PandoraPartyProject

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4月_日

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ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド


 地面が窓ガラスのように割れて砕けた錯覚とともに、落ちていく。深く、深く落ちていく。
 口を開けば、ごぽりと泡が漏れていく。水の中にいるというのに、息苦しさはまるで感じない。赤い赤い水の中。もうこの光景にも慣れ始めていた。
 そうであるためか、心に余裕ができたのだろう。どうして自分がここに呼ばれるのか、どうして自分がここに来なければならないのか、そんなことを考え始めていた。
「きっと、無関係じゃあないんだろうな」
 ここに来るきっかけは何なのか。自分の事と照らし合わせてみれば、その解答は明白であると言える。
 見上げた花の色がどうであったかは覚えていない。それよりも、その後が衝撃的過ぎたのだ。思い出して、ちょっと恥ずかしくなって、両手で顔を覆った。誰に見られているわけでもないのに。いいや、見られてはいるのか。
「……青春はあとにしてくれる? いや、無関係でもないけどさ」
 呆れたような色の声をかけられた。
 いつの間にか、水の中ではなく、地に足をつけている。
 こうやって、ここに来るのも何度目だろうか。
 そして、こいつに話しかけられるのも何度目だろうか。
 自分と同じような見た目の、そいつ。自分の呪い。何度か戦って、何度か切り合って。敵対、しているのだろうか。何度も負けて、その度に殺されても、大きな傷を負わされてすらいないというのに。
 だが、なんというか、今日は少し様子が違うようだった。数多く、戦いの場に身をおいてきた者特有の、勘のようなものだ。警告では済ませられない何か。悲壮感のようなものを纏わせていた。
「ああ、とうとうここまで。告白され、周りの干渉もあって恋愛を自覚したか……」
 目頭を抑えて、ため息をつくそいつ。その言葉で、今までのことにようやっと合点がいった。
 そうならないようにと、こいつは警告をしていたのだ。だというのに、自分はなんと鈍感なのだろう。何が「なんで俺を誘ったんだ」だ。女の子が何度も二人きりででかけようと誘ってくれる。それを自分は何だと思っていたというのだろう。
 それでも、言葉にされるまで、明確な行動で示されるまで、気づくこと、が……行動のあたりで思い返して恥ずかしくなった。
 顔を覆って再びしゃがみ込む。ちょっと待って、と呪いに向けて手のひらを突き出して意思表示をしながら。
 深呼吸深呼吸。すーはー。すーはー。
「…………だから、そういうのはあとにしてくれるかい?」
「ああ、うん、ごめん。げふんげふん。あの、なんだ―――やっぱり、呪いの影響なのか?」
 サイズは無理やり空気を戻すべく、気になっていた質問をすることにした。半眼で睨んでくる呪いのことは黙殺しよう。このままの雰囲気が進めば自爆しかない気がする。
 これまで気になっていたわけではない。不意に、思いついたのだ。あまりにも気づかないのは、鈍感で仕方がなかったのは、呪いの影響ではないのだろうかと。心の機微に疎いわけではない。特定条件下でのみ発生する事象は、それそのものに原因があると考えるほうが自然である。
「自分自身の呪いに言うのはなんだが、お前は悪いやつではないよな? 目的は平穏で一致しているはずだよな?」
 もう一度、先程よりも大きくため息をついた呪い。
 そして、空気が一気に冷え込んだ。
「……最悪の状況だよ。平穏の道も、最早望みが薄い」
 剣を抜く。その刀身にも魔術が強く込められているのか、既に霜が張り始めていた。
「今回は本気で行かせてもらうよ」
「くそ、結局こうなるのか……!!」
 自身でもある大鎌を構え、突撃してくる呪いの刺突を防ごうとしたところで、ベクトルが急激に後ろへと向けられた。
 首が絞まっている。喉を引っ掻けば、糸のようなものが自分に巻き付いていた。
「――――ッッ!!?」
 鎌の矛先を変え、糸の切断を試みる。どうしてか、その糸を切る直前にわずかな躊躇いが心に生まれたが、切らなければ自分の首が飛ぶことだろう。切断し、ほっと一息ついたのもつかの間、二方向から襲いくる術式の乱打に否応なくさらされ、膝をついていた。
 顔を上げると、呪いの隣に、ゴシック趣味な人形が見える。黒い糸で繋がれ、マリオネットさながらの動きで自分を襲うそいつに、サイズはどこか見覚えがあった。
 善戦は、したように思う。少なくとも、これまでよりも遥かに戦えるようにはなっていた。
「自覚した影響かな、動けるようになっている。精神の強さが発揮されている結果だね。恋の影響で強くなるってのが少しこっ恥ずかしいけどさ……でも迷いがあるなら、まだまだだ!」
 二体を相手に、勝てる手段はない。細剣を防げば魔力による弾幕に晒され、それから逃げようにもいつの間にか足元を氷漬けにされている。
 コンビネーション。チームワーク。多人数による連携は有効的であることをサイズもしっていたが、それを自分がやられるとこうも厄介か。
 やはりひとりでは敵う道理もなく、数合の打ち合いの後、鎌を杖代わりに、肩で荒く息をしているのは、やはりサイズの方だった。
 眼前に突きつけられる細剣。避ける力は残っていない。振り払う余力さえない。それを突き刺されれば、自分の命はないだろう。ここで死ぬということが、どういう結果になるのかわからないが。
「…………なあ、平穏の道と、恋愛っていうのは、両立できないものなのか?」
 今まさに自分に剣を向けている相手に、呑気なことをいうものだと自分でも思う。これが命乞いであるのなら、下手を通り越して滑稽極まりないだろう。
「……記憶規制のせいかい? よくそんな、脳天気なことが言えるもんだ。世界は何時だって、理不尽なんだよ」
「記憶、規制」
 その言葉には聞き覚えがあった。先程切った糸と、見覚えのある人形。どちらも規制されているというのなら、自分の記憶は何が欠けてしまっているのだろう。
「なあ、これからどうするんだ? まだよくわかっていないけど、お前がこれまでくれた警告はうまく行かなかったんだろう? じゃあ、俺を乗っ取るのか?」
「それも、考えなくもなかったさ。だけどね」
 そこで、呪いは長い長いため息をつく。今回は本当にため息の多いやつだ。苦労をしているんだろうな。あんまりストレスを抱えると、髪に悪いんだぞ。
「うん、誰のせいだよ……どうしよう、詰んでるよなぁ。えー、もう外堀も埋まっている感じだし。どうすんの、僕が代わりにこっぴどく……いやいや、そんなことしたら相手にも周りにも良くないって。自分の信頼ごと落としてどうするのさ。じゃあ受け入れる? いやいやいやいや、それでうまくいく保障がないから僕がこうやって――」
 どうしよう、なんか本格的に悩み始めてしまった。
「よーし、一回落ち着こう。考えを整理するんだ。僕の目的は周りに恋愛とかラブとか甘酸っぱいとかそういう空気は全然ないですよねサイズ君とか思わせておいて、かつき、き、キスのことは、ああもう僕が恥ずかしがってどうするんだ。とにかくそのへんもうまいこと穏便に、穏便に、嗚呼ダメだ。何にも思い浮かばないから表現がアバウトになってきた」
 今ならこの剣ものけて、現実の方に帰れそうな気もする。でもだめだろうなー。流石にほっぽって帰っちゃうとか後味悪いしなー。何より戻ったってまた後で呼ばれそうだし。何だよこいつ面倒くさい先輩かよ。
「……何のために俺を呼んだんだよ。俺の知らないことを知ってるんだろうけど、理解ができない」
「うん、僕もちょっとわからなくなってきたとこ。と、ともかくだ……今回はここまで。力の、様子見。うん、それ」
「その割に本気だったような……」
「うるさい、いいから、帰れ。嗚呼ダメこのまま帰しても不味そうな、嗚呼、やっちゃった」
 どぽんと、また身体が水の中に沈む。
 息苦しくはなく、冷たくもなく、どこか懐かしく、ホッとするような、そんな水の中に沈む。
 暗い暗い闇の中に落ちていきながら、その奥に光り輝く向こう側があるのを理解している。
 戻れる。また会える。誰に? いや、ああ、そうか。


