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スクープ! 『炎の勇者』、正義の剣が悪を断つ!

登場人物一覧

チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)
炎の守護者
チャロロ・コレシピ・アシタの関係者
→ イラスト

 窓から吹き込んだ穏やかな風が頬を撫で、銀髪を靡かせる。チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)は校庭を目指す生徒達の波に逆らって、本を抱えて昼休みの賑やかな廊下を歩いていた。
 足取りは自然と軽くなる。けれど、「廊下は走っちゃいけません」。はやる気持ちと弾む胸をなんとか押さえつけて、目をキラキラ輝かせながらチャロロは校舎の外れの図書室を目指す。
 体を動かすのは嫌いじゃない。校庭で友達と遊ぶのは好きだ。けど、本を読むのは大好きだ。本は知識を与え、チャロロの好奇心を満たしてくれる。
(あんな良いところで終わるなんて! 続きは一体どうなるんだろう!)
 抱えた本に綴られた物語の続きに想いを馳せる。最終ページ、主人公は追い詰められて絶体絶命!きっと彼ならうまく切り抜けるだろう。でも、どうやって?廊下を歩いていてもチャロロの心はは物語の中、あっちへこっちへ転げてく。

「おーい、チャロロっ!」
 その時、何者かにトンと背中を突かれて夢見る思考が中断される。
 振り向く、が、それらしき人物は居ない。ただ、小さな気配と小さな笑い声が風に吹かれて解けるように薄れゆく。
 と、その瞬間、何者かが首を傾げたチャロロの背後、廊下の曲り角から飛びついて首にしがみついた。咄嗟によろけてつんのめる……フリをする。本来ならばこの程度の奇襲どうって事ない。避けようと思えば苦もなく避けられた。
 けれど、しなかったのは……。
「よー、どうした! 弛んでるぞぉ、チャロロ!」
 褐色の顔をくしゃくしゃにして、人懐っこく笑うのはチャロロのクラスメイトのトーマ・ジルゼット。右腕をチャロロの首に絡ませて、左手にはノートと筆箱を抱えている。きっと、彼も新聞部の資料集めの為に図書室を目指す所なのだろう。
 トーマとチャロロはそこそこ仲の良い友人同士だ。こうしたトーマの悪戯だって、スキンシップのようなものだ。
 さっきの小さな気配はトーマの周囲をくるくると回っている。まず、この小さな気配ーー精霊を使って振り向かせててから、待ち構えていた物陰から奇襲する。作戦はこんな所だろう。全く、南国の精霊使いの血を引くトーマらしい悪戯の手口だ。
「おっ、その本面白いよな!」
「トーマも読んだの?」
「ああ! あのなー、その後……」
「ちょっ、ちょっとやめてよ! オイラこれから読むとこなんだから!」
 チャロロが抱える本に目敏く気付いて、更にじゃれつくお調子者のトーマ。
 二人の賑やかな声は図書館の前まで続いたという。

 学校の授業。友人とのたわいもない会話。面白い本。『ハカセ』と過ごす日々。ぜんぶ、ぜんぶ、チャロロの大切な日常だ。
 けれど、日常が崩れるのはいつだって突然だ。それはきっと、狙われたこの世界に生きる誰にでも降りかかりうる災い。
 ここはトゥスクルモシリ。魔術が人々の生活に深く根付いたチャロロの故郷。
 『魔獣』に狙われた世界。


 床を蹴って、転げる。直後、真っ黒い影がすぐ横の壁に激しく体当たりをし、轟音と共に廃墟全体を大きく揺らした。
 それは群体だった。衝撃で飛沫のように散った小さな個体のひとつひとつはマスコットのように可愛らしい。が、破壊力は全く可愛らしくない。
「うわああ!」
 トーマは悲鳴を上げながら、何とか立ち上がって走り出す。けれど、足はもつれて言うことを聞かない。何度も、何度も、転げて、起きて。必死に出口を目指す。精霊達を操る余裕などある筈もない。
 そんなトーマの背後で、群体は臓物めいた不気味な脈動を繰り返しながら、崩壊寸前の壁をずるりと滑り落ちた。

