PandoraPartyProject

SS詳細

怠惰は罪であるが片付ければ問題ないよね

登場人物一覧

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
グレン・ロジャース(p3p005709)
理想の求心者


 とある家にて。グレンは立ち尽くしていた。
「……よくこれを“ちょっと”って言えるな?」
 グレンは片眉をぴくりと動かし、其の部屋の惨状を見る。そこには酒瓶の山と、ごみの山。
「え、えへへ……いつもに比べれば“ちょっと”ですわ? いつもに比べれば……」
「……いつもはどんだけなんだよ」
「それは乙女の秘密ですわ!」
 ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ。
 彼女の家は、足の踏み場がかろうじてある程度に――あくまでかろうじて、だが――散乱としていた。



 時間は少し前にさかのぼる。
 そわつく己の心を抑えながら、グレンはヴァレーリヤに招かれて、彼女の家を目指していた。
 女性の部屋に招かれる、というのはちょっと緊張するものだ。例え相手が友人であっても、少々意識してしまうのは仕方ないものだろう。
 けれど、きっとヴァレーリヤはそんな“色のついた”お誘いをした訳ではないはずで。純粋に友人として楽しいひと時を過ごそうとグレンを呼んだのだ、きっと。
 だとすれば、気にしすぎるのも失礼に当たるか。グレンは深呼吸をそっと一つ、そわつく心に蓋をした。
 この道を真っ直ぐ行って、路地を曲がる。そうすると――
「あ! グレンさん、グレンさーん! こちらですわー!」
 ヴァレーリヤだ。判りやすいように、建物の前に立っていてくれている。知っている姿を見ると、ぶんぶん手を振って嬉しそうに笑顔を浮かべた。
 ほうら。やっぱり友人としてのお呼ばれさ。グレンはそう浮かれていた己に心中で言って、手を振り返す。
「悪いな。どれくらい待った?」
「全然待っていませんわ! 出た方が判りやすいかしら、と外に出たら、曲がってきたグレンさんが見えましたので」
「そっか、悪いな。春とは言え冷えるだろ? 部屋に……」
 と進もうとしたグレンの前、ずずいと立ちはだかるはヴァレーリヤ。
 あの、その、ともじもじしている。なんだろう、と首を傾げるグレン。
「ちょっと、あの、いつもは綺麗にしているんですが、今日はたまたま……たまたま! 散らかっていまして……ちょっとお見苦しいですが、ごめんなさいね?」
「? まあ、生活してれば散らかるのは普通だろ。気にしないぜ」
「それはよかった! ではどうぞ」
 グレンは知っていた。ヴァレーリヤは無類の酒飲みであると。
 しかしグレンは知らなかった。ヴァレーリヤは物を捨てるのがちょっぴり(そう…ほんの“ちょっぴり”)苦手な部類であると……!!!



「あー……俺を呼んだのは、片づけを手伝わせるためか?」
 グレンがそういうのも無理はない。
 酒瓶、酒瓶。酒瓶。なんかゴミ。其れから酒瓶、酒瓶、酒瓶。あとなんかゴミ。
 ヴァレーリヤの部屋は散らかっていた。ゴミやら酒瓶やら酒瓶やら酒瓶やら……ああ、瓶って場所を取るんだよな……なんて、グレンは思いを馳せる。現実逃避ともいう。
 違うんです違うんです、と必死に言い募るヴァレーリヤ。
「い、いつもは人を呼ぶときはお掃除するんですのよ!? 綺麗にしていますのよ!? でもちょっと昨日は……忙しくて、その……」
 あ、この“忙しい”は“飲みすぎた”だな、とグレンは推理する。正解です。
 部屋に散らばる瓶、瓶、瓶。普通の人間だったら骨の髄まで酒になっていそうだ。いや? ――ゼシュテルの人間、ひいてはヴァレーリヤという人間はすでに酒で出来ているのかも知れない。
 しかし、と意識を現実に引き戻す。こんな部屋では満足に談笑も出来やしないだろう。しょうがない、とグレンは袖をまくった。
「こんな部屋を見ておいて、ほっとけはしないな。片付けようぜ」
「え、ええ!? そんな、お客様にそんな事」
「お客様っつーかお友達、だろ? いいって。寧ろやらないと落ちつかねえ」
 その代わり手伝ってくれよ? と冗談めいて笑うグレン。
 こうしてヴァレーリヤの部屋の大掃除が始まったのである。

