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混沌剣豪七番勝負:二番目

登場人物一覧

すずな(p3p005307)
信ず刄
白薊 小夜(p3p006668)
永夜

 緞帳めいた雲が、丸く大きい月を横切る、満月の夜のことだった。
 ひゅうと風荒ぶ月下の草原に、二人の特異運命座標イレギュラーズの姿がある。
「此処に来て頂けた、ということなら……言葉は不要、ですよね?」
 刀の柄に手を添え、左手を鞘口に巻く。問いかけるのは、『金星獲り』すずな(p3p005307)。今宵の誘いも彼女からだ。過去に依頼でその太刀筋を見て興味を抱いたとき以来、闘技大会で顔を合わせる都度募る渇望がとうとう溢れた。
 今宵誘うた舞いの相手は、痩身小躯、いまだ少女と言っていいほどに若い、黒髪の女であった。声に応えるように目を薄く開き、応じて微笑みを浮かべる。
「えぇ。同じ刀剣使いとの死合い、こんな願ってもない誘いを断るなんてありえないでしょう」
 嫋やかな所作で、身を支える白杖をすうと持ち上げる。目を開くも、しかし白濁した彼女の灰瞳には何も映っていない。それもその筈、彼女の世界に光はない。かつて迫害を受け、傷が元となって盲いたのだと聞いた。――彼女から光を奪った人間は想像とてしなかったろう。白杖に縋るしかなくなったか弱いただの小娘が、このように強かに、おそろしく、成長するなどとは
 ちき、と音がして、白杖が分かれた。持ち手の黒い部分と、石突きまでの白い部分。その隙間に、月光照り返す銀が見える。殺人剣、血蛭。――振るう女の名は、『死角無し』白薊 小夜(p3p006668) 。
「お互いローレットの所属だけれど……まぁ、殺しちゃったらごめんなさいね? 真剣で太刀合うんですもの、そのくらいは覚悟の上でしょう?」
「是非もありません」
 先に寄せた謝罪の軽いこと。応えるすずなの声もまた軽く、彼女らの中での命の軽さが際立つ。余人が聞けば耳を疑うような会話だ。死と命の価値が、羽のように軽い。
 ――それは死生観の違い。
 剣鬼にとっては、鍔迫り合い、打ち合い、閃くその火花の只中に身を置いて、ひりついた感覚に身を浸すことそのものが『生きる』ということなのだ。より大きく、その生の実感を感じさせてくれる、強い敵手と太刀合い断ち合い立ち会うことこそ至福。
 この瞬間を『生きる』ために生きている。――『生きた』果てに死ぬ程度、寿命に抱かれて死ぬのと何が違う?
 すずなが腰を落とし、鯉口を切る。
「すずな、参ります」
「あら、律儀に名乗るのね。いいのよ? いつ斬りかかってきても。――『視』えているもの」
 ふわりと笑い、小夜もまた膝を曲げ、白杖を握り直す。
 距離五間弱。二者の間の空気がぴんと張り詰めた。
 剣鬼二ツ、互いが互いの息遣い、気配、足捌き、立てる音、全てを気取ろうと精神を集中した結果に生まれる殺界。刃の間合い。誰も間に入れぬ。余分な音を立てようものなら、断てた者から斬られると、そう感じるほどの圧迫感……!!


 混 沌 剣 豪 七 番 勝 負

      勝負 二番目


    金星獲り すずな

        対

    死角無し 白薊 小夜


 ――いざ、尋常に!!
 
「勝負!!」


 叫んだのはすずな。踏み込んだのも然り。
 ば、バンッ!!
 音立て地爆ぜる、すずなの踏み込み! 草いきれが飛び散る中、先生で襲いかかるすずなだが、最適な間合いへ踏み込んで一太刀浴びせる前に、対する小夜は無言、ぬるりと踏み込む。
「!!」
 最適なタイミングをずらされたが、しかしすずなに退く選択肢なし。止まるも退がるも隙となる。ならば押し切れ、抜刀一閃!! 鞘走らせた刀で、踏み込んでくる小夜を圧し斬らんとする。
 だがまさに、『視えている』との言葉の通り。小夜はすずなが加速しきる前に瞬息前進、逆手抜刀した仕込み杖の刀身にてすずなの刃を受ける! 火花、刃鳴る音! 二者の闘気が、刃に乗った撃力が爆ぜて、旋風のように周囲の草いきれを散らし舞い上げる! 鍔迫り合い!


