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赤羽と大地の話~死霊術士は嗤う~

登場人物一覧

赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師

 赤羽は逃げていた。脱兎のごとく。灯りのない道を。
「クッソ、大地のやつ、ろくなことしやがらねェ!」
「悪かったって、同じこと何度も言わせるなよ」
 同じ口から違う声音が漏れる。ひとつの体にふたつの魂。それが赤羽と大地だ。大地から体を借り受けた赤羽は、背後から飛んでくる魔力弾を経験と勘だけでかわしていく。
『あははははは、遊ぼうよう、遊ぼうよう』
 後ろから追ってくるのは大樽よりも膨れ上がった赤ん坊だ。胴はむくむくと不健康に膨張しており、異様に小さい手足がついている。頭は妙に大きく、ぼこぼこと泡のように膨らんで弾ける。そのたびに魔力弾が赤羽を襲った。
「大地が俺の言うこと聞かねぇからこうなったんだロ!? 俺はやめろって言ったよなァ!」
「すまないと言ってるだろ」
「藪をつつくどころか蛇の尾を踏みやがっテ!」
 先ほどの光景が赤羽の脳裏を行き来する。人気のない四つ辻で顔を隠し、独りしくしく泣く子ども。大地はついその子へ声をかけてしまったのだ。それは大地の根にある優しさからくるものだったけれど。
「普通の子どもがあんな目立つところでびいびい泣いてるもんカ! だいたい四つ辻ってのは溜まりやすいんダ! どこにも行けねェ奴がたむろしてあんなになっちまうんだヨ!」
「確かにこうして改めて観察すると悪霊って感じだな」
「おまえなァ! さっきから余裕ぶっこいてんじゃねぇゾ!」
「だってお前が出てきたってことは、勝算があるんだろう?」
 何気なく言われた、確かな言葉。当然だといわんばかりの。
「……フン」
 赤羽は石畳を蹴るスピードを上げた。また魔力弾が後ろで吐き出された。それは赤羽の前方へ着弾し汚液を撒き散らす。泥、あるいはスライムのような。

 事の起こりはつい先ほど。
 確かにそれは子どもにしか見えなかった。姿があり、声があり、何より影があった。だから大地が油断してしまったのも、やむをえなかったのだ。読書を糧とする大地には、心霊現象へも深い見識がある。同時に、その辺のオカルトマニアなど軽々と論破してのけるほどの反例も知っている。つまり大地は、赤羽という超自然的な存在と共棲しておきながら霊の類には懐疑的だった。だから当然、泣いている子どもへ哀れみの念を抱いたのだ。実体化するほどの霊がどれだけ悪質か気づけなかったから。
 それは言った。
『おうちに帰りたい』
 大地は近づいた。
「迷子か?」
 その瞬間、赤羽は怒鳴り散らした。
「何やってんダ! そいつに声かけんナ!」
「赤羽、どうした?」
「どうしたもこうしたもねぇヨ! そいつは悪霊ダ! 逃げロ、引きずり込まれるゾ!」
 続きは口の奥へ飲みこまれた。ずん、とひとまわり、子どもが膨らんだからだ。なまっちろく、たるんだ肉が服を引きちぎる。
『誰もぼくを、みてくれない。寂しいよう……でもお兄ちゃんが見つけてくれた』
 子どもがぐにゃりと崩れて大地の背丈を越した。その肌は粘土のようで、目だけがぎらぎら赤い。
「……これ、は」
「見上げんな大地! 目を逸らセ、際限なくでかくなるゾ!」
「見越し入道、だったか?」
「いま漫才やってるヒマねぇんだヨ! もういイ、体貸セ!」
『お兄ちゃあん……僕さみしい、遊ぼうよ遊ぼうよお!』
 叫びと共に赤ん坊が襲い掛かってきた。

