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ワインレッドの心
登場人物一覧
●よっぱらっぱ
「もう、何だってのよ……何ですぐ付いてっちゃうのよぉ……バカ──!!」
誰もいない部屋の中、昼間から一人酒して女が叫ぶ。
アーリア・スピリッツ(p3p004400)は薫衣紫の縞模様が入ったグラスに赤ワインを手酌すると、一気にそれを飲み干した。
《海洋》で買った土産物は星の欠片をフュージングしたもので、酒を注ぐと仄かに色が変化する。
まるでアーリアさんの髪のようです、とは彼の言葉。
ペアで買い揃えたのに彼は他の女と出て行ったけど。
酔って浮つく女の耳にキシシシシと笑い声が響く。
燃える炎のような長い髪の、獣耳を持つ野蛮な女。
彼は師匠だと言ったけど、ベッドに恋人残して行くとは何たることか。
「こうなったら全部飲み干してやるんだから!」
一緒に飲むつもりで買った高級ワインは辛口。
グラスを空にすると瓶を片手に喇叭飲み。
気づくとボトルは空となって転がっていた。
●独占欲
いつもの穏やかで幸せな朝が、けたたましい郵便屋に壊された。
それは彼の師匠からの手紙で、郵便屋に化けていたのは師匠本人。
始まりはそんな些細な出来事。
だけど彼との大切なひととき。
師匠だというその人はキシシシと笑って彼を攫っていった。
師匠に逆らえないと彼はいそいそ帽子を被り付いていった。
何なの、何なの、何なのよ。何で二人の世界に無神経に踏み込んでくるの。
何なの、何なの、何なのよ。酷いこといっぱいされたって言っていたのに。
過去のことは過去のこと。だけど自分の知らない彼を知る人がいる。
「バカは私のほう……」
彼は自分だけのものだと思っていた。
彼には自分しかいないと思いたかった。
気づきたくない自分勝手な独占欲と思い込み。
気づいたら髪はワインレッドに染まっていた。
●嫉妬
彼を迎えに来たその人は彼と同じ獣種で、彼と同じ長命種であるらしい。
彼を連れ去ったその人は彼と同じ背丈で、彼と同じ魔女の一族だと言う。
彼女の髪は燃え盛る炎のようで肌は浅黒い。
彼の髪は燃え尽きた灰のようで肌は仄白い。
正反対に見えて並べは何だかお似合いで、何だか自分より相応しく見えた。
正反対に見えてお揃いの茨の刺青をして、何だか自分より近しく思えた。
キシシシ。お前の背はあいつよりもうんと高いじゃないか。
キシシシ。お前の命はあいつよりもうんと短いじゃないか。
此処に居ない女の笑い声が、ガンガン頭の中を殴ってくる。
ワインレッドの心の底には、ドロドロ感情が渦巻いている。
「そうよ、認めてやるわよぉ……あの女に嫉妬してるんだって……。気にしてないふりしてこんなに気にしてたんだなぁって……」
同じところなんて自分にはなくて、同じところがないことがひどく淋しい。
同じところがあるのが羨ましくて、同じところがある女に憎しみを向けた。
だけど自分が死んだ後もこの世界に生き続ける彼。
そして師匠が死んだ後もこの世界に残り続ける彼。
それはどんなに辛く、どんなに淋しい時間だろう。
それはどんなに暗く、どんなに侘しい世界だろう。
「私、やな女だ……自分のことでいっぱいで……残される彼のこと、何も考えてない……」
彼の代わりに黒いシャツを抱きしめると、ふわりといつもの残り香がする。
自分が死んでも彼が悲しまないように、自分に何が出来るだろう。
自分が消えても彼が淋しくないように、自分は何を残せるだろう。
例えこの身が朽ち果てようと、想いが忘れえぬ記憶となって甦るように。
例えこの命が燃え尽きようと、愛は尽きせぬ花となって実を結ぶように。
いつまでも、いつまでも、彼と共に在るために。
●永遠の種
「ただいまじゃないよぉ、急に出かけるから淋しかったんだからぁ!」
帰宅した彼に腕を回して飛びつくように抱き付いた。
彼がもう何処にも行かないように。
彼を誰にも渡さないと言うように。
ワインの味かと思いました、と言って涙を口唇が啜り上げ。
シャツに嫉妬しそうですわ、と言って彼が強く抱き返した。
不老不死の話。
魔女帽子の話。
師匠と弟子の話。
親と子の話。
彼の声を聞くうちに心に満ちたワインの赤が醒めていく。
彼の話を聞くうちに底に貯まった黒い澱みが晴れていく。
「私もね、自分に何が出来るだろう、何を残して行けるだろうって考えたのよねぇ。それでね、一個だけ私にも出来ることがあるなぁって……。望んで貰えるなら、だけどぉ……」
恥ずかしげに先を濁せば、彼が帽子を被せてくれる。
ゾーンブルクの魔女達の想いを受け継ぐ
奇遇ですね、同じことを考えてました、と彼は言い。
次はハッパかけられずにすみますわ、と彼が笑う。
独占欲と嫉妬にまみれれば心はワインの色に染まる。
だけど底まで全てを飲み干したなら、まだ見ぬ種が、きっと一粒。