 必殺の抜刀術を防がれるも、しかしすずなに動揺なし。これ一撃で勝負がつこうなどとは初めから思っていない。故に迷わず次撃を仕掛ける。
 小細工無用、端から得意でないことをしたところで勝機なし。真っ直ぐに打ち掛かるのみ。
 すずなはその閃光めいた踏み込みを可能とする脚力の限りを込め刃を圧し弾かんとする。噛み合った刃が軋り、小夜が圧されるように半歩下がった刹那――ぎゃリンッ、と音と火花が散って刃が滑った。小夜が歩法で刃の力点をずらしながらすずなの剣を流したのだ。
「ッ!」
 体勢を崩しつつもすずなは即座に流された剣の刃を返し、守りに構えるべく持ち上げるが、しかしその剣よりも小夜の踏み込みの方が速い。杖から顔を出した直刀による斬撃がすずなの右脇腹を裂く!
「っつ、ぅ……!!」
 しかしすずなもさるもの。並の剣士ならば一撃目をまともに受け、そのまま膾切りになるのが関の山であるところを、一撃貰いながらも身を捩り、損傷を少しでも浅く抑え、二撃目が入る前に刀を衝きだし牽制、飛び退る。態勢を整えるつもりか。
 そうはさせぬと小夜が更に詰める。吹き荒れる風よりなお速い。舞い踊るような、円運動を含む幻惑的な歩法。挙措に目を取られれば、身を翻すたびに唸る刃にて刻まれるのみ。首、脇腹、足、小手先、風に揺られ舞う菊花の如くに繰り出される斬弧。小夜の剣技、『舞菊』。凄烈なり!
 流麗かつ美しい斬撃の軌跡とは裏腹、打ち込む刃の鋭さたるや、飢えた狼牙のそれである。冴えは狼牙、重さは獣爪。壮烈さここに極まる無数の斬弧を、すずなは着物を血に染めながら受け、弾き、火花を散らす。剣と剣がぶつかり咲く赫花で笑みを濡らし――おお、傷つきながら、この段になっても笑っているのだ――すずなは相手の剣に舌を巻くように言った。
「対峙してみて改めて感じますが……随分と苛烈な太刀筋になられましたね、小夜さん……!」
「――そう? そう思うのだとしたら、まだすずなさんが私の本当の殺気を知らなかっただけのことじゃないかしら。……本気で殺しに行くときは、私、甘くないのよ」
 視えているはずもない目が、しかし視えているとしか思えないほどに正確にすずなを睨む。衣擦れ、踏み込み、草いきれを掻き分ける音、すずなが動くことによる空気、魔力の流れ、匂い、殺気。視覚以外のありとあらゆる感覚をセンサーとして使い、小夜は斬舞を舞い続ける。道場剣術には決して無い、相手を殺すためだけに研ぎ澄まされた鋭い動き。苛烈なる殺人剣。
 常は人当たりも良く、剽軽な物言いで周囲を楽しませることもあると聞くが、刀を持って相対すればその面影は何処にもない。血を求め、相手からより強い技を引き出し、それを打破することを信条とするバトル・ジャンキーとしての面が色濃く出る。恐ろしき剣鬼の技の冴えを前に、しかしすずなもいつまでも防戦ばかりではない。
「……ふ――ふふっ、堪りませんね、敵うか分からぬ相手が、こんな身近にも居たなんて……!」
 笑みがこぼれる。だって、これ程までの遣い手が探さずともそばにいたのだ。ごくごく近くでこれ程の傑物が見つかったとしたなら、世界には、あと何人、こうして技を競うに値する剣士がいるのか。
 ――ああ、まだ、この夜だけでは終われない。
 すずなは迫る舞菊の斬撃を睨む。より深く見切る。
 連続で放たれる小夜の斬撃を前にすずなが圧されるのは、単純に言うなら、小夜の攻撃速度、連撃の間隔よりも、すずなが刀を動かし受け太刀する間隔の方が長いからだ。
 ファクターは幾つもある。単純な剣速、『見切り』『受ける』という二挙動になる分、判断から行動までのいとまがある不利、そして技量の差――
 だが、その全てを仕方がないと諦められるようならば、剣の道など歩んでいない。