 次々と粘液が降り注ぐ。赤羽は足を取られないよう先へ進んだ。時は丑三つ。悪霊は次々と他の低級霊を吸収し、不自然に太った体をゆすりながら追いかけてくる。進行方向を魔力弾で邪魔され赤羽は舌打ちした。やつは狩りを楽しんでいる。
 赤羽が最後に追い詰められた先は墓場だった。陰鬱な墓石が等間隔で並んでいる。悪霊としては自分の力が最も強くなる場所でとでも思ったのだろう。ぼひゅ。粘液の塊と化した魔力弾が赤羽の左足を捕らえた。
「……いってェ。やりやがったな」
『お兄ちゃん遊ぼうよお。僕といつまでも遊ぼうよお』
 それが大きく口を開けると鼻を突く異臭がした。
「あーア、どっかのお人よしのせいでここでお陀仏かヨ」
 赤羽は覚悟を決めたように瞳を閉じ、手を首の傷へやった。
『いだだぎまあず』
 悪霊が赤羽の頭を丸呑みしようとした。だが。
 ――バシイ!
 強くぶたれ、悪霊は犬のような声をあげた。
「なんてナ。誰がおとなしく食われてやるかヨ!」
 赤羽の手には細い鞭があった。内から滲むように赤く発光している。赤羽はその手を再び首へやった。糸巻をほどくように傷口から血がこぼれていく。それは鞭へ吸い込まれ、頑丈で棘だらけの身に変貌させていく。首。頭と胴をつなぐ橋。理性と精神を繋ぐ柱。橋は柱に通じ、高位なるモノを降ろす道となる。


 赤羽は頭の上で鞭を回転させ、手近にあった墓へ巻き付ける。そのまま墓石を引き抜くように手首のスナップを利かせて腕を振り下ろした。
『アアアアアアア!』
 墓石の代わりに赤い鞭に拘束された灰色の乙女がこの世へ引き出された。
「黄昏と混沌と死霊術士赤羽の名において命じル! 汝、再び眠りにつきたくバ、我らの盾となレ!」
『おお、お、アアア!』
 血涙を流しながら乙女は赤羽の前に立ち、悪霊から浴びせられる汚濁に耐える。
「おい、さすがにかわいそうじゃないか?」
「ハッ! こいつはさっきまでグースカ寝てたんだゼ。俺らが有効活用してやったほうがいいだロ!?」
 無茶苦茶だと大地はため息をつく。その合間にも赤い鞭は鳴り響き、墓場から次々と眠る霊を呼び出す。青年、老人、年端もいかない子ども、赤羽は遠慮も容赦もなくその眠りを妨げ、安穏を叩き割った。
「こいつらはよくよく弔われた位の高い霊なんダ。使うにゃもってこいだゼ!」
 パン! 勢いよく鞭が石畳をたたく。大地が赤羽のまなざしを借りて周囲を見回した。
「地面が舗装されている。なるほど、ここは『いい御身分』の死者が眠る墓場ってことか」
「へェ、お前にしちゃ察しがいいじゃねぇカ、大地。そのとおリ。ここはこの街のセントラルパーク。平民や貧乏人は寝かせてもらえない所ダ」
 いつしか十体近くなった上級霊たちが、赤羽の存在感に怯える。さながら猛獣使い。事実、霊たちはいつ反逆してもおかしくはない。それを、しかも複数を抑えつけ、命令できるのはひとえに赤羽の死霊術士としての実力と、その象徴である鞭があるからだ。大地と赤羽をつなぐ傷跡、そこからしたたる血と二人分の霊力で紡ぎあげられた鞭。
「さァ、ものぐさしてるだけで位階が高くなったお前ラ。ここらでちょいと一仕事しろヨ。赤羽の名において命じル、汝ら再び怠惰なる眠りが欲しけれバ、かの悪霊を食らエ!」
 鋭くしなった鞭が、空気を引き裂く。同時に放たれた矢のように霊たちが悪霊へ押し寄せた。ばき、ぼり、ぼりぼり、ぞり、ごり。悪霊の肥大化した肉を引きちぎり、そぎ落とし、食らいつき、骨を砕く。赤ん坊の絶叫が深夜の墓場へ轟く。
「ストップ! おしまいダ! 下がレ!」
 夢中になっていた霊たちをばんばん叩いて赤羽は引きはがす。後に残っていたのは脊椎をかじり取られた胎児だった。末期の息が気管から漏れ出ている。
「このまま踏みつぶしてやってもいいけれド、それじゃつまねぇよなァ」
 赤羽はにたりと笑った。

 後日、大地の胸元にアクセサリーが増えていた。練達の者なら電子タバコと見間違えそうなほどの細い管だ。その中にはあの赤子の悪霊が眠っている。赤羽と主従の契約を結び、もはや意思も力もすべて明け渡した魂が。

  • 赤羽と大地の話~死霊術士は嗤う~完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 納品日2020年06月20日
  • ・赤羽・大地(p3p004151

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