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いつまでも、どこまでも
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「旅に出ようと思うんですよね」
そう、マリエッタ・エーレインは言うのである。
六月の雨の日のことであった。
頬杖をついて窓から見上げた空は、心を表すように重い。
いや、そう思うことすら、何か、自分勝手な想像に過ぎないのかもしれなかった。平和な日常を謳歌する、混沌の曇り空は、平和の内にある当たり前の灰色であって、そこに意味を見いだすのは、結局の所見るものの心持ち次第に過ぎないのだ。だから、重そうに見える空は、結局の所、我々が世界をそう思って見ているからに過ぎない。
マリエッタ・エーレイン(あえてそう記す。おそらく、そう記すことが正しいのだ。彼女はマリエッタでも、エーレインでもなかい、そういう個人であったから)はそんな風にも思うが、結局の所、それは戦いの内で、大切なものを失ったから、に相違あるまい。世界のために、誰かが犠牲になる。それを求めるかのような世界に、そしてそれを良しとした神というものに、マリエッタ・エーレインはなにがしかの、内に眠る炎を抱いていたことも確かだった。
セレナと言えば――彼女のそういった思いにも、確かにある程度察していた。だから、彼女がそういうのも、なんだろうか、『そういうことを言うのだろうな』という気持ちは、確かにあったのである。
「皆を置いて?」
と、尋ねたのは、ずるい言い方だったかもしれない、と思った。仲間のことを思っての決断を、仲間のことを思い出させて鈍らせるというようなそれは、なんとも……ずるいことであったかもしれないのだ。でも、マリエッタ・エーレインは、そうですね、と静かに言った。
「皆を置いて」
淡々と告げるその言葉に、セレナは怒りを覚えなかった。というのも、「あの子はそういうタイプですよ」と、心の内のエーレインというものが言っていたからだった。「なんとなくだけれど、分かるの。だってほら、ベースはマリエッタと私なのだろうし」と、エーレインは言うのだから、それはもう、納得せざるを得なかった。マリエッタと、エーレインというもののことを知っているのは、きっとエーレインであろうし、その意識の残滓、乃至は記憶からシミュレートされた、と言えばいいのだろうか、そういう存在であるセレナの中のエーレインは、なんとも当然のように、そう告げていた。
だからこそ、セレナもこの状況にさほどの動揺もせずに受け入れられていた。あくまで、動揺していないだけで、反発の心は持っていた。仲間を思うならば、だからこそ、ここに残ってほしいと思っていた。
「……最近のあれこれも、そのせい?」
と、セレナは尋ねた。
「この間の、ローレットの依頼。やり過ぎって言われてた」
「まぁ……でも、そうされてもおかしくない連中だったでしょう?」
「そうだったけど。あそこまでやれとは言われてなかったでしょう?」
といっても、八つ当たり気味に過度に『殴られた』悪党共には同情するところであるが、皆後遺症なく、命は取り留めているところは、マリエッタ・エーレインの理性を担保している所に違いはあるまい。とはいえ、本当に……本当に、ボッコボコにしたのだが。思い返すと、セレナも思わず、変な顔になるものだ。
「それから、なんか最近、悪巧みしてる」
「それはなんというか。いつものことでしょう?」
「悪党を見つけて、一網打尽にするとか。
子供みたいなこと言わないで」
「実現可能性がないなら子供の戯言だけど」
