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SS詳細

武器商人とヨタカとリリコの話~スコーンとピクニック~

登場人物一覧

リリコ(p3n000096)
魔法使いの弟子
ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
楔断ちし者
武器商人(p3p001107)
闇之雲

 耐熱性の平皿へとぷとぷと生クリームを注ぎ込み、ぬるめに予熱したオーブンへイン。明日の朝にはすてきなクロテッドクリームになっているだろう。横になる前にそれを仕込み、武器商人は小鳥の部屋のドアをノックした。
「…入っていいよ…。」
 意識しているのかいないのか、すこし甘えた声音。ドアを開けると、ヨタカは明日何を着ていくかで悩んでいるようだった。ハンガーラックにずらりと並んだ衣装を、姿見の前でとっかえひっかえ、体に当てて具合を見ている。
「…どれにしようか…。…紫月とリリコとのお出かけだから、見栄えがいいものにしたい…。」
 そう語るヨタカは見るからに楽しげだ。
「小鳥の好きなのにするといいのじゃないかね。おまえは人前に出るのが本業だから身を飾るのは得意だし、我(アタシ)よりも服飾には詳しかろ?」
「…そう言わずに…。…俺は紫月に決めてほしい…。」
「なら、羽モチーフのあれなんてどうだい?」
「…そうだな…。…裏地が紫で紫月を思わせるし、うん、あれにしよう…。」
 ヨタカは満足げにクローゼットから衣装を取り出し、毛づくろいでもするように丁寧にブラッシングする。その間に武器商人はあくびをひとつ。最近は意識して体を人間側へ寄せている。そのほうが楽しみが増えるからだ。たとえば小鳥と共にベッドの中、眠りに落ちる瞬間だとか。
 武器商人はさっさとベッドへもぐりこんだ。
「…紫月、今日は俺の部屋で寝るの…?」
「稀にはよかろ?」
「…うれしいけれど…狭くないか…。…紫月の部屋のベッドのほうが広いし寝心地もいい…。」
「旅先の硬いベッドに慣れておきたいからと、わざわざ質に劣るのを注文したのは誰かね。ヒヒ」
 そう返されるとぐうの音も出ない。ヨタカはブラッシングを手早く終えると、武器商人の隣へ寝転んだ。シングルのベッドに男がひとりと性別不明がひとり。特に巨漢なわけではないけれど、さすがに狭い。しぜんと体を密着させることになる。灯りを消し、お互いにお互いを抱きしめ、寝息が聞こえるまであとすこし。

