「一流かあ。うん、面白いね。一流って言葉は嫌いじゃないよ」
謳う様に微笑んだカタラァナにリウィルディアは「歌って踊ればいいんだね? 見ていてよ」と悪戯めいて微笑んだ。
そして、寛治がセッティングしたアイドルの披露公演がやって来る。それは箱としては小さなものだったのだろう。練達の片隅に旅人が作った小さなライブハウス、そこでは地下アイドルたちが歌い踊り、鎬を削る。
舞台の上、衣装をその身に纏ったミルヴィが勢いよく跳ね上がる。髪を揺らし白と赤を基調したセクシーな衣装にステージを見つめる観客たちの歓声が響く。
「それじゃ、いっくよー!」
ミルヴィがウィンク一つ。流れるはダンスミュージック。作曲も自身で行った彼女のダンスはダンサーであり、吟遊詩人であり、そして旅芸人であった経験から華麗そのものだ。
――アイドルなんて柄じゃないって思ってた。
小さな幸せを沢山に積み上げて、それだけで満足できると思っていた。
けれど、世の中は哀しい事ばっかりで細やかな笑顔すら許されない。
なら――世の中を笑顔にして遣ればいい。アタシの美貌と芸がそれを成す!
「さぁ、旅芸人ミルヴィの一世一代の挑戦だよ! みんなご覧あれ!!!」
快活な笑みを浮かべ、ミルヴィは剣戟をダンスにも取り入れた。それは、ラド・バウでも活躍し、パルス・パッションよりも喝采浴びるアイドルになるという目標があるからだ。
笑みは霞むことはない。魅せる踊りと戦いで。それこそが、ミルヴィ=カーソンの考え抜いた『アイドル像』だ。
(辛いことはたくさんあったよ。身が引き裂かれる思いだった。
けど……辛い時、闘技場で応援してくれたミンナがいる。だから、アイドルとして、ミンナを元気にするんだ!)
何時か、混沌のどこかに居る母が自身に気付いてくれるかもしれない。そんな一等星に。
何時か、同じイレギュラーズである父に「強くなった」と褒めてもらえるかもしれない、そんな期待に。
寂しがり屋で、泣き虫な自分なんて今はいらないとアイドルの笑みを浮かべて、ミルヴィが躍り続ければ歓声が沸き上がる。
それを確認して、ひとり、後方で腕を組み頷いた寛治は一人、口にする。
「ミルヴィさんのコンセプトは『Active & Sporty』。
その快活さ、明るさを武器に、陽の部分を積極的に表に出していく。
ステージの動きも派手に、スタント無しのアクションなども織り交ぜていきましょう。
もちろん今後の活動で陰を見せてもいいですが、それは十分な布石を打ってからです」
ダンスが終わるとともに、肩で息をするミルヴィが微笑んだ。有難うと手を振って。
ミルヴィが躍るようにステージを後にすれば、流れ始めるは深い海を思わせるバラード。
かつ、とヒールが音を立て、ステージに上がってくるのは海種の儚げな一人の少女、カタラァナ=コン=モスカ。
―――あかいりんご おちる ころげる
みつを ためて やさしく くさって
あまずっぱくて おいしくて
あなたは それでも たべちゃうの――♪
澄んだ歌声が響き渡る。先ほどまでのミルヴィと比べれば深、と静まったステージの上で彼女は歌った。
コン=モスカの娘は歌うことしか知らない。歌うことのみを求められた儀式の器であった。
『あいどる』と言う言葉は知っていた。そして、それがやぶさかでないのは確かだ。歌っていられるから。
だが、それに対してどういう気持ちで取り組めばいいのかは分からない。
引きならす楽器の音色はのびやかに会場の中に響き渡る。楽し気な歌声はまるで、その命を響かせるかの如く。
衣装はミルヴィとリウィルディアが手を貸したそうだ。深い海を思わせる蒼に人魚の様なドレス。
今日と言う日はお披露目だから、と。アイドルらしいからは少し離れた浮世離れした『歌姫』は衣装も、歌も、『観客』に向けるならば、どのようなものが喜ばれるのかは分からないと首を振った。可愛い衣装だって、好きだ。けれど――喜んでくれるのだろうか。
「僕は歌うよ。歌いたい歌を歌いたいように歌うから、きっとどういう顔をして聞けばいいのかわからない人もいるかも知れない。――どうすればいいのか、教えてくれる人がいれば話は別だけども」
悪戯めいてカタラァナはそう告げた
――ついてこれる人だけ ついてきて。
ついてこれた子には ごほうびをあげる。
あかい あかい まっかな りんご。
ころげおちれば あなたの てのひら。
あなたはきっと たべるでしょう――♪
「脳天まで痺れる歌は、好きだよね?」
そのはかなげな美貌を見遣ってから寛治は確かめる様に大きく頷いた。
「カタラァナさんのコンセプトは『Deep & Musical』。
ご本人のおっしゃる通り、彼女が舞台の上で見せるパフォーマンスは音楽家のそれだ。
ここは強みを活かし、ミュージシャンとしての側面を強く表に出しましょう。
ソロパートでは歌唱に演奏に、十二分に実力を発揮していただきます」
そう、海洋王国が誇るコン=モスカの歌姫の実力を此処で魅せ付けぬわけにはいかない!
