PandoraPartyProject

SS詳細

されど、なお平和なる日々

登場人物一覧

レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)
騎兵隊一番翼
零・K・メルヴィル(p3p000277)
つばさ
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと

 当たり前のように毎日を過ごせると思っていた。
 当然のように関係は続くと思っていた。
 変わらない毎日は、変わらぬまま終わらず。
 混沌の平和を勝ち取り、そして継続すると思っていた。
 あの日。

 経営孤児院には、いつものように子供達の姿があって、そこは三人に縁深く感じるもの達もいた。例えば、零を師匠と呼ぶような子も居て、その子は朝から、パンの作り方を勉強しているようだった。
「零兄ちゃんはすごいよなぁ。ずっとこんな大変なことをしてるんだもの」
 パン屋の朝なんてのは早く、そして体力ばかりが持って行かれる仕事だ。商売にしていないにしても、孤児院で配るようなパンを作るのだとしても、それは変わらない。零などは、フランスパンなど『生み出す』事はできたが、それ以外のパンはそうではできなかったし、その力にのみ恃んでいるわけではない。
「まぁ……君みたいにさ。餓えるような子を出したくなかったんだよ。だから……気づいたら、だな」
 それは、善性から生まれたものだったのかもしれないし、何らかの心の傷から生れたものだったかもしれない。だとしても、今行われている行為は、正しく善に違いはない。
「兄ちゃん、今日はもう大丈夫。後は、僕たちでやれるからさ。
 大変なんだよね。行ってきて」
 そういうのへ、零は笑って頷いた。エプロンを外して、抱える。調理場の子供達とか、調理担当の職員なんかに一礼をしてから、零は部屋を辞した。廊下をゆっくり歩いて行くと、自分たちが作り上げた、オリーブのしずくの孤児院というものの姿が見えてくる。ここに来た子供達は、今は平穏な日々を獲得しているが、しかし、ここに来ると言うことは、すでに何らかの苦難を味わっていると言うことである。地獄に仏とか、不幸中の幸いとか、そう言うべき言葉はあるのかもしれないが、なんだかそんな言葉を使いたい気持ちにもならない。零が孤児院の一室にたどり着くと、そのままゆっくりと扉を開いた。中には、いれたばかりの紅茶の匂いがして、テーブルには、二人の同胞がすでに席に着いていた。
「淹れたばっかり、だよ……」
 フラーゴラが柔らかく微笑んだ。湯気の立つ紅茶は、この孤児院がなんとか用意できる中では一番まともなものだったが、世間では二級以下のそれである。それでも、フラーゴラは心を温かくしてくれる、その紅茶を気に入っていた。
「良い紅茶だ」
 レイヴンもまた、そう言って見せた。高級な茶葉なら、唸るほど飲んだことはあった。だが、ここで飲む、この安っぽい茶は、他で飲むどんなものよりも、心に満ちるものを与えてくれる。
「悪いな、遅れて」
「ワタシも今来たところだ。
 アンタは食事の用意をしていたのだから、謝ることはない」
 ふ、とレイヴンは笑う。
「……そうだよ。
 ワタシも、今来たところ……」
 フラーゴラが言うのへ、零は笑った。
「いや、それは嘘だろ。昨日から孤児院に詰めていたくせに」
「そうだっけ……?」
 からかうように笑うフラーゴラに、いずれにしても、零へのフォローであることは、零にも分かった。零はテーブルについて、早速紅茶に口をつけた。少しだけ唇を湿らせて、それから、言葉を紡ぐ。
「……いよいよ、決戦か」