マリエッタ・エーレインは言った。
「私にはできる」
「だからやめて、っていってるの」
セレナが言った。そう、できるだろう。マリエッタ・エーレインならば。できてしまうのが問題で、しかもそれが『八つ当たり』であるのだからさらに問題なのである。
「……そんなに世界が嫌い?」
「……嫌いではないのだと思います」
マリエッタ・エーレインは言った。
「……多分、なのですけれど。
嫌いなのは――本当に嫌いなのは、自分がどうすることもできなかったこと、なのだと思います」
思い返す。
できるならば。自分の力で、最高のエンドを迎えたかったに違いない。できることならば、何も取りこぼさず、理想通りのそれを迎えたかったに違いない。
現実はどうだ? 大切なものは失われ、命と引き換えにも思える奇跡によって、世界は平和を取り戻した。
マリエッタ・エーレインの憎悪、或いは嫌悪は、世界とその在り方を良しとした神に向いている。いわば、世界というシステムに、向いているわけだ。だが、と、本当にその問題を一つ一つひもといていった先に残ったのは、結局の所、自分自身への無力感ではないか、とも思うのだ。
自分に力があれば、誰かは死ななかったのか。
自分に力があれば、奇跡を望まずにすんだのか。
すべて仮定であり、たら、れば、の話である。もっと言えば――後悔という泥濘に沈んでいるにすぎない。
「……結局、それなんでしょ」
セレナが言った。マリエッタ・エーレインの中に沈む、忸怩たる後悔の念に、セレナが気付いていなかったわけはなかった。そこに関しては、エーレインよりも機微よく察していたところが、エーレインにとっては心地よいところであったが、さておき、セレナはだからこそ、マリエッタ・エーレインという少女が、後悔なく生きていてほしい、とも思うのだ。
「『マリエッタ』はなんて言ってるの?」
「なにも。あの子はもう、殆ど表には」
出てこないのだ、という。元々老齢であり、精神的な摩耗も大きかったあの魔女は、その心の内に、静かに眠っているようだった。ただ、マリエッタはおそらく、好きにしなさいな、としか言わないだろう。マリエッタにとって見れば、もはやこの肉体が描くものが、マリエッタ・エーレインの物語であるのならば、そうあるのが良いだろう、と言うのだろうか。
(ふてくされてるのよ、二人で)
と、エーレインが言った。セレナはそれを受け取って苦笑した。そうだろうな、と思う。が、それを言ったら、こう、大暴れだろう。そこは避けたい。
「エーレインも心配してる」
セレナが言った。事実ではあるが、その、大本の言葉は悪かったので、翻訳はした。
「……私には関係ないわ」
ぷい、と顔を背けた。(ほら! ふてくされてる!)とエーレインが言うので、セレナは内心で苦笑した。
(セレナ、一言一句違わずに伝えて! 私だって、心配しているの……特にマリエッタをね。私だって、あのことと友達になりたかったわ。今でも、なりたいって思ってる。
大体、身体の問題はどうなったの?)
「……そこはなんとかします」
マリエッタ・エーレインがそういうのへ、エーレインが言葉を続ける。
(なんとか。なんとかーって。それでなんとかなるんだったら、マリエッタもそんな苦労してなかったわよ。
あてはあるの? それって、犠牲を伴わないでできること? ちゃんと答えなさい!)
「もう~~、うるさいですねぇ!
お母さんですかあなたは!」
マリエッタ・エーレインが、ぎゃあ、と声を上げるのへ、ふん、と内心のエーレインが笑ってやった。
(そうよ。お母さんみたいなものでしょ? 私。
そうなると、心配なのよ。どうしたって。
そこの所は分かってはくれない?)