そうして笑みを浮かべていた寛治は歌が終わり、一礼し、ふわりとステージを後にするカタラァナと入れ替わるようにふわりと降り立つリウィルディアに頷く。
天女の如くショールを揺らし、露出は控えめのロングドレス。そのシルエットは美しく、アメジストを思わすドレスのレースが緩やかに揺れる。
「アイドルとは? 歌うもの? 踊るもの? ――ならいいだろう。ちょっとだけ、僕の全霊を見せてあげるさ」
中世的な声音は、観客をどやりと騒がせた。ふわりと微笑んだその笑みは美少女と呼ぶにふさわしい、だが、その声音に、そして仕草に、やや感じられる男性的な粗野な雰囲気が『リウィルディア』をより中世的に、そしてその性別を疑わせた。
「彼は女性か?」「いや、彼女は男性だろう」と口々に観客が口にするのも気にすることはなく、柔和な空気を漂わせ笑みを浮かべれば、一気にその色香が溢れ出す。艶ある笑みを浮かべ、緩やかなステップを踏み締めたリウィルディアは『彼女』であるか『彼』であるかももはやそこには関係はない。
幻想貴族として身に着けた礼儀作法に、そして舞踏の数々。柔和な笑みで踊るリウルディアは目を伏せて『魅せた』。
アイドルに元から興味があったわけではない。そう言う存在がある事は知っていた。
だが――誰かがこれで笑顔になってくれると言うならば、それもイレギュラーズなのだろう。そして、民草の為になるのだろう。
ミルヴィが『動』であるならば、リウルディアは『静』だ。対照的にステージを彩るように。まるで、天女が降り立ち、その姿をしばし留めんと願う誰かの声に応える様に、優美な舞を踊って見せる。
情熱的なダンスも良いが、優雅だって、悪くはない。それが誰かの心を安らがせると言うならば。
「……それに。偶像にできるのは、名も知らぬ誰かのよすがとなること。ならば華やかでなければならない。
――魅了しよう。奪い去ろう。やるからには十全に。僕がアイドルだと示そうじゃないか」
その決意ともとれる声音に寛治は天晴と言うように頷いた。
後方で腕を組む敏腕マネージャは「素晴らしい」と頷く。
「リウルディアさんのコンセプトは『Unknow & Mysterious』。
性別すら明かせぬ素性を逆手に取り、あらゆるプロフィールをマスクデータとして売り出す。
ステージで見せる姿だけがリウルディアさんの全て。ファンは会場でしか彼女を知ることができない。
思わせぶりな露出、思わせぶりな所作で、ファンの間に勝手にストーリーが生まれるような演出を」
その言葉の通り観客たちは男女どちらともとれるリウルディアの『シークレット』な部分に虜となるだろう。
リウルディアが舞い踊れば、それに合わせてカタラァナが楽器を弾きならし、ミルヴィが前線へと躍り出る。
此処からは三人の舞台だ。
情熱のミルヴィに合わせて、歌声を響かすカタラァナ、そして、その音色に合わせて優美に踊って見せたリウルディア。三人のそれぞれ違う個性がぶつかり合うことなく見事に混ぜ合わされば、ステージ上の彼女たちへと観客は虜になる。
その様子を寛治はまじまじと見つめていた。これでいい。これこそ、アイドルとしての大きな一歩なのだから。
歓声の中、バッグヤードへと歩を進めてきた三人に「お疲れ様です」と寛治は笑みを浮かべる。
「プロデューサー! どうだった?」
「ええ、素晴らしかったですよ。流石はダンサー。踊りで魅せるプロフェッショナルだ」
にい、と微笑んだミルヴィはくるりと振り返りカタラァナへと水を手渡した。グラスに注がれた冷たい水を見下ろして、カタラァナは「どう?」と首を傾ぐ。
「別に、評価を、と言うわけではないよ。ただね、僕の歌は、聞こえていた?」
「……ええ。とても素晴らしく。コン=モスカの歌姫、器のその歌声は会場に満ちていましたよ」
「そっか。よかった。うん、よかったよ、プロデューサー」
謡うように、微笑んだカタラァナの声音にリウィルディアは微笑ましいと目を細める。
「それにしても、途中、男性的な仕草を見せたのは正解ですね。リウィルディアさん。
中性的でミステリアスなあなたの魅力が存分に観客に伝わったと思います」
「そう? それならよかった。ミステリアス、が僕の魅力なんだろう?」
くすり、と微笑んだリウィルディアに寛治は大きく頷いた。
混沌世界、アイドル戦国時代を生き抜く為に――寛治は確かな好感触を得れたと三人へとその道を示す。
「それで皆さん、ユニット名はどうしますか?」
そうして、寛治は笑った――それは初夏の風吹く五月の事であった。