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武器商人とベネラーとリリコとあとロロフォイの話
登場人物一覧
孤児院で最年長ともなれば、それなりに自分の意見を持っているだろう。そう当て込んだ武器商人はベネラーの「なんでもいいです」の一言に拍子抜けした。ベネラーは手を止めず、シスターの部屋の掃除を続けている。山積みになった本を棚へ戻し、雑然とした書類の束を日付とアルファベット順に並び替えてファイリング。リリコのリボンがふわふわと不機嫌そうに揺れた。
「……プレゼントを贈ると言ってくださる方へ、さすがに失礼だと思うの」
「そうなんだけど、制服があるからなにも思いつかなくて。リリコこそ、その服を頂いたときにはなにか注文したのかい?」
「……『パフスリーブのセーラーワンピで、衣装は詳しくないから、おまかせします』とは言った」
「それ、なんでもいいと変わらなくない?」
「……違う。とっても違う」
「そうだろうか」
「……そうよ」
少しばかりずれたところのある少年なのかも。武器商人はそう思った。人付き合いはたぶん苦手。よくない影は相変わらず視えるけれど、今は手が出せそうにないし、孤児院を襲ったあの惨劇の頃ほど強くはない。
(シスターが処置したのかね?)
だとしたらなんでまた、こんなに中途半端な真似を。まァ、おいおいわかるだろうし、深く知らなくていいことはこの世にいくらでもある。武器商人はベネラーをとっくりと眺め回した。視線を受けたベネラーは、少しビクついた様子でこちらを見返してくる。雨露の銀糸をかきわけて鋭い一瞥をくれてやれば、そのままリリコの後ろに隠れてしまいそう。臆病で弱気、貧乏くじを押し付けられそう、年の割に世間知らず。そんな印象を受ける。ローレット絡みで様々な人と触れ合うリリコのほうがよっぽど大人に見える、とまで判じては少しかわいそうか。考え起こせば最初は部屋へ閉じこもっていたっけか。
「『なんでもいい』というのは相手へ自らの無関心を示しているようなものだよ。ひとまず街へ出ようか。服でなくとも、何か心に響くようなものと出会えるかもしれないからね」
「ですが、僕はシスターから部屋を片付けておいてくれと言われているので……どうしよう、リリコ」
「……シスターの許可ならもらってあるわ。続きは帰ってきてからでいいって」
「そうなんだ、わかりました」
うーん、指示待ち人間。人を引っ張っていくタイプではない。ついていく側の人間だ。若干の依存気質。代わりにかなりの真面目くん。タフさには欠けるけれども、どこかへ所属していれば本領発揮できそう。実際、他の子は外で遊んでいるのに、ひとり昼間から部屋の掃除。この年頃なら誘惑に負けてしまいそうなものなのに、黙々とやるべきことをこなしている。これがユリックやザスあたりなら今頃「行く行く!」と一も二もなくシスターの命令なんかほっぽりだして武器商人の提案へのってくるだろう。
そういえば、この部屋には孤児院に関する重要書類もあるのだから、そこの片付けを任されるのならば、少なくともシスターからは当てにされている。こういう少しばかり妙な子は、言われことしかできなさそうで、意外と普段と違うところへ勘付きやすいから、門番も兼ねているのかもしれない。一からきっちり指導して奉仕の喜びを教えこんでやったら、優秀なバトラーにもなれそうだ。
「そうと決まれば時間は大事。さっそく出発しよう。リリコ、ベネラー、おーいで」
ひらひらと手を振り、武器商人は二人を連れて廊下を歩いた。
「武器商人さん!」
明るい声が横から投げかけられる。
「ロロフォイ。わざわざ制服から着替えてきたのかい?」
「うん! だってカワイイの見てほしかったんだもん」
廊下から駆け下りてきたロロフォイは、ひよこ色のワンピースを着ていた。武器商人の前できゅっとブレーキ、そのままふわりと回る。ワンピースの裾がふんわりと広がり円を描いた。
「うん、かわいいよ」
「えへへー、ね、カワイイでしょ。みてみて、リボンも付けたの」
「似合っているよ」
