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モブから見たノースポール
登場人物一覧
●はじめに
こんにちは。世界を救う『イレギュラーズ』に密着するこの企画。
今回は美しき白羽のシマエナガ、ノースポールさんについての……。
──お、おお!?
ちょっと待ってください、あそこに居るのはノースポールさんご本人では?
凄いスピードで街角を駆け抜けていきます!
今回は趣向を変え、彼女自身をパパラッ……もとい、密着取材特別編をお送りします!
……ああ、早い! 早すぎる!
追いかけましょう! カメラマン! 急いで!
●坂の上で茶色い紙袋を抱えている、買い物帰りの主婦ハタル
昼下がり。太陽の日差し柔らかい、平和な街中。
子供たちのおやつにアップルパイを作る為、ついついリンゴを買い過ぎてしまった主婦・ハタル。
子供たちの笑顔が目に浮かぶよう──くすりと笑って、長いゆるやかな坂を歩いていく。そこに──。
「ちいっ、退けえ!」
「わっ!」
わめきながら走り去る黒ずくめの男。彼に突き飛ばされ、ハタルは尻餅をついてしまった。その拍子に、リンゴがつまった紙袋を落としてしまう。
「ああっ! あたしの買ったリンゴがあ!」
至極当然、散らばった無数のリンゴはころころと坂を駆け下りていく。
街ゆく人々が何だなんだとざわめき振り向き、転がり落ちる赤い果実の行方を視線で追う。
何してんだよ。ありゃ、もう食い物にならねえな。かわいそうに。片付け、誰がするんだ?
いろんなひそひそ話をする人々の横を、白金の風が通り過ぎていった。
──白金? 風に色など無い。
しかし、人々はそう形容した。
走り抜ける白金の風は転がり落ちるリンゴをうまくキャッチし拾い上げ、天高く空へと放り投げた。
坂を転がるリンゴを屈んで、拾い上げ、青い空へ向かって放り投げる。走りながら、屈んで掴み、また放り投げる。
自然で軽い動き。まるで曲芸だ。主婦ハタルも、通行人たちも、口を大きく開いたまま固まっていた。
白金の風の正体、ノースポールのしている事が全く理解できなかったからだ。
そして重力に従って自由落下を始めるリンゴたち。
はらはらと見守る通行人をよそに、彼女は坂の上に辿り着いた瞬間、かぶっていたベレー帽を天に掲げた。
「ほっ!」
ぼとぼとぼと──と、空から降り注ぐリンゴたちが、フードの中に収まっていく。
「ど、どうなってんだ!?」
「サーカス団の芸みたい!」
一部始終を見ていた通行人たちがにわかに騒いで、拍手で彼女をほめたたえる。
「はい、どうぞ。リンゴ、傷ついてなくてよかったですね!」
「あ、ああ! どうもありがとう。あんた、凄いんだねえ。お礼と言っちゃあなんだけれど……これ持っておいき!」
渡されたリンゴを紙袋に戻したハタルは、リンゴを二つ、彼女に差し出して握らせた。
「いいんですか? ありがとうございます!」
リンゴを上着のポケットに入れて、一礼した。
「はっ。私、急いでるんでした! すみません、失礼します!」
「ありがとうねえ~!」
手を振って、走り去る彼女を見送る通行人たち。
「それにしても……なんなんだい、さっきの男は! まったく……」
ハタルの独り言が、雑踏の中に消えた。
──ゲホッゲホッ、ハァハァ……。
その頃、インタビュアーたちは彼女に追いかける事に夢中だった。
●巨木の枝に風船を引っ掛けてしまった少女・パニール
「はあ、はあ……」
まずい。まずい。せっかく大好きな彼とのデート。
どんな服を着ようかな。楽しみだな。夜も眠れずベッドでごろごろしていたら──気付けば寝落ち。起きたら時間はぎりっぎりのギリ。やばい! 遅れる訳にはいかない!
ノースポールはおしゃれもそこそこに、全速力で走り抜ける。大好きな彼に、可愛いって思ってもらいたい!
でも、汗でドロドロは嫌だな。ああ、もう、どうすればいいの!
そんな事を考えつつも、足は前に前に。
「あ~ん!」
彼女の目の前に、ぐずぐずと泣く少女の姿。
一度は走り抜けた。
でも、彼女は頭を振った。泣いてる女の子を放っておく? そんな事出来る訳がない!
「ねえ、どうしたのかな? 迷子?」
屈みこんで、女の子に笑いかけた。
「ううん……違うの。あれ……」
ノースポールが見上げれば、巨木の枝に赤い風船が引っ掛かっていた。
「泣かないで。大丈夫、おねえちゃんが取ってきてあげるよ」
「本当?」
今までのぐずり顔が、嘘のように輝いた。
「任せて」
変化を解く。みるみる体は縮み、まるで毛玉のような真っ白いシマエナガの姿をとる。
「ピチチッ」
大木めがけて翼を広げ、風船に一直線。枝に絡んだひもをくちばしで器用にほどき、ついばむ。
「わあ!」
また羽ばたき、少女の下へ飛び立とうとする──が、想像以上に風船の浮力が強く、思うように飛べない。
(仕方ない)
するりと空中で変化を解いた。地面まで3メートルほど──。
しかしそこはうまく着地……服に泥がはねた事をおくびにも出さず、笑顔で少女に風船を渡してあげた。
「すごおい! ありがとう、おねえちゃん!」
「どういたしまして! じゃあ、私はこれで。気を付けて帰ってね!」
少女に別れを告げ、ノースポールはまた、待ち合わせ場所へ走っていく。
たとえ遅刻寸前であろうが、困っている人を見て見ぬふりなんて出来ないのだ。
──……何処に行ったんでしょうね……。あ、そこの女の子に聞いてみましょう。
体力がなく、ノースポールを見失ってしまったインタビュアーたち。
──すみません、ここにノースポールさん……ええと、白い髪の女性が来ませんでしたか?
