SS詳細
「「Sightseeing.」」
登場人物一覧
●
目の前に並ぶのは、色とりどりの観光雑誌。幻想から始まって、幻想、鉄帝、練達に傭兵、深緑、海洋、そして天義。混沌のあらゆる国と其の魅力が、この僅かなスペースには詰まっている。
これは自分たちへのサーヴィス。定休なんて概念は特異運命座標にはないけれど、だからこそ、ちょっとお休みをとって観光客として各国を回るのも悪くない。悪くないどころか、各地を偵察するって割と大事なのではないかしら? 情勢を把握するのはとても大事な事。何事もまず、知る事から始めなければ。
なーんて理屈はおいといて、結局は、恋人と二人で旅行をしたいのです。美味しいお酒飲んだり、枕投げとかしたいんです。
常に情報が更新され続ける世界だから、真新しい観光雑誌を買ってきた。
さて、これからどうしよう?
アーリアとミディーセラは顔を見合わせ、どちらからともなく笑い合うのでした。
●
――やっぱり最初は幻想を回りたいわぁ。
そう言うのはアーリア。幻想の観光誌は流石の分厚さで、何処に行くか目移りしてしまいそう。画廊や美術館、各伯爵にゆかりのある場所。ここが美味しいと評判の隠れ家的レストランまで網羅されています。
めくるとべらべら、分厚い音。うーん、とミディーセラはアーリアの隣で唸ります。
――どうせなら、行った事のない場所が良いですねぇ。
――そうよねぇ。あ! このお店、行ったことないわぁ! みでぃーくん、此処いきましょぉ!
酒場のカテゴリを熱心に見ていたアーリアは、さすがというべきか。見た事のない酒場を見つけるとすぐさまぺたり。目印の付箋を貼りました。
でもどうせなら、何か文化的なものを見てからお腹を満たしたくはない? 行った事のない酒場も良いけれど、普段歩いている街だからこそ、普段見る事のない面を見たいと思うのは人の性なのでしょうか。二人は最近できた画廊や、幻想ならではの古から守られてきた建造物に目を付けて、其処にもまた、付箋をぺたり。
一件で飲んだらはい終わり、な二人ではありません。その後は此処のお酒を飲みたい、その後は此処のおつまみが良い。などと、はしごの計画を当然のように立てていくのでした。
●
幻想の次は鉄帝です。
といっても、余り観光地がないのは武力を誇りとする国のさだめなのでしょうか。最もにぎわっているラド・バウへ向かい、闘技を見ながら一杯という事でひとまず二人、頷いたのだけれど。
――そういえば、大聖堂騒ぎがあったわよねぇ。
ぱらぱら観光雑誌をめくりながら、アーリアが言いました。
そうです。聖女を取り込み、首都さえ呑み込もうとした“歯車大聖堂”。其れは荘厳にして苛烈なる「遺物」として新たな観光地となっていました。
しかしとても最近だったので、どうやら雑誌には載ってない様子。
――どれくらい大きいのかしらぁ?
――両手よりは大きいのでは?
――当たり前じゃなぁい!
二人、冗談を交わして秘め事のようにくすくす。
ともあれ、其の新しい観光資源を是非目にしようと、ラド・バウのページにメモをして、付箋を貼りつけたのでした。
●
練達と傭兵は、一日で周ろうという結果に落ち着きました。この二つの国については、まだまだ情報が足りないのです。
練達の中央都市はドームに囲まれているらしいとか、中央には電気で統制された塔があるとか。見応えはありそうですが、果たして彼らが好む酒場があるかどうかは判りません。
なので練達で観光を楽しんだ後、傭兵でお腹を満たす事にしたのでした。
――練達ってすごーくハイテクなイメージがあるけど……
――あ、言わなくてもわかりますよ。“美味しいお酒はあるのかしら”、でしょう?
お酒という娯楽はないかもしれない。
いやいや? もしかしたら、ハイテクに配合されたとっても美味しいお酒があるかもしれない。
何にせよ、殆ど行った事のない場所だから、見て回るには時間がかかりそう。
ああでもない、こうでもない、と話し合った結果、美味しそうなお酒があったら買って、傭兵の宿で飲みましょう。という事に落ち着きました。
そして、傭兵には逆に酒場が多くありそうだ、というのが二人の見解。
自由を好む気風の街だから。夢の都とも称されるネフェルストには、珍しい酒を蓄えた酒場がいっぱいあるだろう……と。
砂の都で郷愁に浸り、サンド・バザールで異国情緒あふれるものを買い集め。そして最後はネフェルストで一杯決め込むのも悪くない。
――強行軍になりそうですけど、大丈夫かしら。
――大丈夫でしょぉ。駄目なら二日かければ良いわぁ。
ぺたり、ぺたり。
二人は雑誌に付箋を貼っていきます。気付けばもう、かなりの量です。
●
しかし、二人の旅はまだ終わりません。
傭兵の次は深緑。深い因縁を持つこの二国は、しかし其の風土は真逆ともいえるでしょう。
砂に囲まれた傭兵を抜けて、自然溢れる深緑へ。大聖堂に、妖精郷。そして大樹の中に築かれた街。……いえ、妖精郷に行けるかどうかは判らないのですが……
ともあれ、深緑にはきっと果実酒が多かろう。というのが二人の意見。
そして大樹の中の街を見てみたい、というのはミディーセラの意見。何分数百年単位で閉ざされていた街ですから、彼の知識欲がぴこぴこと刺激されます。
――ねぇアーリアさん、どうせなら泊まって、二日で見て回りませんか。
――あら、みでぃーくんにしては珍しいわねぇ?