「……だとしても」
マリエッタ・エーレインは言う。
「……どうしたって……抑えきれるものでも、納得しきれるものでもないんです。
ただ……マリエッタのことも考えてますし、自分自身の身体のことだって考えてます。
肉体寿命をまずはなんとかします。旅に出るのは、それからで」
そう、マリエッタ・エーレインは言った。でも、と内心思う。それは逃げなのかもしれない、と。肉体寿命を延ばす方法なんてそう簡単には見つからず、ずるずるとこの世界にとどまり続けるのかもしれない。となれば、それはとても怖いことだった。内に眠る、情熱にも近いこの炎が、なぁなぁで消えてしまうことが恐ろしい。それは、マリエッタ・エーレインという人間としても、避けたいことに間違いはない。
「……そう、そうです。
いつになるかなんて、分かりません。
でも、確実なのは。私は、私の選んだ道として、いつかこの世界から旅立ちたい。
心の炎が収まるのか、それとも、今度こそ、誰も犠牲にならずに、世界を守れるくらいの力を身につけるくらいに……私は」
マリエッタ・エーレインは、そういう。結局の所、それが、マリエッタ・エーレインが選んだ道に間違いなかった。そこに、心の内に宿った、復讐心にも似た炎があったのだとしても……ただ、それは、純粋な願いに違いないのだ。
もう誰も失いたくない。そんな世界が欲しいし、そうするだけの力が欲しい。それは、叶わぬ願いかもしれない。途方もない、どうしようもない願いなのかもしれない。でも、それでも、願わずには、望まずには居られないのが、マリエッタ・エーレインという一人の人間であったのだ。
(まぁ、そうでしょうね)
と、エーレインが胸中でため息をついたのを、セレナは理解していた。そして、セレナもまた、マリエッタ・エーレインの心というものを、充分に理解していた。
それくらいに熱い人だから、惹かれたのだ。それは間違いない。ただ、あまり無理をしてほしくないだけだった。それも間違いない。
結局の所、皆、マリエッタ・エーレインという人間が好きなのだ。多分、マリエッタも。だからこそ、こうして相手の意を汲んだり、或いは説得しようとしていたりする。人間はそう孤独ではない。誰かの隣にも、きっと、誰か繋がろうとする人が居る。物理的にも、精神的にも。或いは、電波というラインに乗って繋がろうとする人だっている。それを否定するものでもあるまい。
「……はぁ」
セレナは、深く長いため息をついた。久しぶりに。なんというか、結局、惚れた弱みという奴だ。
「だったら、その旅。わたしも着いていく」
そう、にっこりと笑ってやった。
「どこまでだってついて行くって。一緒に居るって、決めたんだから」
そう、もう一人の魔女は笑う。
「言ったでしょ? わたしは嘘は言わないもの。
一緒に居る。傍にいる。
それは嘘じゃない。
……あなたがその心を落ち着かせるまで、ずっとずっと傍にいる。
太陽と月が何度入れ替わって、それに疲れ果てたとしても、傍にいてあげるわ」
セレナは笑った。だから、と、言葉を続ける。
「もう、無茶はしないでよね! ホントに!
あと、悪巧みはやめること!」
「……待ってください、セレナ」
そう、真面目な顔で、マリエッタ・エーレインは言った。
「あと一歩なんです……」
「何が!? っていうか、だからこそやめなさいよ!」
「ええ~……せっかく、結構な時間をかけて、あれこれと仕込んだのに……」
「あれこれと仕込むんじゃないわよ! まったく、もう!」
そう言って、セレナは子供のように笑った。マリエッタ・エーレインも、なんだか、子供のように笑った。
結局の所。
誰かに傍にいてほしかったのかもしれなかった。マリエッタ・エーレインは、その傍にいる誰かが、自分の無力さで消えてしまうことが、怖かったのだろう。
それを、どうにかすることは、保証はできない。人は死ぬし、どうしようもない事は、きっと発生するのだろう。
でも……結局の所、信じるしかないのだ。あなたなら、大丈夫、という、そういう信頼を、親愛を、隣にいる人に抱き続けることしかできないのかもしれない。
心の内にくすぶる不安も、憎悪も、きっと消えない。でも、それが消えるまで、傍にあなたが居てくれると、信じることはできる……それはきっと、とても尊いことであるに間違いないのだ。
(だ、そうよ? マリエッタ?)
エーレインは、心の中で笑った。きっと、マリエッタも……そのうちで、喜んでいるに違いないと、エーレインは思う。或いは、気恥ずかしげに顔を背けているだろうか。(ああ、マリエッタ。一度繋がった縁は、そう簡単には消えないのよ?)エーレインは、楽しそうに笑った。ああ、なんと素晴らしき縁だろうか。
きっと世界が生まれ変わって、もう一度出会うくらいに、この縁は深いのだと、無邪気に信じることができた。マリエッタ・エーレインの心の炎は、決して消えたわけではないけれど、でも、世界の曇り空に自分の心の色を映すような気持ちは、すっかり吹き飛んでいた。
雨が上がって、空が晴れた。もうすぐ七月になる。
- いつまでも、どこまでも完了
- GM名洗井落雲
- 種別SS
- 納品日2026年07月03日
- テーマ『これからの話をしよう』
・マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
・セレナ・夜月(p3p010688)
・セレナ・夜月の関係者