 その言葉に、二人は頷いた。世界の命運を決する戦いは、もう目前に迫っていた。それを避けて通る三人ではなかった。だからこれは、ある意味で、決起集会のようなものだったのだろう。
「ワタシは、帰りを待つものなどもいないだろうが」
 そう、レイヴンは言う。
「アンタ達は違うだろう。ならば努々、潰えることなどないように」
「……知ってるよ? 孤児院の子で、レイヴンさんの事……好きに思ってる子が居るの……」
 フラーゴラが、優しく眼を細めた。レイヴンが肩をすくめる。
「子供にはありがちな、憧れという名の病だ」
「そうかな……? ちゃんと、見る目があるよ……?」
 フラーゴラの言葉に、レイヴンは苦笑し――それから、ふむ、と唸った。
「別に、その想いがどうこうではないが。
 ……次の時代を築くのは、そんな子供達だ」
 だから、と、レイヴンは言う。
「それを守るためなら……ワタシは何でもするつもりだ。それこそが……多分、ワタシの使命なのだろうからな」
「死に急ぐなよ」
 と、零は言った。
「全員で、生きて帰ろう。それで、また……ここで茶会でも開くと良い。
 さっきのフラーゴラじゃないけどさ。レイヴン、結構人気なんだよな。子供達に」
 そういう零へ、レイヴンはすこし、変な顔をした。
「……ワタシがか?」
「ふふ。焦ってる……」
 フラーゴラが、楽しげに破顔する。
「そうではない。
 ……ただ、何故、ワタシだ?」
「そりゃあ……やっぱり子供って言うのは、本質を見抜くんじゃないかな?」
 零がそういうのへ、レイヴンはまったく、困ったような顔をした。
「ワタシの本質やらを見抜いたと子供達が言うのならば――少し将来が心配だな。
 人間観察の授業、のようなものを、孤児院の職員に提案した方が良いのでは?」
 そう言って、レイヴンはごまかすように話題を切り替えた。
「零、君にはパン職人の弟子がいるようだし、フラーゴラ……アンタは、熱心に看病している子が居るだろう。
 その子達のためにも、アンタ達こそ、気をつけるべきだろうな。
 ……世界が平和になれば、医療品の供給も、安定して行えるのではないか?」
「うん。
 だからこそ……負けられない、ね」
 フラーゴラが、そう、頷いた。レイヴンにしても、フラーゴラにしても、零にしても。この孤児院に、何か、つながりのようなものを持つもの達が居た。それが、か細いような縁だったとしても、太いそれであったとしても、間違いなく、ここに帰ってくるという理由になる、そんな縁に違いないのだ。
 そして、その縁を築けたのは、間違いなく、オリーブのしずくという団体があったからこそだ。フラーゴラが生み出し、レイヴンと零に力を借りてあり続けていた。そういうものであるのだから、ならば今日に絆と縁は、きっと、彼らが生み出し、続けてきたものの結実に違いなかった。
「……生きて、帰ろうね……」
 フラーゴラが、そう言った。零は真っ先に頷いて、レイヴンは少し遅れてから頷いた。テーブルの上で、三人の視線が交差した。必ず、世界に平和をもたらす。そして、再びここで会おう。そのような誓いは、言外に、三人のうちにあった。この瞬間の誓いと、三人の絆は、きっと永遠であろうと、無邪気に信じられた。
「さぁ。行こうか」
 レイヴンがそう言って、席を立った。二人がおうように、席を立つ。フラーゴラが、ゆっくりと拳を突き出すのへ、零と、レイヴンが、併せて拳を突き出した。誓いは永遠だった。少なくともその瞬間、三人は心からそう誓っていたし、そう願っていた。
 ただ、現実というのはひどく移ろいゆき、そしてその誓いと願いがあったとしても、どうしようもないときと言うものは、どうしたって訪れるのだと、このとき、皆見ない振りをしていただけだったのだ。