 切っ掛けはお調子者の少年のほんの思いつき。通学路から少し外れた路地にある、ウワサのお化け屋敷。ちょっと見るだけ、ちょっと入るだけ。絶対いいネタになる。明日、友だちに話してやろう。そうだ、記事にしてもいい。面白そうなものがあったらまた明日、カメラでも持って入ろう。
 これを罪と言うのはあまりに無慈悲だ。報いと言うにはあまりに残酷だ。しかし、魔獣と呼ばれるそれには道理など意味のないものだ。
 群体は巨大な生き物が這う様に進む。獲物の恐怖を煽る様に、ゆっくりと。だが、その後ろでは場違いに可愛らしい個体が無邪気にはしゃぐように飛び跳ねて仲間を追いかける。どちらが本性なのだろう。どちらもだろう。
 さっきのように突進してくればひとたまりも無い。けれど、しない。言葉のない悪意に震えながら、トーマは必死に逃げ続ける。
「だ、誰か、助けて……!」
 トーマの脳裏によぎるのはほんの数時間前の光景。友人と話して、笑って、戯れあって。
 風にそよぐ銀髪。青空のような瞳。ふと、隣に目線を向けたその時の、ページをめくるその横顔がとても真剣で……。
(あれ。俺、どうしてあいつの事を……)
 不意に、恐怖に引きつっていたトーマの顔が惚けたように緩んだ。
 それは恐怖を超えた困惑から来るものだった。
 温かな気配が体を包む。慣れ親しんだ精霊達とは違う。なのに、何処か懐かしい魔力の波長。脅威はまだ、すぐ背後に迫っている。すぐ後ろ、手を伸ばせば届くほどに近く。なのに、何故。

 その瞬間だった。
 炎が舞い、一閃。迫りくる影が真っ二つに断ち斬られた。
「そこまで、だああぁぁ!!」
 直後、魔獣ごと斬られた壁を蹴破って、真っ赤な鎧に身を包んだ何者かがトーマを庇うように躍り出た。
 魔獣は悲鳴を上げながら悶え、のたうち回る。ただ切り裂かれただけでは群体の魔獣に大したダメージにはならなかっただろう。せいぜい、運悪く剣の軌跡にいた個体が数十匹やられた程度だ。
「オイラの炎は簡単には消えないぞ!」
 そう、この攻撃のメインは炎の方だ。切り離しても、切り離しても、炎は群体を形成する個から個へ燃え移って広がってゆく。その上、見捨てられまいと縋り付く個体のせいで被害は悪化していった。
「遅くなってごめんよ! 怪我はない?」
 ただ目の前の出来事を映し出すだけだったトーマの鳶色の瞳に徐々に光が戻ってゆく。恐怖で強張る身体は解れ、冷たくなった手足に血液が巡る。
 魔獣だけでなく舞い散る火の粉からもトーマを守るその背中。それはとても大きく、逞しく見えて。
「か……」
「か?」


「かっこいいだろ!!!!」
 バン!と、興奮した面持ちでトーマは壁を叩いた。
「かっこいいね。うん……」
 チャロロは引きつる顔で何とか笑顔を作った。
 トーマが叩いた壁には壁新聞が張り出されている。いい出来だ。とても丁寧に作られている。ただ、内容に問題があった。

 『炎の勇者』、正義の剣が悪を断つ!!

 そう書かれた見出しは生徒達の目をよく引いた。オマケに一体全体誰に描いてもらったのか、ヒロイックな『炎の勇者』のイラストまで!
 クラスでは、いや、今や学校中が『炎の勇者』のウワサで持ちきりだ。何せ、発信源はあのおしゃべりなトーマなのだ。
(参ったなあ……)
 壁新聞に群がる生徒と、その中心で臨場感たっぷりに記事を音読するトーマ。そんな喧騒に紛れて『炎の勇者』こと、チャロロは大きな溜息を吐いた。普段は普通の小学生。しかしその実情は、秘密組織の少年ヒーロー。それがチャロロが絶対に誰にも知られたくない秘密の二重生活。
  その日から、新たなスクープを求めるトーマと『炎の勇者』の密かな攻防戦が始まったのだった。

 そしてその二年後、二人が混沌で再会するのはまた別のお話……。

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