 酒瓶は袋に入れてしまえば簡単だ。その量を除けば、だが。
 ごみだって拾って袋に入れてしまえば問題ない。そういう意味ではヴァレーリヤは“片付けやすい”散らかし方をしている、といえた。
 瓶をひたすら袋に入れながら、グレンはヴァレーリヤに問う。
「ちなみに、どれくらい掃除してなかったんだ?」
「え。え、ええっと……1か月くらい……?」
「マジか。数か月じゃなくて?」
「其処までほっぽるほど無精ではありませんわ!」
 ぷうと頬を膨らますヴァレーリヤの言に嘘はなさそうだ。一か月でこれだけの酒を空にするのか、と、酒瓶が入った袋を見るグレン。酒豪って恐ろしい。
 大きなゴミがなくなって、絨毯と床が見えてきた。箒で細かなゴミを履いて、絨毯は一旦外へ出し、ぱたぱたと大きく振るい、更に細かなゴミを振るい落とし、空気を含ませる。
 絨毯を日干ししている間に、床や壁をチェックする。酒がこぼれていやしないかと思ったが、案外床は綺麗なものだった。ただ、壁に少々しみがあるようだ。
 濡れた布で拭いてみる。――取れない。擦ってみる。少し薄くなった気がする。取れるかもしれない、と続けて拭くが、結構に頑固なシミだ。
 ごしごし。ごしごし。ごしごし。
 熱心に擦っているグレンの頬に、ふと冷たいものが当てられた。うわ、と声を上げるグレン。
「ふっふっふ! お疲れ様ですわ! 此処までお部屋が綺麗になったのは久しぶりで、心もすっきりしますわね」
 ラムネの瓶を持ったヴァレーリヤだった。途中までは一緒に片付けをしていたのに姿が見えないと思ったら、どうやらこれを買いに行っていたらしい。
「あー、熱中しすぎた……サンキュな」
「いえ! こちらこそありがとうございます。でも、お掃除させるために呼んでしまった風になりましたわね……折角のお休みをお掃除で潰してしまってごめんなさい。えっと……そうだ! せめて晩御飯くらいは食べていってくれませんこと? 私、頑張って作りますわ!」
 ぽこん、とビイ玉をラムネに落とす。しゅわ、と良い音がする。喉に流し込めば心地よい刺激と爽やかな香りがする。この瓶は酒瓶と同じ袋に――そこまで考えて、完全に掃除に頭が支配されているとグレンは頭の中で笑う。
 ある程度飲んで、一息ふうと吐いてから。そうだな、とグレンは言った。
 このまま帰ったって良い。見返りを期待した行為ではないし、もうそろそろおいとまするには良い時間だろう。けれど、けれど――もうちょっと此処に居たい、とグレンは思った。
 こんなに掃除を頑張ったんだから、ちょっとくらい欲張っても、良いよな。もうちょっとだけ一緒にいても、バチはあたらないよな?
「じゃあ、お言葉にあずかるとするか。食材はあるのか?」
「余りないので、一緒にお買い物に行きましょう! グレンさんの好物を教えて下さっても良いのですよ?」
「はは、そりゃありがたい。……料理は実は、俺の自慢でもあるんだ。折角ついでだ、一緒に作るなんてどうだ?」
「へっ! お掃除だけでなくお料理まで!? そそそんな、お客様にそんな事」
「今更遠慮すんなって。ラムネ飲み終わったら市場に行こうぜ」
 笑うグレンに、ヴァレーリヤは何も言えなくなってしまう。しかし彼女は思わずにはいられない。

 ――グレンさん。貴方、いいお嫁さんになれますわ……

 ……その言葉は胸にしまっておくのが正解だろう。



「えーと、パプリカに、唐辛子……」
「唐辛子?」
「ええ。鉄帝は寒いでしょう? ですからお料理ではほぼ必需品なんですのよ」
 市場にて。
 ヴァレーリヤの行きつけらしく、店主とあいさつを交わしながら食材を籠に入れて、代金を渡していく。
 赤、緑、黄色。鮮やかな野菜が並ぶ。グレンも必要そうなものを見繕っては、代金を渡してヴァレーリヤのかごに入れる。
 そんな中、とある店の店主がにやにやしながら声をかけた。
「ヴァレーリヤちゃん、なんだい? 恋人さんに手料理かい?」
 恋人。
 二人は思わず顔を見合わせた。
 男女二人並んでいれば、確かにそう思われるかもしれない。
「ふふー、どんな関係に見えまして?」
「恋人っつうより、お転婆な妹と振り回される兄貴じゃないのかね」
 楽し気に言うヴァレーリヤ。ちょっとひねくれて例えるグレン。
 二者二様の答えを返すのだけれど、グレンの心はわずかにささめきたっているのだった。