 目を覚ますと、ブルーシートの上に横たわっていた。
 太陽の傾きからして、まだ夕刻前といったところだろうか。
 いつもはベッドの上で目が覚めるのに、どうしてこんなところで。
 そう思ったところで、答えに行き着いた。ああそうだ、自分はあのままあっちに行ってしまったのだ。
 逆白雪姫。そんな冗句を浮かべながら、考えを整理する。
 呪いが何を考えて行動しているのか、それは不明なままだ。恋とはなんだろう。それがどうしていけないのだろう。呪いとはなんなのだろう。それを制御できる時はくるのだろうか。
 答えは出ない。もうほとんど終盤まで来ているのに、最後のピースが見つからないせいでパズルの全体像が見えない。そんな感じだ。そのせいで、どこが出口かわからなくなっている。
 まあいい、これで終わりじゃあない。きっといつか、また向こうに行くことだろう。
 さしあたって、とりあえずはだ。
 このブルーシートが紫に見えるような血染めの状況を、自分の事を心配げな表情で見つめているこの人にどう説明したものかと、そんなことを考えていた。
「…………寝癖が、ひどくて」
 我ながら、この答えはないなと思いつつ。
 季節は、また巡る。

  • 4月_日完了
  • GM名yakigote
  • 種別SS
  • 納品日2020年05月31日
  • ・ツリー・ロド(p3p000319

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