珍しい彼からのわがままに、アーリアは勿論良いと頷きました。其れにもしかしたら、彼女が求める術の手がかりも見つかるかもしれません。
たまにはあまあいお酒を飲みながら、ゆっくりと自然の中を巡りましょう。深緑のまだ薄い観光雑誌に、付箋をぺたり、ぺたり。
●
――海洋はいま大変だけど、街はにぎわってる筈よねぇ。
――そうですね。騒がしいのは“海の向こう”なので、寧ろ陸は安全とも言えますね。
さあ、いよいよ旅も後半に差し掛かります。
二人並んで、最新の海洋観光雑誌を開きました。……なんとなくくっついていたくて、ミディーセラはアーリアの肩に頭を乗せ、斜めに雑誌を眺める形。
以前買ったものに比べて雑誌は明らかに分厚く、隠れた名店が表に出るような形で、食事に関連した店の記述が大変充実しているよう。
また、海の向こうから持ち帰られたものを加工しているのか、アクセサリ関連の店もちらほらと新しく載っていて。
アーリアはそんなお店を見つけると、これ可愛いわぁ、と付箋をぺたり。ミディーセラも魔術に関連したお店を見つけると、気になりますわ、と付箋をアーリアから借りてぺたり。
一方で酒場や飲食店は知っているものが多かったので、海洋ならではのカクテルが多い店を一つ二つチョイスして、其の傍にある海が見えるお宿へ泊まろうという事に。
――海が見える部屋が取れると良いわねぇ。
――そうですね。どうせなら、バルコニーとかないかしら。
嬉しそうに話す彼女の横顔を、ミディーセラは見上げました。
アーリアの第二の故郷、海洋。長く生きた自分だけれど、もっともっといろいろな事を知りたい。例えば彼女が海洋で好んだものはなんだったのか。彼女の父や母はどんな人だったのか。もっともっと、という気持ちは収まりません。
……いいえ。次は自分の番かしら。
ゆらり尻尾を揺らしながら、ミディーセラは考えます。彼女になら、何を話したって良いのだけれど。何から話したらよいかしら。
●
アーリアがミディーセラを旅行に誘い、プランを立てるときに最初に言ったのは、天義は最後に巡りたい、という言葉でした。
逃げ出した故郷。隠した故郷。捨てきれなかった故郷。今は大切なあの子がいる故郷。
勿論良いですよ、とミディーセラは頷きました。どうして首を振ることなど出来るでしょうか。彼女の過去を知り、今を知るからこそ、彼女の其の意見は何よりも尊重すべきだと思ったのです。
もうだいぶ復興も進んでいるでしょう。アーリアのぬくもりを直ぐ傍に感じながら、ミディーエラは彼女が観光雑誌を開くのを見ていました。
――グレゴリアもいいけど、聖都も良いわよねぇ。
――そうですね。グレゴリアといえば、童話の主人公が現れた、なんて話もありますよ。
新しく築かれた、新しい気風を目指す市。其れがグレゴリア。
此処ならば酒場もあろうし、少しなら遊べるかもしれない。“新しい”天義を目指して作られた都市。特異運命座標(じぶんたち)が復興を手掛けた街を一目見てみたい。という意見は二人とも同じで。
そうねぇ、と付箋を貼っていくアーリアの手が、ふと止まりました。
――……旅の思い出をあの子に話したら、喜んでくれるかしら。
ぽつり、零した言葉。
ミディーセラの耳が其れを聞いていない訳がありません。アーリアのただ一人の姉妹。可愛く寂しい眠り姫。彼女が折に触れ、彼女のもとを訪れているのは彼も知っています。
だから、ミディーセラはぎゅう、とアーリアに強く抱き着くのです。
――勿論喜びます。わたしに話してくれても、とっても喜びますよ?
――ほんとぉ? って、みでぃーくん! くすぐったい、くすぐったいわぁ!
くすくすと笑いながらミディーセラを抱き返すアーリア。
彼女は其の細い腕に、沢山のものを抱きかかえている。ミディーセラは知っています。けれど、其れを一人ではなく、誰かに分けて持ってもらうだけの器用さがある事も知っています。
だけどだけど。其れでももっと、自分は彼女を癒してあげたい。彼女の荷物を分けて貰って、本当は同じ重さを抱えたい。
……この旅で彼女が癒されるなら、何処へだって行きましょう。そう、そして美味しいお酒を飲むのです。逃げるためではなく、これから歩いていくために。誰も、過去へは帰れないのですから。
そんな事を思いながら、尻尾をくるり、彼女の腕に巻きつけるミディーセラ。何処までを知ってか知らずか、くすぐったいと笑う恋人の横顔を見上げて。
取り敢えず今は。彼女に甘えていたい気分。おおかたの予定も決まった事ですから、遠慮する事はないでしょう。ミディーセラは彼女を押し倒すように、ぐりぐりと体を押し付けて甘えたちゃんになるのでした。
すっかりめくられ癖のついた観光雑誌は、二人の幸せを予言しているよう。
どうか良い旅を!