 帰り道。二人は各々袋をもって歩いている。籠には入りきらなかった分の野菜や調味料が袋には入っている。
「はー! 色々買いましたわね!」
「そうだな。買い置き出来そうなくらいだ。腐らせるなよ?」
「勿論ですわ! でも……」
 ちら、とヴァレーリヤがグレンを見る。明らかにグレンが持っている袋の方が重そうだ。
「宜しいのです? 重いなら私が、」
「気にすんなって。こういうのは男の仕事だろ」
「きゃー! ふふー、かっこいいですわー!」
 はしゃぎながら家路をゆくヴァレーリヤ。本当に元気だ。何があっても笑顔で、快活で。
 その笑顔が曇らなきゃいいのにな、とグレンは思う。其れは“色のついた”想いではなく、単純に友人としての願い。
 お酒を飲んでやらかして、やってしまいましたわー! と笑っているくらいがちょうど良い。それがヴァレーリヤという娘だから。
 こんな穏やかな日々がずっと続けばいいのにな。そうグレンは思う。得意運命座標たる自分たちには、其れは過ぎた願いだと知っていても――願わずにはいられない。



「まあ、グレンさん……お料理が自慢というのは本当でしたのね!」
「だろ? 器用なのが自慢でね」
 手際よくじゃがいもの皮をむいて、とんとんと切っていくグレン。其の包丁さばきは見事なもので、ほう、とヴァレーリヤは感嘆の吐息を吐いた。
 切ったじゃがいもは、ヴァレーリヤが煮込んでいるお鍋の中に。今日はスープだ。花冷えの夜には丁度よく、程好く辛く、暖かい。
「唐辛子はどうすんだ?」
「輪切りですわね。大きければ二つに切って」
「成程、オーケイ」
 穏やかに料理の時間は進む。すっかり片付いた部屋、暖かなスープの香り。二人の表情も、心なしか柔らかい。
「今日は本当にありがとうございます、グレンさん。すっかり片付いて、引っ越ししてきた時より綺麗かも」
「其れは光栄だ。まあ、壁のしみをとれなかったのはちょっと悔しいが……」
「大丈夫ですわ! 私がいつか取ってみせますわ……壁のしみ!」
 ぐっ、と拳を握るヴァレーリヤ。
「頼もしいな。まあ、俺から言えるのは……酒瓶を袋に入れる癖をつけると、大分楽になるぜ、って事くらいかな……」
「まあ! グレンさんたら……うふふ!」
 怒ったような仕草の後。堪えきれずにヴァレーリヤは笑った。其の笑いは伝染して、グレンもまた笑いだす。二人の穏やかな笑い声、暖かなスープの香り。平穏、と呼ぶにふさわしい、暖かな空気。
「お、そうだ。唐辛子、っと」
「ありがとうですわ! ではこの煮込みを待つ間に、ちょっと一口……」
 そう言ってヴァレーリヤが棚から取り出したのは――お酒。料理酒ではない。明らかにアルコール度数高めのお酒である。
 いやいやいやいや。なんで其処にあるんだよ。飲んじゃ駄目だろ。
 思わず止めるグレン。
「駄目ですの?」
「駄目ですの。酔ってる間に鍋がふきこぼれたりしたら危ないだろ?」
「うう……確かに、ですわ……」
 至極残念そうに瓶をテーブルに置くヴァレーリヤ。これは普段の調理中も危ぶまれるところである。ほろ酔いどころか深酔いしながら食事を作っているのでは? という疑惑がグレンの中で芽生えた。
 まあ、でも、とグレンは続ける。もうすぐ夕食だし、その時になら。
「食べるときに飲めばいいじゃねえか。楽しみは先に延ばして、な?」
「……そうですわね! ではグレンさんも一緒に飲みましょう!」
「おう、いいぜ。晩飯時なら酒を飲んでも咎められやしねえからな」
 グレンは笑う。からかわれている事にヴァレーリヤが気付き、もう! と頬を膨らませるのは数分後の事。
 それから出来上がったスープを二人で食して、グレンはその辛さにびっくりするかもしれない。其れを見て、お酒の入ったヴァレーリヤはおかしげに笑うのだ。
 穏やかな日常。戦いも、悲しい事も辛い事も、何にもない日常。
 そんな日常をくぐり抜けて、俺たちは生きていく。戦いの中へ身を投じ、穏やかな日々を取り戻す。
 そしてまた、きっと君の家にお呼ばれして――俺は言うんだろう。
「片付けのために呼んだのか?」
 ってさ。

  • 怠惰は罪であるが片付ければ問題ないよね完了
  • GM名奇古譚
  • 種別SS
  • 納品日2020年04月27日
  • ・ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837
    ・グレン・ロジャース(p3p005709

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