 技で劣るならばこの戦の中で伸ばせ。見切れぬならばもっと目を凝らせ。護剣の圏を広げ、間隔を研ぎ澄ませ。受け太刀を速く。もっと速く。当てる瞬間に力強く地を踏み、上げた剣圧で押し返せ。
「――、」
 ぴくり、と小夜の眉が上がる。
 速い。速くなっていく。受け太刀から伝わる衝撃が増す。生半な剣士では見切ること敵わず一太刀受け、そのまま膾に斬り刻まれるであろう舞菊、変幻の太刀筋を、戦闘の中でリアルタイムに学習し、目を慣らし、互角真面に打ち合うて、命喰らわんと迫り来る!
「越えてみせます、小夜さん!!」
「――いい気魄ね。なら、私ももう少し熱くならないと」
 小夜はゆるり口端を上げて、夜叉めいて嗤う。
 舞菊が見切られるとあらば即座にそこに次策を混ぜる。変幻邪剣、落首山茶花。横薙ぎに振るわれる刀の切っ先がぶれ、すずなの防御を外しその身を断ちに掛かる。
 七合放たれた変幻邪剣をしかしすずな、五合まで防ぐ。二撃は貰った。浅からぬ傷が肩口に、腿に刻まれる。血が飛沫を上げ、蹈鞴を踏む。小夜の追撃が閃く。五連斬撃。すずなは蒼眼光らせ、
「はああッ!!」
 今度は五打全てを受け弾き、剣圧にて小夜の身体を圧す! 草を散らしながら飛び退がる小夜。息をつく間がやっとできたと安堵して然るべき所を、すずなは間髪入れず納刀、前進。
 しィィッ、と空気を擦り合わすような呼気。敢えて刀を納める目的は二つ。一つは、間合いを悟らせぬ為だ。刀を突き出しながら動けばその風切り音が小夜に間合いを教えてしまう。一瞬だけでもいい、間合いを隠す。
 そして二つ目は――この一撃を放つため。
 左手親指、霊刀『鬼灯』の鯉口を切る。鞘より迸る銀閃がぶれて揺らめく。
「――!!」
 小夜は見えぬ目を見開いた。盲いた彼女に、その抜刀術はいかに『視え』たか。
 小夜の舞菊・山茶花に応ずるはすずなの十八番、抜刀蜃気楼! 小夜が繰り出す斬弧を潜るように身を沈めたすずな、袈裟斬り上げの一閃! 小夜が防御するべく返した刃を、揺らめく刃が擦り抜ける! ……斬ッ! 刃が小夜の身体を捉え、裂けた着物が血に染まる。
「――っふ、ふふふふ……、あはははっ!」
 斬られたのがおかしくてならないとでもいうかのように、華やぐ声で嗤う小夜。つられたようにすずなも口端を上げる。まるでじゃれ合う少女らの一幕のようだ。その手に刀がなければ。その身体が血に染まっていなければ。
 すずなは振り抜いた刃を返し即座に二撃目を狙う。小夜は最低限に身を捌いた。脇腹が裂ける。頓着せず首狙いの一閃を振るう小夜。まさに肉を切らせて骨を断つ、痛みを恐れぬ戦法だ。首目掛けての一閃をすずなは身と顎を反らし回避。ひょう、と顎先を刃にまとう飄風が抜ける。背後で即座に刀が返り、背を斬りに来る。右腿の傷を圧して、すずなは跳躍。刃を飛び越え回避。
 後方宙返りを二つ打ち、地面に踵が衝いたときには既に目の前に小夜がいる。
「ッ――!」
「楽しいわね、すずなさん。ほら、もっと、もっと踊りましょう。もっともっと歌わせましょう、刃を!!」
「望むところ――ッ!!」
 唸る斬弧を鬼灯で打ち返すッ!
 が、ががが、ががががガガがッ、きぃん!! 夜の野原に鳴り渡る、轟華剣乱ごうかけんらんたる斬撃楽章!
 両者ともに殺すつもり、命をるつもりで刃閃かす!
 鮮やかなるは小夜、刃傷を負ってなお冴える連ね舞菊。しかし応じるすずなもまた峻烈、舞菊を踊らすは舞風。二者はくるくると巴に、位置を変え構えを変えてつるぎ舞う。何人たりともその間に入ること敵わず。
 一際高らかに二人の刀が打ち合った。刃高らかに鳴き、剣気に中てられ草が散る。
 刀を押し合い、全く同時に飛び退がる。「「ひゅっ」」、吸気の音が重なり響いた。
 二者共に考えたことは同じ。


