PandoraPartyProject

SS詳細

ダメゼッタイ

登場人物一覧

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!


 やらずに後悔するよりも、やってから後悔をするべきだと、先輩風を吹かせた誰かが言っていたが、恐らく、こういうことではなかったのだと思う。
 きっかけは、本当にただの興味本位だった。生きてきて良いことばかりだったと豪語できるほど馬鹿者ではないし、かといって、滅茶苦茶に破滅してしまえと、落ちるところまで落ちたのだとやけっぱちになるほど沈んでもいない。
 そこそこ。そこそこだ。おいおい目線を合わすなよ、盗っちまうぞ。
 ともかく、興味本位だったんだ。興味本位で、薬に手を出した。
 この場合の薬ってのはほら、わかるだろ? こういうのは明らかな言葉にはしないものなんだよ。クスリとか、ヤクとか、そういうことだ。
 それがどういうことなのか、分かっていなかったわけじゃない。そいつに手を出して、帰ってこなかった連中なら何人も知っていた。いや、やっぱり分かっていなかったんだろうな。
 一回だけ。一回だけなら良いんじゃないかって思ったんだよ。たぶん、そうだ、帰ってこなかった連中も、そう思ったんだろうさ。
 そりゃ慎重にやったさ。拐った商品を漬けすぎて売れなくしちまった馬鹿も知ってたしな。ヤリ過ぎは一発でアウト。俺はアッチから帰ってこれなくて、その辺で三軒目後のガキがこさえたシチューみたいになっちまうし、売り屋はせっかくの新規顧客をお得意さんにできなくて、一回こっきりの端金で終わるってわけだ。まあ、後者の方は儲けさせるつもりもないけどよ。
 だけど、だけどだ、結果からいうとヤッちまったわけだ。いいぜ、笑ってくれよ。口からシチュー出したガキより俺が馬鹿だった話をよ。
 ほら、俺ぁゴブリンだろう? 人間サマがラリるだけの薬ってのは、緑の子鬼には、ちいと多過ぎたのさ。


