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“銀城黒羽”の“死”

登場人物一覧

銀城 黒羽(p3p000505)
銀城 黒羽の関係者
→ イラスト
銀城 黒羽の関係者
→ イラスト

●崩壊する世界
 これほど『断りきれなかった』という言葉が似つかわしい依頼も、『不屈の』銀城 黒羽(p3p000505)には初めてだったろう。たとえ自らを罰するかのように死地に追い込み続けるような彼にあっても、今思えば危機を察知するための感覚は鋭敏に働いていたわけだ。『断りきれなかった』とはすなわち『断る必要があると感じていた』を意味する言葉だ――ああ、もしもその本能が鳴らしていた警鐘に、彼が忠実に従っていたならば!
 そんな後悔を今しがたしたところで、黒羽の全身を覆う虚脱が掻き消えてくれることなど望めなかった。

 彼は……その支えを全てを失ったのだから。

●事の起こり
 依頼人の貴族がどうしても黒羽でなければならないと頼み込んできたのは、ひと月ほど前のことだっただろうか。
「これは貴方だからこそ頼めることなのだ」
 誰ひとりとして殺したことがないという黒羽の噂がどう伝わったのか、その貴族が懇願して頭を下げさえもしたことを、今もはっきりと黒羽は憶えている。
 憔悴し、やつれ果てた頬。視線は今も落ち着くことなく辺りに配られていて、よほど何かに怯えているらしい様子が容易く見て取れた……哀れだ。一体何をしでかしたなら、こうまで追い詰められる羽目になったと言うのだろうか? その今にも毀れてしまいそうな様子は黒羽の信念を刺激はするが……一方でこの依頼が、彼が無辜なる混沌でしてきたこととは相容れぬように感じられるのも、また確かな事実ではあった。
「俺は確かに殺さない。……が、それは『敵さえも殺さない』って意味だってことは解ってくれてるか?」
 恐らくはこれからも長く続くだろう貴族の苦悩の原因を、黒羽では決して取り除いてやれぬのだ。貴族を殺させぬことくらいはしてやれたとしても、その先がない――こうなった原因についてまだ詳しい話を聞いてはおらぬが、田舎の小領主とはいえいち貴族を怯えさせるほどの恨みを買ったとあれば、必要なのは守ることでなく、攻めて“元を断つ”ことのほうだろう。
 なのに依頼人の口ぶりと来たら、まるで攻める道など諦めてしまっていたように聞こえた。使用人たちが少なからず行き来して、細かに手入れの行き届いた庭園も、調度品が整ったバランスで配置され、不自然な詰め直しの跡の見当たらぬ室内も、彼が特段没落したというわけでなく、十分な財産を有していることを示す……解決の術が必要ならば、他にも幾らでも雇える人間はあっただろうに。
「どうして俺だけなんだ?」
「それは貴方様が、『決して誰も殺せぬ』からなのです」
 テーブルに肘を突いて頭を抱える貴族に代わって答えたのは、後ろに控えていた使用人だった。
「無論私どもも、手をこまねいていたわけではございません……しかし、ある時事態解決のために雇った冒険者の中に、裏切って主人を殺そうとした者がおったのです。それ以来主人は護衛さえ近くに置くことさえ恐れ、眠れぬ夜を過ごしております……どうかお気を悪くなさらないでください、主人はハイ・ルールを定めるローレットの方々にさえ安心しきれず、たとえ裏切ることがあろうとも決して主人を害することだけはない、貴方様にだからこそ依頼できるのです」

●真夜中の襲撃者
 そうまで拝み倒されてしまっては、この依頼は黒羽にとって、断るわけにはゆかないものになっていた。拒否すれば依頼人は別の護衛をつけることさえできず、いつしか必ずや殺されてしまう。それを解って依頼を断れば、黒羽が彼を殺したも同然であろう……不殺の――『遍くモノに幸あれ』の信念は、その事実に気づいてしまわぬほど鈍くない。
 ひとまずは貴族が落ち着いて、ローレットに依頼を出せる心境になってくれるまで。そんな繋ぎとしての条件で受けた依頼は、最初のうちは実のところ、さほど悪くなかったとすら言ってよかった。確かに、幾度かは何者かの襲撃を受けることもあったが、その度に黒羽の闘気が絡みつき、その企てを無に帰す。相変わらず黒羽は襲撃者らを殺さなかったが……所詮は金で雇われた輩など、その程度に懲らしめてやっただけでも十分だ。