武器商人はつい笑みを浮かべた。リリコの真似でもしたのか、黄色いリボンがカチューシャ代わりに。リリコと違って細いリボンは、ツインテールみたいにくってりと垂れ下がり、ロロフォイが動くたびにゆらゆら揺れる。端的に言って性別不明。成長途上の細く未熟なラインと、喜びと興奮で上気した薔薇色の頬がキラキラして見えるのは、武器商人へ向けられているまっすぐな好意のせいもあるだろう。
「せっかくおめかししたのだから、一緒に出かけるかい?」
「いいの? やったあ!」
「ちょっとちょっと、外出許可が降りてるのはリリコとベネラーだけでしょ」
入り口にミョールが立ちふさがっていた。手を腰へ当てて威嚇するように。後ろからセレーデとチナナが心配そうに見守っている。
「ハートの女王のお出ましかい? かわいいお姫様たちはもらっていくよ。あ、王子様もね」
「なんでそうなるのよ、あたしは外出許可の話をしただけじゃない」
「べつにいいじゃないの、いってらっしゃいよ。武器商人さんさえ良ければどうぞどうぞ」
「相変わらずゆるいねシスター」
武器商人はヒヒと声を立てた。のんびりとした足音とともにやってきたシスターへ、ベネラーが会釈をする。
「外へ出て見聞を深めるのも立派な教育です」
「という建前かな?」
「あらあらうふふ、そこを明らかにしてしまうとさすがに子どもたちから避難批判の眼差しが」
「もう知れ渡ってるわよシスター」
ミョールはふんと顔をそむけ、入り口から立ち退いた。
「どーぞ、いってらっしゃい」
ごとごと揺れる馬車はリリコにとっては何度目だろう。ロロフォイは窓に張り付き、流れる景色を見ては歓声をあげている。どちらかというとあまえんぼうでおとなしい子だった気がするのだけれど、お洒落をして気分が上がるのに年は関係ないらしい。武器商人自身着飾るのは嫌いではないし、かわいい小鳥は座長を勤めていることもあって流行には敏感だ。
ベネラーはというと地味で質素な、よく言えば清潔感のある制服姿のまま、軽く握った拳を行儀よく両膝の上に置いている。時折視線が泳いでいるのはやはり窓の外が気になるからか。
「ベネラーはどこから来たんだい? あァ、答えたい範囲でいいとも」
「お気遣いありがとうございます。天義のペトルという村です」
聞いたことがない、どうやらよっぽど奥まった地のようだ。それと同時に、この少年の受け身な律儀さにも武器商人は納得がいった。彼の国が七罪の名を冠する魔種へ襲われたのは記憶に新しい。首都は現在も復興に追われ、いまだ人々の間には根深く『神』と『正義』への盲目的な信仰がある。むしろそれがなければ瓦解してしまいそうなほど首の皮一つでつながっている、そういう国だ。たしかにあそこの出身、しかも辺境とくれば、教義に縛られた生活をしていてもおかしくはない。自然と自閉的にもなるだろう。
「キミがどう育っていくのか、我(アタシ)は楽しみだよ」
ベネラーは不思議そうにまばたきをした。意味がわからなかったのかもしれない。あるいは、未来のことなど考えたこともないのか。停滞と現状維持、そして服従、まるで冠位へ襲われる前の天義の悪いところを圧縮したかのようだ。少なくとも今のところは。本当にこの少年がこの先どうなっていくのか、武器商人は愉悦に感じた。
ごとり。ゆるやかになっていた車輪が止まった。停車場へついた三人とそのモノ。武器商人は馬車と従者をカードへ戻し袖へ収めた。
「さあどこへ行こうか。何でもあるし何にもないよ。ベネラー、キミが選ばなくてはね。品物とは見出されて初めて光り輝くのだから、ヒヒ」
それを聞いたベネラーは本気で困った顔をした。びっくりするほど思いつかないらしい。欲がないにもほどがあるだろうと武器商人は考えた。それはリリコも同じだったようで、そっとベネラーの手をひっぱる。
「……ベネラーは孤児院へきたのは私たちの中で一番あとだったけど、年は一番上よね」
「そうだね」
「……よそ行き用の服をお願いしたいいのじゃないかしら。孤児院を一番に卒業するのもやっぱりベネラーだから」
「ああ、そうだね、そうなるね。でもそんなに高価なものを……いいのかな」