「お坊ちゃま、いらっしゃいませ! お待ちしておりましたわ。武器商人様もご機嫌麗しゅう。あらあら、そちらのかわいらしいお嬢さんはどなたですか?」
 ケリー・ヒルはにこにこ顔で3人を出迎えた。ここは海洋の片隅、ヨタカの育った別荘だ。
「…やあ、ばあや…。……この子はリリコ…。…俺の大事な人のひとりだよ…よろしくしてあげてくれ…。」
「……はじめまして」
 リリコはぺこりとお辞儀をした。頭のリボンが緊張気味にふわふわ。あまりに立派な屋敷なものだから、いまさら身分差にくらくら来たのかもしれない。
「……大きな、お屋敷ね」
「…くつろいでくれ…ばあやもそっちのほうが喜ぶ…。…ここは俺にとって巣も同然だから、リリコにも見せたかったんだ…。」
「……お招き、とっても、ありがとう」
 リリコはゆるく微笑んだ。だけどまだリボンがふわふわ。今日は情報屋ではなくひとりのおんなのこなので、見るもの聞くものすべてがダイレクトに伝わってくるのかも。ローレットに出入りしている時のリリコは意識して無表情を通している節がある。説明は必要最低限、簡潔に。なっているかはわからないが、職務に対しては子供なりに真面目に取り組んでいるのがわかる。けれど今日はひとりのおんなのこ。豪奢な調度品の数々に囲まれ、メイドたちから何くれとなく世話を焼かれれば萎縮もするだろう。
 武器商人はそう思うとソファから立ち上がった。
「キッチンを借りるよお嬢さん。おいでリリコ、いっしょにスコーンを焼こう」
「……ん」
 リリコはほっとしたように武器商人の隣へついてきた。
「…紫月、俺も…。」
「小鳥はお留守番だよ。久しぶりにばあやの話し相手になっておやり」
「…そんな…。…気遣ってくれるのはうれしいけれど、俺は紫月と一緒に居たいし…手伝いたい…。」
「小一時間もしやしないよ。それに我(アタシ)は小鳥へ食べさせるために焼くのだから、肝心の小鳥が待っていてくれないと興醒めだね」
「…わかった…。…紫月がそこまで言うなら、ばあやに近況を聞いてくるよ…。」
 ケリーがキッチンメイドを付けさせましょうかと気を利かせる。武器商人はゆっくりと首を振った。
「我(アタシ)が小鳥への想いをこめる楽しみを奪わないでおくれ」
「ほほほ、失礼いたしました。お邪魔して申し訳ありませんわ。キッチンと、そこにある物は自由に使ってくださいね」
 ケリーの了承を得た武器商人はリリコを連れてキッチンへ入った。いつものコートの代わりに白いエプロンをつけると、リリコにもメイド用のエプロンを着せてやる。
「……ひらひらしてる」
「ヒヒ、よく似合ってるよ。スコーンの作り方は知っているね?」
「……レシピを見ながらなら」
「なんだい、我(アタシ)と同じじゃないか。普段エヴァーグリーンの旦那のを食べ慣れているから、つい簡単に作れるものと思い込んでいたよ」
「……秤と計量カップも必需品だわ」
「わかるわかる。自分だけの配合を見つけるのも楽しいねぇ」
 などと会話し、武器商人はテーブルへメモ帳を広げた。手書きでプレーンスコーンの作り方が載っている。
「小鳥はねぇ、我(アタシ)が作ったものを幸せそうに食べるんだよ。あのコは舌が肥えてるはずなのにね。初めて作ったやつなんて火加減を間違えて半生だったのにねぇ。それでも”紫月が作ってくれたのがうれしい”なんてかわいいことを言ってくれるのさ」
 まだまだ「それなり」の味。それでも想いだけはしっかり込めているつもり。
「……小鳥はどんなものを好むのかしら」
「バジル入りがお好みなようだよ。香りのいいものが好きなんだろうね。まだ練習中だから作るかどうかは悩んでいるのさ」
 たぶん本人へ言ったら…紫月の香がするからだ…、なんて返ってきそうだけれど。
「……せっかくだから作ってみよう私の銀の月。今日はチョコレートも入れてみない? ココアパウダーを生地へ練り込んで」
「あァ、それはおいしそうだ。もちろん試してみる価値はある」
 さくさくと楽しげな音とともにスコーンづくりは進んでいった。作り方は家庭によって千差万別だけれど、慣れないうちは手でざっくり混ぜるのがいいとジェイルから聞いている。素人がヘラなんか使うとろくな味にならない、だまになるくらいでちょうどいい。スコーンはクリームやジャムをたっぷりつけるためのものだから、パサパサしてるくらいでいいんだそれからそれからと、激励なんだか慰めなんだかよくわからない助言をもらった。普段は舌に乗せると、とろけるような菓子ばかり作っているだけあって一家言ありすぎた。頼る相手を間違ったかもしれないと、武器商人は思い出し笑いをした。
「……楽しそうね私の銀の月」
「あァ、楽しいとも。小鳥がいてリリコがいて、その二人に供するものを作っている。これが楽しみでなくてなんだというのかね」
 焼き上がったプレーンスコーンは、普段からの練習と研究の結果いい塩梅。バジルは気持ち塩気をきかせてみた。小鳥がどう反応するか楽しみだ。チョコレートは……。
「……焼きすぎちゃった?」
「焦げてるような焦げていないような」
 半生よりはよかろうと二人はうなずきあった。妥協! ときにはそれも必要な工程だ。千里の道だって一歩ずつ歩いていかなくてはならないのだし。菓子作りに王道はないのだ。まだほっかほかな焼き立てスコーンをバスケットへ詰め、クローバーの刺繍が入った布巾で蓋をし、あと残すは?
「お茶がいるねぇ。せっかくだから我(アタシ)とリリコで飲み比べてみようか」
「……がんばる」
 ふたりは紅茶を入れ、水筒へ詰めた。準備万端。ふたりはヨタカを呼ぶために、小さな子どもみたいに廊下を駆け抜けていった。