 が……そうして迎えた月のない夜。屋敷じゅうに張り巡らせた黒羽の意識が、不意に外から来た何かに触れた。
(性懲りもねえ)
 心の中で悪態を吐いて、のっそりと窓際にて立ち上がる。依頼人が怯えて掲げさせた照明の中に、不意にひとつの人影がよぎる。
 直後……圧迫するような膨れ上がる黒。それが自分の力と近しいものであることに、黒羽はすぐに気がついた。
 眠る依頼人を叩き起こして、いつでも庇える体勢を作る。2階にあるはずの窓が蹴破られたのはその直後のことで……即座に黒羽の闘気も黄金色を纏う!
「銀城黒羽……やっぱり間違いなかったか」
 闖入者の声に黒羽は聞き覚えがあるような気がしたが、その正体を探っている余裕はなさそうだった。
 襲撃者の纏う黒。凝縮された闘気は竜人を思わせる全身鎧となって、今にも黒羽に喰らいつかんとす。それでいて――その身動きは暗殺術のそれ。真っ直ぐに伸ばされたはずの鋭い手刀は……気づけば変幻自在に軌道を変えて、避けたはずの黒羽の肩口にあっさりと突き刺さる!
「ぐぁッ……!?」
 膝から崩れ落ちそうになり……辛うじて黒羽は耐え切った。黒羽の纏鎧の闘気法を破るとは――いや、思えばそれも当然のことだろう。纏う色こそ違えども、暗殺者の鎧もまた纏鎧の闘気。“破られた”のは暗殺者とて同じだったに違いない……さもなくば暗殺者の一撃は、黒羽を違わず昏倒に導いていただろうから。
 流石は銀城黒羽といったところかと、黒の鎧は驚いたような声を上げた。だが……驚いたのもそこまでだ。弱い――それで何が守れるものかと暗殺者。それから……すぐさま次なる手。
「どうやら記憶を失っているっていうのは本当のようだ。そうでなければこの程度の攻撃、容易くあしらえていただろうからな」
 半ば屈んだ形になった黒羽を、暗殺者は今度は膝に纏った闘気で蹴り上げた。それを絡み取らんとする黒羽の闘気……けれども暗殺者の鎧闘気は瞳に赤い憎悪を燃やし、力の限り壁際まで黒羽を跳ね飛ばす!
「巫山戯るなよ、銀城黒羽! 本当に誰も傷つけずに済ますつもりか! あれだけ人を殺して殺して殺し続けた癖に、今更いい子ちゃんにでもなった気か!!」
 暗殺者の声が荒げられ、ベッドの上の貴族がひっと悲鳴を上げる。ぎろり……その声を耳聡く捉え、暗殺者が貴族に目を遣った。
「ど……どういうことだ……ぎ、銀城黒羽……」
 貴族が搾り出した言葉を捻じ伏せんとするように、喉元へと伸びる黒い腕。やめろ……再び力を取り戻し、黒へと伸びる黄金の闘気は、しかし暗殺者がひとつ吼えると同時、全身から放たれた黒に迎え撃たれて爆ぜる!
「本当に、俺は失望してるんだ……アンタは、俺があんなにも憎んだ“銀城黒羽”とはまるで大違いなんだからよ」
 そのまま腕を暗殺者が持ち上げたなら、顎だけで体を支える羽目になった貴族は、苦しんで両脚をばたつかせた。どうして、貴方がついていたのに――非難がましい眼差しが黒羽に向けられる。はははと暗殺者は声を上げて嗤う。
「どれほど人並みの幸せを求めたところで、罪が消えることはない――そんなこと、アンタだって重々承知してただろうに! アンタが殺さなかった相手が、その後どこで何をした? アンタは傷つけなかったかもしれないが、アンタが受けた依頼はどういうものだった? アンタは結局は殺人者でしかない……違うと言うならアンタに助けを求めているこの依頼人くらい、守ってみせられるんだろう?」
 暗殺者の指先に力が入った。黒羽は怒りで立ち上がり、それを止めんと飛び掛かる――暗殺者はちょうど“持っているもの”を盾にして……ゴキ、と鈍い音が鳴る。

