SS詳細
紫電のソキウス
登場人物一覧
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ギィン、と槍と怪鳥の嘴が打ち合う。
ギャァウ。
「心配せずとも大丈夫だ。アルペストゥス」
アルペストゥス (p3p000029)は背に乗せたベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)に向かい、心配そうに振り向く。
彼ら一人と一匹が請けた仕事は、とある村を襲う巨大な怪鳥を退治することだ。
曰く、北の山脈から降りてきて、農作物を荒らすという。
それだけならまだよかった。人間たちが自らに敵わぬと学習してからは行動が大胆に変わってきた。
放牧中の牧畜を鋭い爪でつかみ巣に持ち去り捕食するようになり、村の被害は深刻なものになっていく。
このままでは人間にすら被害を与えるのではないかと村人たちは戦々恐々としてローレットに依頼を出したのだ。
まずはと、現地に入ったベネディクトは、相棒の竜であるアルペストゥスの背に乗り、探索をはじめて数刻、それは突然の風切音と共に現れた。
縄張りを侵されたと思ったのだろう。鋭い速さで怪鳥が攻撃を仕掛けてきたのだ。
その大きさはおおよそアルペストゥスの2倍である6mほどの巨体。
「思ったより、大きいな」
凶暴な猛禽の目を有する怪鳥は敵意をもってベネディクトたちを睨みつける。分厚い羽毛は随分と硬そうに見える。
生半可な攻撃では傷すらつかないだろう。
ギャアウ。
アルペストゥスが短く鳴いて、飛び上がった怪鳥が空を駆けるように滑空して狙いを定めたことに気づきベネディクトに警告した。
「ああ、わかっている」
ベネディクトの片手はアルペストゥスの鋭角な角を掴み、反対の手に槍を構える。
ギャアウ?
アルペストゥスが行くか? と尋ねれば、ベネディクトは頷く。
ギャアアアウ!
おちるなよと言わんばかりに若き神竜は一声吠えると、怪鳥に向かって翼をはためかせた。
風を切るように空中を舞うアルペストゥスの姿はまさに頂点捕食者そのものだ。
たかだか巨きいだけの鳥風情に負ける謂われはない。
ギィン、ギィンと硬い音をあげ、槍と嘴が何合も打ち合わされる。
怪鳥から打ち出される鋭利な羽がベネディクトの頬をかすめた。
ギャアウッ!
「心配はいらない。かすり傷だ、それよりももう少し早く回り込めるか?」
相棒の要請に、アルペストゥスは頷いた。
大気の流れを読み、神竜は風と一体になる。
「っ!」
ベネディクトは強くアルペストゥスの角を握り落とされまいとしがみつく。
ギャアアアアウ! グルルルッ!
怪鳥より早く翔び、背中側に回り込む。
『キシャアアアアッ!』
回り込まれた怪鳥が奇声をあげて縦方向に旋回する。厄介なのは竜の背にのる人間と怪鳥は認識したのだろう。
怪鳥はその回転をも利用して、至近距離にまで近づいたベネディクトを狙い鋭い鉤爪のついた足で、アルペストゥスから蹴落とす。
油断はしていなかった。気づいていたのに、怪鳥の足の筋力によって、無理やり蹴落とされたのだ。
「……ッッッ! くそっ!」
地上からはおおよそ20m程度だろうか。流石にイレギュラーズといえど、この高さから落下したらただではすまない。下手をすれば命を失うことになるだろう。ベネディクトは目を閉じる。
ギャアアアアアウ!!!!!
ひときわ高い声で鳴いたアルペストゥスは相棒の――いや友の命を救おうと地面に向かって滑空していく。
その隙を見逃す怪鳥ではない。執拗に羽を飛ばし、アルペストゥスの鱗を切り裂いた。
グルルルルッ
しかしアルペストゥスにとってはそんな傷などどうでも良かった。
「俺のことはいいんだ!」
ベネディクトは心優しい青年だ。友が傷つく姿をみるのは嫌だった。そもそも自分の油断が起こしたこのミスなのだ。
それでも、アルペストゥスは諦めない。傷つきながら少しでも早くと、落下するような形で飛ぶ。
彼とて少し間違えれば地面に墜落しかねないほどの無茶な飛行だ。
「――ツッ!」
アルペストゥスの背に重さが戻る。だがここからが本番だ。失ったバランスを取り戻すように慎重に上昇気流を読む。
ギャアウ!
動くな、とアルペストゥスは叫び地面スレスレといっても過言ないほどの高さで旋回しなおし、空に舞い上がる。
ギャウギャウ!!
非難するようなアルペストゥスの声。それは一瞬でも諦めたベネディクトへの非難だ。
「……すまない。アルペストゥス」
グルルルルッ!
そうじゃない、言うべきことは他にあるだろうと、アルペストゥスは唸る。
「そうだな、ありがとう、助かった、アルペストゥス」
言ってベネディクトは彼の背を撫でた。美しい白磁の鱗には生々しい傷跡。
「いけるか? アルペストゥス」
ギャアアウ! ギャウ!
もちろんだと言わんがばかりにアルペストゥスは答えた。
「アレを、するぞ」
ギャウ。
アレ、の一言で竜は背にのせた相棒がやりたいことがすぐに理解できた。
「少し時間稼ぎできるな?」
ギャウギャウ!
怪鳥の攻撃をいなしながら、アルペストゥスは頷き、牽制の雷撃を鼻先の水晶の角から放出する。
ベネディクトは力をためていく。自らの奥底に眠る黒狼のちから。
生まれに起因するそれは、ベネディクトにとっては忌むべき力だ。その力を持つがゆえに青年は何度も殺されかけた。
その中で生まれた必殺の武技。
「今だ!」
アルペストゥスにベネディクトは短く合図を送る。
アルペストゥスは大きく息を吸い込み、怪鳥を射程に捉えた。
「いけぇええ!!」
ギャアアアアアアアウ!!
アルペストゥスが大きく開いた口から紫電のブレスが吹き出される。
オオオオオォオオン!!
そのブレスを切り裂く狼の遠吠えのような呻り。
怪鳥は防御姿勢を取るが、
竜の紫電のブレスを纏ったその槍は怪鳥の真芯を貫通する。
オオオオオオウ!!
悲鳴をあげ、怪鳥は為すすべもなく地面へと落下していく。
「ハァッ、ハァッ」
その投擲術は命をも削る。ベネディクトは荒い息でアルペストゥスの角に捕まる。
ギャアウ?
心配そうにアルペストゥスは相棒に尋ねた。
「ああ、ちょっと疲れただけだ。なんとかたおせたようだな」
ベネディクトはほっと息をつく。
満身創痍の一人と一匹。
その姿はまるで巨大なる敵を倒し終えたサーガに聞く竜騎士そのものであった。
「ありがとう! 騎士様!!! とドラゴンさん! すごい! あんなつよそうな鳥をたおしたんでしょ!
まるでお話の騎士様みたいだ! かっこいいな! 僕もなれるかな?」
村に報告に向かえば、小さな子どもが駆けてきてねぎらいの言葉をかける。
「当然のことをしたまでだ」
ベネディクトは答えるが、実は恥ずかしがっていることくらいはアルペストゥスは見抜いている。友人なのだ。当然だ。
クルルルルっ!
そんな友人がおかしくてアルペストゥスはベネディクトに頬ずりする。
「こら、アルペストゥスっ!」
見抜かれていることをごまかすようにベネディクトは相棒の名前を呼んだ。
クルルルルルルっ!
神竜はおかしそうにごきげんな声を出すのだった。