 別荘からしばらく歩いたところにある小高い丘。
 そこまでのゆるい傾斜をみっつの影はのんびりと歩いていった。太陽は高く、今日はまだこれから。さんさんと照る光はピクニック日和。軽く汗ばんできたヨタカはコートを脱ぎ、肩へ羽織った。火照った体にひんやりした風が快い。
(…今日はいい日だな…。…紫月がいてリリコもいて…こうしてピクニックにまで行けて…なんだかまるで家族みたいだ…。)
 永劫を歩く身になった自分に子孫が残せるかは謎だけれども、真似事くらいはしていたい。眷属になるとは本来なら一切を捨て奴隷になること。そうではなく、力を与えた後はただ眷属の思うままに任せる武器商人は相当な変わり種だ。温情派なのかもしれない。
(…優しい…そうだ、紫月は優しいんだ…。)
 少なくとも俺に対しては、そう考えると心が弾んだ。隣りにいる紫月とリリコの手を取り、引き寄せて重ねた。
「どうしたんだい、小鳥」
「…こうすれば…みんなで一緒に手が繋げるだろう…?」
「……でもちょっと歩きにくいわ」
 リリコのリボンは楽しげにさやさや揺れていた。
「小鳥は先導しておくれ。今日は翼ではなくその足で。手はつないだままでね、でないと振り向いたら誰もいないかもしれないよ」
「…ああ怖い怖い…。…しっかりつかまえておかないと…。」
 ヨタカは一歩前に出ると、しっかりと武器商人とリリコの手を掴みなおした。風を切るようにぐんぐん頂上へひっぱりあげていく。丘のてっぺんまで来ると、別荘とアストラルノヴァ家の荘園が一望できた。規則正しく美しい田園風景が広がっている。今の時期は種まきに追われている頃だろうか。コメやコムギ、オオムギ、そしてワイナリー用のぶどう、それぞれが芽を出し葉を茂らせ、景色を緑で覆いつつある。
「…今年いちばんのワインができたら…飲みにおいでとばあやが言っていたよ…。」
 ヨタカはまぶしげにぶどう畑を眺め、目をしばたかせた。
「ふふふ、それは楽しみだねぇ」
 武器商人は軽く笑うと指先を鳴らした。白銀の毛皮が芝生の上に広がる。ヨタカとリリコへ座るよう促すと、武器商人はバスケットを取り出した。
「さァさ、今日のメインディッシュだよ」
 クローバーの布巾に隠されたスコーンとひと晩かけて仕込んだクロテッドクリームを取り出してやると、ヨタカは顔をぱっと輝かせた。
「…うれしいな…。…バジルにチョコレートまで……俺のためにこんなに用意してくれたのか…。」
「……紅茶もあるわ」
 リリコが水筒を2本取り出した。藤色の水筒がきっと武器商人、浅葱の水筒がたぶんリリコのだ。まずは藤色の水筒から、これまた小さなバスケットのどこから取り出したかわからないティーセットへ紅茶を注ぎ入れ、ヨタカは片手にスコーン、片手に紅茶で花丸笑顔。
「…ではごちそうになるよ…。」
「うんうん、お食べお食べ」
「…では『供されるならばいただこう』…。」
 武器商人の口真似をし、ヨタカはプレーンスコーンへたっぷりとクロテッドクリームを塗りつけ、さくりと齧った。
「…………うん、美味しい……!」
「そうかい、練習したかいがあるというものだよ。もっとお食べ」
「…言われずとも平らげてみせるよ…。…けど、俺ばかりは気が引けるな……リリコも紫月も食べなよ…。」
「……いただきます」
 一口もらったリリコのリボンがうれしげにぴこぴこ左右へ振れている。その間にヨタカはバジルへ手を伸ばす。一欠割って口へ入れ、またまた幸せそうに武器商人を見つめる。
「…これ、いいな…。…ちょっとしょっぱくて…食欲が湧くよ…。…もう少し塩加減が強くてもいいかもな…。」
「ふむ、小鳥は塩加減が強いのがお好き、と」
 メモ帳へなにやら書き込むと、武器商人はいたずらっこのように口の端をあげた。
「それならこんなレシピにしてみるのもありだね」
 追加で書き足していく。
「……ねえ小鳥、チョコレートはどうかしら」
「…うん、これはこれで…美味しいよ…。…もっとバターがきいてるほうが好きかもしれないけれど…。」
「カカオとバターは相性がいいからねぇ。砂糖も増量しておこうか、お砂糖たっぷりにして」
 武器商人はすらすらと筆を走らせ、メモ帳をパタンと閉じた。
 あたりにあふれる陽光。エメラルドを細かく砕いて敷いたような芝生。心地よい風、目を奪う荘園の風景。大自然のアンサンブルに目と耳を澄ませ、ヨタカは毛皮の上にごろりと横になった。
「……はあ、世界を祝福したい気分だ……。」
「じゃあ食後はリリコのお茶をいただこうかね」
 リリコの紅茶は……もう少しがんばりましょう。

  • 武器商人とヨタカとリリコの話~スコーンとピクニック~完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 納品日2020年05月06日
  • ・ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155
    ・武器商人(p3p001107
    ・リリコ(p3n000096

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