 それでも、彼は奇跡の果てに消えた。
 その決断を、我々が断ずることはできまい。
 ただ、残されたものは――それを理解し、受け入れ――涙を流すことしか、できないのだろう。

 あのテーブルに三人目は居ない。ただ、あの時と同じように、三つのカップが並べられていて、同じように、レイヴンが好んだ、二級品の、でも暖かな紅茶が、そこにあの日のように湯気を立てていたのだ。
 言葉は紡がれない。
 視線も交差しない。
 フラーゴラはうつむいていたし、零はただ、主の居ない椅子を見つめていた。
「あの、レイヴンって兄ちゃんは」
 そう、あの子に言われたことを思い出す。
「今日は来ないのか? だって、世界が平和になって……皆、勝ったんだろう?」
 そう、当たり前のように尋ねる子供に、なんと返せば良いのだろうか。或いは、あの、レイヴンにお祝いの花をプレゼントしようと背伸びをする女の子に、彼はもういないのだと、当たり前のように告げることができたのだろうか。それでも零は、「あの人はね。海洋に行くことにしたんだ」と、そう、ほんとのような嘘のような、そういうことをなんとか告げるだけであった。
 沈痛な面持ちの、と記すには容易であるが、しかしその内実を正確に表すことは、きっと言葉では難しいのだろう。フラーゴラの伏せた目は、熱い涙を湛えていたし、怒りとも悲しみともつかぬ、静かに燃えるような気持ちは、フラーゴラの心中に確かにうごめいていたものだ。
「……」
 何を言えばいいのか、何を伝えれば良いのか、フラーゴラには分からなかった。分からなかったから、唇を開いても、音がそれを震わせることはなかった。ただそれでも、旅行鞄の中に詰められた黒いドレスは、これから自分たちが何をするのか、そして『何を納得するのか』を知らしめているようにも思える。
「……行こうか」
 そう、零が言う。フラーゴラは頷いた。二人は紅茶を飲み干して、未だ湯気を立てている彼の紅茶に視線を向けた。このまま永遠に、彼を待って、その湯気は消えないのではないだろうか、という、祈りにも願いにも似た妄想は、二人の心にチクリと爪を立てた。でも知っている。二人が発ったら、自体を了解してる職員が、それでも片付けてくれるのだと言うことを。自分たちができぬ事を、お願いしているのだという気持ちは、二人にはあった。感謝しても仕切れない思いをここに残して、二人は孤児院を出発した。

 心の整理とか、なんというか、『そういうもの』が必要だったから、二人は殊更にゆっくり、海洋へと向かった。ゆっくりと馬車を使って移動すれば、やがて海洋の、ポルードイ領の海沿いに到着していた。
 なんとも、簡素な墓があって、簡素な言葉がそこに記されていた。ただ、ここに眠る、という、事実だけをそこに表していた形だった。
「ああ。
 本当に」
 そう、フラーゴラはつぶやいた。それは、厳然たる事実を、フラーゴラにたたき付けていた。嘘であったのならば、という、ほんの僅かなあり得ない希望を、目の前で打ち砕かれたかのようだった。
 フラーゴラは、黒のドレスが汚れるのも気にせずに、墓の前にひざまずいた。そのまま、顔を覆って、ただ涙を流した。これまで我慢していた、瞳にため込んでいたものが全てこぼれ落ちてくような程に、ただ涙を流した。
「……」
 零は何も言えなかった。ただ、この死を、死というものを、ただ自分は永遠に背負っていくのだという、そういう覚悟を抱くのみだった。友が死ぬことに、零は最後まで慣れなかった。いや、慣れることができるならば、それはきっと、零という人間ではないのだろう。だから零は、正しく零であったし、そう有るべきだと理解した。友が死ぬことになれるなど、そんなことは、自分が許せなかった。
「……オリーブのしずくは」
 そう、それでも、零は言葉を紡いだ。
「レイヴン……君のお兄さんが……援助を続けてくれるんだ。
 だから……未来は……未来は、紡がれ続ける……」
「……ただ。それでも、それでも……ワタシは、その未来を……アナタと、見たかった、よ……」
 フラーゴラはそう言った。願わくば、あの紅茶を、また三人で飲みたかった。気にしていた子供達に、全員無事だと、未来はあるのだと、そう伝えたかった。でもそれは叶わなかった。ただ、だからといって、ここで悲しみに沈むことを、レイヴンは望まないだろう事を、フラーゴラも、零も、理解していたのだ。
「……大丈夫。まかせて。
 ……オリーブのしずくは、これからも。
 あの子達を……あの子達が未来を紡ぐのを、ずっと……助け続けるから……」
「それで、いいんだろう……?」
 零の言葉に、レイヴンが答えたような気がした。ああ、そうだ。そうしてくれ、と。それは、身勝手な妄想だったかもしれないが、それでもきっと、レイヴンはそう言うのだろう。
 二人はゆっくりと立ち上がると、レイヴンの墓に背を向けた。彼を、過去においていかなければならないのは、あまりにも辛かったが――それでも、我々は生きているのだから、未来に進んでいかなければならないのだった。
 日常は続いていく。混沌は変わらずここに在る。
 大切なものを過去において、それでも、我々は未来に向かって進んでいく。
 それが――きっと、死にゆくものの、生きるものへの願いなのだから。


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