(来る)(ならば征く)


 声すらなく、すずなが翔けた。
 駆けたのではない。翔けた。そうとしか表現出来ぬ速度であった。
 まさに縮地。雷の如し。音速に迫る踏み込みの前に空気が白く爆ぜ割れ、どうと音を立てた。音より早く動けば、小夜とて音を基にした動態予測は不可能だ。手がかりの一つを奪ったうえで渾身を込めた技を叩きつける、それがすずなの下した判断!
 閃光の踏み込みから突き出す刃。それは天を征する四条の閃き――絶圏、四段突き改め 『覇天四段』!! 只一発としか視えぬ突きの挙措から、放たれる突きは同時に四!! まるで散弾銃めいた多重の突きに、小夜は――構えも取らぬ。
 どどど、どうっ!! 小夜の身体に突き立つ四打の突き! 完璧に入り、胸から腹から迸る血がしどどに着物を濡らす。小夜の背側に抜けたすずながザァッ、と音を立てて地を摺り制動。向き直り残心を決める。
 おお、まさに勝負あったかと思われたその瞬間――血を吐いたのは、小夜だけではなかった。
「か、ッふ……、」
 斬られたことに今気付いたように、すずなの胴、そして首が横真一文字に裂けた。首は辛うじて浅く、動脈まで届かぬが、傷は臓物のまろびでそうな程に深い。すずなは呆然と目を見開いた。 覇天四段は完全に極まり、うち一発は刃が背まで突き抜ける会心の一撃であったというのに――
 この必殺剣を喰らいながら、尚も刃を振るって後の先を取ったというのか。

 ――一念通じて天に至る如く、邪剣、錬磨の果てに鬼に至る。

 小夜の殺人剣、『落椿』の閃きが、すずなを斬ったのだ。
「すごい突きね。例の、無いくらい。――ねぇ、もう一度、魅せて……貰えるかしら?」
 小夜がゆらりと振り返る。吐血の赫を紅めいてひいて。身体に穴を四つも開け、他の刃傷より止まらぬ血を流しながら、続けましょう、と人修羅が嗤う。
 見ようによらずとも猟奇的なその有様を前に、――ああ、血に掠れた声で、すずなは即諾する。傷の重さも、流した血に揺らぐ頭も、戦の高揚の前には些細なこと。
「――何度でも、喜んで。あの月の沈むまで」


 斯くて戦鬼が二人、羅生門にて踊る。
 血と刃舞う月下の野で、互いの首を斬弧で追うのだ。
 尽きず、果てず――いつか朝が来て、この夜の戦夢ユメが終わるまで。

  • 混沌剣豪七番勝負:二番目完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2020年06月04日
  • ・すずな(p3p005307
    ・白薊 小夜(p3p006668

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