 黒羽しか頼れる者のいなかった貴族の口が泡を吹き、黒羽を責め立てていた眼が白目を剥いた。暗殺者は面白そうに囁いてみせる。
「あーあ。またアンタは“殺し”ちまった」
 はっとして動きを止めた黒羽の頭部へと、暗殺者の手刀は差し向けられた。失意の中の黒羽は避け……られるはずもない。辛うじて急所こそ外させたものの、手刀はあっさりと右目に深々と刺さった。
「ここまでの暗殺者を全て生かして帰したせいで、俺の顧客クライアントはそこに銀城黒羽がいると知った。
 顧客《クライアント》の伝手の中にはちょうど銀城黒羽を恨む俺がいて――ま、こいつは単なる偶然だが――、アンタを倒すために俺が雇われた。
 そして今だ――アンタは俺がコイツを殺そうとしてるの見て焦り、俺にコイツを盾にされた――結果、自らその“盾”にぶつかってゆき、自らの手でトドメを刺した。
 何もかも、“銀城黒羽の選択”が招いたことだ。“俺が殺した”んじゃない、“銀城黒羽の不殺”が招いた結果じゃないか。違うか……?」

●“銀城黒羽”の“死”
 指を折り曲げて黒羽の右目をくり貫くと、暗殺者はほとんど力を失いかけた黒羽の肉体を、再び壁際へと放り投げてやった。誰ひとりとして殺させやしない――そのためになら何度でも立ち上がった肉体は、再び奮い立つための目的を失った今、思うようになど動いてはくれぬ。
 闘気が次第に掻き消えてゆく。黒羽の纏っていた黄金は、今やどこにも残っていない。
 暗殺者もどっかりとベッドに腰掛けて、暗黒の闘気を解いてみせた。中からはフードつきのローブを纏った姿が現れて……ぐいと黒羽に顔を近づける。

「アンタは――俺、か……?」
 その顔を見て黒羽は驚かざるを得なかった。黒羽が今しがた失ったばかりの右目がちゃんとあることと、その表情が蔑むように歪んでいることを除いたならば、それは黒羽に瓜二つの顔だったからだ。声に覚えがあるのも当然のことだ……そういえば、自分の聞く声と他人が聞く声は響き方が異なるため違って聞こえるんだったっけ――暗殺者の声はまさにそれだ。彼の声は録音した黒羽自身の声を、そのまま聞かされた時のものだったわけだ!
「アンタなんかと一緒にするな!」
 暗殺者は激高して黒羽を蹴りつけた。
「確かに俺はアンタを知ってるさ。俺はアンタの記憶から生み出されたんだからな――ああ、本来俺のものでも何でもない殺し屋の記憶が、俺を罪の意識で責め苛みやがる――その癖、自分ばかりはその罪を忘れただって? 本当に巫山戯やがって……だったら、俺が思い出させてやるさ!」
 暗殺者はそれから幾度も、黒羽を殴り、蹴り、罵声を浴びせる。ああ、そうだろう――きっとコイツの言っていることは本当なのだと、黒羽はどうにも納得させられてしまう。
「ああ――思い出したいさ。アンタが何者か俺は知らないが……さぞかし俺はアンタに恨まれてたんだろうさ」
 が……もう一度腹を蹴ろうとした暗殺者の足を両腕で抱えた。それから暗殺者を振り回し、全身を床へと叩きつけてやる!
「ほら見ろ、銀城黒羽! アンタだって俺が憎いんだろう! 他人を傷つけないんじゃあなかったのか!」
 暗殺者が勝ち誇った。
「アンタが俺を恨むだけなら好きにすればいい……だが、アンタは無関係な人間まで巻き込んだ!」
 黒羽はそのまま立ち上がり……再び闘気を身に纏う。
(この色は……奴と同じ、黒か……?)
 その色を纏っている間、黒羽にはどういう訳か目の前の人物を傷つけることに、一切の躊躇を必要としないのだった。きっと、それが本来の黒羽の闘気の色だったのだろう……本能的に直感する。黒の闘気に時折白が混ざって、黒が薄まった結果が金色だったのだ。
『私の闘気が移っちゃったんだね。ごめんね、黒羽君……』
 あの時の女の言葉の意味が解った。この幾らでも人を傷つけることを厭わぬ闘気を、彼女は自身の闘気で抑えてくれていたわけだ。
 驚いたような顔をして、それから再び憎悪を露にしてみせた暗殺者。彼もまた再び黒を全身より放つ。触れるもの全てを滅ぼさんとする、濃厚な死の気配――そうだ、これこそが本当の“銀城黒羽”に違いなかった。今の不殺の守りのオーラは、彼女の慈愛あってこそ。
 ……だとすれば。