「来たよ! おねえちゃん、あたしの風船をとってくれたの!」
──風船を? まさか人助けをして回っているんでしょうか? ええと、どちらに向かいましたか?
「あっち!」
──なるほど、噴水の方ですか。どうもありがとうございました。行きましょう!
●大金を盗んだ泥棒・モンド
「うう……間に合わないかもしれない……!」
走る。走る。走りながらずびずびと涙をすする。私のバカ! そんな後悔を胸に、走り続ける。
「邪魔だ、どけ!」
「わっ」
と──黒ずくめの男がそう叫びながら、走るノースポールの横を過ぎ去っていく。
どうやら突飛ばそうとしてきたようだが、彼女は咄嗟にそれを避けていた。
……早い。もう背中が豆粒のようだ。
「誰かー! そいつを捕まえてくれえ! どろぼ、泥棒だあ! ハァハァ、うげっ」
ノースポールの後ろで走っていた、息も絶え絶えな中年男性がすっころんだ。もう走れないとばかりに大の字になって、それだけを叫ぶ。
「泥棒!?」
一気に、人助けモードのスイッチが入った。
どうすれば彼まで追いつける? 普通では追いつかない。
考えろ、考えろ──。その間にも、男との距離は離れていく。
「──リンゴ」
せっかくのもらい物。大切な食べ物。でも、これしかない。
駆ける。その目の先に、男の背中。すう、と息を吸って、思い切り前に投擲。
「ぐえっ!?」
見事に背中に命中し、男が前につんのめって倒れた。
リンゴも割れていない。むしろ、泥棒男の背中で誇らしげにつややかに光っていた。それを拾い上げ、ついでにうつぶせに倒れた男の手首をつかんで背中に回し、ぐいと押し込む。
「いででで! 離してくれえ!」
「ハア、ハア……おお、お嬢ちゃん! 凄いじゃないか!」
そこに、先ほどの中年男性が駆け寄り感謝を述べた後、男の胸元をあさって財布を取り返した。
グッタリと倒れた泥棒男・モンドは観念したように俯いた。
「いやあ、助かった。お礼を……」
「いえ、そんな。それより、あとの事は任せてください。これでも私、ローレットなんです」
「おお、そうか! それなら、後は頼んだよ!」
──男が去っていくのを見届け、モンドを正座させるノースポール。
「どうしてあんなことを?」
「……食い扶持がなくなって、腹が減ってどうしようもなくなって、つい……」
「おなかがすいたからと言って、盗みはダメ。国でも、ローレットでも。ううん、私でもいい。誰かを頼ってください。だから、悪い事はしないで……」
「……わかったよ」
よし、と頷いて、リンゴを差し出した。
「ひとまず、これを食べて。明日、ローレットに来てください。どうにか出来るか、いっしょに探しましょう」
「あんた、何で」
「罪を憎んで人を憎まず。どうしようもない事情があるのなら、あなただって助けたい。それだけですよ」
はっとした。
「い、いま何時!?」
「え……九時五十分?」
「きゃああ~~~!! あと十分しかない!! じゃあ、明日ローレットで! 忘れないでくださいね!! じゃあ!!」
遅刻するう──!! ひいひい言いながら、ノースポールはまた恋人の下へ走る。
「……人に優しくしてもらえんの、ン年ぶりだろうなァ──」
モンドは呟いて、リンゴをかじった。すこし、塩辛い味がした。
──はあ、はあ。あのー、白い髪の女性、見ませんでしたか……。
インタビュアーが辿り着いた時には、事件が全て解決した後だった。
彼女の姿は見当たらず、仕方なく中年男性に話を伺う。
「おお、彼女か! さっき、私の財布を盗んだスリ男を捕まえてくれたのだよ。しかも彼女、お礼などいらないと。なんと謙虚な子だろう……あんな子を応援したいものだ!」
──なんと……。ぜひ、私たちも協力させてください。ノースポールさんの魅力をお伝えするために!
●最後に
「はあ、はあ……!」
待ち合わせ時間から、既に三十分も過ぎていた。
「ああああ! ごめんなさい、ごめんなさい!」
遅刻したあげく、こんな汗だくで、泥だらけで。
一番かわいい姿を、あなたに見せたかったのに。
愛する彼が、微笑んだ。
──分かってる。君の事だ、困っている人を放っておけなかったんだろうって。
遅刻した埋め合わせは、これからたっぷりしてもらうしね。そんな囁きを耳元で。
「え?」
ノースポールの顔は、真っ赤に染まっていた。