 何もないのに、潰されているような錯覚を知っているだろうか。
 首を絞められてはいない。手足も自由だ。誰かが馬乗りになっているわけじゃあない。
 それでも、ゆっくりと潰されていく。ぺちゃりべちゃりと薄く消えてなくなるまで潰されていく。そんな錯覚を、味わったことがあるだろうか。
 自然と呼吸が荒くなる。脂汗をかいている。自分を抱きしめても寒気が止まらない。漠然と、死ぬよりも恐ろしい何かに囚われている。監視されている。見られている。見られている。見られている。
 見られている。
 振り向いて、そいつと目が合う。違う。そこには誰もいない。誰もいない。誰もいない。影から誰もこちらを覗き込んではいない。壁一面に走る百足だって、俺のことなんざ見ちゃいない。
「いいや、目があったね」
 ぶつぶつのイボのようなものが無数に生えた百足は言う。
「また会ったね」
 だからそいつに挨拶をする。顔を近づけて、眼と眼が合うように。百足をつまみ上げ(そうしたら他の百足も腕にまとわりついてきた)、眼に触れるほど近くで見つめてやる(腕をつたい、首を這い、口の中へ入ってくる)。そのイボは全て眼球だ。百足の表面に、小さな眼球が無数に生えているんだ。
 そいつはにたりと笑ったので(皮膚表面に残った百足が、俺の肌を食い破る。穴を開ける。中に入ってくる)、俺は泣きそうになりながら、そいつに謝った。
 許して欲しい。許して欲しい。こんなにも辛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。こんなにも謝ってるのに、こんなにも謝っているのに。
 体が痒い。だというのに、掻いても掻いても治まらない。皮膚の中に入った百足が、俺の肉を齧るからだ。口から中へ入った百足が、俺の肉を啜るからだ。
 突然、気味が悪くなってきた。さっきまであんなにも仲が良かったのに、もう気持ち悪くてたまらない。さっきっていつだろう。俺はいつ、百足と仲が良かったのだろう。
 肩の皮膚が痒くて、痒くて、掻き毟り過ぎたので、そこで蠢いていたやつが顔を出した。顔を出したそばから掻き毟ったので、ぐぢゅりという音を立てて潰れた。潰れて緑色の何かを出しながら、痙攣するものだから、面白くなって、そいつも摘み上げた。
 顔の前に持ってきた。潰れた顔を見てやろうと思ったのだ。なんならば、食ってやろうとも思ったのだ。
 顔の前に持ってきて、そいつの顔が自分の顔だと気づいた。百足の顔。緑色の子鬼が潰れてそこにいた。鼻も目も口も耳も何もかも、大きな指で引っ掻いたように潰れていた。
 そいつは俺だった。俺は百足だった。俺はかさかさと動き始める。体中に無数にある、手足と眼球を懸命に動かして、かさかさと動き始めた。
 俺もだ。俺も仲間に入れてほしいのだ。俺も壁を這い、それに追随する。じゃわじゃわと、じゃわじゃわと集団になっている。それが落ち着く。俺もついに仲間になったのだと落ち着いている。
 不意に、摘み上げられた。そこには一匹の子鬼がいた。緑色をして、今にも吐きそうな、押しつぶされそうな顔をしていたので、「また会ったね」と言ってやった。
 そいつが顔を近づけて、眼球に触れるほどになるものだから、そいつの水晶体を食いちぎって、中に入ってやった。
 そいつの笑い声が耳に響く。ずっとずっと笑っている。ずっとずっと笑っていやがる。
 視神経を食い進み、脳に達した。ひときわ柔らかい肉。食いでがあったので、かさかさと動きながらかぶりついていった。
 脳とは不思議なものだ。生命の中で、これだけが自分でありながら、自分とは別に動いている。自分の中心であると知っているのに、自分では知らないことだらけだ。
 脳の奥の知らない部屋にたどり着く。開けてみると星々が広がっていた。紫色の宇宙が広がり、そこではゆっくりと魚が泳いでいた。魚は星に近づくと丸呑みにしていく。その度に脳の持ち主がけたけたと笑った。けたけたと、けたけたと笑った。
 なんともやかましい。どうしてそんなに笑うのか。笑っているこれは、自分だった。
 俺は脳の中で自分の星を魚に食べられている。その度に痛くて、寒くて、苦しいのに、口だけが笑っている。けたけたと喧しく笑い転げている。
 星が消えていく。もうわかっていた。それが自分という存在で、魚が薬なのだ。脳みそが食われている。俺が俺でなくなる。俺は子鬼でも百足でもなくなる。最後の星が魚に咥えられ、途端に漠然とした恐怖感だけが広がった。
 押し潰されそうな錯覚。
 何もないのに、漠然とした不安感が伸し掛かる。
 己を抱いても、ちっとも寒気が治まらない。
 痒い肌を掻こうとして、魚が星を齧ると、俺の意識は真っ黒になった。


 ……。
 ああ、意味がわからないって顔してるな。そりゃそうだろ、俺だってわからねえよ。
 とにかく、俺は気がついたら知らねえ街の、知らねえ港で、知らねえ樽の中にいたんだ。どうやってそこに行き着いたかなんて知らねえよ。
 怖くなって樽から這い出してさ、がたんと間抜けに転んじまって、そうしたら目の前を百足がすすっと通っていってさ。
 いやもう、なんだか分からねえが吐いたね。胃の中で混ざり合ってシチューになったやつをさ。百足がどうなったって? 知らねえよ。見てもいねえ。
 とにかくだ、薬はやめろ。な? 良いことねえって。ほんとに。いやマジで。

  • ダメゼッタイ完了
  • GM名yakigote
  • 種別SS
  • 納品日2020年06月02日
  • ・キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244

PAGETOPPAGEBOTTOM