 今まで自分が『銀城黒羽の性質』だと思っていたものは果たして何だったのか? 俺は、どちらに従えばいいのだろうか……?

 ふと、一抹の心細さがよぎった瞬間――不意に、破られた窓のところに、新たな紅い影が姿を現した。
「いやァ、これは興味深い現象を観測させて貰った――」

●パラドクスとクリア
 血に染まったかの如き色のコートをはためかせて佇む男の口許は、どこか不安定に引き攣っていた。
 悪意ある観察者。邪悪なる傍観者。そんな男はまるで愉しげに、好き放題お喋りの限りを尽くしてくれる。
「おやおや。妙な闘気の反応を検知したから来てみたら……まさかあの銀城黒羽が、信念を忘れてクリアを殴りつけているとはねぇ……?」
「邪魔するのかパラドクス」
 この男を暗殺者は知っているようで抗議していたが、パラドクスと呼ばれた男のお喋りは止まらない。
「勿論、君がこの男に抱いている感情は知っているともクリア。しかし、君ね……いつも言っているだろう、わざわざこんな男など相手にしなくとも、君のほうがよっぽど素晴らしい!」
 見たまえよ、とパラドクスは黒羽を睨めつけた。
「アレが、君が憎むに足るような人間だったかね? 不殺の信念などという下らぬものを貫こうとしていたかと思えば、ほうれ、こうしてそれすらも容易くかなぐり捨てた男じゃないか……僕の制止すら聞かずに飛び出したほどの君――願わくばもう少しばかり冷静でいて貰いたいものだが――とは格が違う!」

 そうか、俺は信念すらも失ってしまったのか――糸が切れたように再び闘気を失って、壁際にうずくまってしまった黒羽を一度足蹴にし、パラドクスはこんな奴ら――特異運命座標イレギュラーズなんぞに世界が救えるものかと吐き捨てる。
「行こうじゃないか、クリア。今の戦いを通じて僕は、君をもっと“君らしく”してやることができそうだよ」
 その後はパラドクスがすっかり黒羽のことなど眼中に入れなくなっていたのに気づくと、クリアもまたひとたびの激情を忘れ、静かにパラドクスに付き従った。
「本当に、ああはなりたくないものだね……ちょっとでも裏を調べれば、ここの領主が魔種と通じて便宜を図っていたことくらいは判っただろうに。領主とて意図してではなかったかもしれないが、善管注意義務の不履行というやつだよ……世界を滅びから救うなどと標榜する特異運命座標イレギュラーズがそんなことにも気づかない体たらくだとあれば、やっぱり僕の研究は急がれねばならない……」
 パラドクスの吐き続けていたそうした愚痴が、どこまで黒羽の耳に届いたのかは判らなかった。何故なら黒羽の全身はすっかり疲れ果てて重みを増し、深海のように深いところへと彼を誘っていたからだ……。

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