「……大丈夫、銀の月は優しいもの」
「ヒヒ、過分な言葉痛み入るね。まァ、正直なところ、キミがほしいものでかまわないんだよベネラー」
「困ったな、本当に欲しい物はないんです」
「じゃあさ、じゃあさ、とりあえず服屋の通りへ行こうよ。きっとカワイイ服がたくさんあるよ!」
「……それ、ロロフォイの趣味で言ってる?」
「そ、そんなことないよー」
リリコに突っ込まれてロロフォイは口笛を吹いた。だけどまあせっかくだから、てなわけで、一行は人ごみを抜けて服屋の通りへ。
「ほらほらここだよ。僕がこの服を買ってもらったお店!」
きれいな服がたくさんあるねとだけベネラーは返した。うーん、社交辞令。あまり興味はそそられないようだ。ここすっごくカワイイのが並んでるのにーとロロフォイは不満顔。
「というか、どれも同じに見える」
ひくっ。ベネラーが何気なくこぼしたつぶやきにロロフォイがひきつった。ロロフォイの中の何かに火がついた。
「それおかしい! なら聞くけど、ベネラーは自分にはどんなのが似合うと思ってるのっ!?」
「似合うとか似合わないとかは考えたことがないし、制服で充分なんだってば」
「そんなことないよ、ベネラーだって探せばきっと、これほしいってのが見つかるよ!」
「わかったよ。なら……これ」
ロロフォイの剣幕に気おされたのか、ベネラーは古着屋の店頭のワゴンへ無造作に手を突っ込んだ。
「これとこれと、あとこれで、お願いします」
引っ張り出したのは無地に申し訳程度の模様がついているTシャツ。それも三日三晩徹夜した頭で考え付いたようなやっつけ仕事のファイアパターンだったりして。さらに言うと3枚で1000Gのやつだったりして。
「……無頓着にもほどがある」
「えっ、リリコまで」
「どうしてまたそれを選んだんだい?」
「パジャマが古くなってきたので代わりのものをと思って。まだ着れるからもったいないけれど、思い切って贅沢を」
「とことん実利主義だねキミは」
「清貧は善だと思うのですが……」
やや不服そうなベネラーの表情に、武器商人はくすりと笑った。当初の印象より、ずっとからかいがいがあるやも。
「本当にこれでいいんだね?」
「はい」
「清貧は善、か。華美はキミにとって悪徳なのかな」
「そこまでは思いませんけれど……抵抗感があるのは確かです。日曜のミサでは、いつも父さんはそう説教していたから」
「キミのお父上は神父か何かなのかね?」
「村長で、神父でした。村の人皆から頼りにされていて、男手ひとつで僕を育ててくれました」
ほう、と武器商人は嘯いた。ベネラーはなつかしげに思い出を覗き込んでいる。この言い様だと母親とは早くに死別したのだろう。けれど頼りになる村長の息子としてそれなりに大事にされていたはずだ。なるほど、どおりで模範的であろうとするわけだ。大事にされるということは、期待を背負うということでもある。孤児院へやってくるまで、ベネラーは次の村長としてふさわしい行動を求められていたのだろう。親の職業を子供が継ぐ、田舎ではよくあることだから。神職への勉強もしていたかもしれない。シスターの部屋を出入りしているのも、神学の心得があるからなのかも。清貧は善という言い分も、じつに天義らしいといえばらしい。少しはあのシスターへ説教してやればいいものを。
(そのくらいで懲りる方でもないか、ヒヒ)
――そのためにはわたくしはいつだって上機嫌でいなくてはならないのです。
あの万事ゆるーいシスターの心には強い信念が根付いているのだ。わかったうえできっと、ベネラーのことを見守っている。
「……ベネラー、本当の本当にそれにするの。あまり貶したくはないけれど、ダサいわ?」
「えっ、そうなの?」
「うん、ダサい。ほんとにパジャマくらいにしか使えないよ」
年下ふたりの猛攻を受けるベネラーに、武器商人は今日何度目か忘れた苦笑を浮かべた。
「ヒヒ、見出したのはキミだベネラー。もちろんそれをキミへ与えよう」
「ありがとうございます。神の御加護が……」
そこまで口にしてベネラーは言葉を切った。
「別のモノのほうがいいですか?」
今度こそ武器商人は声を上げて笑った。